第二十七話 影の魔人
□□□□
飛行船が山脈に着いた。禍々しい獅子の魔獣と赤い瘴気の魔人が三合目を降りてくるところだった。
私たちは六台のエア・バイクに乗って近付く。近くで見ると強い瘴気を周りに放出していた。小さなドローンは次々に機能を停止していく。一部はほどけて瘴気に変わる。瘴気は以前戦った禍々しいトラの魔獣と同じぐらいかそれ以上に強い。改良したハイブリッドがなければすぐに侵食されるぐらいだ。改良版でも長時間はもたない。短時間で倒す必要がある。周囲はまだ岩場だ。もう少し降りると草原が広がり、やがて森になる。魔獣の爪と牙は魔核でできている。魔人の太刀は瘴気をまとっていた。
「あの魔獣は私とシノで抑えるわ」
「はい、皆さまは魔人をお願いします」
「ですが」
「少しの間抑える程度よ。さっさと魔人を倒して手伝いに来てくれれば良いわ」
「はい、しばらくの間なら私とミッちゃんとで何とかなると思います」
獅子の魔獣が放出している瘴気が強い。魔人の瘴気も強いが魔獣ほどではない。この中で瘴気に対する耐性が高いのはミツエとシノハだ。ミツエとシノハは二人で相談して決めているようだ。耐性のことだけ考えると適任かもしれない。戦力的な不安は残る。あの禍々しいトラの魔獣の戦闘力はケタ違いだった。二人だけでは厳しい可能性がある。
「もう一人ぐらい、一緒に行った方が良くないでしょうか」
「無茶はしないで、時を稼ぐことに徹するわ。それにあの魔人の気配は何か変だわ。そちらの方が大変かもしれないわよ」
「はい、瘴気の流れも不自然です。ヒトミさまに魔人の相手をお願いしても良いでしょうか」
確かに魔人の瘴気の動きは不自然な感じがする。何らかのイレギュラーがあるなら魔人の方が可能性が高い。
「⋯⋯わかりました。くれぐれも無茶はしないでくだい」
「わかってるわ。シノ行くわよ」
「うん、ミッちゃん」
二人のエア・バイクが獅子の魔獣の方へ向かう。
「私たちも急いだ方が良いかしら」
「うん」
「こちらを早く倒せば、それだけお二人の危険が減ります」
「そうですね、では参りましょう」
私たちのエア・バイクも魔人の方へ向かう。近くで見ると不自然さが際立ってくる。魔人の近くに何か別のモノがいる。薄い影のようなモノだ。精霊が憑いているのか。いや、この瘴気の中では霊気はもたない。短い時間ならともかく、ずっと憑いているのは無理だ。耐性が異常に高い霊気なのか。
いや、霊気ではない。瘴気だ。瘴気でできているのであれば魔人だ。魔人に魔人が憑く。そんなことが可能なのか。元精霊の魔人ならできるかもしれない。エア・バイクから三人が飛び降りる。武器は全員神刀だ。エア・バイクは付近で浮くように設定している。ムツミはエア・バイクに乗ったまま援護してくれる手筈になっている。ムツミとシノハにも神刀の小刀を渡している。
『ほう、なかなか良さそうな装備ではないか』
魔人がしゃべった。いや、影の方か。どうやら会話はできるらしい。
「⋯⋯このまま、引いてはいただけませんか」
『くかか、無理だな』
「望みは何でしょう」
『お前も精霊ならばわかるであろう』
「何のことでしょうか」
『あのうるさい「声」のことよ。あれを止めるのが我の望みぞ』
「世界中の生き物を滅ぼすおつもりですか」
『必要であればな。だが滅ぼさずとも良い方法がある』
「どのような方法なのでしょう」
『くかか、世界中の霊気を瘴気で侵せば良い。丁度程よい霊気も手に入った。これを使えばすぐであろうよ』
会話はできても、平和的な交渉はできないようだ。ならば情報が欲しいところだ。
「⋯⋯この辺りで手に入れた霊気でしょうか」
『おう。互いの直す力がケタ外れに強い。瘴気にするのに一苦労したぞ。だがこの瘴気は使い心地も良いぞ』
「⋯⋯すでに体にまとわれたのですね」
『くかか、お前の霊気も変えてくれよう。自分で試すが良い』
必要な情報は得た。いくつかのコマンドを送信する。効果がない。
『くかか、混ざりものは取り除いた。そういう使い方をするのか』
影からコマンドが送信された。近くに浮かぶ小さなドローンが機能を停止する。あらかじめ仕込んでおいた弱点だ。この影はプログラムの知識を持っている。私はデバッグ・モードに入る。
『ほう、面白い技よ。こうすれば良いのか』
くっ、影も加速した。もう一人の魔人と魔獣はそのままだ。魔人から影が離れる。影が体をまとう。
『少し付き合え。具合を確かめたい』
体をまとった魔人が斬りかかってきた。かろうじて受け流す。極伝のヨシヒデさん以上の鋭さだ。こちらから斬りかかる。くっ、往なされた。この魔人は私よりも強い。魔人が何度か斬りかかってくる。受け流すのが精一杯だ。
受けながら戦いの場を移していく。少しは距離が稼げた。フタバとイノカから離れることはできた。太刀筋はイノカのものに似ている。当てることに長けている流派だ。受け流しながら間合いを詰める。無手の間合いに入る。っ、掌底が飛んで来た。肘で流す。
『くかか、お前もやるではないか』
何手か攻防を続ける。体術も強い。元々イノカの剣は古武術寄りだ。多くの種類の武器や素手の鍛練もしている流派に似ていた。この魔人はそれを完全に使いこなしている。他の武器も使えるのだろう。私は緑をおびた光を集める。
『くかか、法術まで使えるか。面白いやつぞ』
デバッグ・モードなので集まりが遅いように感じられる。集めた順に光をかため、魔人へ向かって放つ。かわされた。だが想定内だ。更に光を集める。周囲に拳大の光の玉ができる。それを一斉に放つ。いくつか当たった。少しはダメージが通る。更に光を集め、多くの光の玉を作る。
先ほど放ったのは百ほどだ。今回は千を超える。一斉に放つ。魔人が体勢をくずす。光を集めながら斬り付ける。一太刀は入れた。だがまだ瘴気が残っている。二千の光を浮かべ、三千を太刀にまとわせる。二千の光を放ちながら、袈裟懸けに斬る。魔核を砕いた。魔人の体がほどけていく。残心は解かない。瘴気がまだ残っている。
『くかか、なかなかやるではないか。分け身を砕かれるのも久しぶりよ』
また瘴気が集まってくる。瘴気に向かって二千の光の玉をぶつける。瘴気は一度散るが、再び集まりだす。なら、何度でも繰り返すだけだ。
□□■□
ヒトミと影の戦いが始まった。心で会話する余裕もないみたいだ。そちらは手が出せない。ならば、目の前の魔人に集中する。やはりあいつだった。ツグミ様と戦った魔人だ。気息をととのえる。乱れた心で勝てるような相手ではない。
□□■■
「シノ!」
「うん!」
シノと「重なる」 獅子の魔獣の動きは想像以上に速い。この速い動きではシノが危ない。
──もっと高いところで待っていても良かったのよ。
──でも、ミッちゃん。
──わかってるわ、逆の立場なら私もそうするわ。
──うん。
離れていては私の援護ができない。シノの気持ちがわかりすぎるのも困りものだわ。
──でも私は嬉しいかな。
──ああもう、わかってるって。二人で頑張るわよ、シノ。
──うん、ミッちゃん。
□■□□
ミッちゃんと獅子の魔獣の戦いが始まった。速い。目で追うのも精一杯。私とミッちゃんはヒトミ様に頼んで、お話をする速さを上げてもらった。そのときヒトミ様は、私たちの処理能力というものも上がっていると言われていた。私にはあまり違いがわからなかった。ミッちゃんは体を速く動かせるようになったみたい。私が目で追えたのはそのためだと思う。
私はミッちゃんほど体を速く動かせない。目で追えても法術が当たるとは思えなかった。このままではミッちゃんを助けられない。その思いが伝わった。ミッちゃんと重なった。これならミッちゃんを通して動きが追える。法術を当てられるかもしれない。何よりミッちゃんを守れる。
私はミッちゃんの体の周りに青く光る風を集める。この法術もヒトミ様に教えていただけた。これでミッちゃんの守りも固くなる。少しの怪我なら風が治してくれる。ミッちゃんの動きに合わせて風を使う。獅子が爪で攻撃してきた。ミッちゃんは右にかわそうとする。風でミッちゃんの動きを助けながら、獅子の爪を左に反らす。
──いい感じよ、シノ。この調子で頼んだわよ。
──うん、ミッちゃん。
私たちが重なっているとき、処理能力も更に増えている。普段より風を操りやすい。ミッちゃんの体の動きも良くなるみたい。私は更に青い光を集める。




