ジオの夢 壱、北の都にて
ーーーーーー ジオは部屋の寝台に横になっている。傍らの長椅子にレディティアとサラが居る。
『母者、サラ、オレが見た夢の話だ・・・』 ーーーーー
オレはこの世界では皆からレイと呼ばれている。今、木造の家の部屋の外廊下に座っている。季節は夏であるが暑いという事はなく過ごし易い。部屋の中には母が伏せっている。病が移るといけないのでオレは入れない。オレの母は山の民の出身で、一年前から実家に療養に来ている。それにオレも同伴してきた。山の民とは北の山々を居住地としている人々の呼び名である。この家は集落より離れた、山の斜面に建っている。
オレの母は銀髪で絶世の美女だと皆が言っている。オレもそう思う。そしてオレも母の美しさを受け継ぎ、銀髪で目を見張るばかりの面立ちらしい。オレは自分の事は分からない。
部屋から母方の祖父が出てくる。
『お爺様、母上の具合いは良くはないのですか?』とオレが祖父に聞く。
『ああ。・・・レイ、もう覚悟したほうがよい・・・』と祖父が言う。
『そうですか・・・』
オレの母は、それからー日と経つことなく亡くなった。悲しいことは悲しいが、反面、母の病による苦しみを思うと安堵の気持ちもある。
ここの葬儀は簡単だ。親しい者だけで遺体を焼き、骨を墓地に埋める。それで終わりだ。
母の葬儀を済ませ、父の元へ戻る事にする。父方の唯一の後継ぎであるオレは、父の元へ帰らねばならない。母の元におられたのも父の配慮のお陰だ。
『レイ、気を付けて行け。』と村の外れまで送ってくれる。
祖父は人を付けると言ったがオレは断った。まだ四歳たが、同年齢の中では背はある方だし、白の面も付けている。少年とは思われないだろう。面は、領地の者には広く知れ渡るアストリアス家の伝統である。勿論、個々に好みの面であり、素顔を知られぬ様に、領地外及び戦闘においても必ず着用の習慣である。
剣の腕についても、父からー人前になったと言われた。それにこの地でオレを襲う者はいない。祖父は、この連なる山々を治める山の民八部族の族長の一人でこの辺りの地を治めている。平野に下りていけば、父が治める地が広がる。
父の家は宗家と呼ばれ尊ばれる家系だ。三千年の長きに渡り連綿と続く有名な一族の当主らしい。その一族の歴史のー千年はこの大陸全てを差配していた事もあると聞く。祖父は二十五州を受け継いでいたが、今は十五州である。
この大陸は西方地域と東方地域に分かれる。父の領地が存在するのは西方地域二百六十州の内であり、今は多くの家が乱立している。
白のフード付き外套を着て、フードを被って山を下っていく。北の山々の木々は人の高さしかない。道は石ころが多い。外套の左胸には白虎月下咆哮図の紋様。行き交う人がこの紋様を見て、深い礼を呉れる。オレも中礼で返す。
平野に入り道は広くなり、人家もまばらに見えるようになる。やがて父が差配する、北の都と呼ばれる街に到着する。父は第百二十七代当主ライゼン・アストリアス=アラインバルト、父の父は早々に当主を譲っており、名はアイゼン・アストリアス=アラインバルト。因みにオレの正式な名前は、レイゼン・アストリアス=アラインバルトと言う。
北の都には特に門や壁があるわけではない。整備された街道を進む。北の都は平野の中にある。回りは田畑が遥か先まで続く。その田畑で作業する人がたまに見える。街道には農作業を休憩している農夫もいる。
その農夫の気配がただ者でないのは分かる。その農夫が声を掛けてくる。
『若か?』と。
その農夫が老人であることに気付く。
『ご老人、レイと申します。お見知りおきを。』とフードと虎に似せた白い面を外す。
『おお、まさしく、若だ・・・戻られたか?』と老人。その回りには更に二人の老人も表れている。この二人もなかなかの剣の腕なのが伝わってくる。
『母上は亡くなられました。それで戻って参りました。』とオレは面を仕舞い礼をする。
三人とは挨拶もそこそこに、オレは領主館に向かう。
途中、領内の行政を掌る政務院の脇を通る。政務院は石造りの目を見張る大きさだ。一族の代表者による行務、法務、軍務、全ての事務を執り行う場所だ。今は人が多くないようだ。静かだ。
目の前の領主の館は木造に白い土壁が美しい。普通の家の三倍の大きさだが贅を凝らしてはいない。先程、通り過ぎてきた政務院の石造りの建物に比べれば、一般住宅に過ぎない。
門から庭を通り玄関に入る。さらに居間から父の書斎に向かう。書斎の扉は木造りで木目が美しい。扉の前で中に声を掛ける。
『父上、レイです。入ってもよろしいですか。』
『ああ、よいぞ。』と中から声が聞こえる。
『父上、失礼致します。・・・母が身罷りました。それで戻ってまいりした。』とオレは父に伝える。
『そうか・・・我が父にも伝えてくれるか・・・』と父。父は二十代半ばで十分若い。オレと同じ銀髪で、短髪を、後に撫でつけている。父は当主の書斎にて、ゆっくりと筆を動ごかしている。その書斎にはすべての壁が書棚となり、蔵書が納まっている。父の書斎から出ると家令のバルツァーと出会う。バルツァーは五十代前半、黒髪が肩まである。
『レイ様お帰りなさいませ。』と挨拶をくれる。
『バルツァー、母が逝った。・・・今日からまた世話になるよ。』とオレ。
『それは・・・お気をしっかりと・・・』と頭を下げてくれる。
『大丈夫だ。ありがとう。祖父様は何処におられるか知っているかい。』と笑って尋ねる。
『先程、テラスに向かわれました。』
『ありがとう。』
玄関横にあるテラスに向かう。テラスは陽の光が当たり眩しいqこ
テラスにある揺り椅子に壮年の男性が座り、椅子を揺らしている。やはり銀髪で背中までの髪の長さがある。
『御祖父様、レイです。今、よろしいですか?』
『おお、レイか・・・戻ったのか・・・母はいかがかな?』と祖父が心配そうに言う。
『祖父様、母は身罷りました。で戻って参りました。』祖父に伝える。
『そうか、レイこちらに。』と祖父がオレを抱いてくれる。
『辛いな。悲しいな。泣いて良いのだぞ。』と祖父は抱いたまま言う。
『いえ、もう長く臥せておりましたので、覚悟は出来ておりました。』
『そうか・・・そうか・・・』と、祖父は泣いてくれる。
祖父は五十になったばかりだ。それで当主を譲ったのは、持病によるらしい。詳しくは聞かされていない。アストリアスの当主はどの代でも名領主と言われているが、早きに亡くなる者が多いと聞いている。オレも寿命が短いかも知れない。
父の館に戻って来た俺の日課は、朝食の後、父の書斎でアストリアス家三千年の歴史を父と祖父より学ぶ。その後に、昼食壱時間前から昼食の時間まで闘演舞と呼ばれる舞を、祖父と父の前で舞う事である。闘演舞は九部からなり、剣の型を舞にしたもであり、アストリアス家及び一族の神に捧げる舞でもある。
午後からは自由にして良いと言われている。それで近くの農民たちから畑仕事を習ったり、たまに学校に同席しに行く。学校では六歳から十二歳までが色々な生きる知識を学んでいる。
父は、理由は分らないが、館から出ることはない。代わりに祖父が俺を領地内外の各地の街へ連れて行ってくれる。見たところ、祖父は病気とは思えない程元気なのだが・・・。