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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
赤の書
84/365

第二十二話 オタミさん


 □□□□


「北と南西に魔物が、西に強い魔獣がいます」

「うん」


「魔獣は私の番かしら」

「北の魔物はもらうわよ」

「南西は私が行きます」


 午後から魔物退治が始まる。強い魔獣の出現率が上がってきた。みんなの装備は全て新しいハイブリッドで上書きしている。強い魔獣は実戦練習も兼ねて、順番にあたってもらっている。イザというときのため、ドローンでの監視も忘れない。イノカとムツミだけでなく全員に小さなハイブリッドのドローンも付けてある。この森の中はその場で作ったドローンの監視もある。このドローンは有機ナノマシーンで作った。侵食に対する耐性は低い。その分数を増やしやすい。数日もすれば今までの範囲はカバーできそうだ。


 イノカが魔獣に近付く。すれ違いざまの一太刀で魔核を砕いた。イノカの攻撃は三人の中で一番鋭い。このあたりの地形にも慣れているのだろう。シノハとムツミからデータを渡されてからの動きに迷いがない。神刀も使いこなしている。強い魔獣相手のときは霊刀ではなく神刀を使ってもらっている。


「これが神刀の力かしら」

「霊刀もすごいけど、神刀はもっと上ね」

「大きな魔核を持つ相手でも勝てます」


 無事に倒せたようだ。


「今のところ、他にはいません」

「うん」


 このフォーメーションも安定してきた。少し不安が減る。もうじき次の里だ。



 □□□□


「なんだかすさんでいるわね」

「壊れたままの建物もあります」


「⋯⋯この里は、例の魔人に襲われたところかしら」

「うん」


 元々は百戸程度はあったと思う。今残っているのは半分ぐらい。人数も百人ぐらいだそうだ。襲われた他の里から来た人もいると聞いている。襲われた他の里は全滅に近かったようだ。残った人々がより集まっている里らしい。


「ヒトミ様方ですか」

「これで少しは楽になれるのか」

「いいや、まだわからん」


 人々にも活気がない。疲れ切っているかのようだ。


「⋯⋯先ずは、傷を癒します。怪我をしている方々のところへ案内していただけませんか」


 怪我が残ったままの人も多い。これでは家の補修どころではなかったと思う。農作業も十分にはできなかったのだろう。栄養状態も悪いようだ。すぐに食べられるものを作ろう。遠くの木々をほどいて、お握りと味噌汁を作る。木の器や皿にみんなが盛り付けてくれる。風を送り近くの人々の傷を癒す。家の中で寝込んでいる人もいるようだ。そちらへの案内を頼んだ。


「おお、握り飯だ」

「味噌汁もあるぞ」

「暖かい食事など」


「全員の分を用意します。怪我が治った方から順に召し上がってくだい」


 食事の匂いにつられたのか何人もの人々が出てくる。近付いて来た人の傷は一気に治す。人心地付いたのか、何人かは手伝ってくれる。その人たちに案内されて残りの怪我人のもとへ向かう。



 □□□□


「ふん、あんたがヒトミ様とやらかい」

「⋯⋯ええ、ヒトミと申します」


 その老婆の怪我は酷かった。老婆ほどではないのかもしれない。老けて見えるほど、長い間不自由だったに違いない。私は即座に風を送る。治りの遅い場所がある。魔核の傷ではない。心労か喪失感が原因だろう。私にも覚えがあるからわかる。


「ありがたいさね、これで少しは動けるよ」


 怪我は治した。しかし体力がない。疑似細胞を使って慎重に点滴薬を作る。少しだけ血液に混ぜる。よく観察してみるが害はなさそうだ。少しずつ体内に注いでいく。


「⋯⋯あんたも昔、いや、何でもないさね」

「ええ、私にも全く動けなかった時期があります」


 体の傷は癒せたと思う。体力も少しはもどせたと思う。だが心の傷は私では癒せない。


「暖かい食事をすぐに、ご用意しましょうか」

「そうさね、頼めるかい」


 その場でおじやを作った。胃腸も弱っているに違いない。消化の良いものにする。木のさじですくい少しずつ食べてもらった。


「ありがとよ、久しぶりに人らしい食事ができたさね」


「すぐに食べられるものも置いておきます。食材も多めに用意しておきます。体が動くようになれば、もっとたくさん食べられますよ」


「そうかい、すまないね」


 私にできることは、せいぜいこのくらいだ。あとは時間に⋯⋯いや、いくら時間をかけても癒せない傷はある。私の中にもそれは残っている。



 □□□□


 老婆、いやご婦人はオタミさんと名乗ってくれた。オタミさんの家の中に食料は多めに置いておく。こっそり栄養価も高くしておく。保存ができるように殺菌作用も設定しておいた。家の補修も念入りにしておく。他の里と同じようにこの里にも手を入れる。元が良くなかったので、多めに霊気を動かす必要があった。


 周囲が緑をおびた光で包まれる。いつもより大きい。この里の人たちは親しい者を失っている。私では心の傷は癒せない。せめて安心して暮らしていけるようにしたい。


 ──ヒトミ。

 ──ありがとう、フタバ。


 私の心がわかるフタバが、そっと手を握ってくれる。この世界では精霊になれる者もいる。数はわずかだ。精霊になれたとしても、いずれ還る。失われた命が戻らないのはリアルと同じだ。だからこそ失ってもらいたくはない。私の目の前で大切な存在を失うことは許せない。光が更に大きくなった。



 □□■□


 少女の心が泣いている。大きな悲しみを背負っている少女だ。普段は大きな優しさでそれを隠している。でも私には伝わってくる。少女と似た境遇の人たちを見て抑えておくことができなかったのだと思う。私にできることはほとんどない。寄り添うことぐらいしかできない。なら少女のためにできることは全てやる。



 □□■■


 ヒトミが優しすぎる理由が少しわかったような気がする。多くのものを失ったのね。だから他の人には失って欲しくないんだわ。あれだけ強いのに、なんて無力感なのよ。どれだけ強くなっても、きっとヒトミは満足しない。手の届く範囲が広がれば広がるだけ多くを救おうとする。バカね、欲張りすぎよ。一人でできることなんてたかが知れているわよ。待ってなさい。私も必ず手伝えるようになってみせるわ。



 □■□□


 ヒトミ様の悲しむ「声」が聞こえてくる。世界の声よりは小さい。でも私に届く分は、ズット大きく感じる。普段はお優しいので気付かなかった。これほどの気持ちを抱えていたなんて。他の人が同じ気持ちになることを強く拒んでいる。だから私にもお優しいのかな。


 ううん、違う。誰にもなって欲しくないみたい。ヒトミ様がいくらすごくても、世界中の人を助けるなんてできないと思う。なら私とミッちゃんでヒトミ様を手伝えば良いのかな。ミッちゃんと一緒ならできるようになると思う。ううん、できるようにするんだ。



 □■□■


 ヒトミ様がいつも暖かでお優しい理由が、少しはわかったかしら。誰にも悲しい思いをして欲しくないんだわ。私も少しはそう思っていた。でもヒトミ様のお気持ちは、もっと大きくて強い。イクノブ家の二人だけではなく、私にまで手を差し伸べてくだった。本当はもっと多くを救いたいと思っているのかしら。いくらヒトミ様がお強くても全員は無理だわ。私はまだ何もお返しできていない。なら私がお手伝いすれば良いのだわ。



 □■■□


 ひとみさま?


 いつもやさしくしてくれるひと。いつもあたたかくしてくれるひと。いのかお姉ちゃんとおなじ。いのかお姉ちゃんは、あのことをおこっている? お姉ちゃん、ごめんなさい。あのときは、どうすることもできなかったの。でも今なら、すこしは何かできるかも。ひとみさまに、いろいろ教えてもらえた。すこしは強くなったと思う。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


□■■□はムツミ視点です。ようやく出てきました。

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