第二十話 しきたり
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「これがそのときの魔核です」
一旦コテージに帰ってきた。爪と牙が魔核でできていた魔獣の件を報告する。禍々しい魔獣の情報を伝えておきたかった。爪と牙が魔核でできていた魔獣は、体の魔核が砕けて倒れた。普通の瘴気は霊気に戻しておいた。ハイブリッドの瘴気は集めて陶器の入れ物に密封している。魔獣が途中で放っていた瘴気は普通のものだった。この世界の生き物を作る霊気は世代ごとに耐性が強くなる。ツグミさんたちのおかげだ。普通の瘴気では侵食され難い。
ハイブリッドの瘴気はやっかいだ。瘴気の方が強いと簡単に侵食されてしまう。瘴気が古いタイプのものであれば、新しいタイプのハイブリッドで防ぐことができる。ミツエとシノハが侵食されたとき、体中の霊気をハイブリッドに置き換えることしかできなかった。他の四人は体の表面だけハイブリッドでコーティングしている。
小さなドローンと中継機をその場の霊気で大量に作って探索にあてている。トリ型のドローンのように遠くを見ることはできない。いくつも集まってようやく森一つ分ぐらいだ。小さなドローンは今も増え続けるように設定している。いずれこの地方ぐらいなら探索できるようになると思う。時間はかかりそうだけど。
「またこの色かしら」
「うん」
「瘴気の色なんていちいち気にしてはいられないわ」
「イクノブ家の近くでもさまざまな色の瘴気を見ます」
「ツカハラ家のまわりでも同じです、イノカ様」
魔核からは赤みを帯びた瘴気が出ている。直接触れないように陶器の一部を透明化している。
「オオエヤマ家の文献に、強い魔獣が出ると強い魔人が出るというものがあるかしら。その強い魔人は元はオオエヤマ家の者だったそうよ。その魔人が使う魔獣の瘴気も同じ色だと文献に書かれていたかしら」
イノカがオオエヤマ家の昔の風習について語ろうとしている。イノカには関係のない話だ。
「強い魔人への警戒は必要だと思います。ですが私たちの目的の魔人とは異なると思います。強い魔人の話は昔のことです。今は獅子の魔獣に対する警戒を厳重にしましょう」
「⋯⋯そうね、昔の話だわ。でもあなたたちには聞いておいて欲しいかしら」
話題を変えるより、オオエヤマ家の風習を語ることをイノカは選んだ。なら一度話してもらった方が、イノカの心も軽くなるかもしれない。
「わかりました、お聞きします」
「話せることだけで構いません、イノカ様」
「そうね。どの家でも言いたくないことの一つや二つはあるわよ。イノカが話してくれる分だけ聞くわ」
「はい、私もおんなじです」
私が学園の図書館で資料を調べたとき、オオエヤマ家の風習についてもわかった。イノカたちには関係がない何世代も前の古い風習だ。今回の魔人と関係がないと思った。フタバと相談し、イノカが話すまで知らないことにするように決めた。今がその時なのかもしれない。
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「その魔人はとても強かったそうよ。里に近付くだけで何人も瘴気に侵されたと書かれてあるかしら」
「近付くだけで、でしょうか」
「ええ、当時のオオエヤマ家の者では誰も勝てなかったそうよ。その魔人は数世代に一度里の近くに来ていたと書かれていたかしら」
「数世代に一度のことなんて、普段気にしていられないわよ」
「なぜわざわざ里の近くに来たのですか」
「魔人は時と共に姿形が変わり、強くなるそうよ。最後には魔核と瘴気に変わることもあると書かれていたかしら。それを防ぐためになるべく血筋の近い者の霊気が必要だそうよ」
「血筋の近い者でしょうか」
「ええ、その魔人は元はオオエヤマ家の直系だったそうよ。そこで里に近付かない代わりに、直系の巫女か精霊を差し出すしきたりができたそうよ」
「オオエヤマ家の直系って、イノカとムツミじゃない!」
「そ、そんなしきたりまで作ったのですか」
「ええ、そう書かれていたかしら。魔人が直接里に来ると、求める霊気まで瘴気に侵されてしまう。なので強い魔獣を使いとして出すと書かれていたかしら」
「強い魔獣が出ると、強い魔人が出るかもしれないとは、そういう意味だったのですね。イノカ様」
「霊気を得るとき、魔人は瘴気を抑えられるのでしょうか」
「ええ、多分そうかしら。それが出来ないと巫女を求めても意味がないわ」
「では、イノカとムツミの守りを今より強くしましょう」
「ありがとうございます、ヒトミ様」
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この話を知ってから、イノカとムツミの守りはこっそり固めてある。本人の許可も得られたので、今後は多少あからさまにしても大丈夫だと思う。ハイブリッドのドローンを常にイノカとムツミの周囲の警戒にあてていた。小さなドローンだった。イノカはすでに気付いていたかもしれない。
布や防具のナノマシーンもハイブリッドに変えておこう。できれば今のデータのバージョンアップもしておきたいところだ。古いタイプでは強い瘴気には勝てない。ツグミさんたちのような精霊も世界のために日々改良を続けている。シノハを待ってもらう分ぐらいは私がやれば良いと思う。ついでにムツミの分もやっておきたい。
ハイブリッドに詳しいのは、あいつか。仕方ない。少しおどして、ではなく、少し教えを乞うか。
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「⋯⋯教授、このようなファイルを見付けました」
「な、なぜだ! それは耐量子暗号化キーでプロテクトしていたハズだ、一美君!」
「一美です! 明文化されてからも違法な実験を続けておられたのですね、教授」
「め、明文化されても広報が十分ではなかったのだ。私は法を遵守する人間だよ?」
「ご自分の実験にかかわる法ぐらい、いつもチェックすべきでしたね」
「そ、その通りなのだがね。なぜか私が調べようとするといつもメンテナンス中だったのだよ」
⋯⋯それはハメられたと言うのでは。
「ま、まあ、その件は仕方ない。⋯⋯それで、今回は何が望みなのかね、一美君。い、違法なものはダメだぞ?」
「一美です! 何でそこで違法な話になるのですか! ちゃんと合法なものです!」
「う、うむ。そ、それならば良かろう。できればグレーゾーンもやめてくれたまえ」
「えっ、グレーゾーンは合法では?」
「確かに現行法にあからさまに反してはいない。だがいつ法解釈が変わったり、新しく立法されるかわからないのだよ。リスクは減らしておきたいじゃないか」
「まあ、いいです。私が聞きたいのは、ハイブリッド・ナノマシーンのバージョンアップの方法です」
「現行法では無闇な改編はできないのだが、ああ、あの世界の中でかね」
「ええ、そうです。リアルの私は模範的な人間ですから、オホホ」
「模範的な人間は人のファイルを勝手に、いや、何でもない。それであの世界でのバージョンアップということは、耐性を強化したいということで構わないかね」
「ええ、その通りです。強い瘴気に侵食されるのを防ぎたいのです」
「瘴気、ああ、バグのあるナノマシーンのことだったかね。それに関しては現時点ではデータが少なすぎると言える。バグが特定できれば対策の立てようもあるが、どこにバグができるのかわからないうちは、効果的な対策は難しいと予測される」
「元から強くはできませんか」
「うむ、可能だ。実際にそういったことを、確か精霊だったかね、その者たちが行っている。ただ特定の部分を強化したものが相手では分が悪いだろう」
「バグの場所が判明してから、すぐに対処することは可能でしょうか」
「うーむ。君であれば可能性はあるだろう。耐量子暗号化キーを解錠できる程だからね」
「でも、教授のフィルタは越えられませんよ」
「う、うむ。あれは言うなれば最後の防衛ラインのようなものだ。常に更新し続けているのだよ、一美君」
「一美です! 防衛ラインって何ですか! ⋯⋯元から強くする方法とすぐに対処する方法を教えていただいても良いでしょうか」
「う、うむ。自覚がないのも、いや、何でもない。先ずは元から強くする方法だが⋯⋯」




