第六話 侵食
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「このたびは愚息どもを助けていただき、まことにありがとうございます、大精霊ヒトミ様」
ここはフタバたちの家になる。フタバたちは、このあたりに出現する魔物を倒し、人々を守る家の出身だった。家の名前はツカハラ家という。あのカマキリに似たモンスターは魔物と呼ばれていた。目の前で深々と頭を下げているのは、二人の父親でこの家の当主のヨシヒデさんという人だ。
「たまたま居合わせたに過ぎません。行きがかり上のことです。あまりお気になさらずに」
「いえ、ヒトミどのは命の恩人です」
「はい、ヒトミさまに憑いていただかなければ、私と兄上も生きてはいませんでした」
フタバとヨシノリさんからは、様や殿を付けて呼ばれていた。本名を名乗ったからか少し気恥ずかしかった。頼んでみたが二人とも呼びすてまではしてくれない。少し柔らかい口調に変えてもらうのが精一杯だった。このアプリのジャンルもまだわからない。それ以上の無理強いはやめておいた。それに二人はNPCには見えない。治療をしたときもリアルの人間と区別が付かないほどだった。私自身も二人を人として認識しつつあるのだと思う。
多分今の状況は何らかのアクシデントの結果だ。一度ログアウトすると、この二人にはもう会えなくなるかもしれない。できる限り情報を集め、このアプリの本体のアドレスを特定できるぐらいにしてからの方が良いだろう。おそらくBクラスのアプリは端末用の接続インターフェースだ。作成者のIDも初めて見るものだった。アプリに固有名も付けられてはいなかった。いずれにせよ少しでも多くの情報が欲しいところだ。
「憑くでしょうか」
フタバの言葉のニュアンスが少し気になった。今も何か気になることがあるようにみえる。
「はい、大精霊ヒトミ様。私どものような家の者には、ときおりご先祖の精霊様が憑いてくださいます」
精霊はプレイヤーのことだと思っていた。ヨシヒデさんの言い方だと別の意味もあるみたいだ。
「そのあたりのことは宴のあとにでも詳しくさせていただければと思います。それまでは、どうかこちらでおくつろぎください」
これはイベントのあとでないと情報が得られないパターンかもしれない。宴というのは私を歓迎してくれるためのものらしい。いずれにせよ今の段階で無理強いはしたくない。
「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
宴までは時間がある。それまでにフタバとの親密度をあげておこう。
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「このような雑事は我らがやりますゆえ、ヒトミどのにご足労いただくのは」
「兄上の言う通りです、ヒトミさま」
「いえ、親密度、ではなく、私も気になることがありましたので」
フタバたちは出かけるところだった。魔物の死骸は後始末をしておかないと、別の魔物が出てきやすくなるそうだ。さっきは私をツカハラ家に連れて行くことを優先してくれたようだ。人手が必要なためか三人の男の人が加わっている。三人とも槍を持っている。フタバたちは太刀だ。魔物が相手なら間合いがとれる槍の方が有利だと思う。何か理由があるのかもしれない。
三人は兄弟で背の高さ以外あまり違いがない。Bレベルのアプリで練習を見ていたとき、キャラ作成が間に合わなかったと思っていた人たちのようだ。あのときは薄い影のように見えた。今は微妙な違いがわかる。名前は上から順に、イチロウ、ジロウ、サブロウというらしい。
⋯⋯やられ役のモブキャラかもしれない。
「どうやら、少しばかり遅れてしまったようですな」
「兄者、幸い強い魔物ではありません。一気に片付けましょう」
「ジロウ兄の言う通り、槍のサビにしてやります」
カマキリの死骸に比較的小さな魔物が寄ってきていた。小さいと言っても1mぐらいの長さはある。ダンゴムシに似ていた。
「フン!」
「ヤッ!」
「トウ!」
三兄弟がダンゴムシに向かい槍を突き刺していく。なぜか縦一列に並んでいた。一撃で動かなくなる魔物もいる。それにも三度ずつ突き刺している。鎧を含めた装備も全員黒っぽい。魔物は順調に倒されていく。三兄弟は誰も傷を負っていない。これはこれでアリなのか? 横に広がるかV字や斜めにならぶ戦い方もあると思う。それにあの黒い機体が三機縦にならぶ戦い方を、どこかで見たか聞いたことがあるような気がする。
フタバとヨシノリさんは太刀で魔物を倒している。ヨシノリさんの太刀さばきは安定している。体軸がほとんどぶれていない。一太刀で一体を確実に仕留めている。フタバもこのタイプの魔物は慣れているようだ。太刀の切っ先を硬い外骨格の繋ぎ目に正確に入れている。私が手伝うかどうかを考えている間に、全ての魔物が倒された。
「皆さま、お怪我はないでしょうか」
「はい、精霊様」
「我らには父から伝えられた戦い方がありますので」
「この程度の魔物であれば槍のサビにできます」
「うむ、先祖の精霊様が叔父上に憑いてくださったと聞いております、ヒトミどの」
「はい、ヒトミさま。もう亡くなってしまわれましたが」
叔父ということはヨシヒデさんの弟だったのだろう。義理の弟かもしれない。イチロウたちはフタバの従兄弟でもあるらしい。いずれにせよ、私の質問がきっかけで、三人にとって親しい人が失われた話になってしまった。
「それは、無神経なことを聞いてしまいました。申し訳ございません」
あの事故以降、誰かにとって大切な存在が失われることに、いくらか敏感になっているのだと思う。
「いえ、精霊様のせいではございません」
「それに父の技は我らが伝えていきます」
「この技があれば、相手が少々手強くても倒すことができます」
幸いといmうべきか、イチロウたちは今は気にしていないようにみえる。むしろ技をみがくことと伝承することに気持ちを向けているようだ。これ以降は気を付けよう。イチロウたちの戦い方は、強い相手には有効な戦術なだろう。三人とも黒い返り血をあびたぐらいで、怪我もなさそうにみえる。ヨシノリさんとフタバは返り血もあびていない。いや、フタバの手にほんの少し魔物の体液が付いていた。
「フタバ、その魔物の血を見せてはいただけないでしょうか」
「は、はい、ヒトミさま」
フタバが差し出してくれた手とる。アバターの指先で魔物の体液に触れた。
≡≡ 緊急、侵食されました ≡≡
指先から激痛が伝わってきた。市場に出せば法に触れるレベルだ。リアル並みかそれ以上に感じられる。
私はデバッグ・モードに入った。
原因は魔物の体液だ。いや、そこに含まれている医療用ナノマシーンだ。魔物の体液にも医療用ナノマシーンが含まれていた。しかも私が見たことのないバージョンだ。私の治療に使われるいる医療用ナノマシーンは最新版のはず。毎週のようにマイナーチェンジもされている。私ほど欠損部分が大きくて生きている患者は珍しい。全体の調整や個々のナノマシーンのバージョンアップで持たせている時期もあったそうだ。
いや今はそれどころではない。黒ずんできた部分のナノマシーンの硬化と休止化をコマンドで行う。周囲の部分も同様だ。
くっ、止まらない。
黒ずんだ指の根元にコマンドを伝える。アバターの指を強制的に切り離す。切り離した指は足もとに落ちる。誰にも触れていない。アバターが黒ずんでくることはなかった。
私は黒ずんでいる部分を「見る」
休止させたものは変化しにくいようだ。硬化では黒ずんでくることを防ぐことができなかった。広がっていく黒い部分を詳しく調べる。医療用の有機ナノマシーンだ。疑似細胞を作ることはできている。ただパラメータが何ヵ所か変更されている。それがまわりのナノマシーンに順に伝わっている。どうやら旧タイプのナノマシーンはパラメータを変えられやすいようだ。
いや、それよりフタバや他の人たちは大丈夫なのだろうか。私はデバッグ・モードをといた。
「フタバ、痛みや体調の変化はありませんか。ささいなことでも言ってください」
「い、いえ、私は大丈夫です。そ、それより、ヒトミさま、今指が」
アバターの指の再生は終わっている。フタバたちにとって一瞬だったが気付かれてしまったようだ。切り離した部分はすでに全体が黒ずんでいた。ぱっと見ただけでは魔物の体液と区別が付かない。
「ええ、今はもう大丈夫です。それよりフタバの手をもう一度見せてはもらえないでしょうか」
「す、少しお待ちください。これで良いでしょうか、ヒトミさま」
魔物の体液を布で丁寧にふいた手をフタバが再度差し出してくれた。私に何かあったことを気付いたのだと思う。フタバやイチロウたちに変化はない。私のことを思ってのことだろう。
私はフタバの手を再び「見る」




