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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
赤の書
73/365

第十一話 魔人の誕生


 ■■□□


「トウジ兄さん⋯⋯」


 小さな声が聞こえた気がした。何かが起こった。何が起こったのかは思い出せない。ここは? いや、そもそも自分は何者なのだ? 目覚めるときに聞こえた声に関係があるのか? 嫌なことがあったことは覚えている。心の中に黒い炎が燃えている。ほかにも何か覚えていた気がするが、ほとんど思い出せない。もう一度まわりに意識を向ける。どうやらここは巫女と呼ばれる者の中のようだ。自分は精霊と呼ばれる者になったのか?


『せいぜい精霊になることでも祈っておけ』


 心の中の黒い炎が大きくなる。何かをなさねばならない気がする。巫女をもう一度見る。年は十もいっていない。あのときの子供と同じぐらいだ。自分ともう一人を陥れた者の中の一人だ。詳しいことはまだ思い出せない。だが何かをされた。家族同然だと思っていた者たちにだ。


 まわりの景色を見る。家々の佇まいは少し違う。ここから見える山々が同じだ。自分はここで何かされたのか? 家の一つから母親と小さな兄妹が出てきた。兄妹の年はこの巫女と同じぐらいだ。まだ小さい。高い枝になっている果物などは取れまい。母親に言われたのだろうか、兄妹がこちらに近付いてくる。小さな枝を持っている。いや、あの兄妹は小さな刃物を持っていた。


 ⋯⋯トシ、ミミ?


 黒い炎が膨れ上がる。後ろの女はカヤだ。近くの女はサダだ。名前以外は思い出せない。本人ではなく子孫かもしれぬ。自分ともう一人を陥れて、のうのうと生きていたか。巫女は嫌がっている。だが黒い炎の方が大きい。巫女は法術に長けているようだ。都合が良い。自分は巫女の霊気も使い、まわりに赤い光を集める。人々は驚いている。構わない。根絶やしにしてやる。


 集めた霊気を次々にまわりへ放つ。人も家も関係ない。この里全てを壊してやる。「しきたり」で生き延びた奴らも同罪だ。気が付くと一人の少女が目の前に立ちはだかっていた。この巫女にしきりに呼び掛けている。無駄だ、黒い炎の方が強い。自分は少女に向け法術を放とうとする。巫女の抵抗が今までで一番強くなる。構わず放とうとしてその少女をよく見てしまった。


 ⋯⋯トミカ?


 いや、そんなはずはない。トミカと自分はこの里の者たちに陥れられたのだ。どちらも⋯⋯どちらも、どうなったのだ? 迷いを振り払うように、その少女に法術を放とうとした。巫女の抵抗が更に強くなる。なぜか黒い炎が小さくなる。この少女に向けて法術を放つことはできぬようだ。ならば他の者を先に滅ぼす。少女以外の者や家々は簡単に壊せた。少女の声を無視し、里の者を次々と滅ぼす。やがて巫女と少女だけになった。


 少女は泣きながら太刀を振るってきた。太刀はまだ甘い。自分になら簡単に避けられる。少女の太刀を避けようとする。体が動かなくなった! 巫女の力が今までで最も強くなった。動けない自分と巫女に少女の太刀が深々と突き刺さる。巫女はこれで終わりだろう。自分は精霊だ。依り代がいなくなってもしばらくは動ける。少女は泣きながら巫女にすがり付いている。今なら巫女の抵抗もない。少女に向かって自分の霊気を放とうとする。


 ⋯⋯できぬ。何故だ?


 自分は赤い霊気をまとい北の山脈の方へ向かう。嫌なことがあった場所だ。あそこに行けば何か思い出せるやもしれぬ。背後から見つめる少女の目の奥に黒い炎が灯った気がした。


挿絵(By みてみん)


 ■■□□


 嫌なことがあった場所に来た。黒い炎が燃え上がる。記憶は戻らぬ。何かなさねばならぬことがあったはずだ。依り代を失った精霊はしばらくすれば還る。今還っても良いのか? 里は滅ぼした。だがまわりに生き残りがいるやもしれぬ。今還ることはできぬ。自分は更に北の山脈に近付く。このあたりは瘴気が濃い。自分はまわりの瘴気を取り込んでいく。このまま魔人になれば良い。


 本当にそうなのか? 先程の少女の顔を思い浮かべる。何かを思い出せそうだ。だがもう遅い。霊気が瘴気に侵されていく。徐々に意識もなくなっていく。黒い炎だけが燃え上がる。やがて自分の意識は黒い炎だけになった。



 ■■□□


 その後、周辺の里を襲った。意識はほとんどなかった。赤い瘴気がまとわりつく。黒い炎が望むまま、人々を襲った。太刀も手に入れた。あの時は小枝か小石ぐらいしかなかった。太刀はよく斬れる。人々を襲いやすくなった。何度かあの少女を含めた者たちに襲われた。里を襲ったときに逃がしてしまった者もいた。丁度良い。まとめて斬ってやろう。残った人々を斬り捨てた。少女の太刀は弱い。受けることはたやすい。避けることも容易だ。


 だが少女を斬ることだけはできなかった。


 いつしか別の里の方へ来ていた。オオエヤマ家の者と同じぐらい強い者もいた。何人もまとめて斬った。自分は強くなったようだ。法術も使いやすくなったかもしれぬ。更に西の方へ進む。あそこには強い家があったはずだ。戦っている間に何か思いだせるやもしれぬ。とうとう強い者たちがいるところに辿りついた。ここでも多く斬ってやろう。


 丁度二人で戦っている者たちを見付けた。巫女と精霊だった。二人は互いに庇い合いながら戦っていた。先ずは弱そうな巫女からだ。自分は巫女に襲いかかった。精霊に邪魔をされた。この精霊は強いが自分よりは弱い。良いだろうお前から斬ってやろう。精霊に斬りかかる。何合かの斬り合いになる。


 そこに巫女が飛び込んできた。


 震えておれば良いものを。この程度であればすぐに終わらせてやる。そこで精霊の霊気が膨れ上がった。還るのが早くなるが、祝詞を使ったようだ。そういえばトミカも祝詞が使えたな。自分は精々霊気のかたまりを放つ程度だったはずだ。精霊の大きな霊気が放たれる。自分の瘴気で抑えるが後ろに飛ばされた。


 あの二人は自分のことよりも互いを大切にしているのか。少し意識が戻る。自分のことより互いを大切にした者たちがいた。その二人は兄妹だった。この「姉妹」と戦うと、何か思いだせるやもしれぬ。再び姉妹に近付く。精霊の方は力を使い尽くしかけている。二人とも自分の敵ではなくなった。少し残念に思いながらも手前の精霊に斬りかかる。


 巫女が斬り込んできた!


 守りも捨てた決死の太刀だ。自分がかつて振るいたかった太刀だ。手足も満足に動かせなかった。武器もなかった。相手は圧倒的に強かった。だが手足が動かせたら。太刀があったら。我が身を捨てでもトミカを守ろうとしただろう。精霊も己が還りかけているのに守り続けている。この姉妹は、自分たちと同じだ。


 巫女の太刀に斬られる。見事な覚悟と力だ。精霊が霊気を放つ。再び飛ばされる。精霊の霊気も尽きたようだ。もう体をまとうこともできない。今ならこの姉妹を斬ることもたやすい。だが何故かその気になれなかった。再び里の近くに行くか。今なら思い出せそうだ。自分はそのままその場を去った。



 ■■□□


 あの嫌なことがあった場所に再び来た。あの巫女の太刀か精霊の法術のためかいくぶん意識と記憶が戻ってきた。まだ全てを思い出せたわけではない。トミカという名の妹がいた。トウジという名の兄がいた。その二人の霊気を奪い尽くした強い魔人がいた。それだけわかれば十分だ。あの禍々しく強い魔人を討つ。その後であればあの少女か巫女に討たれても良いだろう。他の里の生き残りでも構うまい。


 トミカのかたきは自分が必ず討ち果たす。あれからどのくらい時が経ったのかはわからない。今の自分は魔人だ。瘴気さえあれば何年でもここにいることもできよう。あの強い魔人に勝つためには魔核も必要だ。ここは北の山脈に近い。魔物や魔獣もときどき出る。それらを狩って魔核を手に入れれば良い。自分は魔物を狩り始めた。

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