ジオの夢 五十二話 クロノそのニ
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この当主と、この付添の者達の関係はいたって不思議だ。主従というより、保護者と被保護者の関係にしか見えぬ。
いくつか質問をしたが、やはりよく分からぬ。世間で言われている評判、姿とはまるでかけ離れている。その言われている事は、只々、首を落とすのが趣味だと、その為かいつも血まみれの面を付けていると。
たしかに面を付けている。道中も面を外した姿を見たことは無い。
どうせ、もう長くは生きていられまい。私への触れも出ているようだ。ならば死ぬ前に宗家の当主に会ってみたかった。
ゴドロノフの総督府にいるらしいと、噂話を聞いた。捕縛されるだろうが、いざとなれば、逃げれば良いと思った。会えなくても、見ることはできるだろう、と訪ねてみた。
総督府の守りは無い。建物は白壁の平屋だ。柱の木材の茶の色と地味だが美しい。壁の無い柱だけの吹き抜けの廊下も気持ちが良い。しかし誰もいない。建物の入口の真ん中に机がある。その上に呼び鈴がある。脇の木の札に、
『御用のある方、呼び鈴にてお呼びください。』
と、ある。
呼び鈴を振る。若い少年が出てくる。用件を言う。丁寧な応対だ。応接室に通される。
捕縛しないのか・・・
予想通りにいかぬ、ただ困惑するしかない・・・
面をつけた銀髪の少年、だと思うが、が入って来る。
一人か・・・
確かに宗家当主の剣の腕は恐れられている。しかし、この者にはその強さの気配がまるで感じられない。当主の替りかと思ったが、風格はある・・・
用件を聞かれる。用意した依頼を話す。利発ではある。皮肉も言う・・・しかし、この者も捕らえようとしない・・・その気配もみ見られない。では何故、捕縛の触れが出ている・・・
結局、一緒にロンバニアへ行く事になってしまった・・・捕縛されても、正直、逃げ出す自身はあったのに・・・
赤い髪の美しい女性と、応接に通してくれた、線の細い青年が一緒だ。この女性も気配は強くない。この四人でバランの街まで旅をしてきた。
何かあったら、大丈夫なのか?それに、私が襲うとは考えないのか・・・他人事ではあるが、不安になる・・・
街でボーマンが来た。ボーマンに、私は知られていないが、私はボーマンを知っている。タイレルに居たはずたが、ここで総督になったか・・・腕は確かだ・・・私とは変わらぬ腕だ。そのボーマンが下手に出ているとは、なんとも不思議な女性だ。
まして、ここでキスリングの名を聞くとは・・・
キスリングが我が主を討った・・・理由は知らんがそれを儂の所為にして消えた。特に恨みは無いが・・・
世の中とはそう云うものだ。正直に生きる者は皺寄せを覚悟しなければ、不満がつのる。不満をつのらせ同じ事をするにしても、正直者が上手く出来る筈がない。自分の掘った穴に落ちるだけだ。
しかし、あの当主は面白い。タイレルの当主より大人だ。もっと、早く知り会えていたら、もう少しましな生き様が出来たかもしれん。
もう、ロンバニアに着く。逃げる気も無くなったが、逃げる自信も、何故か無い。
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『ギル兄、連れて来ました。』とオレ。
『おお、そいつがクロノか・・・まあ、顔はそこそこだな。』とギル兄。
ギル兄は一瞥しただけでユリア様に顔を向ける。
『今回もお供か、ご苦労だな、ユリア殿。そっちの小僧はユリア殿の弟か・・・似とらんな。』
『ギル様。ご機嫌麗しく。この者は私の弟のようであり、レイ様の兄のようでもありますから、苛められないよう願います。』とユリア様。
『ふーん。じゃ大坊と呼んでやる。ゆっくりしていけ。次は一人で来い。歓迎してやる。』とエルム殿に言う。
珍しいこともあるものだ・・・優しい声を掛けるとは・・・
エルム殿は恐縮している。
『で、クロノ殿、今から三つ聞く。つまらん返事であったら、その場で斬る。いいな。』とギル兄。
『はっ。ではその後で私の質問にお答え頂きますでしょうか?』とクロノ殿。
『ああ。生きていたらな。』
そこへ、ガイとワーレン殿が入って来る。
『レイ。戻って来るのが早いな。』
『ああ、商符が心配でな。ワーレン殿が居られるところを見ると、持って逃げられなかったのですね。』とオレ。
『あの金額では持って逃げんだろう。死ぬまで追われる。オレが追う。』とガイの顔が怖い。
『ガイ殿、逃げてはおりませんぞ。』とワーレン殿か困った顔で言われる。
『すまん。つい興奮してしまった。』
『で、何用だ。』とギル兄。
『ああ。兄も、ユリア殿の本気を見たのだろう。俺も見たい。いや、受けたい。頼みに来た。』とガイ。
『そうか。ユリア殿、すまぬが打ってやってくれ。』とギル兄。
仕方のない人達だ・・・
ユリア様がオレを見る。でオレは頷く。
『レイ様の許しも出ましたので、一撃打ちます。ご準備を。』とユリア様。
『いつでも良い。』とガイが大剣を構える。
ユリア様の気が上る。最も高いところで、剣を振るう。
『きーん』と。
剣同士の当たる音がする。
『ガイ様は流石でございますね。軽々と受けられました。』
『いや、レイの剣を受けていたから受けられた。太刀筋はレイと同じだからな。』とガイ。
『ユリア殿、楽しかった。今度は長くやろう。』と、満足すると兄の部屋を出ていった。
『何だ。剣にしか興味が無いのか・・・』と兄が、呆れている。
『ワーレンは何だ?』
『はい、私はクロノ殿に興味を。』
『そうか、では居ろ。』
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なんだ今の立ち合いは・・・気も凄まじかったが、剣が速い。あれでは三手で斬られる・・・一騎当千とは怖ろしい・・・気も操るのか・・・宗家の当主が安心している訳だ・・・
『では、クロノ殿まず一つ目だ。誰がベルファーレンの先代を殺った?』とロンバニア公が聞かれる。
怖い目だ。嘘は吐けぬか・・・
『ベルハーレン殿は、斬られる三ヶ月ほど前にキスリングという者を雇っております。何処の者か分かりませぬ。ただ気に入って、常時そばに置かれておりました。その者が、シュタイフ家占領の後、帰還中に後ろより、先代の心の臓を刺しておりました。周りの者が、私が刺したと大きな声で騒ぎ、そのまま、一団とともに消えてしまいました。』
『そうか・・・』と。
ロンバニア公は考えているようだが、伺い知れぬ・・
『二つ目だ。何故、暗殺者を送った?』
『ロンバニア公。私がその様な愚かな真似をすると?』
『人は、追い詰められれば、馬鹿な真似をするものだ。・・・では誰だと思う。』
『私が思うに、ツェンダーではないかと・・・』
『そうか。最後の質問だ。何故、街を守らず、打って出た?』
『実を申しますと、ツェンダーの領地などどうでもよかったのです。戦をしても、勝てぬの分かっております。ですから、ツェンダーの領地で止まらぬだろうかと思っておりました。しかし、シュタイフにベルハーレンとなれば、無理であろうなと・・・そこに、タイレルからの要請です。ロンバニア家に兵を出すから、脇からロンバニアへ侵攻しろと。それこそ渡りに船、無駄な戦もせず、脱出できる機会がやって来たと思いました。誰だって人の為に死ぬ訳など無いでありませんか。』と、ロンバニア公を見る。
公は、何の意図でこんな質問をなさるのか・・・
『そうだ・・・追加にもう一つ、何故、宗家に行った?』
『実は、ただ宗家と云う家を見て見たかった。宗家の当主しかり、宗家の者達、そしてゴドロノフも。』
『ふーん。で、どうだった?』
『分かりませんな。私の範疇にはそう云う物はなかった、というところでしょうか。』
『で、何故逃げなかった?途中で逃げるつもりであったろう。』と、公が笑われる。
『はい、自信は有りましたが・・・話をするうちに、また一緒にいるうちに、無理だと、分かりました。』
『そうか、合格だ。俺の話相手になれ。それで、許してやる。』
『合格?話し相手?』
何を言ってるんだ・・・話し相手でどうするつもりだ・・・
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なかなかに面白い話だ。誰が絵を描いているのだろう・・・
『レイ、いつまで居れる?』
『今夜は屋上の湯殿をお借りし、明日の昼には出ようかと。』と笑う。
『分かった。手数を掛けた。』とギル兄が嬉しそうに言われる。




