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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
青の書
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第十七話 時をいただけた


 □■□□


 私の体は今にもほどけそうになっていた。強い法術を使う巫女や精霊様の体は、ほどけることがあると聞いていた。ミッちゃんは精霊様だけど体をまとったことは一度しかない。私が生まれたときからずっと体をまとっていたからだと思う。ほかの精霊様であればお体をよくほどかれる。ほどかれたお体も自在に元に戻される。


 私のような巫女は一度体がほどけると元には戻せない。イクノブ家でも強い法術を使う巫女は若くして亡くなりやすい。私の法術の力は歴代イクノブ家の中でも一番強いと聞いていた。強い法術を使うと体がほどけやすくなる。法術は体の中の馴染んだ霊気を使い、ほかの霊気に動いてもらう。法術の力が強い人は体の中の霊気を多く放つことができる。動かせる霊気の数が多い分、法術の効果も大きくなる。術者の体もほどけやすくなる。法術を使うたびに霊気のつながりが弱くなっていく。


 ミッちゃんにも力を加減するように言われていた。私の体は今にもほどけそうだった。ミッちゃんを元に戻せないまま先にいきたくはなかった。でも仕方のないことだとも思っていた。



 □■□□


 ヒトミ様はほかの人が法術を使う様子を、詳しくはご存知ないみたい。二人で法術の教練場に入ったとき鍛練を不思議そうに見ておられた。


「シノハ様、あの方達が鍛練をしているのは法術なのでしょうか」

「は、はい。そうです、ヒトミ様」


 そう聞かれたときには驚いた。私はどうにか返事をした。ヒトミ様の使われる法術はとても力強い。繊細に霊気を動かすご様子も、思わず見とれてしまうほど。ヒトミ様からすれば私たちが使う法術は、くすんで見えるのかな。ヒトミ様はその後、私に法術を使うよう頼んでこられた。私の法術を見たヒトミ様にガッカリされたくなかった。


「私の法術では、お目汚しになるかと思います」

「霊気を集めるだけでも構いません」


「はい、では失礼して」


 重ねて請われたので、失礼にならないよう、お見せるすることにした。少しでも見苦しいところは減らすよう丁寧に霊気を動かす。


「シノハ様、そこまでで構いません」


 私が霊気を集め始めてすぐにそう言われた。私が使う法術はヒトミ様にとって、お見苦しいものだったみたい。さぞやガッカリなさったに違いない。私が落ち込んでいると、ヒトミ様は何やら思案され始めた。いつもと同じ優しい眼差しで私を見てくださる。暖かな雰囲気もいつもとおんなじ。私のことを案じてくださるような口調で話しかけてこられた。


「⋯⋯シノハ様、できるだけ少なく霊気を集めていただけないでしょうか」

「できるだけ少なくでしょうか。やってみます」


 私は先ほどよりもっと丁寧に霊気を動かした。そのとき私の中に暖かで優しい風が吹き込んできた。


 えっ? 気が付くと私の中にあった、ゆるんでいた霊気のつながりが元に戻っていた。今にもほどけそうなところが無くなっていた。ヒトミ様がしてくださった? イクノブ家では無理だと言われていることをしていただけた? 残された時がふえる? ヒトミ様には到底及ばないけれど、私の法術も強いと言われている。法術を使うごとに霊気のつながりが弱くなりいずれ体もほどけていく。少し時をいただけた。これほど嬉しかったことはない。


 ヒトミ様、ありがとうございます。いただいた時でミッちゃんの黒いものを抑えよう。私の力では黒いものを消すことはできない。少しだけなら抑えられる。それでも黒いものは大きくなる。私が抑えている間に、ヒトミ様にミッちゃんを助けていただこう。そう思っていた。



 □■□□


「シノハ様。そのまま、ほんの少しの霊気を集め続けてくださいませんか」


「は、はい。ヒトミ様」


 私は嬉しくて、つい普段のように霊気を動かしてしまった。もっと丁寧にしないと。ヒトミ様は私の手にご自分の手を添え、何かしてくださっている。私の霊気をくずさないようしながら、髪の毛よりも細い道がいくつか作られていた。霊気を動かしやすくなったみたい。その道は霊気を動かすときの力を通しやすかった。その道を使えばもっと遠くまで霊気をとどけることができるかもしれない。馴染んだ霊気を遠くに届かそうとして、馴染んでいない霊気に力を伝えてしまった。


 馴染んでいない霊気まで動かせた! もしかしてこれはヒトミ様の霊気の使い方? 私は自分の霊気を使わずに、まわりの霊気に力をとどける。動いた! いつの間にか、まわりには薄い青色の光が集まってきていた。私は自分の霊気をほとんど使っていない。でも光の大きさは普段のものより大きい。


 この方法なら霊気のつながりを緩めず、今までと同じ、いやもっと強い力も使える。もしかしたらミッちゃんの黒いものを消せるかもしれない。時もいただけた。力の使い方も教えていただけた。ミッちゃんを助けられるかもしれない。二人そろってイクノブ家に帰れるかもしれない!


「勝手ながら、霊気を動かしやすよう、少し道筋を繋げさせていただきました。シノハ様」


 ヒトミ様はいつものように優しい眼差しで私を見てくださっている。きちんとお礼を言わないと。そう思った。でもすぐにはお礼が言えなかった。目の前の光景が歪んだ。言葉ものどの奥につかえてしまった。

 


 □□□□


 何か伝えたそうにしていたシノハが、急に泣き出してしまった。シノハの中の霊気を勝手に霊刀にしたことだろうか。ミツエの中の霊珠を勝手に神刀にしたことだろうか。シノハの霊気のつながりを勝手に治してしまったことだろうか。シノハの体の中に力を通しやすい経路を勝手に作ってしまったことだろうか。


 ああ、心当たりがありすぎる! そういえば「合意」はなかった。これではあのマッドな教授と同じだ。


 ──フ、フタバさん、今よろしくて?

 ──どうしたのヒトミ?


 私たちのシンパシー率は第3段階。第2段階の頃から少し離れていても心が通じ合っていた。


 ──シノハが泣き出してしまいましてヨ。

 ──えっ、シノハちゃんに何をしたのかな。


 ──な、何と言われても色々ありマシテ。

 ──ふーん、色々なんだ。


 ──と、ともかく、寮に連れて帰りますワ。

 ──あっ、じゃあ私も早目に切り上げて帰るよ。後で詳しく聞かせてね。


 ──えーと、⋯⋯はい。

 ──ふふ、じゃ後でね。


 ともかくシノハだ。今回は高速処理を忘れなかった。シノハにとっては一秒もかかってない。


「ど、どう、されましたか。シノハ様」


「⋯⋯ヒ、ヒトミ様」


 シノハは何か言いたげだ。まるでこちらを責めるかのように、思い詰めた表情で見てくる。言葉にもできないほど怒っているのだろうか。私も教授をよく怒っている。


「と、ともかく、まだ教練中の方もおられますので、一度寮に戻りませんか」


「⋯⋯は、はい」


 私とシノハはそっと教練場を出ていく。



 □□□□


「ヒ、ヒトミ様⋯⋯ありがとう、ござい、ます」

「構いませんよ、シノハ様」


 ここは寮の私たちの部屋。シノハはまだ泣いているけど少し落ち着いてきた。どうやらシノハは感謝の気持ちを伝えたかったらしい。普段は外に出さないようにしていたのか。心の中でつかえていたものが大きかったのか、今は泣きじゃくる子供のようになっている。私はそっとシノハを包みこんで、子供をあやすようにしている。母親の気持ちになりきって、子供をあやしている感じだ。いや姉と妹かな。いやいや、フタバさんにも伝わっているので、あくまで母親ですワ!


「⋯⋯ヒトミ様、ありがとうございました」

「もうシノハ様のお気持ちは十分伝わっています」


 シノハの体はほどけかけていたそうだ。もし数日遅れていれば結果が変わったかもしれない。今回は運が良かった。私にとって大切な存在は、この世界に来てから増え続けている。私の力ではたいしたことはできない。今は落ち着きつつある少女の大切な存在も守りたい。


 シノハのようにほどけかける人もいる。ミツエのように魔核を持つ人もいる。赤い瘴気の魔人を追っている人もいる。いずれ還る精霊もいる。私の力では全員は無理かもしれない。でもあきらめたくない。みんなで新しい世界へ行くんだ。できることは全てやろう。私は静かに決意を固める。

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