ジオの夢 二十七話 森から草原、草原から森へ
昨日、坊が来た。坊が言うところの厄介な者共を処理し、息子も助けて下さった。此処にいては厄介な者が兵を連れ来るだろうから、早めに領地へ来いと言われた。多くの者は賛同したが、一部の者は拒んだ。私や老師の説得にも首を縦に振らない。私は、仕方ないから好きにさせる事にしたが・・・
坊は笑って、私が説得してみようと申され、拒む者たちと話をされた。すると、その強く拒んでいた者達が承諾をした。それも喜んでだ。坊はどんな手を使ったのだろう・・・
『拒む者にも理由があります。それでその理由を取り除いて差し上げただけでございます。』と坊が言われ、詳しくは話をされなかったが・・・
今日の夜半に村の全てを焼き、森の中を東へ向かう事になった。東へは無理だから、とお止めしたが、任せて下さいと言われたのでお任せする事になった。古くからの方々は特に何も言われない。皆信頼されているのは分かるのだが・・・
山を東に進む。村を燃やし尽くした火は全て消えたようだ。森へ広がることは無い。先頭の馬車に私とゴルトレーベン殿が御者台にいる。馬車の中では坊が休んでいる。坊は疲れたのだろうか・・・昔に比べたらよく寝ているかもしれない・・・
馬車の連なりは五十にも及ぶ。確かに、主要街道を通るには目立ち過ぎる。
いよいよ、境界を越える。不侵入の地と呼ばれ、入ったことは無い。多くの気配が集まってくる。我らを囲むのが分かる。殺気はある。しかし、未だに襲って来る気配は無い。我等は気にせず進む。坊が言われるには、声が掛かるまで、ゆっくり進んで下さい、と云う事であった。
道は狭くはない。馬車は通れる。と、道前方に人々が現れる。後方も人々により遮断されたようだ。
『どちらの方々か?何故我が地に侵入される?』と、女性の声が聞こえる。
先頭にいる女性の声のようだ。興奮は無いが、事と次第に依っては・・・と云う気概が感じられる。その女性の腕前も中々だ。争ってはならぬと伝わる事は真のようだ。その女性も私を見ている。
『母様、サキでございます。ご無沙汰しております。』と、後ろより坊の声がする。
私も、レーベン殿も坊であることを確認し、二人で顔を見合わせる。
サキとは・・・誰のことだ・・・
『おお、サキ殿か、驚きましたぞ。かような処から現れなさるとは・・・』と、その女性は近づかれた坊を抱きながら、言っている。厳しかった顔が喜びに満ちた笑みに変わっている。
『サキ殿、暫く見ぬうちに、大きく成られましたな。もっとお顔を出して下され。』と。
『母様。お変わり有りませぬか。申し訳有りませぬ。所用が多く、ご無沙汰致しました。これからは、忘れず心がけ致します故、お許し下さい。』と、微笑んでいる。
母様・・・坊には、母様が多い。坊が母様とお呼びになられる方なら安心出来る。
『フェイレーンの母様、レーベン殿。此方へ。』と坊が言われる。
我等は馬車を降り、坊の傍らへ歩く。
『こちらの母様はサバ様にございます。私はサバ様の息子となり、サキと云う名を頂きました。故にこの地にあっては、私はサキなのです。』と微笑まれる。
『サバ様。これは我が一族のシンシア様とレーベン殿でございます。それぞれ支族を束ねられております。お見知り置き下さいませ。』と。
この方々は一族ではないが、息子になったから一族と同じだ、と笑われる。サバ様も嬉しそうに笑われる。
馬車の後方から、シュニッツァー殿と衣装の違う方々が現れる。サバ様のご主人キラト殿と一族の方々であることを後で教えて下さった。
キラト殿も坊に会えて喜んでいたが、西の空に上がる明りを気にされていたが、坊の説明で安心されたようだ。
坊とサバ様、キラト殿は馬車を進めながら、談笑している。坊は誰にも愛されていて嬉しい・・・
と、サバ殿の傍らにいる二十歳程の男の歩行が気になる・・・レーベン殿も気になったようだ。シュニッツァー殿は最後方に戻っている。
『あの方はウスラ殿と申されます。父が若い時に教えた者でございますよ。』と、坊が我らの意識の先が気になったのか、教えて下さる。
道は曲がりくねりながら、森の中を進んで行く。馬車は休むこと無く進み、草原に出る。サバの方々はその前に帰って行かれた。そして、草原にて休みを取る事にする。森も良いが、草原は更に良い。しかし、ここはトレドの草原ではないだろうか・・・
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兄や主だった者が留守だというのに、とんでもない報告がはいった。狩りをしていた者からの報告だ。五十を超える馬車がサバの森との境界で待機しているという。あの辺りは確かに広い馬車の通れる道が続いてはいる。しかし、あの地域に侵入する者がいる訳が無い・・・
くそ、敵だったらどうする?取り敢えず、急いで様子を見に行かないと・・・それからだ・・・
馬車が停まっている辺りに来た。確かに数えるのが、面倒なくらいだ。ちっ、厳つい黒髪の短髪の男がいる。それと、あれは女か・・・茶色の髪を頭の天辺で団子の様に丸めている。あの人に聞いてみるか・・・
ゆっくりと女に近づく、気づかれないはずだったが・・・その女の人は振り返る。
そして、言葉を発する。
『坊や、何か御用?』
坊やと言う問いかけにカチンときた。
『坊や・・・おばさん。俺等の領地に勝手に入られたら困るんだげど・・・責任者はあんたかい?』と俺。
『坊やがお気に召さないのなら・・・僕、口の利き方を教えてあげようかしら。』とおばさんが嗤う。
その嗤い顔は怖い・・・
『フーリン。元気ですか。』と、知った声だ。
声のした方を見る。馬車から降りて歩いて来る。少し成長したレイだ。
たっ、助かった・・・怖いおばさんが嗤っている。
『ちっ、レイか。びっくりさせるな。誰かと思ったぞ。こんな大軍で何をしようってんだ。』
『フーリン。領地に帰るのにトレドの地を通らせて貰いたいと思って、待っていたのですよ。何せ大所帯なので、目立たなく帰りたいのです。このまま、進めば我らの北の地に入れますから。』とレイが言うが・・・
確かに、兄よりこの道は宗家の北の地に通じていると聞いている。
『今、兄は居ない。本家に戻っている。主だった者達も一緒だ。が、通っていいぞ。何よりレイの頼みだからな。しかし、この先宗家の地には夏の奴らがうろうろしているが、大丈夫か?戦があるかもしれんのに呑気なやつらだ。』と俺。
『夏の方々か・・・』とレイが笑っている。
レイとその一団を、近くまで送ってやった。レイは、今度遊びに来るから、兄によろしくと言って森へ入っていった。何事も無くてよかった。ただ、おばさんが何やら怖い顔をしていたが・・・
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『坊、あの少年は大丈夫ですか?先が思いやられる気がしましたが・・・』と私が言う。
レーベン殿も困った顔をしておられる。
『母様、兄のトレド殿が不在で舞い上がっていたのでしょう。トレド殿は中々の方。しっかり教育されると思いますよ。』と笑う。
『それより、夏のことですが、レーベン殿は顔が知れております故、シュニッツァー殿達と交代を。私は馬車の中で隠れております。私がおりますと、落とし所が首を落とすことになりかねませぬ。』と言われた。
レーベン殿はご存知なのか、笑って頷いておられる。
領地の取り決めは、夏の先々代とアイゼン様が取り決められ、不可侵の契として約し、今に至っていると。故に、それを破る事は両家の争い意味し、侵入者を許す訳にはいかない、と坊殿が言われる。
私はシュニッツァー殿と先頭の馬車に乗り、北の山の南端へ入って行く。
と、森の入口に立て札が有り、
『夏家領地許可無き者、侵入者として断罪する。』となっている。
立て札は真新しい。
シュニッツァー殿が部下に命じ、その立て札を抜き、立て札を持参して道を進む。道は森の斜面に作られている。
それを見ていたのか、森の、斜面上に隠れていた男達が声を荒げる。
『ここは夏家の土地だ。侵入してはならぬ。』と道へと下りて来る。
私が馬車から
『この立て札を立てたのはあなた方ですか?あなた方は夏の方々ですか?』と穏便に聞く。
『そうだ。何故、抜いてきたのだ?返せ。女。夏家に喧嘩を売る気か?』と代表の男の声が昂ぶる。
『そうか。夏家は宗家と約した契を破棄し、宗家の地を奪うのだな。分かった。その戦、買おう。』と私が言う。
男どもは私が女と侮っているのか・・・
『それがどうした?やれるならやってみろ。』とほざく。
私はシュニッツァー殿の顔を見る。シュニッツァー殿は頷かれる。私は長剣を持ち、馬車を降りると、ゆっくりと男達の前に立ちはだかる。夏家の男達も剣を抜く。男達が剣を抜いたのを見計らい、其の中に飛び込み、鞘のままの長剣を振るう。二十人程の男が地に倒れる。
『シンシア様。お見事ですね。』とシュニッツァー殿が言われる。
『剣の練習にもなりませぬ。』と笑って返す。
『メドラー。これらを縛り上げて下さい。連れて帰ります。先頭を歩かせて下さい。動かぬ時は剣で突くように。』と嗤う。
『は、はい。』とメドラー。
『連れて帰ってどうされるのです?』とシュニッツァー殿が大きな声で聞かれる。
『はい。捕虜は通常は身代金を請求致します。払わぬ時は人夫として売りますが・・・ご当主様次第になるでしょう。もしかしたら、面倒だから首を切れと言われるかもしれませんね。』と、私も捕虜達に聞こえるように話す。
シュニッツァ殿は、
『それはいい。首を落とすのが、面倒にならず、良いですな。何なら、ここで落とすのも一つの手ではありますな。』と大きな声で返される。
捕らえられた男達は粛々と歩いて行く。
更に道を進む。景色は変わらないが、随分と進んで来た。
と、道の先から声が聞こえる。夏家の者たちだろう。
『コウキ様。お助け下さい。不埒者達に捕まっております。』と、捕虜の中の長らしき者が叫ぶ。
メドラーが私を見る。私は、好きにさせなさいと、首を縦に振る。メドラーは分かったようだ。叫び続ける男を放っている。
『少々、面倒になりそうですね。』とシュニッツァー殿が言われる。
『シュニッツァー殿、退屈が紛れそうです。』と笑って応える。
シュニッツァー殿も、
『確かに・・・』と笑われる。
我等は気にせず人のいる方向に馬車を進めて行く。
『おい、女。我らを夏家の者と知って、その様な事をしているのか?』と。
横柄な男だ。着ている衣装は高そうだが、まだ二十歳位だろうに、言葉遣いも知らぬのか・・・
『いいえ、青二才殿。夏家の者の訳はありませぬ。夏家の者であれば、宗家の地に、無闇に入るはずが無いでしょう。宗家と戦をなさる気があれば、別ですが。』と応える。
『宗家など糞食らえだ。』と一人馬に乗っている者が言う。
この者も若い。先程の青二才殿と同じ年位か。やはり横柄だ。更に金をふんだんに使った高そうな派手な衣装を着ている。目付きが悪い。これでは夏家の先行きも安泰とは言えぬな・・・




