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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
赤の書
67/365

第五話 トウジとトミカ


 ■■□□


「トミカ、都の見物にでも行かないか?」

「トウジ兄さん、でも⋯⋯」


 今日オオエヤマ家の近くの山で強い魔獣が出た。自分とゴロウは何とか無事に逃げることができた。オオエヤマ家の近くでも魔物や魔獣は出る。北の守護者であるツカハラ家の近くほどではないが。


「少々強い魔獣が出た程度だ。気にすることもあるまい」

「もし言い伝えが本当だったら⋯⋯」


「何世代も前の話だ。ここ何十年も魔人は来ておらん。心配するなトミカ」

「トウジ兄さん。『しきたり』はまだ残っています⋯⋯」


 オオエヤマ家には何世代かに一度魔人が来るとの言い伝えがある。魔人が来るとき強い魔獣が出ると言われている。魔人は元々オオエヤマ家の直系の者だったらしい。魔人は時とともに強くなる。そのとき体がくずれてくることもある。体がくずれるのを防ぐには、できるだけ血筋の近い巫女や精霊の霊気が必要だそうだ。自分とトミカはオオエヤマ家の直系になる。何代も前に、魔人が里を襲ってこないための「しきたり」が生まれた。強い魔獣が出たとき直系の巫女か精霊を生け贄に差し出すというフザケタものだ。


「普段より少々強い魔獣だったというだけの話だ。少し物見遊山に出ても構うまい」

「兄さんとゴロウさんは奥伝ではないですか。その二人でも倒せなかったということは、かなり強い魔獣だったのでは⋯⋯」


「奥伝と言ってもゴロウはつい先日なったばかりだ。それに自分で言うのも何だが、ツカハラ家の奥伝の方達と比べると、オオエヤマ家の奥伝はたいしたことはない」

「トウジ兄さん。心配する必要がないのなら、都の見物はあとでも良いと思います⋯⋯」


「う、うーむ、わかった。口ではトミカに敵わんな。トミカこそ、口の達者さで皆伝ぐらいの力がありそうだ」

「もう、兄さんたら。私は剣も法術も中伝ですよ⋯⋯」


 トミカは祝詞まで使うことができる。治療ができるようになれば奥伝だろう。自分はせいぜい霊気のかたまりを放つぐらいしかできぬ。しかもかなり集中する必要がある。怪我でもしていればそれもできぬ。


「では少し様子を見るか。出かける準備だけはしておいてくれ」

「はい、兄さん⋯⋯」


 家を出るとトシとミミがいた。この二人は近くに住んでいるまだ幼い兄妹だ。高い枝の果実などをとってやると喜ぶ。


「暗くなったというのに、二人ともどうした。家でカヤさんが心配しているぞ」


「ゴロウさんが強い魔獣が出たって言ってた」

「大丈夫かな。魔人が来たりしない?」


「二人とも心配するな。強いと言っても普段より少し強かっだけだ」


「でも爪も魔核だったって」

「牙も魔核だったって」


「ゴロウはそんなことまでしゃべったのか。少し言っておかねばな」


「トミカさんはどうしてるの」

「出かける用意とかはしていないよね」


「う、うむ。しばらく様子を見ることで話が付いたところだ」


「え、しばらくしたら、どっかに行くの」

「『しきたり』はどうするの」


「その話は私も気になるわね」

「ええ、とっても大事なことですから⋯⋯」


 二人の母親のカヤと、同じく近くに住むサダがいた。何か嫌な雰囲気を感じる。


「トウジ、俺達を見捨てたりしないよな?」

「『しきたり』は守ってもらわなければならぬ」


 ゴロウとその父親のシロウが知らぬ間に背後に立っていた。シロウは奥伝でもかなり上だ。自分ではまだ勝てない。


「あんた達、ちょっと様子を見ておいで」

「うん」

「はい」


 カヤがトシとミミをトミカの方へ向かわせる。


「おいおい、少し待ってくれぬか。少々強い魔獣が出ただけだぞ」


「あー!」

「出かけようとしている!」


「それはとっても大変なことね⋯⋯」

「様子を見に来て正解だったわ」

「トウジ、ま、まさか」

「『しきたり』のためだ。許せトウジ」


 いつの間にか里の者達に囲まれていた。みな手に武器を持っている。


「トウジ兄さん⋯⋯」

「トミカ!」


 トミカが引きずり出されている。太刀に手をかけようとして躊躇する。この里の者達とは家族同然に育ってきた。手荒な真似はしたくない。太刀から手を離し、無手のまま駆け寄る。突然足元をすくわれた。トシとミミが色の濃い棒を支えていた。棒は壁や樽にそえて、トシとミミが高さを調節して足元を狙っていたようだ。自分が倒れると周りの者達が押さえ付けにかかる。


 トシとミミは、ゾッとするような笑顔でこちらを見ている。他の者達も必死な様子だった。自分が押さえ付けられると、カヤとサダが満足げに見下ろしてきた。自分は考え違いをしていた。この里の者達は本気で魔人を恐れている。身内を生け贄に出すことに一切ためらいがなかった。それどころか自分達を捕まえたことに満足しているようだった。


「今回の生け贄は、みなを置いて逃げようとしていたトミカで良いな」


 周囲から安堵と賛同の声が上がる。自分や家族でなかったことを喜んでいるのだろう。


「ト、トウジはどうします?」


「もう一人の分にすれば良いんじゃない?」

「ええ、里のためだもの。とっても都合が良かったわ⋯⋯」


「ぼくたちがやるよ」

「うん、私もする」


「では頼むとするか。みなもそのまま押さえ付けておけ」


 トシとミミが小さな刃物を持って近付いてきた。カヤとサダは大きめの木槌だ。


「せめて痛みを感じぬようにしておくか」


 後頭部に衝撃が走る。そのまま意識を失った。



 ■■□□


「トウジ兄さん⋯⋯」

「トミカ、か?」


 トミカの声で目が覚めた。体を動かそうして異常に気付く。手足の関節が砕かれている。腱も切られていた。胴に縄が巻かれ近くの木にくくり付けられていた。トミカの方を何とか見る。ここから見える限り怪我はしていない。トミカは何本もの縄で別の木にくくり付けられていた。武器の類いは取り上げられてしまった。


「トミカ、怪我はないか」

「私は大丈夫です。でも兄さんが⋯⋯」


「急所は外れている。動きにくいだけだ」

「ごめんなさい、兄さん⋯⋯」


「何を謝っている。トミカは何も悪いことなどしておらぬぞ」

「私が兄さんを巻き込んでしまった⋯⋯」


「関係ないぞトミカ。兄が妹を大切にするのは当然のことだ。自分が甘かっただけだ。トミカが気にするようなことではない」

「ありがとう、兄さん⋯⋯」


 トミカと話をしながら自分と周りの状況を確かめる。カヤとサダはずいぶん念入りに潰してくれたようだ。治っても元のように動かせるがどうか分からない。トシとミミは稚拙だった。何度も切り付けたあとがある。動かせる腱も少し残っている。わずかに動く手足と体幹を使って、どうにか座り込む。自分たちがいるのは里から三千歩ほど離れた場所だ。ずいぶん念の入ったことだ。魔人か。本当に来るのだろうか。このままでは魔人が来る前に獣に食われてしまうやもしれぬ。


『くかか、今回の贄は男と女か』


 いつの間にか禍々しい気配がすぐそこに来ていた。


『おっと、このままではせっかくの霊気を侵してしまう』


 禍々しい気配が消えた。いや、抑えているのか。ともかくこのまま瘴気に侵される心配は減ったようだ。自分は何とか武器を得ようとする。まわりには小枝や小石ぐらいしかない。


「なあ魔人よ。その娘の代わりに自分の霊気で済まして貰えぬか」

「に、兄さん⋯⋯」


『ほう。この状況で我に話しかけてくるか。面白いヤツよ。だが聞けぬな』

「何故だ?」


『一人分では足りぬ。オオエヤマ家の巫女は一人でも良い。足りぬ分は子供でも他の里の者でも良いと伝えたのだがな』


「伝えた、だと?」


『里の者何人かが集まっているところへ瘴気を抑えてな。カヤという者がとりわけ熱心に聞いていたぞ』


 カヤは最初からそのつもりだったのか。子供が生け贄にならぬようトミカを見張っていたのだろう。動きが早かったサダやシロウも同じだろう。


『お前は里の者にはめられたのだろう。念入りに手足を封じられておる』


「⋯⋯」

「兄さん⋯⋯」


 家族同然だと思っていたのだが。彼らにとってトミカは生け贄でしかなかったということか。


「自分もオオエヤマ家の直系だ。自分の霊気はすべてくれてやる。その娘の分を減らしてはくれぬか」

「私の霊気は全部でも構いません。兄の分を減らしてください⋯⋯」


『くかか、お前達は二人ともオオエヤマ家の直系か。ならば我は長い時を得られる。カヤという者はその話も熱心に聞いていたぞ』


 直系の生け贄が多い程、里の者達は長く暮らせるようだ。自分とトミカを差し出してでも我が身や子孫を守りたかったのか。


『そろそろ喰らうか。まずは巫女だ』


「待て! せめて自分を先にしてくれぬか」

「兄さん⋯⋯」


『ならぬ。お前の心の中に面白いモノが育っておる。それを更に育ててやる。ただの戯れだがな』


 ⋯⋯里の者に対する憎悪のことか。


『巫女の霊気はゆるりと喰ろうてやる。その方が育ちやすかろう』


 魔人はトミカの霊気をゆっくりと喰らう。トミカの霊気が喰らわれるごとに、自分の中の憎悪が大きくなる。


『うむ。戯れにしては良い仕上がりだ。お前のソレは残してやる。せいぜい精霊になることでも祈っておけ』


 その言葉とともに自分の意識も消えた。

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