第ニ十五話 仕込み
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。この連休中の投稿で三章の最後までいく予定です。
よろしければ、お付き合いください。
□■□□
「シノハ、ムツミ。このデータはどうです」
「⋯⋯何か混ざっているように感じます」
「うん」
ヒトミ様が私とムツミ様に聞いてこられる。伝えられたのは、強い霊気のデータだった。少し不自然な感じがするデータだった。
「こちらでは、いかがでしょう」
「他の霊気と同じ感じがします。ヒトミさま」
「うん」
「では、これを増やす手伝いをしてくれませんか」
「はい、ヒトミさま」
「うん」
私とムツミ様は、渡されたデータを使って、他の強い霊気を「上書き」していく。
ここ数日ヒトミ様はお体をまとい、私とムツミ様に色々なことを教えてくださる。ヒトミ様はお体のことをアバターと呼ぶときがある。短い間ならヒトミ様は二つのアバターを同時に動かすこともできるみたい。以前はお体を使ってミッちゃんと稽古し、フタバ様の中に入って、私と通信までされていた。強い霊気を更に強くするときは、そこまではされない。こちらに集中しなければならないみたい。ヒトミ様はリソースが足りないと言っておられた。
この地方の里に住む人々も、だいぶ安心して暮らせるようになったと思う。ヒトミ様が作られた小さな霊気の集まりはこの地方全体を覆うようになった。そこから伝わってくる信号は、私とムツミ様にも受信できるようにしてくださった。その信号でこの地方の人々のようすも少しわかる。
小さな魔物であれば里の人でも容易に倒せるようになってきた。ヒトミ様がそれぞれの里に多くの霊刀を残された。作物の実りも良くされた。大きな魔物や魔獣が出ると、私たちが倒しに行く。強い魔獣は信号が途切れることで場所がわかる。里の人たちの中には大きな魔物を倒す人まで出てきた。霊刀があれば弱い魔獣までなら里の人たちでも倒せるようになるかもしれない。遠間から何人かで霊刀で刺せばできるようになると思う。
強い魔獣は難しいと思う。ミッちゃんたちでも霊刀なら少し手間取る。ヒトミ様が作られた防具があるので、誰も怪我をしていない。神刀を使えばすぐに倒せる。私たちは鍛練と稽古を続けている。大きな魔物や魔獣が出れば、すぐ倒しに行く。それ以外のとき、ヒトミ様は午前中は私とムツミ様に法術を教えてくださる。午後はミッちゃんたちとの稽古に加わっておられる。
夜はときどきホームシアターでお話をみる。最初のお話はとても怖かった。最近のお話はホノボノとしたものが多い。たくさんの子犬が出てくるお話はとてもホノボノとしていた。絵を動かしているようなお話は楽しいものが多い。今夜のお話はなんだろう。ホノボノとしているものだったら嬉しいな。
そう思っている間に霊気の上書きができた。ヒトミ様にミッちゃんとお話をする速さを上げてもらってから、少しなら、いくつかのことを同時にできるようになったみたい。ヒトミ様は処理能力が増えたと言っておられた。ヒトミ様ほど多くのことを速くすることはできない。体を動かす速さはあんまり変わっていない。ミッちゃんは少し速く動かせるようになったみたい。ムツミ様も上書きが終わられたみたい。
「これでどうでしょうか、ヒトミさま」
「うん」
「二人ともよくできています。ではこれで小さなドローンを作りたいと思います」
「はい、ヒトミさま」
「うん」
ヒトミ様からデータが送られてきた。この地方をおおっているものに似ている。強い霊気を使うための調節もされているみたい。霊気は時がたてば増える。強い霊気も同じ。ただ強い霊気が増えるには多くの時が必要になる。ヒトミ様から送られたデータを使えば、短い時でも増えることができるみたい。
瞬きするほどの間、ヒトミ様の顔があの怖いお話に出てきた人のように見えた。ううん。見間違えだと思う。ヒトミ様がそんな顔をされるはずがない。きっと気のせいに違いない。もう一度見ると、いつものようにお優しい眼差しで見てくださっていた。やっぱり気のせいだったんだ。
私とムツミ様は小さなドローンを作り始めた。
□□□□
シノハとムツミにいくつかのデータを見てもらった。改良したハイブリッド・ナノマシーンのデータの中にいくつかの弱点を埋め込んだものだ。シノハとムツミに気付かれないレベルのものを選んだ。作業が終わった後、シノハとムツミにはデータの破棄をしてもらった。こちらでもチェックを行い、残っているデータがないことは確認している。
弱点を埋め込んだハイブリッドで小さなドローンを作成した。表面上の挙動は改良されたハイブリッドと同じになる。これで北の山脈の途中まではドローンを散布できる。更に強いハイブリッドができれば、一つ目の山脈を越えることができると思う。弱点のことはツグミさんたちにも伝えておきたいところだ。
完成した小さなドローンは、トリ型のドローンに運んでもらった。中継装置の数も増えた。北の山脈の近くまでなら、ここからでもトリ型のドローンを操れる。現地で小さなドローンが増えれば、探索エリアが更に広がる。
■■□□
自分は強い魔獣を追っている。強い魔獣を作ったものがその先にいると思われる。あのカタキの魔人に繋がる可能性がある。強い魔獣を倒して、その魔核も取り込む。使っている太刀は、以前奪ったものだ。他に優れた特徴はないが、頑丈にできている。今まで使い続けてきた。たいした手入れもしておらぬ。
またも魔獣を見付けた。近付きざまに首を断つ。以前はできなかった。魔人になって多くの魔核を取り込んだ。強くなれたのだろうか。技が磨かれたようには感じぬ。力と速さが上がったのだろうか。ともかくこの方向で良いようだ。徐々に魔獣と出会いやすくなっている。魔獣も強くなってきたか。あまり違いはわからぬ。少しずつ強くなっているような気がする。
とうとう禍々しい魔獣を見付けた。獅子のような魔獣だった。自分と同じ赤い瘴気をまとっている。今までの魔獣よりずっと強いように感じる。だがそれ以上に気に掛かることがあった。魔獣の近くに、薄い影のようなものがいた。あいつか! その影の気配は自分の知っているものだった。何度も思い出した嫌な記憶の中のものと同じだ。ようやく手掛かりが得られた。
影に斬りかかる。太刀は影をすり抜けてしまった。本身はここにはいないようだ。ならばその獅子を狩る。獅子の魔獣はすでに身構えている。かまわず斬りかかる。獅子の魔獣は動きが速い。何度も太刀をかわされた。爪と牙は魔核でできている。こちらの傷が増える。
自分は精霊から魔人になった。多少の傷ならすぐに治せる。大部分の瘴気を散らされるか魔核を砕かれでもしない限りまず死なぬ。人であったころの急所を攻められると死んでしまう場合がある。心がそう思ってしまうのだろう。精霊がそうであると聞いたことがある。さほど大きくない魔獣も同じだ。魔獣であれば首を断つだけでたいていは倒せる。獅子に狙われるのであれば、やはり首であろう。それ以外ならくれてやる。
『くかか、昔戯れに作った者か』
獅子に斬りかかっていると影が濃くなった。あの時と同じ声が聞こえた。すかさず斬りかかる。太刀はすり抜けた。まだ薄い分け身のままか。
『なかなか面白く育ったではないか』
「魔人よ、この場に来ぬか」
『くかか、今ではお前も魔人であろう。まあ良い、座興にはなろう』
影が更に濃さを増す。獅子が影を守るように立ち塞がる。
『戯れの続きだ。下がっておれ』
影が獅子に命じると獅子は身を引いた。影の持つ太刀は禍々しかった。強い瘴気でもまとっているのか。ここに来るまでに多くの魔核を取り込んだ。力と速さが上がっている。このままトミカのカタキを討つ。
影が濃くなるのを待つ。まだ実体にはならぬようだ。だが手傷ぐらいなら負わせられよう。影がある程度濃くなったところで斬りかかった。禍々しい太刀がスウと上がり往なされた。今の自分の打ち込みはかなり強い。おそらく皆伝には達している。それを軽く往なすほどだったのか。
ならば例の巫女が振るったような太刀を振るえば良いだけのことだ。己より格上の者に勝つには、あれ程の覚悟が必要だ。あのときの巫女の太刀を思い出せ。相討ちでも構わぬ。せめて一太刀は入れる。自分の剣気を高めていく。影が更に濃くなった瞬間、自分の全てを込めて斬りかかった。
■■□□
『うむ。なかなかの太刀であったぞ』
気が付くと自分は倒れていた。届かぬか。あのときの巫女は自分に届いたというのに。
『このまま散らすのは少々もったいない』
声は頭の中から響いていた。
『我の手足になってもらおうか』
その言葉と共に、自分の意識は途絶えた。




