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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
赤の書
91/365

第二十九話 イノカとムツミ


 □□□□


『⋯⋯随分余裕ではないか』

「ええ、まあ。慣れているので」


『⋯⋯それは食べ物なのか』

「えっ? ああ、いつの間に。習慣とは恐ろしいものですね」


『う、うむ。我が言うのも何だが、少々くつろぎすぎているようにも見えるのだが』

「そうですか。みんなこんなものですよ、きっと」


『す、少なくとも、我は知らぬが』


 会話の合間にも二千の光を放つ。作業は決まってきた。RPA化も済んでいる。ランダムでときどき数が増える。作業ゲー必須アイテムは各種取り揃えている。スナック菓子やドリンク、大きめのクッションもそろっている。ハイブリッドの疑似細胞を使って作った。


 今は並行して瘴気の分析も行っている。霊気に仕込んでおいた弱点のうち、五百ほどは無効化されていた。残りの千五百は気付かれなかったようだ。無効化されていた五百はここ数年のものが多い。


 新しいものだけ? 逆ではなく?


 仕込んだ弱点は、ウィルスやワーム、トロイの木馬などに分類されるマルウェアと呼ばれるものだ。シノハとムツミも新しいものを不自然と感じていた。今回使った二千種類は、こちらがコマンドを送信するまで不活性化するように設定している。リアルで見付けたマルウェアのデータは隔離した記憶領域にストックしている。


 うーん、新しいデータだけ手に入れたとかか。セキュリティソフトの情報は毎日のように更新されている。その更新データだけを使えば可能かもしれない。この世界にもセキュリティソフトにあたるものは存在する。シノハとムツミは不自然だと感じていた。霊気に詳しくなるほどその感覚は強くなる。ツグミさん達が新しい霊気とともに散布しているのだと思う。


 小型のドローンにコマンドを伝えたタイミングも私のコマンドを見てからだった。もしかしたら私の真似だけかも。プログラムの知識はそれほどないのかもしれない。デバッグ・モードに対応されたのも私の後だった。対応力は高い。中途半端な手段は相手の力になってしまう。こちらからしかける前に、もっと情報が必要だ。瘴気の分析を進めていく。



 □□■□


 ヒトミに教えてもらった打ち込みを繰り返す。まだ足りない。兄上にも届いた太刀だ。昔の自分でもできた動きだ。全体の動きは普段の鍛練で身に付いたものに任せる。力を込める部分だけ意識している。近付いているはずだ。まだ届かない。もう少しで届くはずだ。


 届かない? 届かないのは間合いの詰めが甘いからだ。踏み込みが足りていないからだ。魔人の太刀は禍々しい瘴気をまとっている。普段より距離を取ってしまっていた。これ以上間合いを詰めると斬られるかもしれない。


 丹田に気を集中する。初めて霊気を動かせたときと同じだ。集中した気を体内で回す。霊気も同時に動き出していた。周りに薄い緑の光が舞う。この力も切っ先に集中させる。半歩詰める。そこから打ち込む。踏み込みも意識する。打ち出しと打ち込みに力をのせる。


 届いた! 緑に光る刃が魔人を斬る。


挿絵(By みてみん)


 □■□■


 フタバの太刀が魔人を斬った。相手が人であれば、その一撃で足りていた。魔人を倒すためには瘴気を散らすか魔核を砕く必要がある。人であった頃の急所を斬っても倒せるときがある。フタバの太刀は魔人の額に入った。魔人はまだ倒れない。なら私が魔核を砕く。魔人の体勢がくずれている。継ぎ足で距離を詰める。この間合いなら届く。守りは防具とムツミの風にまかせる。ただ太刀で斬ることに集中する。今日まで鍛えた全ての力を太刀にのせる。


 一気に踏み込み斬り裂いた。太刀は魔核をとらえた。魔核にひびが入る。


 魔核から瘴気が吹き出してきた。ムツミの風が瘴気から守ってくれている。守ってもらえたのに、ごめんね。魔人の太刀が防具のすき間から体に刺さっていた。



 ■■□□


 巫女の太刀が額を割る。人であれば終わっていただろう。だが自分は魔人だ。魔核を砕かれでもしない限り死ねぬ。少女が全てを込めて斬りかかってきた。自分が振るいたかった太刀だ。自分が振るった太刀より鋭い。これなら魔核に届く。


 また手足が勝手に動く。練っていた剣気を使い、わずかに動きを鈍らせた。自分の魔核に少女の太刀は届いた。ひびは入ったが砕けぬ。瘴気の太刀が少女を貫いてしまったからだ。かろうじて少女の急所は避けることができた。だがすぐに手当てせねば助からぬ。



 □■■□


 魔人の太刀がお姉ちゃんを貫いた。瘴気をまとっている。すぐ手当てしないと。ヒトミ様に体の治し方を教えてもらえた。瘴気の清め方も教えてもらえた。私は周りに赤い光を集める。この力でお姉ちゃんを助けるんだ。



 □□■□


 イノカ様が瘴気の太刀に貫かれた。イノカ様の太刀は魔人の魔核に届いた。砕けてはいない。ひびが入っている。赤い瘴気が魔核から吹き出す。魔人の動きは鈍っている。手足の動きを止めようとしているようにもみえる。貫いた太刀をねじることもしない。ほんの少しでも動かされたらイノカ様が危ない。


 急いでイノカ様の体を支える。傷を広げないよう慎重に瘴気の太刀を抜く。魔人は動くのをこらえている? いや今はイノカ様が先だ。急所に近い。イノカ様を支えて距離を取る。魔人はまだ動かない。赤い瘴気が広がる。ムツミ様の風が瘴気から守ってくださる。


 今なら時がある? 霊気に意識を集中する。イノカ様の傷を癒すには足りない。もっと多くの霊気が必要だ。何か方法があったはず。ツグミ様に守っていただけたときだ。ツグミ様は普段より多くの霊気を使われていた。思い出せ。何かに願っておられた。確か⋯⋯祝詞だ。

 

「⋯⋯かけまくもかしこき 万物に宿る者たちに 願いたてまつる」


 私は祝詞を唱え始める。緑に光る霊気が集まりだす。



 □■□□


 ミッちゃんの体から青に光る霊気が溢れ出す。青い光は風に注がれていく。ミッちゃんは霊気の使い方に慣れていない。自分の体の中にある霊気を放ち続けている。ミッちゃんの霊気の繋がりが緩んできた。このまま続けるとミッちゃんがほどけてしまう。それでもミッちゃんは止めてくれない。


 ──ミッちゃん、それ以上はダメ。

 ──わかっているわ、無茶はしないって。


 私の傷は深い。この傷ではもたないと思ってしまう。人として生きてきた時が長かった。人の急所を切り裂かれると駄目だと思ってしまう。でも私は精霊だ。精霊なら自分の霊気を散らされない限り死なない。人としての意識を捨てるんだ。早くしないとミッちゃんがほどけてしまう。私は自分の体をほどき始める。



 □□■■


 ──だめよ、シノ!

 ──ううん、こっちの方がいいかな。


 シノが自分の体をほどき始めた。シノの精霊としての自覚が強くなってしまう。世界の声が大きくなってしまう。シノが還ってしまう。傷だけではない。侵食も始まっている。体をほどくと侵食されやすくなる。小さな霊気のかたまりは侵食に弱い。生き物を作るぐらい大きくしないと。シノに自分をほどかせるわけにはいかない。私は青い光を更に注いだ。



 □□□□


 これは通信? 瘴気を調べていくと不自然なところが気付いた。元々ナノマシーン同士は通信を行う。一つのナノマシーンでたいしたことはできない。多くが集まって生き物を作ることができる。精霊や魔人でもそれは変わらない。通信自体はおかしくない。ただやり取りされるデータが多すぎる。まるで遠隔操作されているみたいだ。いや、まるで、ではない。分け身と言っていた。本体は別のところにいるのだろう。こちらを何度倒してもキリがないのはそのためか。


『⋯⋯なぜそのような不気味な顔をするのだ』

「これは喜んでいる顔です」


 マルウェアは悪意のあるソフトウェアという意味があるそうだ。こんな場合に使うのに向いている。最初のコンピュータ・ウィルスが作られてから、そろそろ二百年経つ。魔人が無効化できるのは最近の数年分だけだ。二百年分の悪意をぶつける相手としてちょうど良い。


『いや、何かするつもりであろう』

「ええ、まあ」


 光を放ちながら通信の流れをたどる。途中で抵抗された。教授のフィルタに比べれば、あまい。教授のフィルタは更新され続けている。毎日挑んでいる私にとって、あってもないに等しい弱い抵抗だ。そのままたどり続ける。やがて大きなデータのかたまりにたどり着いた。これが本体かだろうか。そうらしい。ここ以外にも繋がっている。動きも活発だ。


 ここにぶつける悪意は慎重に選ぶ。後々対応されるようになれば面倒だ。特定の系統にしておこう。次があれば別の系統を使えば良い。二百年分の悪意だ。選び放題だ。私はそこへ十万種類の悪意を流し込んだ。



 □■□■


 魔人に届いたかしら。魔核にひびは入った。赤い瘴気が溢れ出ている。なぜか動きも鈍っている。早く魔人のトドメを刺して。私はもうだめかしら。受けた傷は急所に近い。侵食も始まっている。だから私を治さなくて良いわ。フタバ、早く魔人のトドメを。ムツミもフタバを守ってあげて。


 傷が痛む。この場所はムツミのときと同じだわ。ムツミもさぞや痛かったでしょう。ごめんね、ムツミ。私は良い姉ではなかった。ムツミが生きていた頃は大切にできていたと思う。ムツミが精霊になって憑いてくれてからも、大事にできていたとは思う。


 でもムツミに手を下したのは私よ。ムツミに痛い思いをさせたのも私よ。あんなことがなければ、仲の良い普通の姉妹だったかもしれない。大好きな妹だ。いつまでも一緒にいたかった。でも思い出されるのを恐れていた。ムツミに責められても仕方ないと言い訳していた。精霊になったムツミと少し距離をとっていた。本当は責められたくなかった。嫌われたくなかった。また失うのが怖かった。


 二度と失いたくない。二度と離れたくない。それほど私にとってムツミは大切なのよ!


 ≡≡ エモーショナル・シンパシー率が規定値を超えました。これより第2段階(セカンド・フェーズ)に入ります ≡≡


 ムツミと私の思いと記憶が伝わり合った。

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