第十九話 ムツミの法術
□□□□
「ヒトミ様、フタバ様。本当にありがとうございます」
少し落ち着いたシノハが自分の部屋へ帰って行った。先ほどまで私とフタバが、子供のように泣きじゃくるシノハを、母親のようにあやしていた。あくまで母親のように、親子のように、家族のように! ですのでフタバさん。親愛表現の剣気の強さは、もうちょっと優しくしていただいても構いませんワヨ?
──ヒトミはこれからどうするの?
──え、ええ。今日の稽古のときに少しミツエと立ち合ってみますワ。
──ミツエ様と? イノカ様は私とで良いかな。
──ありがとう、フタバ。二人にも力を付けてもらいたいのに、任せっきりでゴメン。
──ううん、魔人の情報はまだ時がかかりそうだし。
──ムツミにも自分の霊気を使わない法術のやり方を身に付けてもらいたいんだ。
──ムツミ様まで?
──うん。
──ヒトミは少し優しすぎると思うかな。
──そ、そうかな?
──でも優しくないヒトミなんて想像もできないから、私も頑張ってヒトミみたいになるね。
──フタバは今でも優しく良い子だよ。
──ふふ、ありがとう。でもときどき妬けてしまうの。ゴメンねヒトミ。
──私はフタバさん一筋ですワ!
──うん。一番に想ってくれているのは伝わってるよ。
──もちろん、一番目はフタバさんですワ!
──ふふ、ありがとうヒトミ。
──ですのでそろそろ剣気の強さを優しくしてくださっても構いませんわヨ?
──うーん、どうしようかな。
──何か新しい扉が開きそうですワ!
──へー、そうなんだ。ふふ、じゃ開いちゃっても良いかな?
寛容なフタバさんはどこかに行ってしまったらしい。ちょっと嬉しそうなフタバさんと入れ替わってしまった。
□□■■
シノの気配が変わった。ずっと胸につかえていたものが取れたみたい。ヒトミが何かしてくれた? 昨日もシノの体調をととのえてくれた。今朝からずっと調子が良いみたい。シノの別の不調をどうにかしてくれたのかも。何年も前からかかえているシノの霊気のゆるみを治してくれたのかもしれない。
イクノブ家では治すのは無理だと言われ続けていたものだ。ツカハラ家の技でも使ってくれたのかも。そういえば、私の体調も少し良くなった。昼食のときにヒトミが何かしてくれたみたいだ。いつもありがたいわね。今度きちんとお礼を言わないといけないわ。でも「私たち」には時がない。今は強くなることに集中しないと。
□□□□
午後の教練が終わった。今は六人とも寮の裏手の広場に来ている。ミツエは形の練習から始めている。フタバとイノカも打ち合い始めた。できればムツミも、自分の霊気を使わず、コマンドだけで霊気を動かせるようになってもらいたい。シノハはもう慣れてきた。イクノブ家最強の術者だけのことはある。まわりに薄い青色に光る霊気を集めている。少し嬉しそうだ。ムツミは体をまとっている。ムツミはときどき薄い影のようになる。シノハと同じ細い経路だと慣れないうちは定着しないかもしれない。
「ムツミ様のお体に力を通しやすい道を作りたいと思います。よろしいでしょうか」
「う、うん」
イノカの許可は取っている。私は模範的な人物なので、相手の合意がないことは繰り返さない。ムツミは十歳にも届かない外見をしている。イノカの話では記憶の方は三歳か四歳ほどだそうだ。
「では右手を少しお借りしますね」
「うん」
私はムツミの右手の中にやや太めの経路を作る。ムツミの形をくずさないように慎重に行う。シノハも見学しにきた。
「ムツミ様。お作りした道がわかりますか」
「⋯⋯うん」
ちょっと自信がないようだ。最初は少し手伝うことにする。
「こちらに霊気を動かす力だけを流していただきたいのです」
「う、うん」
「最初は私も力を流しますので、ご一緒に流すようにしていただけませんか」
「うん」
私はムツミの右手をとり、経路を認識しやすいようにコマンドを何回か送る。ムツミも霊気を集めるコマンドを送り始めた。あらかじめムツミの近くに用意しておいたナノマシーンにコマンドを送る。
「ん? うう!」
コマンドだけで動かせた。感覚を忘れないように何度か繰り返してもらう。ムツミのまわりに薄い赤色に光る霊気が集まってきた。シノハに比べると光は小さい。ムツミのまとっていたナノマシーンはほとんど使わずにできた。後は練習を繰り返せば大丈夫だと思う。
「では左手も同じようにしても、よろしいでしょうか」
「うん、うん」
「シノハ様も手を貸していただけませんか」
「は、はい。ヒトミ様」
念のため左手にも経路を作る。シノハにも手伝ってもらう。これでイクノブ家に技術が伝わる。ツカハラ家は後日タネミさんに覚えてもらおう。ムツミも慣れてきたようで、楽しそうに両手からコマンドを送っている。ムツミは体がほどけても大丈夫だが、自分の霊気を使い尽くす可能性が減った。
「シノハ様。ムツミ様にいくつか法術の技を伝えてはいただけないでしょうか」
「はい、ヒトミ様!」
「ムツミ様もそれでよろしいでしょうか」
「うん!」
私はこの世界の法術に詳しくない。知っている人から教わった方がムツミも覚えやすいと思う。
□□□□
「あら、ムツミが楽しそうかしら」
「シノもそうだわ」
「ヒトミ私にもあとで教えてね」
途中休憩の時間になったので、三人が休憩所にやってくる。
「うん!」
「はい、霊気を動かすのが、とても楽になりました」
「ムツミをありがとうございます、ヒトミ様」
「シノのこともありがとう、ヒトミ」
「たいしたことはしておりません。それより、飲みものと軽い食べものをご用意しましたので、ご一緒しませんか」
「ええ、いただこうかしら」
「今日もおいしそうねえ」
「ヒトミ様、ありがとうございます」
「うう!」
「ありがとうヒトミ」
六人で軽いものを食べ始める。
──おいしい! これは何て言うの?
──クッキーと紅茶って言うんだ。
「とてもサクサクしているかしら」
「うん!」
「とても甘くておいしいわね。シノもよく味わって食べなさい」
「はい、とても美味しくいただいています。ミツエ様」
クッキーと紅茶は近くにある草をほどいて作った。紅茶はレモンティー風にした。クッキーの甘さとけんかしないようにムツミ以外はレモン風味だけ付け加えた。ムツミの分は蜂蜜と牛乳を加えて飲みやすいようにしている。
「あら、スッキリしているかしら」
「うん!」
「疲れた体によさそうねえ」
「はい、こちらの菓子にもよく合います」
「ヒトミ、こっれて寮ではダメかな?」
「いくらかご用意しておきましょうか」
「それは嬉しいかしら」
「うん、うん!」
「そうねえ、私も気に入ったわ」
「ヒトミ様、私も作り方を教えていただけませんか」
「ええ、構いませんよ、シノハ様」
「う、うん?」
「ムツミ様もご一緒しませんか」
「うん! うん!」
ムツミはずいぶん気に入ったらしい。まだ外見も小さいので甘いものが嬉しいのだろうか。いや、嬉しかったときの記憶か。精霊は生きていた頃の記憶を持つ者もいる。精霊によって覚えている記憶の量が違うそうだ。ムツミの記憶は三歳か四歳ぐらい。この後思い出すこともあるらしい。
ミツエは生前の記憶がないようにみえる。そうみえるだけで、少しは思い出しているのかもしれない。霊珠を取り込んで緩みを遅くする知識は、今のイクノブ家にはないそうだ。シノハは巫女の力が強い。産まれる前からミツエの依り代になれるほどだ。うん? 何か違和感を抱いた。
──ヒトミどうしたの?
──うーん、少し違和感があるんだ。
──違和感?
──うん、でもハッキリとしないんだ。
何だろう、何か聞き損なったような感じだ。多分イクノブ家に関係する。




