第ニ章 最終話 育まれ伸びる枝葉
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私とフタバは研究施設へ向かって走る。ミツエとシノハのデータも調べる。ミツエが戦っているところへシノハが加わったようだ。ミツエの相手は嫌な気配がする魔獣だった。学園内に? いや、考えるのは後だ。駆けつける方が先だ。
──フタバ!
──うん!
私はフタバと「重なった」
フタバのまわりに風を集める。二人の駆ける方へ風を送る。フタバの体が低く宙を舞う。地面にときどき触れる。フタバがタイミングを合わせて、地を蹴る。二人の速度が上がる。ミツエの相手は大きな魔核を持ち、爪や牙も魔核でできている魔獣だ。あれに傷付けられると、傷口から魔核が入ってしまう。神刀どころか霊刀も持っていない二人では厳しい。
私の考えが甘かった。ミツエの小刀を霊刀化するぐらいならすぐにできた。ここには魔物や魔獣が来ないと思い準備を怠ってしまった。いや、反省するのも後だ。必ず間に合わせる。六人そろって新しい世界へ行くんだ。フタバさんのタイミングが乱れる。フタバさんはすでに奥伝ぐらいの力はある。やはり二人のことが心配なのだろうか。
──ふふ、ヒトミ?
──な、何でしょうかフタバさん。
──普段よりずーと、ヒトミの考えていることがわかるかな。
──そ、そうですか。
──後で、シッカリお話をしようね?
──え、ええ、もちろんですワ!
フタバさんからピリピリした雰囲気が伝わってくる。さすがはツカハラ家当主の娘だ。戦いに備えて気を引きしめているのだろう。ミツエの体はボロボロだ。シノハが風で守り、治療をしている。シノハが自分の霊気を使いだした。ほどけかけている。急がないと。
ミツエとシノハが「重なった」
シノハが法術で魔獣を倒した。だが嫌な気配が続いている。研究施設にたどり着く。そのまま奥へ向かって進む。嫌な気配が強まる。二つの分厚い扉の前にたどり着く。ミツエが三つ目の扉を開けたところだ。ハイブリッド・ナノマシーンがあふれ出す。しかも知らないバージョンだ。即座に風を送る。ミツエの侵食が始まっている。シノハも侵食されていく。遅かった。
まだだ、絶対にあきらめない。私はデバッグ・モードに入る。
ツグミさんからもらったデータで二人を上書きしていく。ツグミさんのデータで侵食速度が落ちる。あの禍々しい野獣のときより弱い? それでも侵食は止まらない。そこで気が付く。侵食されていない別のハイブリッドがある。耐性が強い? 研究施設で改良された?
いや、考えるのは後だ。侵食されていないハイブリッドのデータを読み取る。これで二人を上書きできれば、助けられる可能性が大きい。バージョンアップ版の上書きとは違う。有機ナノマシーンのデータに、別の有機ナノマシーンのデータを上書きするのは、それほど難しくない。有機ナノマシーンにハイブリッド・ナノマシーンのデータを上書きするには、リソースの大部分が必要になる。
──フタバ。
──うん。
フタバの思考加速を一旦やめる。今はフタバと重なっている。外部のことはフタバに任せる。有機ナノマシーンの一つにハイブリッドのデータを上書きする。ハイブリッドは無機ナノマシーンがある分データが大きい。そのままでは難しい。かなりの処理能力が必要だ。間に合わない可能性がある。強引にやって二人の構成データを損なう可能性もだ。
有機ナノマシーンのドローンを使って壁に穴を空ける。瘴気を封じるためか丈夫な壁だ。時間がかかりそうだ。並行して部屋の中にある侵食されていない無機ナノマシーンを集める。部屋の中の無機ナノマシーンは少ない。瘴気に侵食されない焼き固めた土のデータが多い。有機ナノマシーンの近くに、部屋の中の無機ナノマシーンを並べる。二つを近付け、ハイブリッドのデータで上書きする。
少ないリソースで、ハイブリッドにすることができた。ようやく空いた壁の穴から新しい無機ナノマシーンを呼び込む。無機ナノマシーンでドローンを作り、ミツエとシノハの近くに飛ばす。二人に近付いた無機ナノマシーンのドローンをほどく。
周囲が緑をおびた光に包まれる。
ミツエとシノハのまわりに無機ナノマシーンが溢れてくる。シノハはミツエと重なっている。体はまとっていない。ミツエに薄い影が重なっているように見える。侵食はされているが、幸い二人の構成データは保たれている。少ないリソースでハイブリッドを作ることもできる。
思考加速倍率を最大まで上げる。
ナノマシーンと二人の構成データにだけ集中する。ミツエの体とシノハの影の両方を慎重に上書きしていく。特に神経網には気を付ける必要がある。ニューロンを作る疑似細胞を損なうわけにはいかない。シノハの影の中にも神経網を代替するナノマシーンが含まれている。ミツエの霊気の一部も共有している。
それらを一つずつハイブリッドに置き換える。ヒトの神経細胞はおよそ千億個とも言われている。幸い細胞一つずつなので一度の処理能力自体は少なくて済む。だけど侵食もされている。こちらも同時に処理する必要がある。神経細胞をひたすら置き換えていく。やがて全ての神経細胞を新しいハイブリッドに上書きできた。
気を緩めることはできない。体細胞の半分以上が侵食されている。瘴気の方が多くなると、新しい霊気でも危ない。体細胞もひたすら上書きしていく。侵食が止まった。新しい霊気の数の方が多くなった。他のところも修復しながら上書きしていく。あとで確認する必要があるが二人とも無事だった。
まだやることが残っている。
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暖かな優しい風が吹いた。私とミッちゃんの霊気が強いものに置き換わっていく。瘴気に侵された部分も治っていく。
『⋯⋯ヒトミさま?』
『ええ、そうですよ。よくがんばりましたね、シノハ』
暖かなもので心が満たされる。これでミッちゃんは助かると思う。ありがとうございます、ヒトミ様。
『「声」は聞こえますか』
『⋯⋯はい、ヒトミさま』
ミッちゃんと重なってから多くの霊気の「声」が聞こえてくるようになった。助けを求める声だ。この世界のすべての生き物から聞こえてくる。ミッちゃんと離れてしまうのは寂しいけれど、そろそろ還らなければならないみたい。ずいぶん長い時をいただけた。私が精霊だったことをミッちゃんが隠してくれていたから。
「還らないで、私がシノの分までがんばるから!」
『ううん、これは私のつとめみたい』
「私がシノの代わりになるわ! 霊珠をたくさん取り込んだ巫女は、精霊のつとめも果たせるの!」
『ミッちゃんには残っていてもらいたいから、私の方が精霊で良かった』
「シノ!」
『⋯⋯ミッちゃん』
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私とシノは、どちらが巫女でどちらが精霊かわからなかった。イクノブ家にとって必要なのはシノだ。私は体術が使えるけど、剣術の強い人には敵わない。シノはすごい。シノの法術は歴代イクノブ家の中でも最強らしい。私の代わりならいくらでもいる。残るならシノの方が良い。何より私がそれを望んでいる。
だけどシノの法術の力は強すぎた。シノがほどけそうになるほど多くの霊気を放つことができた。イクノブ家では霊気の緩みは治せないと聞いた。私はあきらめられず、多くの文献を読み漁った。その中に大精霊様に憑いてもらえた巫女の手記があった。
イクノブ家では忘れられていた手記だった。そこに霊気の緩みを遅くする方法が書かれていた。巫女と精霊のときだけ使える方法だった。精霊の霊気が緩んだとき、巫女が霊珠を取り込むと、緩みが遅くなる。体をまとえる精霊なら、体をほどくのも、まとうのも自在だ。あまり意味のない内容になる。だから忘れられたのだろう。
私たちの場合は意味があるかもしれない。巫女の霊気が緩んだときは効果がない。私は違うことを願いながら霊珠を取り込んだ。シノの霊気の緩みが遅くなった。精霊はシノの方だった。
手記には精霊が還らないようにする方法も書かれていた。精霊だということを自覚させない必要があった。私は自分が精霊であるかのように振る舞うようにした。シノは素直に信じてくれた。多くの霊珠も必要だった。巫女の霊気が置き換わるぐらいの量だ。イクノブ家の近くの場所だけでは足りない。魔核が残っている霊珠を取り込んでも足りなかった。
多くの霊珠や魔核は都の学園に集まる。それが必要だ。多くの霊珠を取り込めば巫女が精霊の代わりに還ることもできると書いてあった。シノがほどけてしまうと、シノが精霊だとわかってしまう。シノの緩みを遅くするためにも霊珠は必要だ。手記はところどころ破れていた。読み間違えたかもしれない。他に手掛かりはなかった。
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──ヒトミ。
──うん。
『ミツエ、シノハ。目の前で大切な存在を失うことなど許しません』
「ヒトミ?」
『ヒトミさま?』
『世界の声より大切なものがあります』
私は組み上げていたプログラムを二人に送る。ナノマシーンの「声」を遮断するものだ。近くのものは今までと同じように扱える。数十年は継続するよう調整している。一人の方のプログラムにエラーが生じても、もう一方で修復できるようにしている。必要に応じて強化も行う。ツグミさんの話がフタバから伝わってきた。そのときに組み上げたものだ。強い繋がりを育てた巫女と精霊には離れて欲しくない。
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聞こえていた「声」が聞こえてこなくなった。ミッちゃんとの繋がりを強く感じる。この繋がりは離したくない。でも世界は助けを求めているみたい。
『世界には待っていてもらいましょう。もし何かあれば私も手伝うから、ね』
ヒトミ様はいつもと同じ優しい声で伝えてくださった。
──残ってもいいのかな。
──当たり前よ、シノ!
──少しなら待ってもらってもいいのかな。
──もっと長くよ、シノ!
──うん、ミッちゃんがいる間は残りたい。
──なら何十年でも生き抜いてやるわ。
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その白い少女を初めて見たとき、何故かヒトミと少し似ていると感じた。年も背の丈も違う。髪や瞳の色も違う。何故そう感じたのかわからなかった。
今なら少しわかる気がする。二人のありようは似ている。二人とも精霊様という自覚がなかった。自分がプレイヤーだと思っていた。自分が巫女だと思っていた。二人ともとてもすごい法術を使う。二人とも自分にとっての大切な存在を守り通そうとする。記憶を失っても帰って来てくれた。自分の体がほどけても守り続けようとした。
ううん。二人だけじゃない。自分のことを偽り続けて、精霊様のことを守ろうとした。精霊様の代わりにつとめを果たそうとしていた。ご自分の霊気を使い尽くしてまで「妹」を守ってくれた。妹を託せる相手を外の世界から連れてきてくれた。いつかは私もそうなれるのだろうか。ヒトミを大切に想う気持ちは誰にも負けていないと思う。でもヒトミのようにまわりの人を助けられるだろうか。いつかは、そうなりたい。
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「⋯⋯他には、どのような条件が必要なのでしょうか」
「うむ、他にはエモーショナル・シンパシー率が高い必要がある。最低でも第2段階、できれば第3段階は必要だと思われる」
「エモーショナル・シンパシー率にそのような機能があるのですか」
「うむ。あのシステムは精霊達が組み込んだものだ。おそらく心が強く繋がっている巫女と精霊を離したくはなかったのだろう」
「必要な条件はまだありますか」
「うむ。他のナノマシーンからの影響を少なくする必要がある。巫女が大量のハイブリッド・ナノマシーンのデータを取り込むことで、影響力に対する耐性が得られると予測できる」
「大量と言いますと」
「体を構成するデータの全てを置き換えるぐらいは必要だと思われる。それに加え、まわりのナノマシーンからのデータを限定的にする必要があると予測できる」
「データを限定的にですか」
「ああ、私や君であれば可能性はある。だが、普通の巫女や精霊にその手の知識はない。事実上不可能に近いと思うのだが。⋯⋯何故不気味な顔をしているのかね、一美君」
「一美です! これは喜んでいる表情です! 不気味って何ですか!」
「う、うむ。どうやら私は人の心の機微に疎いようなのだ。それでどうして気味がわる⋯⋯ではなく、嬉しそうな顔をしているのかね」
気味が悪い、だと!
「育伸家の、精霊と巫女を観測してみてください。貴重なデータが得られるかもしれませんよ」
「ま、まさか、成功例でもあるのかね。これほど厳しい条件だと言うのに」
「さあ、どうでしょうか。オバテク様」
【青の書 了】
ここまで読んでいただきありがとうございます。閲覧数がとても励みになりました。
ニ章はこれにて終わりとなります。次の三章はこの直後から始まります。章を分ける必要はなかったかもしれません。次は学園からオオエヤマ家があった地方へ行きます。
よろしければ、お付き合いください。




