ジオの夢 十、ゴドロノフからトレド草原
此処がゴドロノフか・・・初めてだな・・・
いわゆる平原の街だ。街を囲む柵は石造りで高くはない。街の端、高い処に石造りの建物が見える。領主の館であろう。門を抜け、広場に向かう。交易で栄えている街は広い。
街の通りに多くの住民が出ている。オレは兵を引き連れゆっくりと進む。オレは頭から血だらけで真っ赤になっている。そのオレを住民達は、息を呑んで見ている。広場に着く。
『レイ様、予定通り街の接収は終えて御座います。』
『メルダース殿、ご苦労にござりました。もう、出て行く者はありませんかな?』と笑う。
『レイ様は出て行く者が多い方が宜しいとお考えですか?』とメルダース殿が笑って聞いてくる。
『はい。人など居ない方が遣り易いと思いませんか?人とは既得権に固執致します。失くなると分かれば不足を言うものです。そうなれば首を落とさねばならなくなりましょう。また衣服が血で汚れるのは敵いませぬ。』と、周りに聞こえる様に言って笑う。メルダース殿もつられて笑う。
『出て行った者の家は封鎖してありますか?』
『はい。終わっております。』
『では資材部隊も着いた事ですし、順番に休憩といたしましょう。』
メルダース殿が頷く。
『この街を治めていた領家の者達は、退去を済ませておりましょうか?』
『はい。我らが参った時には、もう影も形もございませんでした。』とメルダース殿が笑う。
逃げ足は早いようだ・・・オレも笑う。
『では領主の館で湯に浸かって参りましょう。』
メルダース殿が礼を呉れる。
オレが見えている館に向かって少々歩く。と、離れた場所で見ていた群衆の中より三十人程の男たちが出て来てオレを取り囲む。
『レイ様!』と慌てたメルダース殿の声がする。
『メルダース殿、大丈夫です。慌てないで下さい。直ぐに終わりますから。誰も呼ばなくて大丈夫です。』とオレ。
『しかし・・・』と絶句する。
『さて、どの様なご用件でしょうか。』と先頭の男に聞く。
『ああ、此処はよう、俺様達が目を付けてたんだ。勝手な事されて、黙って観てるわけにはいかねんだ。こう見えても俺等、傭兵だからよ。人など殺すのは訳無いのよ。どこの誰様だか知らねけど死にたくなかったら、兵を纏めて、さっさと出て行きな。』と、男が持っている剣をちらちらさせて言う。
確かに、軽そうな鎧を身に着け、剣もにぎっている。
『私には五千の兵がいるのですよ。勝てるとお思いですか?』とオレ。
『でも今あんた一人だろう。こっちは三十人から居るんだ。どうするんだい?』とニヤついている。
どいつもこいつも悪そうだ。居なくなっても誰も悲しまないだろう。
『ではこう致しましょう。見事、私の首が取れたら、黙って引き下がりましょう。』とオレ。
眼の前の男が舐められたと思ったのか顔が歪む。怒ったようだ。周りでオレを囲んでいる男達も剣を抜いて熱り立っている。
『メルダース殿、聞こえましたか?私が死んだら、争わず引き上げて下さいね。いいですね。』
『レイ様、畏まりました。』と聞こえる。
『では・・・』とオレが言った処で男がオレに剣を突いてくる。
『やはり卑怯者でしたね。』と突かれた剣を長剣で払う。
長剣を一閃させ、男の首を落とす。更に一閃二閃、オレを囲んでいる男達の首を落とす。一歩、二歩と進み、剣を閃かしていく。首が落ちる。身体が倒れる。血が湧き出て流れていく。其れを見た周囲の人集りから悲鳴が上がる。オレは気にする事無く、向きを変え剣を走らせていく。最後の一人と、剣を振るう。が、違ったようだ。剣を抜いていない。相手の首筋で止める。
『何故剣を抜かないのですか?』と剣を当てたまま聞いてみる。この中では一番の腕だと感じたが・・・
『・・・違います。紛れてしまっただけで・・・』
『それは、危ないですね。首が飛んでしまったら元に戻せませんよ。』と剣を外す。
『・・・すいません。』と男が言う。
『でも、本当はやりたいのではないですか?気が向いたらやりましょうね。』と言っておく。
『メルダース殿、申し訳ないのですが、遺体の片付けを。余計な仕事を増やしてしまいました。』
『いえ、怪我が無くてようございました。』
群衆の中より去っていく者達が見える。
『傭兵がまだ居るのですね。』とオレ。
『去って行った商人達が雇っていたのでしょう。如何致しましょう?』とメルダース殿。
『暫く様子を見ましょう。』
・・・そうだ。着替えがいる。誰か居たかな・・・
『エラム殿!エラム殿はいますか?』
『此処に。』とオレより年上の少年が現れる。
『お声が掛からないので、お忘れかと心配しておりました。』と顔が少々怒っている。
『忘れてはいませんよ。私の傍は危ない感じでしたからね。』と。
実は忘れていたとは言えない・・・
『エラム殿、領主の館で湯に浸かりたいのですが、用意をお願いできませんか?それと、着替えも探してもらえると助かります。』と話を変える。
『はい。湯の用意は出来ております。着替えも十分に持って来ております。』とエラム。
『流石ですね。』と外套のフードを後に外し、髪を外に曝す。
周りに居る人々がオレを見ていて、ざわ付きはじめる。
『レイ様、早く行きましょう。騒ぎになリますよ。』
そうか、髪の長いのを見せると厄介な事になる・・・
ーーーーーー
『ハリー、生きていたか』と俺の前を通り過ぎようとした弟に声を掛ける。随分と疲れているようだ。無事でよかった・・・
『兄さん!』
『無事で良かった!』
『ああ、殴られたけど、切られずに済んだ。』
『そうか。多くの者が首を斬られたと、戻って来た者が言っていたから、心配していたんだ。』
『ああ、指揮官や無理に向かって行った者たちは、皆首を落とされていたよ・・・。俺たち雑兵は倒されて、起き上がろうとしたら、死にたくなければ寝ていろ、と言われて寝ていたんだ。だから、雑兵の殆どは死ななかったはずだよ。皆、相手に感謝しながら帰ってきた。』とハリーが言う。
『そうか・・・、何にしても、生きていてよかった。』とハリーの肩を叩く。
『ロジャー、何で剣を抜かなかった?危なかったじゃないか。』
『エド、馬鹿言え。剣を抜いていたら、一太刀目は受けれても、二太刀目で首が飛んでるわ!』
『そうなのか・・・』
『ああ、達人と呼ばれる者の太刀筋は一太刀目が受けられても、二太刀目が怖いんだ。二太刀目は見えない位置から来るから、受けも出来なければ避けも出来ないんだ。あの者は誰だか知らんが、化け物だ。争ってはならない相手だ。いいか、争うな。』とロジャーが俺を見る。
ああ、弟は生きて戻って来たんだ。怨む道理はないさ。後は、商売が出来れば万々歳だ。
ーーーーーー
元の領主館には若い女の子がいる。帰る処がないから働かせて欲しいと残っていた。取り敢えず、オレは面を取り、湯に浸かる。すると、三人の女の子も湯にはいってくる。オレの顔を暫くの間見入っていたが、慌てて、一人がオレの髪を、一人は身体を、そして一人が面を洗ってくれる。
そしてオレは湯から出る。女の子達が身体を拭いてくれる。
『エラム殿、お腹が空きましたね。そろそろ、食事の用意も出来ているでしょう。皆の処に戻りますか。あなた達三人もご一緒に。エラム殿この三人を総督府で雇ってあげてほしいと、メルダース殿に頼んでおいて下さい。』
広場で皆で食事をしている。広場の中央には一門と宗家の旗が掲揚されている。これで我らが何処のものか知れるだろう。席には、他にメルダース殿や気安い者も多数いる。女の子三人もいる。
『酒は無いのでしょうか?』とオレ。
『まだ日は高うございますので酒はまずいかと・・・』とメルダース殿。
『酒は持って来てはいないと思いますが・・・。』とエラム殿。
なかなか意地が悪いな、エラム殿は。
『そうだ。領主の蔵に酒は在りませんか?』と三人の女子に聞く。
元の領主館の大広間に多くの人が集まっている。オレは酒に酔った足取りで高座に向かってゆっくりと歩く。勿論、面を付けている。元の領主の蔵には中々に良い酒が有った。祖父であれば大層喜んだろう。
オレの後に酒と肴の膳を持った女の子三人とエラム、メルダース殿が続く。オレが高座に有る椅子に座り、飲み始める。オレが飲んでいる姿を見て、文句をいう奴、周りと話をする奴と騒がしい。
その中、メルダース殿が話しだす。
『今日よりこの地はアストリアス家の所有地となっております。この地に住む皆様にはアストリアス家に税を払い、住み続ける事はできます。なお、ご不満に思い、ご退去される心積もりの方は、三日以内であれば無条件で退去できますが、それ以降になりますと、何らかの手数料が掛かります故、お早めに決断なさいますように。』
騒がしさは収まらない。
『一位と二位の商人方は退去された様ですので、三位のエド殿はおられますかな?』とメルダース殿の声。
『此処に。』
『おお、エド殿であられますか。エド殿には少々お手数をお掛けいたしますが、商工農それと役人の代表の方五人づつ二十人を選んで頂き、明日その方々と話しを致したいと思いますので、ご手配お願い頂けますかな?』とメルダース殿が伝える。
『畏まりました・・・』
とエド殿が言う途中に、別の男が話し出す。
『勝手なことはなさいませぬように。ここは昔からの私ども商人組合が全てを仕切っております。エド殿は組合員ではございませんので。』と高飛車な声がする。
心根が卑しそうな表情だ。エド殿は苦い顔をしている。今までの力関係が見える。
オレは立ち上がり、高座を降り、ゆっくりとその男の元へ歩いて行く。ざわついているのが止む。男は一瞬たじろぐが、オレの手に何にも無いのを確認すると、笑みを浮かべ、目で合図を送る。それで三人の男達がオレの周りを囲む。
『レイ様!』と声がする。
それを合図かのように、男達が剣を抜き、突いてくる。オレは右手で右に差してある六角棒の柄で、右の男の剣を真ん中の男の腹に弾く。同時に左手で黒の長剣の柄で左の男が突いた剣を右の男の腹に逸らす。六角棒の柄で更に真ん中の男の突いた剣を左の男の腹へと弾く。そして左手で六角棒から剣を抜き、左の男、真ん中の男の、左の男と首を飛ばす。一瞬で終わる。
男達三人は、お互いに腹を刺し合って、首の無い様でたっている。悲鳴が上がる。構わず、指示した男の首をも落とす。
『あっ、またエラム殿に怒られてしまう。』とオレ。
『お怪我はありませんか?』とメルダース殿。
『ええ、特には。』
『怒ったりなどしません・・・』と、エラム殿が怒っている気がする。
『他に居られませんか?私の首を欲しい方。私の首を取られた方にはここの領主をお譲りしますが、如何ですか?』
『誰もいないか・・・』と周りを見回すオレ。
誰も目を合わしてくれない。
『そこの、強そうなお兄さん。やりませんか。領地が手に入るかもしれませんよ。』と、エド殿の傍らに居る壮年の男に声を掛ける。
先の男達より腕がありそうだ。
『いや、無理だろう。相手の腕が遥か上なのがわかっていてやる馬鹿は居ないだろ。』とお兄さん。
『では先の男達は馬鹿なのですか?』
『いや、あれ等は愚か者だ。相手の腕も分らない未熟な愚か者だ。』
その言葉にオレは笑う。確かに。
『レイ様、そろそろ。』とメルダース殿が言う。
『そうですね。では皆さん、不平を言う方も居なくなりましたので、御説明を。』と話し始める。
『税は三割を徴収いたしますが、内一割で自治の費用に当てて下さい。後、南の丘陵に兵が常駐いたします。そこに兵の宿舎を建てるので協力をお願いたします。勿論、代金はお支払いしますので。』
住民には税が減る事と仕事が増える事で大いに感謝された。しかし、裏で、血まみれ坊主とか首切りレイゼンと呼ばれている。まあ、事実だから仕方ない。ゴドロノフは行政は自治だが、軍事と警備はアストリアス家が抑えている。ゴドロノフの総督にメルダース殿にお願いした。エド殿が二十人の、自治を行う人を集めた。今回治めた二つの街でも自治をさせる。だから、オレはやる事がない。
オレはトレド草原に居る。トレド草原はゴドロノフの南東だ。そこは昔から東方地域南部大草原の有力氏族シレノンの支族トレドの地である。鳥や獣が豊富に住んでいる。その地の者達は、その狩りでくらしている。
何処に彼らの居住地が在るか分からないので、ゆっくりと幻馬を進めている。暫く進めていると、人の気配は感じるが姿は見えない。
『おい、お前何しに来た?』後から声がする。
子供の声だ。
『振り返ってもいいか?』とオレは聞く。
今は面を付けていない。
『ゆっくりならいいぞ』と少年。
オレはゆっくりと振り返る。そこには、十歳位の少年と付き添いと思われる二十代の男二人が、矢を向けて立っている。布の内服に革の上衣に革のズボンだ。革のズボンにごわごわしそうだ。
『革のズボンの履き心地は良いのか?』と少年に聞く。
『お前、そんな事を聞きに此処まで来たのか?』と少年が呆れた様に言う。
『いや、族長に会いに来たが、会えんかなあ?』
『何の話をするつもりだ?』
『うん、世間話だ。』
『世間話?・・・お前は誰だ?』と少年。
『オレはゴドロノフの新しい領主、レイだ。』
少年はフーリンと教えてくれた。フーリンはオレをしっかりしたテントが集まって建っている処に連れて来た。此処には焚き木に火が焚べられ湯が湧いている。椅子も焚き火の廻りに置いてある。
『此処に座って待ってろ。兄に話してみる。』
フーリンが二十代の革を着た男を連れてくる。
『少年か、世間話をしたいというのは?俺が族長のトリノだ。面白い話でもあるか?』と、オレの隣りに腰を掛ける。
『はい。私、レイゼン・アストリアスと申しまして、この度ゴドロノフを領有致す事となりました。で、ご近所であるトレド様に仲良くして頂ければと思い、こうして参りました。』とオレ。
トレド殿は葉の包をあけ、何かに漬けてある肉を取り出すと、焼き始める。
『レイゼン殿、仲良くすると、俺に何か得な事はあるかな?』と焼きながら聞いてくる。
『仲良き間柄となりますれぱ、心も平穏でありますし、余計な行動もしなくて済みましょう。』
『うーん、それでは仲良くするには少々弱くないか?』
『では、ゴドロノフの市場にて狩られた鳥獣など売りに出されては如何です。仲良き証としてご許可させて頂きますが。』
『そうなれば有り難いが・・・良いのか・・・我らは草原の民だが・・・』
『草原の民の方々は、人の肉を食べるとでも言われますか?』
『いや、食べもしないし、流石にそうは思われてもいないと思うが・・・怖れられてはおるみたいだが・・・』
『トレド殿、私が街の皆から、陰で何と呼ばれているかお教え致しましょう。』
『首切りレイゼンとか、血まみれ坊主でございますよ。私の機嫌を損ねる事がどう云う事になるか、皆知っております故、問題はないかと。勿論、決まりは守って頂かないと、私が困りますが。』と笑う。
『それは当然だな。おっ、肉が焼けたな。どうだ、食べるか?』と、トレド殿がオレの顔を見ながら串に指した肉を渡してくれる。
随分怖い顔だな。何かあるのか・・・まあいいか。
『頂きます。』と、肉を口に入れる。うん?あっ、祖父が一度連れて行ってくれた店の肉と同じ葉を使っているな・・・旨いな。
『おいしいですね。シンシの葉の香りが何ともいえません。』とおれ。
『そうか、旨いと言ってくれるか。もう一つどうだ?おれらには、客を饗すといってもこれしか無いからな。』と嬉しそうに言う。
『勿論、頂きます。』と言って、差し出された串をうけとる。
『それはご謙遜でしょう。シンシの葉は大層珍しく、貴重ではありませんか。なかなか食べられるものではありません。市場で売って頂ければ、我が一族の者は皆、喜んで買いますよ。』
『それに、シンシの葉は肉を保存出来ると聞きましたが・・・どれくらい保つものなのですか?』とオレ。
『う一ん、四月くらいは持たせられる。』とオレをじっと見ている。
オレは肉を食べながら、トレド殿を見ている。
『我ら一族は北が住居地なのですが、今年の冬を心配しているのです。おそらく、今年の冬は豪雪に見舞われると考えております。』
『・・・我ら一族は信を守る事に重きを置いております。故に、信を破りた者々を早々に殲滅し、冬に備えねばならなかったという事なのです。で、トレド草原の方々は狩猟に長けていると聞き及びました。で、縁を結べる方であろうかと挨拶に参りました。』とオレは笑う。
で、持って来ていた酒の樽を二つ出す。
『信の置ける方であればー緒に飲もうと。如何ですか?』と碗も出す。
『そうか・・・北の鳥獣の多くが、まだ北へ戻らんとはどうしたのだろうとは思っていたのだが・・・以外と寒いのかもしれんな・・・』
『酒は喜んで頂こう・・・レイ殿は幾つだ?飲めるのか?』とトレド殿が顔を顰めている。
『我が一族では六歳の頃より飲み始めますが・・・』とオレ。
トレド殿に酒を注ぎ、自分の碗にも柄杓で注ぐ。
『兄者、俺も飲みたい。』とフーリン。
『フーリン、我がー族では十五になってからだ。』と素っ気ない。
フーリンは変わらず飲みたそうに酒をみている。
『トレド殿、あの森はどちらの森でしょうか?出来れば、薪も冬に向けて売って頂きたいのです。』と草原から南の方角に見える森を見ながら聞く。
『あの森はサバの森と呼んでいる。あそこに住むサバの一族とは暗黙の了解でお互い不可侵だな。薪は分けてやりたいが、内にも余分がない・・・』
ーーーーーー
『兄者、あいつ信用できるのか?彼奴も俺等のことを蔑むのではないか?』とフーリンが言う。
『そうなったら、その時に考えればいいだろう。』と俺。
『・・・嘘はつかなかったし、肉をうまそうに食べてたしな・・・酒も一緒に飲んだからな。大丈夫だろう。』
なかなかに変わった、面白い少年だ。
ーーーーーー




