ジオの夢 三十四話 タイレル
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『姉様、困りました。ニ十四人は終わったのですが、残り一人がおりませぬ。』と、少年が顔を顰めている。
『・・・この店員を仕立てたら良いのではないですか。どうせ一位の顔は知れぬのですから。』
アイシャの店主と初老の男が嫌な顔をする。
何か言いたげだが・・・
『お二方。この者一人と無辜の者とどちらを取られるのです。』と私。
店員ばずっと顔を伏せている。
『どっちみち、この男は死なねばならないのなら、皆のために死んで貰いましょう。』と少年も言う。
『か、勘弁して下さい。そ、そちらに二十六位の方が居られますのに、なぜ私が代わりにならねばならないのですか。』と、下を向いたまま喚いている。
扉が開く音がする。
『お取り込み中とは思いますが、虎殿、少々お時間を。』と男の声がする。
『これは猫殿。ご無沙汰しております。』と少年が笑う。
猫殿が私を見て、驚いた目をするが、顔に出さず目礼のみ下さる。
『猫殿。よくここがお分かりになられましたね。』と少年。
『はい。大虎殿に伺いました。』と猫殿が言われる。
大虎か・・・私なら、さしずめ・・・牝虎か・・・うん、店員が猫殿を見たが・・・
『ご依頼者がお亡くなりになられました。つきましては、ご依頼の件お願い出来るか、確認をと思いまして。』
『勿論でございます。約束を致しました故は、最善を尽くします。』
『それは助かります。大丈夫とは思うておりましたが、なにせ状況か移っておりますので、少々心配を。』
『そうでございますか・・・でお亡くなりになられたのはいつてございましょう?』
『昨日の朝方とお聞き致しました。』
『では、急がなければなりませんね。明日の朝方には入りましょう。』
『はい。そうしていただければ。』
『ところで、猫殿は狼の第一位を知っておられますか?』と、少年が聞く。
『いえ、商売の仕方は好きではないので・・・』と、猫殿に特に動揺はない。
『成る程・・・一つ頼まれて頂きたいのです。ここの遺体を葬ってあげたいのですが・・・お願いできませんか。勿論、料金はお支払い致します。人数は二十五になりまが・・・』
『畏まりました。朝空けるまでに運び出しましょう。では、準備にかかりますので、これにて失礼を。』と、猫殿な足早に出て行く。
『うん、急用が出来ました。』と少年が難しい顔で言われる。
『一位殿、貴方と遊んでいる訳にいかなくなりました。』と少年が店員に告げる。
やはり、少年も気が付いていた・・・
場違いな店員が少年を睨んでいる。脅し慣れた睨みだ・・・
『もし、私の身体に傷をつけ、血を流す事が出来ましたなら、無事に、この街を出られる事をお約束致しましょう。簡単でございましょう。』と。
少年は座っていた席を立つと、広く空いている処にに立つ。相変わらず、殺気はない。ただ何する事も無い風情だ・・・
店員の顔付きが変わる。狡賢そうな、嫌な顔だ・・・卑怯であろうが、自分の利益の為なら何でもするだろう・・・人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべている・・・
場違いな店員は、卓を乗り越えると、剣を抜き身構える。何も言わない。只々、少年の周りをゆっくり回る。と、いきなり入口に走り出す。しかし少年は追わない。店員は入口横の壁を開けると、小型の矢を装填した弓矢を出すと、少年に狙いを定め矢を放つ。放った店員の顔は笑っていたが、直ぐに凍りつく。少年は矢を放った先には居ない。店員の後ろから店員の首に剣の刃を当てている。
『どの様な方法であれ、どの様な人であれ、人を殺したり、殺そうとすれば、いつかは己に帰るものです。貴方が今その時なのでしょう。いたぶるのは好きではないので、皆と同様に痛みの無いように送ってあげましょう。私もそのうちに逝きますから、いつか、あちらでお会いしましょう。』と、少年が剣を払う。首が落ちる。
間近で見るその剣捌きに、揺れは無い。この年でこの腕か・・・分かっていたが、実際に目にする凄さに戦慄する・・・
少年が椅子に座り、一口酒を飲む。少年は今にも、泣きそうな顔だ、少年の悲しみが伝わって来る気がする・・・
『少年、抱いてあげよう。』
暫く抱いている。皆は黙って酒を飲んでいる。
『姉様、私はこの後は一人で赴かねばなりません。』と、私から離れて、話し出す。
『ここで、後続の方々を待って頂けますか。ここの地も自治となりますが、我らが後援することになりましょう。で用心棒の方々には兵を、アイシャの男性の方には自治をお願いしたいのです。細い差配は後の者が致します。お嫌であれば好きにして頂いて構いません。』と少年が酒を見たまま、話す。
誰も何も言わずじっと聞いている。
『そして、メトセラ様、お姉様にお会いしたくはありませんか?』
『貴方は、遭った事は有るのですか?』と店主が少年に聞く。
いつ、店主の名を知ったのだろう?
『いえ・・・場所を変えますか。』
『私であれば気に致しませんが。』と店主が笑みを浮かべている。
『では。・・・お会いしたのは私の曾祖父でございます。私の曾祖父の申し送りにございました。もしメトセラの妹様にお会いする事があればお伝えするようにと。』
『それは、それはとても有難い事でございますが・・・私たちとあなたの一族の方々とは確執があると思っておりましたが・・・』と少年を見ている。
この方は長生きの一族なのだろうか・・・婆に聞いた気はするのだが・・・
『そうでございましょうか?私に伝わっていないのを思いますに、元々無いのか、有ったとしても済んだ事案なのでしょう。なにせ、その姉様が、今居られる処は我が一族の地でありますから。もし行かれるのであれば、北の地、シュペルゲンの街にエルデンフリートと申す者がおります。その者に、銀の少年に許しを得たから祠に案内を、と言えば、案内をしてくれると思います。』
『そうですか・・・ではそのようにさせて頂きます・・・』とアイシャの女性店主が少年に頭を下げる。
『姉様、髪を黒に染めたいのですが、お手伝い頂きたいのです。』と、少年が私を見て微笑む。
湯殿を借りる。少年の返り血を流し、二人で汗を流す。少年の髪を染める。そして顔に傷を拵える。暫く湯に浸かる。
少年は、黒の内衣に黒の外套に着替え、ディレントの街を出て行く。アイシャの女性店主も少年の言われた場所に向かって街を出て行った。
私達は手持ち無沙汰で、うとうとしている。
夜が明ける前に、猫殿と手の者が遺体の片付けに現れた。猫殿は、自ら、入口に横たわる一位の者の頭を体に載せると、手を合わせ運び出していく。
『紅蓮の姐さん、我々はどうしたらいいんだい?』とお喋りキーファーと呼ばれた男が聞いてくる。
『此処に居るつもりなら、待つしかないね。後続の者達が乗り込んで来るって言ってただろう。私は見届人なんだよ。後の事は聞いて無いよ・・・』
猫殿の手の者が去った。朝が来る。静かだった街に音が戻る。それと共に、数人の男たちがアイシャの店の者の案内でこちらに向かって来る。見た処、顔見知りはバビアナくらいだ。うん、何故、ゴルトレーベン殿がいる・・・いや、会わなかつたから忘れていたが、いて当然か・・・同じ一族なのだから・・・
『これは、ユリア殿。またお会い出来て、嬉しいですね。』と笑われる。
『はい、私も。何よりも、争う必要が無くなったのは有難いことです。』と微笑んで見る。
『同感です。』と、更に笑われる。
私は知らない二人に目を移す。
『こちらの方々は初めてでございますか?』とレーベン殿が言われ、紹介して下さる。
老齢の方はバルツァー殿、若き方はユルゲン殿と言われ、バルツァー殿のご子息との事。
お二人は少年の執事であられ、確保地の自治を取り仕切るとの事。また、レーベン殿は治安、外敵に対する兵員の担当であるらしい。今後は私も兵員を担う事もあるらしい。
厄介な事は遣りたく無い・・・出来れば・・・
バビアナは、メドラーから私に付くよう言われて来たとの事、これまた厄介な事だ。
このような自治領は、少年が当主になる前から増えているようだ。アラインバルトの一族、つまり宗門の方々は領地の外に出たがらないので、人手が足りない。キーファーやバークレーのような人材は有り難いらしい。アイシャの番頭はカシムと言う名前だ。初めて知った。この様な男も欲しいらしい。
ただ、約束を違えた時はどうなるかと、少年の怖さを散々に告げられていたのには、少年が哀れになった。
私はレーベン殿とキーファーとバークレーの打ち合わせに同席している。バークレーは沈黙の男と呼ばれていたが、相変わらず何も喋らない。喋るのはいつもキーファーだ。
そこにライプチヒ兄弟が現れる。私の顔を見るとばつが悪そうに笑う。
私も微笑んでおこう・・・
話の内容は自治に応じた兵を集め、訓練し、治安維持を司ると云う事らしいが・・・
私は、もう用はない。バビアナも手持ち無沙汰なので、ゴドロノフに戻ることにした。少年は今は何処にいるのだろうか・・・出来れば少年に付いて行きたかったが、そうもいかないようだ。
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ここがタイレルの街か・・・離れた所から街を見ている。森の手前に作られた街か・・・街の中に木造の塀で囲まれている地域か・・・脱出するのは問題なさそうだ。
街並に入り、更に門へと進んで行く。門番はいない。入るのに許可は必要なさそうだ。中は直ぐに商店が並ぶ。今は、朝方だ。すべての店舗が開くには、まだ時間が有りそうだ。
さて、どうしたものか・・・
『兄さん朝飯は食べました?良ければうちで食べませんか?宿泊もできますよ。』と、声が掛かる。
その声の方を見る。十歳程の少女が居る。微笑んでいる。
・・・腹も空いたし、喉も乾いたし、そうするか・・・
『お嬢さんの店は何処ですか?』と訊ねる。
『彼処に見える卓の出てる店です。』と指をさす。少女はオレの顔を見ているが、別段気にした様子は無いが・・・なんだろう
店は丸い卓が十程置いてある。清潔で明るい店だ。少女の姉と二人で切り盛りしているとの事。親は亡くなったそうだ。三日の宿泊と食事をお願いし、外の見える卓に座った。
食事は美味しかった。茶を飲みながら外を見ている。
さて、依頼を熟すにはどうしたものか・・・
商店街の中にある、この店から見る外の通りは人で賑わって来た。
と、兵士の一団がこちらに向かって来る。
私に用があるとは思えないが・・・明らかに先頭を歩いて来る太った男・・・兵士の青い制服がはち切れそうだ・・・の殺意がオレにある・・・この際聞こえない振りをしよう・・・
『おい、お前なんで此処にいる?誰の許可を得た?』と理由の分からない事を言う。
慌てて、店の店主の姉が洗い場からから出て来る。
『お止め下さい。お客様に絡むのは。営業の邪魔は止めて下さい。』と、店主は泣きそうな顔だ。
『だから俺の処に来れば働かなくて済むと言っているだろう』と、怒鳴っている。
くそっ、行き成り馬鹿に邪魔されるとは・・・迷惑な奴だ・・・
『兵士さん、嫌われているのが分かりませんか?いい加減に諦めないと、不幸が来ますよ。ねぇ、周りの兵士さんもそう思うでしょう?忠告してあげて下さい。こちらの店主さんも迷惑しているではないですか。』と、オレが言う。
と、周りの兵士が余計なことを言うなと、顔が怒っている。太った兵士さんも怒りで真っ赤だ。
『お、お前!』と、オレを剣で殴ろうとする。
しかし、殴られるのは嫌だ・・・痛いに決まっている・・・つい、手が動いてしまう・・・
オレは鉄扇で大きな腹を突いてしまったようだ。オレを殴ろうとした男は腹を押さえて踞ってしまう。
『困った。こんなに弱いとは・・・つい、手が出ただけなのに。これで兵士が務まるのか?』と声に出てしまった。
兵士達がオレの事を罵る。
『仕方ない。外に出ますよ。一人では、不公平すね。みんな叩いて上げましょう。』と、オレは言うと、席を立ち外に出て行く。
兵士たち十人も、慌てて追ってくる。
兵士達は何の統率も取れておらず、たた闇雲にオレに向かって剣を振ってくる。適当に、兵士たちの体を撃つ。全員平等にだ。一発で皆呻いている。
・・・おい、こんなに弱くて、本当に兵士なのか?戦いにはお荷物だな・・・
オレは店に戻って席につく。
『やはり、お兄さんは強いですね。私の見た目通りね。』
店主の妹が傍らに来て告げる。
『しかし、大丈夫でしょうか。あの人は、タイレル様の執事の息子なんです。それに、あの人の上にはボーマンと云うこの地で最も強いと言われる方がいますが・・・』
店主の姉も来られて、心配顔だ。




