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ジオの夢 二十九話 大炎とシレン


ーーーーーーーーーーーー

宗家の馬車が続いている。無事に領地に到着されるよう祈るのみだ。ここで馬鹿が何か仕出かすと、とんでもない事になる。ただでさえ夏の声望が落ちようとしている。これ以上恥を搔くのは御免だ。

『炎。宗家はどうであった?』と後ろから声がする。

『御爺か。珍しいな、御爺が動くとは。』

『宗家と戦をするには総力戦だろうと思うてな。』と、笑っている。

『儂が生きているうちに、夏家が失くなってみろ。あの世で兄にぐじぐじ言われる。それだけは避けたい。』と。

『戦にならず良かったぞ。』と御爺。


『いつから居た?』

『別れの挨拶をしている頃じゃ。あの若い当主には知れていたがな。』

『そうか、俺は気が付かなかった・・・』

『ああ、あの若いのと炎では腕は同じでも、修羅場の数が違うからな。あの若いのは恐いな。儂が会った当主も、ああだった。』


『ああだったとは・・・』

そんなに宗家とは凄いのか・・・

『気配だ。気配が無い。人を殺める時でさえ気配を出さん。炎にはその恐さがわかるだろうて。』

『ああ、しかし天円には怒っていたが。それも凄い気配でだ。』

『芝居だな。宗家の当主が怒りで我を忘れるなどないわ。』

『そうか、芝居か・・・十五なのに・・・』

『あれはな、炎。三千十五歳よ。あの家は三千歳から数えるのよ。』と笑う。

『そうか、ならやり込められても当然か・・・』

『それより、南がきな臭いぞ。』と御爺が言う。

『南か・・・宗家に、こ奴らの釈放代だと言って八十億取られた・・・草原の民が来るが、争うなと言われたよ。でこの八十億で手を打てと・・・』


『そうか、金で手を打てか・・・確かにそれが一番だな・・・それでそんな顔をしているのか・・・あの時の兄と同じ顔だな・・・』と、御爺が顔を顰める。

『機嫌が悪いと云うか、納得が出来ん。言いなりはなあ・・・相手は十五だ・・・それに裏がわからん。』

御爺には分かるだろうか?


『炎。宗家に裏はない。策は弄さない。約束も破らん。だから三千年続いている。宗家の当主は浮世離れしておる。この世に未練を持たん。それが余計に怖ろしい。しかし、長生きはせん。しても、病気に犯される。我らとは生きている世界が違う。気にするな。仲が良いなら、それにこしたことはないが、何もしなければ放っておいてくれる。そういう家だ。』

『あの時の兄に言った事を教えてやる・・・』

と御爺が、宗家に会って祖父が悄気げた時の話をしてくれた・・・


『なあ、炎。戦になるより良いだろうが。』

『御爺、でも俺は悔しい。この馬鹿どものせいで、いいようにというか・・・また、助けられた。』

『そうか、悔しいか・・・だったら、八十億なんて言われたままにせずに、百でも百二十でも出したらいいではないか?さすれば、あの坊も喜ぶだろう。』と俺の背を叩きながら笑う。


『御爺、さすが御爺じゃ、良いな。百二十だ。』

『テイザン。百二十用意できるか。』

『はっ、仰せのままに。』

『頼む。』

『なあ、御爺、この二人、俺が切っても良いか?この二人が余計な事しなければ、俺が宗家の当主にわだかまりを抱くこともなかった。』と二人を見る。

この二人には理解できないだろうな・・・対等であるということがどれだけ重要であるか・・・

『そう言うな。弟だろうが・・・少し気は晴れたろう。我慢しろ。』と、御爺がいうが・・・俺にはもう弟に対する気持ちが失せてしまった・・・


いま、老師の家に居る。御爺も居る。御爺はのんびり酒を飲んでいる。

『御爺、良いのか。酒など飲んで。』

『ああ、酒でも飲んでおらんと、やっておれんわ。』

誰か来たようだ。足音が怒ってるな・・


『老師。居られるか、来たぞ。』

『おお、コウカ殿。お見えになれたか、お座りくだされ。』

と、隣の部屋から話し声は聞こえる。

『何故、謹慎せねばならぬ。我らが何をした?したのは天円の小僧だろうが。』

『まあまあ、そう怒らずとも。怒っても仕方あるまい。』

と老師が宥めているようだ。

しかし、天円の小僧とはよく言ってくれたものだ・・・


『炎、行くぞ』と御爺が言う。

御爺は立ち上がると、扉を開け向こうの部屋へ移動する。俺も慌てて、付いて行く。

『コウカ、久しいな。』と御爺が言う。

顔は言葉と違い、怒っている。

『何だ、沙汰に不満のようだな。』

『て、天流様。お久しゅうございます。不満などは・・・』とコウカが返す。

『まあよい、それより、大樹に何を盛った?』

御爺、何を言っている・・・

『わ、私では有りませぬ。天円様がなされたのです。』

『その天円に何をした?』と御爺が剣を抜き、コウカに近づいて行く。

と、天井の一角に気配が現われる。俺はその天井を睨む。その天井の一角がずれていき、屋根裏の暗闇が現れる。そして吹き矢が差し出され、御爺に向かう。

『御爺っ・・・上だ!』御爺に声を掛け、吹き矢に向かって小刀を投げるが、矢が吹かれる。御爺は矢を避けている。小刀は避けられたようだ。

『御爺、大丈夫か?』

『ああ、しかし、コウカに逃げられたわ。歳で身体が動かんな。』と御爺が笑っている。

『御爺、どうなっておる?』

『ああ、今説明する。』

『チョウコウ、追ったか?』

『はい、追わせております。』

『うん。で、炎・・・』


急ぎの足音が聞こえる。

『急ぎにて、失礼致す。老公と大炎様はおられますか?カンセイでございます。』

『カンセイ殿、こちらじゃ。』と老師が声を掛ける。

襖を開け、カンセイが入って来るなり、話し始める。

『草原の民が境界に集まって来ておりますが。如何致しましょう?』

『御爺?』

『儂は引退した身じゃ。好きにやれ。』

『ああ。』


ーーーーーーーーーーーー

戦か・・・出来ればしたくはないが・・・事がどんどん進んでいく。男どもは嬉しそうだ。やっと敵が取れると・・・しかし、自分が死ぬとはこれっぽっちも考えておらん・・・兎を殺す様に簡単だとでも思っているのか・・・愚か者だ・・・我が妹まで騒ぎおる。馬鹿者が・・・


我が兄をやった奴等を赦してやったのに・・・奴らまで当たり前の様に敵を打てなどと騒ぎおる。私がうちたいのはお前らだというのに・・・


シレンが来た。用意が出来たようだ・・・

『アイリーン様。ご支度は整いましたか。そろそろ出発の時間でございます。』とシレンが言う。

相変わらず、感情を表に出さん奴じゃ。感情を出さんといえば、坊も感情的ではなかったな。ただ、淡々と物事を処理しておったな。今一度、会いたかったが、もうそれも適うまい・・・


『何をお考えで?』

『この戦はしないとだめなのか?』

『・・・けじめが必要なのです。』

『けじめか・・・死んでけじめになるのか?ほぼ全滅でけじめもないだろう・・・』

『アイリーン様は我等が負けると?』とシレンが私を見る。

『ああ、草原でやるのならともかく、相手の森でやって勝てるわけなどないだろう・・・まして、夏家は戦となれば大炎が必ず出くる。あの大炎に森で勝てるか?』と、シレンを見る。

『・・・』

シレンは言葉を返さない。

シレンも分かっているのだろうが・・・


『坊ならどうしたであろうな?』

『坊とは宗家のご当主のことでございますか?』

シレンの言葉に感情が入ったな・・・珍しいな・・・

『さあ、行くぞ。見事な散り際を見せてやる。』とシレンの顔を見る。 

『・・・』

どうした・・・不貞腐れたか・・・シレンにも感情はあるのだな・・・


境界で夏家と睨み合っている。夏家の展開が早く、侵入出来ずにいる。夏家から仕掛けるつもりはないようだ。

『やはり大炎が来たな。』とシランに言う。

『ええ、大炎殿の十竜兵もおりますな。』

『ああ、派手な軍装だ・・・』

『我らの軽装と違い、重装でございますね・・・』

『・・・だな。・・・さて、シレンどうする?』


夏の陣に動きがあるようだ。一際目立つ朱と黄色の炎の文様の鎧の者がこちらに向かって来る。付き添いは居ない。一人で境界の際まで馬で寄せて来る。

『夏の大炎と申す。アイリーン殿は居られるか?話がしたい。』

と、我が陣営がざわつく。

『また、騙し討地をするつもりか?夏の卑怯者め!』と誰かが答える。

シレンが私を見る。それに頷く。

『大炎殿。念の為護衛を伴うがよろしいか?』とシレンが応える。

『ああ、構わぬ。』と大炎殿。


夏家は一人であるのに、こちらからは大人数では面子が立たぬ、と云う事でシレン一人が付いて来ることで落ち着いた。死ぬかもしれぬと云うのに面子か・・・面子より信義であろうに・・・と想いながら、シレンと二人、馬を進めて行く。

大炎には会ったことはないが、評判は聞いている。中々の良い男らしい。見た目と性格もだ。


我等が近づいて行くと、馬を降り、兜を外し、鎧を脱いでいる。大剣も地面に離している。

我らも同様に馬から降り、剣を地面に置く。我等は兜は着けてはいない。我らの鎧は、鎧というより衣服に近いものであり、脱ぐわけには行かない。


『初にお目に掛かります。夏の天円に替わりて夏の長を継ぎました、大炎と申します。』と、先に話される。

そうか、ぼんくらと名高い天円ではないのか、また厄介なことだ。

『アイリーンと申します。それはそれは、目出度いと申し上げれば良いか、ご愁傷様と申し上げればよいか分かりませぬが・・・』と。言っておく。

大炎はどう捉えたのか・・・微笑んでいる。

『これはシレンと申します。』と紹介する。

『大炎殿、お見知り置きを。』とシレン。

『あの、名高きシレン殿でござりますか。こちらこそよしなに。』と、値踏む様に見る。

シレンは兄カイの友人で懐刀で有名であったな・・・坊が現れ、私の考えが変わったのかも知れぬな・・・今では自分で考える事の大事さがよく分かる・・・


『大炎殿、早速ではありますが、お話とはなんでありましょう。一族の者達が焦れております故、手短にお願い致します。』と私。

『はい。では用件を。私も一族の者も父のした事には大層恥じており、済まなく感じております。そこでその遺恨に付いては金でお晴らし頂くわけには参りまぬか?と云う事なのです。如何でございましょうか?』と言われる。


シレンは下を向いているが、明らかに不満そうだ。まあ、私も不満だ。はした金など貰っても余計に皆から不満が出る。

『大炎殿ともあろう方が、金で解決をと申されるか。金で日和ったでは、亡くなった先達に申開きができませぬ。』

『アイリーン殿。仰られる事はわかります。ただこの事は宗家のご当主が言い出された事で、我等は宗家に借りが有り、受けざる負えないのです』と大炎殿。

坊が・・・何故坊が知っている・・・シレンを見る。シレンの目が何時もの目ではない。闇に捕らわれたような目だ・・・


『先日、我が弟天円は宗家の地を取ろうとしたのです。それを宗家の方々に見咎められ、尚且つ矢にて討たんと致しました。その挙げ句、捕縛される始末にございました。その方々は捕縛後に領地に引き連れるつもりようでありましたが、我ら、その方々の腕を見誤り、奪回を謀ったのですが、見事に防がれてしまいました。』と情けなさそうだ。

大炎も居たのか・・・夏家の者でも、宗家の者に敵わぬのか・・・宗家は戦に在りては負け知らずと聞くが、本当なのだな・・・


『その時、宗家の方々は大層な数の馬車を連ねられ、帰領の最中でした。当主殿も馬車の一つで休まれておりました。その宗家の中に我を見知っている方もおりましたので、その方が当主殿を起こして下さいました。我も当主殿とは縁ありて、懇意にさせて頂いておりますが、天円は当主殿に不調法を致し、一度、許して頂いておるのです。今回二度目であり、まして地の占拠でございます。あの歳で、我ら皆慄く程お怒りになり、そのまま弟の首を落とす勢いで御座いました。』

あの坊が感情で怒るとは思えぬ・・・おそらく芝居だろうな・・・


『その時に、腕の立つ女性が坊を必死で宥めて下さり、弟の首ほか部下たちの首も事なきを得たのですが、代わりに、八十億を身代金として出す事と、弟を隠居をさせざる負えませんでした。』

『で、その時に当主殿が言われたのです。間もなく草原の民が攻めて来るから、この八十億で手を打たれたらどうかと。私も文を認めるから是非にも戦のないようにと言われたのです。』


『此処に御二人宛の文が有りますれば、お読み下さいませ。』

坊の文とは・・

シレンも不信げに文を見ている。そして、シレンは読み始める。何とも言えぬ顔だ。聞くのは止めておこう・・・

私も坊の手紙を読みは始める。


『姉様、ご無沙汰をしております。

また、お会い出来るのを楽しみにしておりました。が、この度の戦はいけませぬ。姉様には是非、生きて頂きたいのです。烏滸がましのですが、私は姉様に貸しがあると思っております。その貸しを、姉様が私より長生きする事で、お返し頂くと云うことは出来ませんか。姉様、我が街に一度お越し下されませ。楽しみにしております。

くれぐれも、命を粗末になさらぬように。

あなたの坊より。』


坊の文を読み終えた。短い文である。もっと長く記してほしかった・・・


『シレン殿、その様な顔をなさいますな。』と大炎殿がシレンに話し掛けている。

シレンの顔は何であろう・・・まるで別人のように歪んでいる・・・坊は、シレンに何を書いて寄越したのであろうか・・・


『シレン殿。私もこの話を宗家の当主殿に聞いた時からそのような顔をしていたようです。』

『大炎殿もですか・・・』

『はい。それを、叔祖父に言われました。そんな顔をするなと。それではお前の祖父と同じではないかと。』大炎殿が言われる。

『大炎殿の祖父殿と同じ・・・』

『叔祖父がわしに教えてくれた話です。』


『我らも昔、境界の件で当時の宗家の当主に有った事がある。その当主も成り立てで若かった。結局、宗家の当主の言う通りにするしかなかった。儂は只々呆れたものだ。その様な知恵が若いのに、よく湧くものだとな。しかし、兄は違った、今の炎と同じ顔をしおってな。唸って居ったわ。それで、ぐじぐじと何故じゃ何故じゃとブツブツ言っておってな。目が死んでおった。』


『兄者、一体どうした?と聞いた。と、儂はな、あの者が許せん。何故儂は気が付かなかった?あの者には分るのに、儂は分からんかった。あの者に嫉妬しておる。くそ、自分の情けなさが遣る瀬無いのよ・・・と言うのだ。儂は次男じゃ。当主としての責任も気概も無い。気楽なものよ。しかし、兄者は当主としての誇り、気概、責任があった、だからこそ、若い当主のその湧いて来る知恵に嫉妬したのだろうな。』

『だから、儂は兄に言ったのよ。宗家は三千年続いておるのだろ?その知恵は一人のものでなかろうが、連綿と続くものであろう。兄者一人で、太刀打ちなど出来る訳なかろうに。対抗などしようと思うだけ無駄じゃ。止めとけと言ったのよ。しかし兄はな、今度また戦うかもしれんからと言ったわ。』


『安心しろ。宗家の当主はこの世に興味が無い。それは寿命の短さより来るのだろ・・・こちらが構わなければ襲ってこん。俺等にしたら宗家は犬と同じだ。気にするな。まあ宗家にしたら俺等は長生きの亀のようなもんだからな。邪魔なら動かされるだけじゃ。生きてる世界が同じでも見てるものが違う。気張るだけ無駄じゃと言ったのよ。』


『すると、兄者は、暫く考えていたな。そして・・・そうか、宗家は寿命の短い犬か・・・俺等は長生きの亀か・・・と言って笑い出した。俺等亀に犬の心の葛藤はわからんな。犬と張り合っても仕方ない。天流の言う通りだ。しかし上手い事言うわ。』


『大炎、どうだ?だから宗家の当主は三千十五歳だと申した。見かけに惑わされるな。家系の長さ、蓄積されている物も違う。』

『この様に、叔祖父に言われたのです。その時に、はたと思ったのです。宗家の当主とは辛いものだなと。』と大炎殿が言われる。

『宗家の当主は辛いもの・・・ですか・・・』とシレンが反応する。

顔付きが元に戻っている気がする。

『はい。宗家の歴代の当主は、八歳より悪人とはいえ、人の首を落とすのだそうです。普通の人であれば、その様な酷いことをしたいなどと思いますか?それも一人やふたりでありませぬ。千人に近いと聞いております。それでは心を殺さねば続けられますまい。一つ間違えば心が死にます。その様な生き様は私には無理ですな。』と大炎殿。

大炎が言われたその話は知らなかった・・・そうか、だから多くの女性が坊を癒そうと必死なのだ。髪の意味はそこにあったのか・・・


『大炎殿。私は何一つ宗家の事を知らずに、只々嫉妬していたのかも知れませぬ。心の中の靄が開けた思いでございます。』とシレンが大炎殿に頭を下げる。

『仕方有りません。あの当主は出来すぎですからな・・・』と大炎殿が嘆息する。

男の嫉妬も怖いものだ・・・気をつけねば・・・


大炎殿は太っ腹だ。更に四十億を追加し、百二十億を見舞金及び違約金として出しくれる事になった。八十億でも十分であるのに・・・おそらく、坊への気遣いなのだろう・・・

これであれば、文句を言う者もいない。我らの面子も立つというものだ。これもすべて坊のお陰だ・・・シレンは坊のお陰と云うのが気に入らないのだろうから・・・これからは気を付けよう・・・


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