ジオの夢 幕間十話
インターホンがなる。漣さんも訝しげだ。
今は、二十時だ。遅くはないが、客が来る時間ではない。
さてどうするか・・・居留守という訳にもいかないか・・・インターホンを覗く。女性がいる。あの女性だ。
『はい。どちら様?』一応聞いてみる。
『病院の高田でございます。福田先生よりお話を頂き、早い方が良いかと思い、時間が遅いとは思いましたが罷り越しました。』
『はい、では開けますね。奥のエレベーターをお使い下さい。』
『私、寝室に居ますね。』と漣さん。
『・・・そうですね。では、お願いします。』
四十代後半の女性が応接に座っている。
『コーヒーでよろしいですか?』と私が聞く。
『はい・・・』
コーヒーの入った椀を二つ持ち応接に行く。そして椀を置き、左辺に座る。
『高田部長。入院時は大変お世話になりました。あなたのおかげで、生きていることができます。』と微笑む。
『いえ、時生様。誠に申し訳ありませんでした。』と、通帳と印を出される。
さてこれは・・・銀行は病院から振り込まれる口座の銀行だ。
『これは、何でしょう。私は変わらず記憶が戻らないのです。』と困った顔をする。
『はい、これは安田弁護士と住田税理士に預かっている様に言われました。それで、もしお金が必要になったら使っていいよ。と言われ、つい借りてしまいました。申し訳有りませんでした。』と頭を下げられる。
泣かれているようだ。
『借りたお金は必ずお返し致します。直ぐには無理ですが・・・』と、高田さんは頭を下げられたままだ。
『お金については、こう致しましょう。お金は、後ほどお願いする事についての報酬と致しましょう。ですから、気になさらず。もう、お謝りになる必要はありません。』と私。
『あの、本当に宜しいのでしょうか?それに、お返ししなくても良いと言うのも。』と私の顔を見られ、聞かれる。
『はい、大丈夫です。』と微笑む。
高田さんが目を拭われ、頭をさげられる。
『それより、私が倒れてから三日も経つのに、生きていられるものでしょうか?』
『はい。それは海外でも事例は在ります。但し、顔色が変わらない場合だそうです。時生様の場合も半日経っても顔色が変わりませんでした。ですので、急いで、点滴を致しました。それで、三日後に意識を戻されました。』と。
やはり、高田さんがが処置をしておいて下さつたのか・・・
『成る程、であの五千万はどの様なお金なのでしょうか?』
『はい。時生様がお戻りになられた次の日で御座いました。安田弁護士が病院にお越しになり、時生様に返してくれと、お持ちになりました。それで退院の際にお渡ししましたが、細かい事については・・・』と言われる。
安田弁護士が持ってきた・・・まあ後々、詳しい事は判明するだろう・・・
『福田先生が看護部長にも、理事になっていただけないかと言われておられましたが、如何でしょうか?』と私。
『はい・・・その件は・・・実は病院内にも色々人間関係がございまして・・・私より内科の大久保先生を理事にされたほうがよろしいのではないかと思いますが・・・』と、下を向いて言われる。
『大久保先生でございますか・・・確か私の死亡宣告をされた方ですよね。』
『はい。ですから、その事を根に持っていないと申しますか・・・』と、途中で声が小さくなられる。
なるほど・・・
『その大久保先生と福田先生は仲が宜しくないのですか?』
『いえ、そうでは無いのですが、科が違いますと、従えている先生もおられるので・・・』
中々に要領を得ないが・・・
『ではお二人になって頂くと言う事でよろしいでしょうか?』
『私は兎も角、大久保先生が理事に成られるのは病院にとって良い事ではないかと考えます。時生様が、外科だけではなく、内科かも重要視していると、皆が思ってくれれば、今後よりうまくいくのではないでしょうか。』と安堵される。
本当は頭も切れる方なのだろう・・・通帳の事が無ければ、もっと堂々とされていられる方の様だ・・・
『美苑先生がおられた時は、先生の一喝で皆、引かれたのです。しかし、荒井様と美苑先生が亡くなられますと、中々にバランスが難しく、先生方が主張を通されようと、引かれる事が少なくなりました。それで、安田弁護士と住田税理士が時生様の影で力を持つようになって仕舞いました。』
『時生様は、そんな人達がお嫌になられたのか引っ込んでしまわれて、ますます、お二人が図に乗られてしまわれました。で、私も斎藤事務長も従わざる負えませんでした。ただ、斎藤事務長は消極的な加担ではありましたが・・・私は・・・』と、泣かれ始める。
『高田さん。良いのです、悪いのは私なのですから、今までの事は気にしないで下さい。明日からのことを考えましょう。』と私。
『はい。』と首肯かれる。
泣き止まれた高田さんが話し始められる。
『あの子は不思議な子なのよ。と美苑先生が言われておられました。まるで、大人のような口で話したと思えば、丁寧な言葉を使ったり、そして、何故か、何も言わない日が続くの。何も言わない日はただひたすら、何か気になった事をずっと続けているの。でも、話し始めたあの子はとても聡いのよ、と微笑まれておられました。その時は、よく分からず、ただ聞いておりましたが、今は、美苑先生が仰られた事が分かるか気が致します。で、もし、私と荒井に何かあって、時生が困っていたら、立花情報サービスを訪ねるように、と伝えてね、とも仰られました。』と続けられる。
今度は立花情報サービスか・・・荒井家とはいったいどんな家系なんだろう・・・
『私が先程申し上げました、報酬の伴う依頼の件なのですが、高田さんに、力になって頂きたい方が居るのです。少し、席を外しますね。』と、私は席を立つと、寝室に向かう。
寝室で、先程の会話の内容を話し、高田さんの人となりをを告げ、漣さん個人の話が出るが良いですか、と了解を貰う。
二人で応接に戻る。
高田さんが驚いているが、何も言われない。
『この人は笛井漣さんと言われます。私の信頼する方であり、そして新しい家族なのです。今後、病院の理事に成ります。彼女は両親を知らないそうです。高田さんには、彼女に私が教えられない事を教えて欲しいのと共に、彼女を守って頂きたいのです。』
『私もそうですが、一般の方から見たら何か足りない気がするのです。それはおそらく、侮蔑の対象と為り、攻撃の口実となるかも知れませぬ。彼女は聡明であり、誠実な方です。将来、私の代わりになられる方なのです。ですから高田さんには娘と思って彼女の後見をお願いしたいのです。』
高田さんは、気持ちよく了解し、帰って行かれた。明日からまた頑張るとも、仰って下さった。漣さんは、嬉しいのか、悲しいのか分からない程泣かれていた。きっと、喜んでくれただろうと思う。




