ジオの夢 弐 学院にて
ーーーーー母者、サラ、続きだ。ーーーーー
オレはそろそろ八歳になる。父と祖父と三年と少々過ごした。学ぶことは沢山あった。あっという間の三年だ。
アストリアス家の当主に成る者は代々、西方地域南西部にあるナーランダ学院にて学ぶことが義務付けられているらしい。父も祖父も八歳から入学し、十三歳迄学んだとのこと。
子どもの多感な時期に親元から離れて寂しくは無いのだろうかと聞いてみた。父も祖父も親から離れられて嬉しかったと。なにせ、五歳から三年間びっちり親に教育されれば、そんな甘い気持ちも無くなると。祖父にレイは寂しいのかと聞かれた。確かに、寂しいなんて気にはならない。それより何か楽しい事が起こりそうで、浮き浮きしている。
ナーランダ学院も古いらしい。千二百年前に当時のアストリアス家当主により設立、運営されていたが、今は各地の領主の寄付で継続されている。
北の都より発する北方東街道を南に進み、中央東西街道にぶつかる。中央東西街道を西に向かい、途中、ナーランダ街道を南下する。これら街道周辺も平地が広がり、穀倉地帯である。
父には、一人で行くからと言って、許可も貰っていたが、祖父がうんとは言わず、祖父の陰伴が先導している。アストリアス家の当主にはそれぞれ三名の陰伴が就くとのこと。父にも別の三名が居るらしいが、会ったことはない。父の代わりに領地内を動いていると聞いた。
ナーランダ学院の敷地は広い。ナーランダ学院の守護者には、宗家を始め大公家もいることから、ナーランダ学院の敷地を奪おうとする者は居ない。大公家とは十万の兵力を動かせ、州にすればニ十州以上を押さえている家格の家である。今現在、五家が大公家と呼ばれ、その他は公家と呼ばれる。また、一州を押さえているが、公家もしくは大公家に従属している家は伯家と呼ばれる。因みに、宗家に従う家は侯家と呼ばれる。
『ここからは一人で大丈夫ですから。有難うございました。』とナーランダ学院の門の前で陰伴に別れを告げる。
其の老人は、肯くと気配を消しあっと言う間に去っていく。速いものだ、老人の筈なのに・・・
学院の建物に向かう道をゆっくりと周りを見ながら進む。建物迄の道の両脇には、一定間隔で大きな木が生えている。その両脇奥にも一定間隔で大木が植わっている。木々の下草は芝のように短い。
暫く歩くと、学院の建物が見えてくる。白と黒が混じった石で造られた壮麗な時を感じさせるニ階建ての広い建物だ。窓は大きく取ってある。屋根は瓦葺きである。ニ階の屋根の上、右端に大鐘の部屋も見える。
玄関までの間の道の脇に一人の同年代の男が座っている。見た感じ、オレよりも大きそうだ。筋肉の付いているのも分かる。特に話し掛けるでもなく下を向いている男の横を、オレは通り過ぎて行く。
オレが通り過ぎて二、三歩の時に、俺の背後、右肩口から斜めに斬撃が来る。オレは一歩前に出て躱す。更に背面、左横からの斬撃。オレは更に二歩進んで躱す。オレはそのまま何事も無かった様に進む。
『お前凄いな。兄貴の言った通りだ。オレはガイ。』と男は言う。
オレは振り向かず右手を上げて答える。
『オレはレイ。危なく死ぬとこだったぞ。』
『よく言うわ。』とガイが答える。
オレの一族に伝わる闘演舞は体術に始まり、投術、短剣、細剣、長剣、大剣、通常の槍、両端刃槍の術式だ。オレは両端刃槍と両刃の長剣を主に使う。体術は体が出来るまで使うなと言われている。祖父も父も自分の事を、この大陸最強であると言っていた。祖父は三十まで、父は二十まで、当主を継ぐまで大陸全ての地を放浪している。それが後継者の義務らしい。だからあながち、嘘でも誇大でもないのだろう。祖父は自分と対等な者には一人しか会わなかったと言っていた。と云うことは、オレも大陸最強かもれない。
しかし、ガイも強い。オレと対等の強さだ、と嬉しくなった。
学院の玄関に入り、横の受付にいる黒髪の婦人に、白の目の下から顎を覆う面を付けたまま話をする。
『こんにちは、レイゼン・アストリアス=アラインバルトと申します。我が父が学院長様にお会いするようにと。・・・手紙一式でございます。』と父より預かった手紙と包を差し出す。
『これはこれは・・・念の為御身を証明するものは有りましょうか?』
受付にいる婦人が言う。
『これでよろしいでしょうか?』と、木造りの柄と鞘の短剣を見せ、短剣を鞘から抜き、刃を見せる。刃は黒く白い斑点が浮かび、銀の刃紋が波打っている。そのハバキにはアストリアス家の白虎月下咆哮図の紋様が彫られている。
婦人は短剣に触れることなくじっと見る。
『漆黒に百花繚乱、と呼ばれるアストリアス家の宝剣ですね。身分を示すものとして十分です。・・・お仕舞い下さって結構です。・・・では御一緒に・・・』と、歩き出す。
オレは短剣を仕舞うと、婦人の後につく。婦人は受付裏の扉を開け、入って行く。俺も急いで付いて行く。扉の中は廊下となっており、廊下の片脇に幾つかの扉がある。反対側は窓が有り、廊下は明るい。少し歩いた先の突き当りにまた扉があり、婦人はその扉を二回叩いて扉を開け入って行く。オレも続く。
『学院長、アストリアス家の御曹司がお見えになられました。』
婦人が学院長と呼ばれた机の上にオレが渡した手紙と包を置く。
婦人はオレに頭を下げ下がっていく。オレも礼を返す。そして、面を外し、外套を脱ぎ、学院長にむかう。
『学院長、初めてお目にかかります。レイゼン・アストリアス=アラインバルトと申します。父にかわりご挨拶申し上げます。』とオレ。
学院長は軽い会釈の後、手紙に目を通し
『レイゼン殿、ようお見えになられました。この御手紙に有る通りお計らい致しましょう。好きなだけお過ごし為さいませ。』と、学院長がにこやかに話す。
『有難う御座います。ではお言葉に甘え、図書館を利用させて頂きます。』とオレは礼をする。
暫く学院長と会話した後、先程の婦人が学院内と寮そして図書館を案内してくれる。その時は面をつけている。そして朝の点呼時のみは教室に顔を出すようにと告げられる。
何もなければ五年間は学院の図書館で過ごす事になる。未だ八歳にも拘らず、祖父と父もこの地に居たかと思うと何か感慨が湧く。
初の学院での朝の点呼が始まる。俺の入れられた学級は最年長学級のようだ。人数はおれを含め十五人だ。皆オレよりも年上の気がする。俺の席は最後方扉側。何時でも出て行ける席だ。点呼が終わり、オレは教授に会釈をすると教室を出て図書館に向かう。勿論、面は付けたままだ。これがオレの毎日の日課になる。
で、図書館での読書に疲れると、図書館から少し離れた庭で昼寝をしている。そして、頭がすっきりすると、また図書館での読書に戻るという行動を繰り返す。
今日は今までとは違い、図書館での読書に疲れ、昼寝に向かうと、そこにはガイと言った男ともう一人見たことのない男が居る。
『ガイ・・・だったか、此処で会うとは不思議だな。』と声を掛けると寝転がる。
『不思議ではない。探していたからな。』とガイ。
『ふん。彼は?』とオレが目を瞑ったまま聞く。
『こいつはカールだ。同じ教室だ。レイの場所を知っていたから連れて来て貰ったんだ。』とガイ。
『カールだ。宜しく。』とその男が言う。金髪で首半ばの長さで右七部分けだ。体型は中肉中背でオレよりも背は低い。
『レイだ。宜しく。』
カールはオレの傍らに座ると、
『なあ、聞いてもいいか?』とカールが言う。
『なんだ?』
『俺達と同じ年だろう。何故、教室が違うんだ?』
『オレは飛び級だ。最年長の学級にいる。オレは自由に学んでいいんだ。』
『それは羨ましいな。』とガイも言う。
『俺等は授業に出ないと放校されるからな。』とカールも言う。
『ふ~ん。』とオレ。
『そう言えば、うちの学級にいる奴の兄貴が最上級にいて、今年入って来た奴を締めると言ってたぞ。それってレイの事だろう?一緒にやらないかって誘われた。』とガイが言う。
その言葉を聞いて、カールが下を向いて、
『俺は奴らに追っ掛けられて逃げ回った・・・』と小さな声で言う。
『ガイは仲間に誘われ、カールはやられそうになったのか。それは弱いものいじめだな。金目当てか』とオレが言う。
『ガイ、そいつ等と一緒に、オレに来るか?・・・楽しくなりそうだ。』とオレが笑う。
『レイ、やるなら一人でいくさ。奴らなど邪魔にしかならんわ。』とガイがそっぽを向く。
『そうか・・・じゃ、今度やるか?ガイ』とオレが言う。
『いいな。やろう、レイ。』とガイも楽しそうだ。
『ガイ、レイは強いのか?』とカールが聞く。
『ああ、俺の剣を見もせずに躱すからな。』とガイ。
『さて、オレは行くぞ。またな。』
オレは図書館に戻る。
昨日ガイより面白い話を聞いた。だから、朝、何時もより少々早く教室に行き席に座る。
オレは八歳だ。席には背筋を伸ばし行儀よく座っている。品行方正に見せないと寄って来ないかもしれないと思ってだ。
この学級の男か分らないが、一人が眼付を悪くしてオレの前に立つ。
『僕、お金を貸してくれないかな。』と男が言う。
周りの男も寄ってくる。
『オレ、金持ってないですけど・・・』と立ち上がって殊勝に言う。
『無いなら親に頼んでくれる?』と男。
『嫌です。』と言って、後の広い処に歩いて行くオレ。
逃げると思ったのか、オレを囲む男たち。
『じゃ、痛い目に会いな。』と眼付を悪くした男がいきなり殴ってくる。
男の遅い拳を躱すと、持っていた短刀の柄の部分で男の腹部に突きを入れ蹴り倒す。
男は床で腹を押えのたうち回る。それを見た他の男たちが口々に何かを言いながらオレに向かって棒を振り回してくる。その様子を見ながら棒を躱し、短刀のさやの部分で、男たちを打つ。そして、足を一歩踏み込み棒を短刀で払い、払った短刀で男たちを突く。それを繰り返す。向かって来る者が居なくなる迄に、両手で数える間もなく終わる。
『レイゼン君、どうしましたか。』と入って来た教授の声がする。
教授が教壇に立ちこちらを見ている。
『はい、教授。この中の一人が金を貸せと言うので、嫌だと断りました。すると、いきなり殴り掛かって参りましたので、避けて、蹴り倒しました。次に、この者共も棒にて襲って来ましたので、撃退したところです。』とオレが応える。
教授は少し考えると、
『レイゼン君はこの学校に何を学びに来ましたか?』と聞く。
『私の家系はある意味人殺しを生業にしていると父が申します。それで、この学院にある、私の知らない人を殺める方法を学びに来ました。それは外交に始まり、戦略、戦術、剣術、毒殺、毒の特徴、毒の使い方、毒の作り方も含まれます。特に、人の殺し方のひとつ、首の切断は大切であるから、必ず実践するようにと言われております。』
『それで、逆に質問をお許しください。今回は軽くに留めて於きましたが、次回があれば
彼らの首を刈ることに差し支えはありますか。』とオレが聞く。
倒れている者も、立っている者も、オレの話を聞いて青褪めているようだ。皆、教授の返答を待っている。
『レイゼン君、端的に言えば、君がこの学院の生徒の首を切断する事に異は唱えません。しかしながら、学院が血や遺体で汚れるのは困ります。ですから、首を切るのであれば敷地外で行ってください。』と教授は顔を変えずに言う。
『分りました。その時は敷地外にて行うようにいたします。』とオレ。
『そうして頂けると助かります。』
『それから他の者に申し上げて置きます。学院は知識を教えるところです。生徒間の衝突等には関与いたしません。腕を失くそうが、首を失くそうが、それは自己責任の範疇となります。それから、この学院に学びに来る者の中には、彼のような一般の人とは違う少年も居ますから、実家が失くならないよう行動に気をつける事を忠告して置きます。』と教授が言う。
教授の話が終わると皆席につき始める。
『レイゼン君、もし首を刈りたいのなら、ここから西にある、テンフォという街に行ってみたらどうでしょう?。その街に盗賊が入り込んで、街の人が助けを求めているようですが・・・なにせ盗賊団の人員が五十人と多いので誰も手を上げてはいないようですよ。』と教授。
『教授、それは良い実地になると思います。お教え頂き有難う御座います。・・・他の方に制圧される前に着けるよう、今から行こうと思います。』と言うと、教授に礼をし、さっさと教室を出ていく。
『点呼を取ります・・・』と、背後で教授の声が小さくなる。
オレは白いフード付きの外套を着て、白い目の下から顎を覆う面を付け、父から借りた幻馬に乗ってテンフォに向かって急いでいる。この幻馬は呼べば、何処からかやってきて乗せてくれる。脚も素晴らしく速い、が臆病な為、戦いの時には居なくなるそうだ。
道は草原から砂と石の荒涼とした地へと変わっていく。テンフォの街は石と砂の荒地帯の中にあり、宝石の採掘と加工が生活の糧だと聞いた。街が見えて来た。幻馬のお陰で随分早く着いた。まだ解決していないと良いななどと考えながら街の入口で幻馬から降りる。幻馬は体が消えていく。それを見送ると、街の入口と思われる一本の大きな柱を見ながら入っていく。その柱の表面にはには、テンフォへようこそ、と文字が削られている。
柱を過ぎ、少々歩く。通りの両脇に家か店舗なのか分からないが、続いているのが見える。人の姿は見えない。まるで放棄された街のようだ。さて、どうしたものか、と歩みを広場らしきところへ歩いて行く。変わらず人の姿はない。
と、いきなり一人の老人が現れ、近付いてくる。
『少年、どうした?この街は危ないぞ。直ぐ出ていったほうがよい。』と老人が言う。
『ご老人、この街は盗賊に溢れていると聞いたのですが、もういなくなりましたか?』ときいてみる。
『少年、知っておるのか?』と老人が困った顔だ。
『ああ、まだおるわ。ある所に討伐者を頼んでいるが誰も来てくれないのだ・・・』と。
『あなたはこの街の責任者の方ですか?』と俺が聞く。
『ああ、一応街長をやっとる。・・・早く出ていったほうがよい。もう帰ってくるぞ・・・』と入口を見ている。
『あの・・・盗賊を狩るのに、いくら出せますか?無料という訳にはいかないので。』と街長に向かって笑う。面を付けたまま笑うのは難しい。
『五千万ギルをワン家の商符で用意してあるが・・・五十二人だが・・・出来るのか?』
『お任せ下さい。こう見えても、家の家系は殺し屋の家なので・・・丁度戻ってきましたね。こちらで隠れていましょう。』と商店の前にある棚のの影に隠れる。
盗賊たちは幻馬に乗った者や、幻馬に引かれた馬車に乗る者、走ってくる者色々だ。人数は五十二人、過不足なし、一度で全て終えられる、と思いながら盗賊達を見ている。特に凄腕はいない。