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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
赤の書
92/365

第三十話 逆位相


 □■□■


「あの時はごめんね、ムツミ」

『ううん、お姉ちゃんが私を止めてくれて良かった。私こそごめんなさい』


 ムツミの思いと記憶が伝わってくる。もう思い出していたのね。ムツミの本心だということがわかる。嫌われていなくて良かった。でももうすぐお別れだわ。侵食は進んでいる。フタバとムツミが治してくれようとしている。侵食は遅くなったけど止まらない。この瘴気は強い。多分ヒトミ様でもすぐには治せない。急所にも侵食が進んで来た。今からでは間に合わない。


 最後に幸せを感じられるとは思っていなかったかしら。



 □■■□


 お姉ちゃんは怒っていなかった。ずっと私のことを大切に思ってくれていた。すぐに治すから。私の霊気を全て使ってもいい。周りに集めた赤い光に、自分の霊気を足していく。


挿絵(By みてみん)


 □□■□


 イノカ様の侵食が止まらない。ムツミ様も霊気を集められている。ムツミ様はご自分の霊気まで使い始められた。このままじゃ、ムツミ様まで還られてしまう。祝詞で集めた霊気を使っても止められない。緑の光を更に集める。自分の中の霊気も使う。だめだ、まだ足りない。また私の力が足りずに失ってしまう。もう二度とごめんだ。お願い、ヒトミ。早く来て。



 □□■■


 シノが自分の体をほどいていく。シノだめ。今でも侵食されているのよ。小さな霊気になったらすぐに侵食されきってしまうわ。私はどうなっても構わない。私の霊気を全て使っても構わない。私がほどけても構わない。シノだけは絶対に助ける。青い風に、青い光を更に注ぐ。



 □■□□


 ミッちゃんがほどけ始めた。このままじゃ間に合わない。二人とも侵食が進んでいる。ほどけてしまうと、侵食が更に早くなる。魔獣の牙にとらえられてから、法術も上手く使えない。ミッちゃんを治すこともできない。ミッちゃんの侵食を止めることもできない。私ではミッちゃんを助けられない。お願いミッちゃんを助けて。ヒトミ様。



 □□□□


『な、なに、を、し、た』


 魔人の処理能力が低下し続けている。デバッグ・モードの維持もできないようだ。流し込んだ十万種類の悪意の中にはスパイウェアと呼ばれるものもある。通信が繋がっている間は相手の状態も分かる。流し込んだ十万種類のうち一万種類はトロイの木馬と呼ばれるタイプだ。時間が経てば効果が出てくる。それまでは検出されにくい。


 残りの九万種類はウィルスとワームと呼ばれるタイプになる。千種類ほどは対応された。残りの八万九千種類が一気に増える。ワームはVR環境で増殖するように設定した。ウィルスは各種ナノマシーンの再現データを使って増えるように設定した。本体から他の分け身にも感染は広がっている。私に対応可能な少し古いタイプにしておいた。


 魔人の処理能力が低下し続け、通信も維持できなくなった。影の魔人は完全に消え去った。本体も相当なダメージを受けたと思う。もし生きていたらトロイの木馬が知らせてくれる。加速した状態で百時間ほどかかってしまった。みんなにとっては三十分ぐらいだ。あの禍々しい魔獣と強い魔人相手では厳しいかもしれない。急いでみんなのもとへ向かう。



 □□□■


「⋯⋯元から強くする方法とすぐに対処する方法を教えていただいても良いでしょうか」


「うむ、先ずは元から強くする方法だが、有機と無機のナノマシーンの互いの修復力を強くするという方法が考えられる」


「修復力を強くでしょうか」


「うむ、互いの状態確認を頻繁に行い、修復プログラムの発信回数を増加させれば、効果があると思われる」


「それだけであれば、既に行われていると思いますが」


「ああ、バージョンアップの際に、既に何度か行われている。その回数を更に増やせばより効果があると思われる。君の知識があればおそらく可能だろう」


「私は教授ほどの知識はありませんよ」


「特定の分野に限定すれば、君は私を⋯⋯い、いや、ともかくやってみたまえ、(いち)()君」


(ひと)()です! ⋯⋯まあとりあえずやってみます。それで、すぐに対処する方法はどうでしょうか」


「う、うむ。そもそも侵食とはバグのあるナノマシーンが、そのバグのデータを正常なナノマシーンに伝えることで起こる現象だ。そのデータの伝達を妨げれば、侵食が進まなくなると予測できる」


「伝達の妨害ですか」


「うむ。ナノマシーン同士は常にデータのやり取りを行っている。そのデータを伝わりにくくすれば良いと思われる」


「逆位相の信号でしょうか」


「その通りだ。ただし正常な信号を妨げないようにする必要がある。君の演算能力と思考加速倍率なら成功する可能性はある」


「その間にバグの分析をすれば良いのですね」


「うむ。その通りなのだが、不自然なほど理解力が高い。君は本当に(いち)()君なのかね」


(ひと)()です! 今日はたまたま知っている話題が続いただけです! 何で偽物扱いなんですか!」


「そ、そうかね。ま、まあ、君も成長しているということかね」



 □□□□


 デバッグ・モードのまま、みんなのもと向かう。イノカが危ない。ムツミも自分の霊気を使い過ぎている。ミツエとシノハは二人ともほどけかけている。フタバも自分の霊気を大量に使っている。


 ──ヒトミ!

 ──うん、わかってる。


 フタバの思考を加速した。イノカが傷を負ったときの情報が伝わってくる。フタバは祝詞まで使っていた。いや、それは後だ。フタバの思考加速を一旦元へ戻す。ここから先はリソースが必要だ。思考を最高速度まで加速する。全員危ない。同時に助けられるか? いや、できるかどうかじゃない、やるんだ。


 周りの霊気を集め始める。弱い瘴気をその場で浄化し、それも加える。緑をおびた光が、かつてなかったほど大きくなる。全員が光の中に入る。イノカの傷口にハイブリッドを放つ。ミツエとシノハを包み込む。先ずは侵食を止めないと。侵食された部分と、まだ侵食されていない部分の間にハイブリッドを入れる。信号の違いを読み取る。ハイブリッドも侵食された。


 だがデータは得られた。正常な信号とバグの信号の違いが分かる。再びハイブリッドを境目に放つ。侵食される前のわずかな間に逆位相の信号を発信する。まだ足りない。侵食されたハイブリッドも邪魔だ。新しいハイブリッドを送るたびに、侵食されて邪魔になるものが増えてしまう。このままでは逆に瘴気を増やしてしまう。侵食されたハイブリッドだけでも何とかできないか。動きを止めるだけでも良い。侵食されたらすぐ活動を停止できれば。


 そうだ、あれが使える。私は周りの中継機に向かってコマンドを送る。北の山脈に散布したドローンが集まりだす。北の山脈が薄い緑をおびた光に包まれた。集まって来たドローンから順に傷口に放つ。ドローンはすぐに侵食される。侵食されたものから順にコマンドを入力する。侵食されたドローンの中でウィルスが増殖する。侵食されたドローンが活動を停止する。


 侵食されるわずかな間に、逆位相の信号送る。あとはひたすら繰り返す。微妙な作業なのでまだモジュール化できない。演算能力の全てを使う。何とか侵食は止まった。位置が固定できた。モジュール化とRPA化を行う。北の山脈全てのドローンが次々にやって来る。やってきたドローンを順に使う。逆位相の信号を境目で発信させる。侵食されたものから順に活動を停止させる。侵食の固定が安定してきた。これ以上広がらないよう阻止できた。次の段階へ移る。イノカの傷から瘴気を採取する。ミツエとシノハの分も集める。


 集めた瘴気を「見る」


 イノカの瘴気は魔人の太刀にまとわれていたものだ。ミツエとシノハの瘴気は禍々しい獅子の魔獣が放ったものだ。どちらの瘴気も強いハイブリッドでできている。両者は微妙に違う。侵食を止めるRPAと思考加速の維持以外、全てのリソースを使って二つの瘴気を分析する。イノカから採ったものは有機ナノマシーンのバグが多かった。無機にも少しバグがある。


 ミツエとシノハから採ったものは両方のバグが多かった。集まってくるドローンを神刀化させる。それぞれの瘴気に合わせたプログラムを使う。神刀をそれぞれの瘴気に向かって放つ。イノカの傷の瘴気は浄化できている。ミツエとシノハの浄化は遅い。二人の侵食された範囲はイノカより広い。二人とも霊気の緩みでほどけかかっている。ムツミとフタバも自分の霊気を使っていた。四人とも危ない。イノカの治療もまだだ。


 焦る気持ちをこらえ、神刀の微調整をしていく。

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