第三十話 イクノブ家の巫女
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「教授、依り代になった巫女と精霊が長く一緒にいることはできませんか」
「うーむ。そのことは、確かイクノブ家だったか、その家の巫女にも聞かれたな」
「⋯⋯イクノブ家でしょうか」
「ああ。その巫女にも伝えたが、いくつもの条件を満たす必要がある。まず精霊と呼ばれる者が、その自覚が少ないか、全くないことが必要だ。精霊は霊気と呼ばれるナノマシーンを使って体を作る。その時点で自分が精霊であることを自覚してしまう」
「精霊だと自覚すると、霊気のことに詳しくなってしまうのですね」
「うむ。霊気だと自覚し、ナノマシーンに詳しくなると、次第に他のナノマシーンからの情報も入ってくるようになる。いつかはそのナノマシーンからの情報を優先する」
「例外はないのですか」
「可能性としてはある。ただ先に述べたようにいくつかの条件を満たす必要がある。事実上不可能に近いと思うがね」
「他には、どのような条件が必要なのでしょうか」
「うむ、他には⋯⋯」
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シノから暖かい「風」が吹いてきた。青く光る風だ。魔獣からの攻撃が弱くなったように感じる。怪我も少しずつ治っていく。少しは時が稼げる? 侵食は遅くなったが止まってはいない。左手の感覚はほとんどない。右手と両足の感覚も鈍っている。シノが逃げる時ぐらいなら作ってみせる! ほとんど動かなくなった左手を盾にし、魔獣に斬りかかる。魔獣に左手を食いちぎられる。代わりに片目を潰せた。
「シノ、早く逃げなさい!」
シノは逃げてくれない。それどころか、体の中の霊気まで使いだした。シノの体がほどけ始める。っ! 左手が治されていた。
「シノ、早く逃げなさい。私はどうなっても構わないわ!」
右手の動きが鈍くなる。両足も限界が近い。右手の小刀を左手に持ち変え、魔獣の残った目を潰す。右手は取られたが、一匹の視界を完全に奪った。逃げる相手を追うのは難しくなったはず。くっ、右手が治されていた。両足の動きも戻ってきた。シノがほどけていく。ダメ、シノ。それ以上ほどけたら「気付いて」しまう。
私のことは構わない。シノには残って欲しい。シノだけは絶対に守りたい!
≡≡ エモーショナル・シンパシー率が基準値を超えました。これより第3段階に入ります ≡≡
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ミッちゃんと「重なった」
私がミッちゃんの中に入っていた。そうだったのがわかった。私が「精霊」だったんだ。ううん、それは後でいい。今はミッちゃんを助けるんだ。私はまわりの霊気を集めだす。いつもよりずっと大きな光がミッちゃんの体を包み込む。怪我と黒ずんできたところは治せた。まだ魔獣がいる。霊気の糸を何本も重ねて、より強くする。これで大丈夫かな。
魔獣が襲いかかって来る。霊気の糸を束ねて攻撃を防ぐ。魔獣の爪が霊気の糸をアッサリと切り裂く。爪と牙は魔核でできていた。爪と牙以外は糸で抑えることができるみたい。動きの鈍くなった魔獣の攻撃をミッちゃんがかわしてくれる。私は更に霊気を集める。集めた霊気を熱くしていく。大きな炎のかたまりになった霊気を魔獣に向かって放つ。
かわされた。急いで炎をほどく。魔獣の動きは速い。動きを止めないと。霊気の集まりを大きくする。部屋の中が青い光で満ちる。魔獣もその中にいる。魔獣の足に霊気の糸を幾重にも巻いていく。魔獣は糸を切り裂く。切り裂かれた分も繋ぎなおして巻いていく。糸の内側を冷やす。魔獣の足が凍り始める。爪は凍らない。牙でも切り裂かれる。
でも動きは止めた。再び炎を放つ。今度は当たった。魔獣の体が燃え始める。魔獣を包んでる霊気も使い、炎を強くする。まわりが燃えないよう、他の炎はほどく。やがて魔獣は燃え尽きた。後には大きな魔核と、魔核でできた爪と牙が残った。
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シノの法術で魔獣が燃え尽きた。残りの魔獣と魔人も燃やし尽くした。
「⋯⋯シノ、気付いてしまったの?」
『うん、私の方が精霊だったみたい』
「まだ、間に合うかもしれないわ」
『ミッちゃん?』
私は奥の扉へ近付く。この奥には大きな霊珠があるはず。まだ間に合うかもしれない。奥の扉から清浄な気配と禍々しい気配が伝わってくる。迷っている余裕はない。
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ミッちゃんが扉に近付く。扉の隙間からわずかに霊気がもれてくる。ヒトミ様に見せていただいた霊珠の霊気と似ている。イクノブ家の近くにあった白くて強い霊気とも似ている。扉からもれてくる霊気は霊珠の霊気よりも強かった。魔核の瘴気も混じっている。この瘴気も強い。私は不安になる。
『ミッちゃん、少し待って』
「もう時がないの、シノ」
ミッちゃんはその扉を開けた。強くて白い霊気があふれ出してくる。強い瘴気もあふれ出してくる。
≡≡ 緊急 侵食されました ≡≡
私とミッちゃんの頭の中に声が響く。瘴気に侵されている。風はまとっている。その風も瘴気に侵される。私の霊気では抗えない。
「⋯⋯シノ、ごめん。しくじったわ」
『ミッちゃん?』
「シノ、だけでも逃げて」
『えっ』
「私に構わず、すぐこの場から離れて」
『いやだよ、ミッちゃん』
「お願い、シノ。もう体がもちそうにないわ」
『すぐに治すから』
私はミッちゃんの体を治していく。治したところもすぐ瘴気に侵される。一生懸命に治す。間に合わない。ミッちゃんの体がどんどん黒ずんでいく。私の霊気も瘴気に変わっていく。お願い、誰かミッちゃんを助けて。
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私はミツエとシノハの部屋へ近付く。フタバは安らかに眠った。いや、無事ですわヨ! 穏やかに安眠しているだけですワ! 今日シノハから「合意」がもらえた。もちろん、イカガワシイことなどしませんワ。お風呂場で見えなかったことも、全然構いますワ。その分、ちょっとぐらいなら良いんじゃ?
──ふふ、ヒトミ?
──あ、あら、フタバさんカシラ。
──何がちょっとなの。
──え、えーと、ち、ちょっとお話でもと思いまして。
──ふーん、そうなんだ。
──え、ええ、そうなんですのヨ。
──でも、二人ともいないみたいだよ。
──えっ、わかりますの。
──うん、ミツエ様ほどじゃないけど。
──言われてみると、二人のデータが入って来にくいカシラ。
──ヒトミはいつも二人を見ているの。
──えっ! え、ええ。その、なんだ、二人のナノマシーンを直したので、少しわかるだけですワ。
──ふーん?
──こんな時間にお出かけしたままなんて、心配ですワ。
──そうだね。ヒトミは二人の居場所もわかるかな。
──ナノマシーンを飛ばせばわかるかもしれませんワ。
──じゃあ、少し調べてみてくれるかな。私も気になっていたんだ。
──すぐに調べますワ。
──居場所を調べるだけだからね。見ちゃダメだよ。
──え、ええ。もちろんでしてヨ。
──普段は見ているのかな。
──そ、そんな、ことは一度もしていませんわヨ。オホホ。
──そうなんだ。ふふ、後でお話をしましょうね。
──え、ええ、も、もちろん構いませんよ。オホホ。
私はナノマシーンにドローンを組み立てるプログラムと二人を探すプログラムを伝えた。他のナノマシーンにも順にプログラムが伝わっていく。探索範囲が広がっていく。寮や稽古場所にはいない。学舎や鍛練場にもいなかった。学舎と鍛練場の間にある食堂にもない。
都の中心街の方へでも行ったのだろうか。この学園から少し離れた場所には都の中心街がある。遅くまで営業している店もある。夜はお酒を飲める飲食店が多い。二人がそんなところへ行くとは思えない。探索範囲を他の寮や職員寮にも広げる。まだ見付からない。図書館や研究施設も調べる。見つけた。でも様子がおかしい。
──ヒトミ、わかった?
──うん、研究施設の奥にいるよ。
──えっ、そんな場所に。
──うん、何か様子が変なんだ。⋯⋯これは、戦っている?
──ねえ、ヒトミ。
──うん、わかってる。
少し忙しく、ここ二枚の挿し絵はAIにかなりの部分を任せました。パラメータの調節も甘いです。後で差し替えるかもしれません。ご迷惑をおかけします。




