第ハ話 魔核
□□□□
「おお、こんな小さな刃でも」
「槍のサビにしてやることはできませんが、これで一人でも多くの民を守ることができます」
イチロウの槍へ入力したプログラムがうまく動いた。その場にいた五人全員が持つ刃物にも同じ設定をしておいた。プログラムを伝えるだけなので無機ナノマシーンにこだわる必要はない。使い慣れていそうだったから刃物を選んだ。五人はかなりの上級者だ。コアなゲーマーより強いかもしれない。
ダンゴムシ型の魔物は刃先が触れるだけで消えるように見える。カマキリ型の魔物は一度では足りていない。大きさの違いもあると思う。小さな霊気のかたまりは侵食されやすい。人ぐらいの大きさになると侵食されにくくなるようだ。瘴気を霊気に戻すときも同様の影響がある。ただ、それだけではないと思う。私が気になっていたことに関係があるのかもしれない。
「カマキリの魔物の瘴気が強いような気がします。何かお心当たりはないでしょうか」
「魔核と呼ばれるものがあるのだと思います、ヒトミさま」
「魔核でしょうか」
「うむ、ヒトミどのであれば、見ていただいた方が早いでしょう。イチロウ、頼む」
「は、ただちに」
イチロウがプログラムを入力していない小刀をふところから取り出す。カマキリの胸部のカラをはがしていく。ジロウとサブロウも手伝いだした。穂先ではなく石突きを使っている。プログラムの影響を与えないよう気を付けてくれているのだと思う。やがてイチロウが1cmほどの小石のようなものを取り出した。直接は触らないように気を付けている。布で汚れをふき取りながら、こちらへ持ってきてくれた。
「ヒトミどの、これが魔核です。大きな魔物の中にはよくあります。我らも直接触れぬよう言われております」
これが霊気に戻るのを妨げていたのだろう。わずか1cmの大きさだ。だが有機ナノマシーンや無機ナノマシーンから伝わる信号だけではおそらく足りない。いや数をそろえればどうにかなるかもしれないというところだろう。カマキリ型の魔物と戦っていたとき、かすかな信号を受け取った。馴染みのある通信プロトコルが一部混ざっていた。私の神経網の治療にも使われている。これの存在はごく一部の人しか知らないはず。布に包まれていたのは、バグのあるハイブリッド・ナノマシーンだった。
□□□□
「こ、これは霊刀で間違いありまん。このようなものまでいただけるとは、ありがとうございます、大精霊ヒトミ様」
「おお、やはり霊刀であったか。さすがはヒトミどの」
「私は話でしか聞いたことのないものです。この家にも少しあると聞いております」
「うむ、法術に優れた都のフソウ家からのものであろう。ただ時が経つと力が衰えてしまう。大精霊ヒトミ様がお作りになったものは、衰える気配が全く感じられません」
どうやら同じようなプログラムは存在するらしい。私がプログラムを組むときは何重ものセーフティや、可能であれば自己修復機能も持たせる。そのくらいのものを組むことができないと、教授の作ったナノマシーンを制御することは難しい。そこまでの必要性を感じない人の方が多いのだろう。
ツカハラ家に帰ってくると宴の準備がととのっていた。魔物の死骸は普段は焼いたり埋めたりするらしい。小さなかたまりにも分けておくようだ。そこまでするには人手が必要だ。魔核は布で包んでツカハラ家の奥にある蔵にしまっておくそうだ。都の学園というところへ送られることもあると聞いた。今回は魔核の回収だけですんだ。私が霊刀を作らなければフタバ以外は残って作業の続きをする予定だったそうだ。
フタバは私の案内や付き添いをするよう、ヨシヒデさんに言われていたという話だった。宴では近くの山の幸だけではなく海の幸まで出してもらえた。この中では味覚や嗅覚の再現性も高い。料理に特化したアプリより上だったと思う。大勢の人が次々に挨拶に来てくれたので、あまり味わうことはできなかったけど。
ここはツカハラ家の中でも奥の方の部屋だ。私を含め四人しかいない。宴に来ていた人たちもここまでは入って来ないようだ。暗くなったので油やロウソクが灯されている。植物性の油が原料のようだ。有機ナノマシーンが作る疑似細胞は、リアルの動植物の細胞で作ることができるものなら、たいていのものを合成できる。
ここで会った人々は全て疑似細胞で体を構成していた。疑似細胞といっても本物の細胞とほとんど区別が付かない。ゲノム情報の伝達すら可能だ。ヨシノリさんの体組織もリアルとほぼ同じだった。ほかの人もそうだろう。おそらく思考方法もリアルと同じだ。
一国家の予算でも、ここまでの演算処理ができるメインフレームは作ることができないと思う。複数の国家か国際的大企業が協力すれば可能かもしれない。ただそれだけの予算をかけてやる理由がわからない。リソースがあるなら経済や行政に回すと思う。それでも余ったのか。いや余ったリソースにしても大きすぎる。
ひょっとして個人や少人数のグループなのか。五感全てのVR環境自体がまだ黎明期だ。たまたまうまく作れたけれど動かすことができなかった可能性もある。私の演算処理は少々特殊だ。私だから動かすことができたのかもしれない。それならBレベルで公開していたこととある程度つじつまが合う。相手が少人数なら交渉次第でこのアプリを譲ってもらえるかもしれない。
デバッグで稼いだ分や自作アプリの売り上げも少しならある。家族を失ったことで得た保険料もある。そちらは手を付けないつもりだった。いやその前に交渉をまとめてしまえば済む。ともかく個人や少人数のグループなら何とかできるかもしれない。中小の企業でもやり方次第だろう。
大企業や国家プロジェクトなら難しい。これほどの完成度のものを簡単に手放すとは思えない。ただおそらくそこまでの規模じゃない。そこまでしてゲームのような世界を作るとは思えない。私にとってこの世界の人々は特別な存在になりつつある。フタバの存在も大きい。それ以外の人々もだ。私と似ている部分があるからかもしれない。それにリアルには私にとって大切な人はもういない。私は無意識のうちに行っていた思考加速をといた。
□□□□
「それではほかの武器も、霊刀にしてもよろしいでしょうか」
「それはとてもありがたいのですが、その前に優先していただきたいことがございます、大精霊ヒトミ様」
そういえば宴のあとで何か話があるということだった。
「ええ、私にできることであれば、もちろん構いません」
「大精霊ヒトミ様が『ろぐあうと』されるまで、いかほどの時があるのでしょう」
っ、なぜ、その言葉を知っている!? いや、まだ確定したわけじゃない。アプリの設定に含まれていただけかもしれない。
「⋯⋯正確な時間は解析中です。おおよその予想ですが、この中の時間で3日から7日と言ったところだと思います」
私はデバッグやテストプレイをするときには思考加速を行う。小さなアプリなら1000倍は可能だ。オンラインゲームでも接続設定を変えると20倍の処理速度で演算できる。自前のセーフティによる強制ログアウトは8時間に設定している。このアプリのところに来るまで2時間は使った。
残ったのはリアルで6時間だ。
20倍の処理速度なら5日分になる。ただデバッグ・モードで限界に近い思考加速をしても普段ほど伸びなかった。何らかのアクシデントでログインしたこともあると思う。それに多分この世界自体が、私とは関係なく高速演算する設定にされている。おそらく10倍から30倍だ。6時間なら3日から7日ぐらいになる。
「さようでございますか。ならば大精霊ヒトミ様には『外の世界』の知識をフタバに伝えることを優先していただきたいと存じ上げます」
外の世界、か。いや、いくつか確かめなければ。
「⋯⋯なぜフタバなのでしょう」
「最初に憑いた巫女がフタバだからでございます。おそらく大精霊ヒトミ様にとって初めての『ろぐいん』であるかと思います」
「⋯⋯ほかにもログインする者が存在するのですか」
「はい、我がツカハラ家ではおおよそ三世代に一度ずつ大精霊様が来てくださいます。他家もさほど変わらぬと聞いております」
くっ、確定してしまった。これは動かせないアプリじゃなかった。アクティブ・プレイヤーが存在している。どこかで運用中のシミュレーションか何かだ。この規模のシミュレーションなら複数の大国か国際的大企業の協力が必要だ。私一人の力では交渉することすら難しい。




