第十話 ロフト
□□□□
私たちはロッジの中へ入っていく。
「わっ、なんか涼しいわね」
「本当ね。それになぜか落ち着くかしら」
ミツエとイノカは気に入ってくれたようだ。
──わあ、直接見るともっと素敵。すごいよヒトミ!
──そ、そうかなあ? 簡単なものしか用意していないけど。
シノハとムツミの顔色が益々悪くなっていく。ソファーベッドじゃなくてちゃんと横になれるようにしよう。まだ入口の近くだ。奥の方の上にロフトでも作って、ベッドを置いておけば良いかな。周囲の疑似細胞を使ってロフトを作る。ロフトなので低めのベッドを2つ作った。そばに窓も取り付ける。
──わあ、いいなあ。
──フタバも欲しい?
──うん、欲しい!
──ちょっと待ってね。
ロフトの面積を増やし、追加のベッドを2つ作る。ちょっと狭い。左手にあるバストイレの上にスペースを作り、もう2つベッドを追加する。窓も忘れずにつける。
──フタバはどっちがいい?
──ふふ、ヒトミと一緒がいいな。
──じゃあバストイレの上にしようか。
──うん、それでいいよ。
──ほかに何か欲しいものはある?
──うーん、目隠しになるものもあった方がいいかな。
──じゃあカーテンを付けようか。
──ふふ、あとは静かにしていれば大丈夫かな。
──う、うん。
フタバと話しながらカーテンを作る。防音機能も持たせよう! 少し厚めにして音を吸収しやすいようにセットする。ナノマシーンも音を吸収する設定にする。ベッドもしっかり固定しておく。ちょっとおしゃれな感じに仕上げる。ほかのベッドのまわりも同じ感じにする。
──もうっ、何でほかのところもおしゃれにするのかな。
──えっ、その、みんなおそろいにしておいた方が良いと思って。
──ふーん、じゃあ新しい世界はもういいんだ。
──え、えっと、その。
──ふふ、しょうがないなあ。
──えっ、いいの?
──私が一番じゃなきゃダメだよ?
──当然ですワ、一番はフタバさんですワ!
──本当かなあ?
──本当ですワ!
──うん、じゃあ私もがんばるね、ふふっ。
──う、うん。
ともかく、シノハとムツミだ。今にも倒れそうだ。
「奥にベッドを作りました。シノハ様とムツミ様に早くお休みしていただいた方が良いかと存じます」
「そうね。シノ、真っ青じゃない!」
「ムツミもだわ!」
「私は大丈夫だよ、ミッちゃん。もう慣れてきたかな」
「うう」
「ダメよ、すぐに休みなさい!」
「ムツミも早く横になって!」
ムツミはともかく、シノハはミツエと同じような背丈だ。一人で運ばせるのも忍びない。
──ヒトミ。
──うん、わかってる。
私はミツエを手伝う。フタバはイノカに手を貸している。シノハをミツエと一緒に運んだ。ミツエ一人では運びにくそうだった。気を失っている人間は運びにくい。シノハは気を失ってはいないが今にも倒れそうだ。背負子にでもくくり付ければ運びやすくなる。奥のロフトまでそれほど距離はない。このまま二人で運んだ方が早そうだ。
ロフト前まで来てから気が付く。一人用の階段しかない。ムツミはまだ小さいのでイノカが背負いフタバが下から押して運んでいる。シノハはやや幼いといっても私と少ししか違わない。体もムツミより大きい。私が背負おうか。いや、幅の狭い階段ではどこかにこすり付けてしまうかもしれない。今から階段の幅を広げるのはどうだろう。イノカがムツミを背負っているので危ない。風で運ぼうか。ほかの人を倒してしまうかもしれない。
私は床にナノマシーンを集め小さな幼木を構築した。上の枝を分けてネットのようにする。その上にシノハをそっとおく。ミツエも察したようで手伝ってくれる。シノハを枝でしっかりくるむ。そのまま幼木を成長させる。成長の仕方は制御する。シノハをのせたまま木を大きくする。ロフトの手すりを越えたところで奥の方へ伸ばす。シノハがベッドの上に来たとき、枝の拘束をといてベッドにそっとおく。
イノカの邪魔をしないよう、すぐに木をナノマシーンに戻す。ミツエは既に手すりを乗り越えベッドのそばに控えていた。急いで駆け寄りたいところをこらえキッチンスペースに向かう。桶に水を注ぐ。水を分けるために小さめの桶も用意する。作っておいたタオルを何枚か入れ、大きめの桶の水を冷やしながらロフトへ向かう。吸い飲みとコップも忘れずに一緒に持っていく。ロフトのベッドには二人が寝かされいた。
「冷たい水と布をお持ちしました」
「ありがとうヒトミ」
「助かるかしら、ヒトミ様」
イノカが大きめの桶を傾け、小さめの桶に水を注ぐ。吸い飲みに水を注いでからミツエがタオルを水に浸けて絞る。イノカも同じことをする。シノハとムツミの額に冷やしたタオルをのせる。
「シノ、しっかりしなさいよ」
「ムツミはどこが悪いのかしら」
楽な姿勢にできたが、原因はわからない。シノハの顔色が更に悪くなっている。
私はデバッグ・モードに入る。
──どうヒトミ?
──ちょっと待ってね。今調べるから。
思考速度だけなら、私の処理能力で、フタバの分も加速させることができる。
──うーん、体調面での異常はなさ、あっ。
──どうしたの?
──シノハの体が侵食されかかっている。
──えっ、シノハちゃんが?
──うん、でも強くはない。すぐに除去するよ。
シノハの体にはバグのあるナノマシーンが混ざっていた。ささいなバグのようにみえる。いや、今一瞬正常に戻った。よくみるとバグができたり戻ったりしている。この世界の言葉だと、霊気と瘴気の間を行ったり来たりしている。そこで昨夜のことを思い出す。あの奇妙な気配だ。あのときはナノマシーンの微弱な信号しか受信できなかった。
信号は正常なナノマシーンと異常なナノマシーンの間で揺れ動いていた。あの信号はシノハから伝わってきたのかもしれない。考えるのは後にして、シノハの中のナノマシーンを直していく。霊刀と同じように、異常なナノマシーンを直す修正プログラムを送るナノマシーンもいくらか混ぜておく。サンプルも少し採取した。
「⋯⋯暖かくて優しい風。ヒトミ様?」
「シノ、大丈夫なの?」
シノハが気付く。顔色も少しよくなっている。
「少し霊気に乱れがあったので、勝手ながら治させていただきました。シノハ様」
「あ、ありがとうございます、ヒトミ様。ずいぶん気分がよくなりました」
「そうなの? ありがとうヒトミ」
「いえ、たいしたことはしておりません」
シノハはもう起き上がれそうだ。ムツミも体に異変はない。何かに驚いてショックでも受けたような感じがする。時間をおけば回復しそうにみえる。
──どうしたのヒトミ?
私の動揺に気付いたフタバがたずねてくる。
──ミツエの中に魔核の欠片がある。
──えっ、ミツエ様の中に?
ミツエの体内にはバグのあるハイブリッド・ナノマシーンが混ざっていた。この世界では魔核と呼ばれている。
──霊珠の欠片もあるんだ。
──霊珠まで?
バグのないハイブリッド・ナノマシーンの集まりは霊珠と呼ばれる。ミツエの中にはその両方が混じっていた。シノハの中にあったバグのあるナノマシーンは有機ナノマシーンだった。こちらを直すのは簡単だ。修正プログラムを送るだけで直せる。ミツエの中にある有機と無機のハイブリッド・ナノマシーンは修正プログラムだけだと厳しい。
有機と無機を同時に直せなければ、すぐに元に戻ってしまう。私が全体を制御しながらなら可能だ。だがミツエは魔核や魔獣ではなく精霊だ。この世界の生物や精霊はナノマシーンの再現データでできている。強引に直そうとすると、ミツエを構成しているナノマシーンの再現データを傷付ける可能性がある。しかも相手はハイブリッド。正常なものと異常なものの二つが混じっている。慎重に行う必要がある。




