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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
緑の書
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第九話 親密度


 □□□□


 いや、まだだ。アクティブ・プレイヤーの数がそれほどではない。おそらく公にはされていない。どこかに付け入る隙があるはず。可能な限り違法行為はしたくない。グレイゾーンもできれば避けたい。だがそんな余裕があるわけでもない。


 くっ、私の模範的な人格が邪魔をして、うまく考えをまとめることができない。ともかくできそうなことだけでも思い浮かべてみよう。ダミーのIDの数はまだ不足している。踏み台にできるメインフレームもたかが知れている。検索エンジンのバックドアはどうだろう。よく使われるものの半数には入ることができる。開発担当者が少人数なら何とかできるかもしれない。


 企業であれば経理サーバに入ることができれば、いくつか手を打てる。以前軍のサーバに入ったとき痕跡を残してしまった。あのレベルではダメだ。あれからセキュリティソフトのデバッグも攻守ともに数をこなした。今なら同じミスはしないはず。


 いや、そんなありふれた手では効果も小さい。かと言って人質などは取りたくない。一応各国や各企業の有力者の血縁関係や交友関係のリストは作っている。一時的に連絡できないようにするのはどうだろう。もちろんお孫さんを傷付けたりはしない。しばらく所在不明の状態を作ることができれば良い。


 これも相手次第か。いや人間誰しもたたけばホコリが出てくる。特に地位の高い人物はそうだ。こちらもリストは日々充実している。相手によってはこちらの手の方が効果があるかもしれない。いずれにせよ、どこでこのシミュレーションが動いているのかを特定する必要がある。



 □□□□


「いくつか聞いておきたいことがあります」


「はい、私がお答えできることであれば、何なりとお聞きください」


「大精霊とは外の世界からやって来る者のことでしょうか」


「はい、少なくとも我がツカハラ家に来てくださる大精霊様は、その通りでございます」


「およそ三世代に一度ずつ来る大精霊は、皆同じ者なのでしょうか」


「残された文献を見る限り、同じ大精霊様かと思われます」


「ほかの家に来る者はどうでしょう」


「何分他家のことですのでハッキリと申し上げることはできませんが、伝え聞く話ではよく似た大精霊様かと思われます」


「大精霊は、それほど長くはいないのでしょうか」


「はい、我が家に来てくださる大精霊様は、一月もいないと書き残されております」


 三世代に一度か。一世代あたり30年だとすれば、この世界の時間で90年ごとになる。シミュレーションの処理速度倍率が仮に30倍だとすると、リアルの時間で3年ごとだ。ほかの家の分を含めても3ヶ月に一度ずつぐらい? ログインする間隔としてはかなり長い。丸一日ログインしていても30倍なら1ヶ月だ。生体脳だけならせいぜい数倍だ。機械的な補助があるのだろう。しかも同じ人物がログインしているらしい。開発や運用に関わっている相手はまだ少人数なのかもしれない。


「大精霊の特徴はわかりますか」


「我が家に来てくださる大精霊様は、知識が豊富でございます。大精霊ヒトミ様と異なりまして剣は使われず、お体もまとわれないということでございます」


 ネットに接続できる人であれば、たいていは知識が豊富だと言えると思う。今の時代であれば剣術が得意な人の方がごく少数だ。私がアバターを作ることができたのは医療用ナノマシーンを扱い慣れているからだ。こちらも人数としては更に少ないと思う。この方向では範囲が広すぎる。


「話す言葉などに特徴はなかったでしょうか」


 同時翻訳アプリがありふれている今の時代、母国語以外を深く学習する人は少ない。そのアプリをデバッグするため多国語を学習した私は少数派だと思う。翻訳アプリ越しの言葉でも多少はもとの言語がわかるかもしれない。ちなみにフタバたちが使っている言葉は私の母国語と同じだった。


「特徴と申し上げることができるかどうかはわかりませぬが、よくジュンポやオバテクと口にされたと記されております。我が家では他家の大精霊様と区別する必要があるかもしれぬということで、あくまで内々にですが、オバテク様と呼んでおります」


 うん? 何か聞いたことがあるかもしれない。いや、翻訳アプリの発音があまりよくなかっただけだろう。それに伝聞情報では正確な発音かどうかはわからないと思う。もっと特徴がハッキリしている言い回しなどが必要だ。この方向でも今のところはダメみたいだ。


「オバテクはどのような知識を伝えに来るのでしょうか」


「大精霊オバテク様は、民が生きる術を伝えてくださいました。先に農業や冶金の技術だったと記されております。他にも治水や製紙、医術なども伝えてくださろうとされました」


「伝え切れなかった分もあるのでしょうか」


「はい、何分我らの知識や技術が足りず、大精霊様のお言葉を理解できぬこともございました」


 ここは私の母国で言うところの江戸時代か明治時代ぐらいだと思う。いや銃器や火薬はない。戦国時代の前半ぐらいだろうか。相手に合わさず一方的に情報だけを流した? そもそも魔物の存在を設定したのもオバテクとやらかその仲間のはず。この世界の人々を苦しめているのもオバテクかその仲間だろう。いや、オバテクの人格にもともと期待はしていない。それよりも、そろそろ聞きたくなかった質問をしなければならないのかもしれない。まずは遠回しに聞いてみる。


「ご先祖の精霊様というのは」


「はい、ご先祖の精霊様方は一世代に一人か二人来てくださります。我らのような家の者ならば主に剣の技を伝えてくださります。精霊様によっては数年を超え十年近く憑いてくださることもあります」


 イチロウたちの父親にもご先祖の精霊が憑いたという話だった。剣術の技なら数日で伝えることは難しいと思う。


「そのさい、外の世界の知識もたずさえてくるのではありませんか」


「おお、そこまでおわかりになられるとは。さすがは大精霊ヒトミ様でございます」


 あの三兄弟の技は多分リアルで200年近く前の知識から来ているのだと思う。


「ヨシヒデさんに憑いたご先祖の精霊様はゲームというものに詳しかったのではありませんか」


「おお、それもおわかりになられますか。さようでございます」


 ヨシヒデさんがゲーム用語に詳しい理由も一応筋が通るかもしれない。一瞬躊躇(ちゅうちょ)してから先に別のことを聞くことにした。


「⋯⋯私が知識を伝える相手はフタバで良いのでしょうか」


「さようでございます。えもーしょなる・しんぱしー率なるものを上げれば、知識の伝達が行いやすくなると聞き及んでおります」


 ほかのゲームにも同じような名前の設定があったのかもしれない。それにしては的確に把握している。


「エモーショナル・シンパシー率を上げるにはどうすれば良いのでしょう」


「はい、確か親密度なるものに関係するとのことでございます」


 親密度、だと!?


「あ、あくまで念のため確認ですが、フタバとの親密度を上げていけば良いのですね!?」


「さ、さようでございます」


「ヨシヒデさんの公認なのですか!?」


「こ、公認とは、不勉強な私にはわかりかねますが、こちらからお願いすることでございます」


 この世界の再現性はリアルを超えているところもある。この環境で、あんなことやそんなことをしても良いのか? い、いや、待て、落ち着け。本人の合意がまだだ。


「フ、フタバはどうでしょう」


 フタバは少し恥ずかしそうにしている。何かを感じ取ったのかもしれない。


挿絵(By みてみん)


「え、その、言葉の意味はよくわからないところがありましたが、ヒトミさまが望まれるのであれば、私は構いません」


 よし、合意も得られた! ああ、人生って素晴らしい!


「だ、大精霊ヒトミ様。こちらからお願いしている話ではございます。ただ、そ、その、なにぶんフタバは嫁入り前の娘でもございます。そのあたりのこともお考えいただければと存じます」


「えっ? え、ええ、もちろんですワ、オホホ」


 私は模範的な人間なので、年齢制限は守るつもりだ。ヨシヒデさんは何を心配しているのだろう。ちなみにギリギリであっても、セーフはセーフですワ! いや、フタバの合意もある。ちょっとぐらいなら、超えてもセーフかもしれない。


「そ、そのう、大精霊ヒトミ様。先ほどは何かお気にかかることがあったように見受けられましたが」


「えっ? まあ、そう言われてみると、オホホ」


 すっかり忘れていた。もはやどうでも良いかもしれない。いやフタバにも関係することだ。一応聞いておこう。


「ヨシヒデさんに憑かれたご先祖の精霊様ですが、オバテクと会ったことがあるのでしょうか」


「おお、そこまでおわかりになられるとは。さようでございます。私に憑いてくださったご先祖様の妹君に大精霊オバテク様が憑いてくださったそうです。今から三代前のことでございます」


 ヨシヒデさんがシステムまわりに詳しい理由もある程度つじつまが合う。


「⋯⋯ヨシヒデさんは、ご自分のことをどのようにとらえているのでしょうか」


「はい、私は私でございます。それ以上でも以下でもありません。ただ大精霊様方から見れば、少々上等なAIを積んだNPCと言ったところでしょうか」


 ヨシヒデさんぐらいゲームやシステムの知識があれば、やはりそういった結論を下すのかもしれない。


「⋯⋯フタバたちも同じでしょうか」


「いえ、あの二人に限らずほとんどの者は己の人生を生きております」


 フタバは違うようだ。なぜか少し安心する。ヨシヒデさんもどこまで理解しているかはともかく、私の認識とは異なる。


「私にとって、この世界の人々は私と何ら違いはありません。それはヨシヒデさんもです」


 私の特殊な状況では、あまり説得力はないだろう。それでも本心を伝えておきたかった。


「さようでございますか。では以降そのように心します、大精霊ヒトミ様」


 そう言うと、ヨシヒデさんは初めて会ったときと同じように深々と頭を下げた。

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