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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
青の書
38/365

第七話 法術


 □■□□


「ええ、このくらいなら何とかできるかと思います」


 ヒトミ様がそう言われると、緑をおびた光が集まってきた。


挿絵(By みてみん)


「えっ、シノより大きい?」

「えっ! ⋯⋯は、はい。ミッちゃ、ミツエ様」

「これだけの強い光は初めて見るわ」

「っ! ⋯⋯」


 フタバ様以外は光の大きさに驚いておられる。私とムツミ様以外は体術や剣術が優れておられる。私は法術が得意な方になる。ムツミ様もそうなのだと思う。こんなに大きな光は初めて見る。でもそれ以上に驚いて、思わず昔の呼び方をしそうになった。


 ヒトミ様の霊気の操り方は非常に繊細だった。見えない細い糸を霊気の一つ一つに向かって放たれているかのようにみえる。私が法術を使うとき、ここまで繊細にはできない。どうしてもいくつかには届かない。それをヒトミ様は何でもないことのようにやっておられる。しかも操っておられる霊気の数のケタが違う。操る霊気の数によって法術の結果が変わってくる。ここまで多くの霊気を操るのなら、大きな怪我でもその場で治すことができるかもしれない。


「そ、そんな!」

「っ!」


 私とムツミ様がその異常に気が付いた。ご自分の霊気を使っておられない? 巫女や精霊様が法術を使うとき、自分の体の中にある霊気を使う。その霊気を使ってまわりの霊気に動いてもらう。まわりの霊気は自分に馴染んでいない。体の中に取り込んだ霊気は時をかければ馴染んでくる。馴染んでいない霊気は動かしにくい。馴染んだ霊気を使ってほかの霊気にも動いてもらう。


 時をかければ馴染んでいない霊気でも少しは動かせる。動かせる霊気が少ないので法術の効果は薄れてしまう。巫女や精霊様が法術を長い間使い続けられない理由でもある。精霊様の場合、強い力を使ってしまうと自分を保てなくなってしまわれるときもある。ヒトミ様はご自分の霊気を使われずに、ほかの霊気を直接動かされている。しかも霊気の動きに乱れや淀みもない。それどころか動いた霊気がほかの霊気を次々と動かしている。最初の光どころじゃない。まわりの霊気が全て動き出そうとしている。


「ミッちゃん! すぐに下がって!」


 思わず声が出てしまった。ムツミ様もイノカ様を引っ張ろうとしている。


「ど、どうしたの? シノ」

「えっ、ムツミ?」


 私とムツミ様の様子にミッちゃんとイノカ様が驚いておられる。


「お願い、ミッちゃん!」

「うー!」


 法術を使う者なら知っている。人の体が霊気でできていることを。人の体だけじゃない。まわりの生き物全てがそう。普通の法術なら馴染んでいない霊気はほとんど動かせない。でもヒトミ様のやり方なら、ほかの人の霊気まで簡単に動かしてしまう。


「ああ、間に合わない」

「イノ、カ、お姉、ちゃん」


 大きな霊気の波が押し寄せてきた。もう逃げることもできない。ミッちゃんの霊気が動いてしまう。形を保てなくなってしまう。ミッちゃんは精霊様だけど体をまとうことは、一度しかしたことがない。急に体がほどかれると還ってしまうかもしれない。


 そこでふと気が付いた。フタバ様は全然動揺されておられない。ヒトミ様の側で穏やかにたたずんでおられる。大きな霊気の波がフタバ様を包み込む。フタバ様は安心しきった顔をされておられる。お体がくずれていない? そう思っているところに、大きな霊気の波が押し寄せて来た。私はギュッと目を閉じた。ムツミ様もおんなじだと思う。


「えっ、暖かくて優しい?」

「う?」


 霊気の波は私達を包んだ。でも体に異常はない。それどころか、とても暖かくて優しい風に包まれているみたいに安心できる。まわりの草木が霊気に戻っていく。岩の一部まで同じようにほどけていく。でも私達には影響がない。呆然としている間に広場がととのられていく。フタバ様は普段と何一つ変わらないご様子。


「なんか、不思議な心地良さね」

「ええ、自然に心が落ち着くようかしら」


「⋯⋯最初から私たちだけを避けて?」

「⋯⋯うう?」


「そういえば何だったの、シノ」

「ムツミの様子も変だったかしら」


 私とムツミ様がその場に座り込もうとする。そのとき暖かい風が吹いて、私達を優しく地面におろしてくれる。ヒトミ様が心配そうにこちらを見ていらした。いつもの優しい眼差しをしておられる。この風もヒトミ様が操っておられる?


 こんなことができるだなんて信じられない。ヒトミ様は普通の精霊様ではないと思っていた。話に聞いただけの大精霊様かもしれないと思っていた。でも違う。もっと特別なお方だ。優しい風と眼差しに包まれながら、私とムツミ様は唖然としてしまった。



 □□□□


 シノハとムツミが何やら驚いている。先ほど広場をととのえたときのことだ。その場で座り込もうとしたので、ナノマシーンで作った風を送って、そっとおろした。


 この世界の生物は全て、複数の有機ナノマシーンが集まって作る、疑似細胞の再現データでできている。無機ナノマシーンや、有機と無機のハイブリット・ナノマシーンの再現データもある。水と空気と地面の大部分は普通のVRデータでできている。元々は教授が開発したものだ。ツグミさんをはじめとする精霊達がバージョンアップを繰り返し、より侵食のされにくいものにしてくれている。


 バグのあるナノマシーンが作る疑似細胞はこの世界では瘴気と呼ばれる。瘴気の影響で他の疑似細胞までバグを持つのが侵食となる。瘴気よって侵食された生き物は、魔物や魔獣、魔人となってしまう。魔物などになると体が大きくなり攻撃的になる。元々が虫などであれば魔物、元々が動物であれば魔獣、元々が人や精霊であれば魔人と呼ばれている。


 ハイブリット・ナノマシーンの集まりは霊珠と呼ばれる。ハイブリットが侵食されたものの集まりは魔核と呼ばれる。魔核の侵食する力は大きい。以前の戦いのとき、新しいバージョンの魔核には近付くこともできなかった。ツグミさんの新しいデータがなければ、フタバを失っていた。ともかく、今はシノハとムツミだ。まだ顔色が悪い。



 □□□□


「どうかされましたか。シノハ様、ムツミ様」


「えっ、そ、その、あまりにもヒトミ様の法術がお見事だったので」

「うー」


「そうね、私も驚いたわ。シノもそうだったんじゃないの」

「もう広場がととのえられてしまったのね。ムツミも驚いたのかしら」


「ヒトミはいつもこんな感じですよ」

「たいしたことはしておりませんので」


「そうね、それほど力も込めていないように感じたわ」

「結果を見ると、確かに驚くかしら」


 実際たいした作業ではなかった。いくつかのコマンドやプログラムが順に伝わるようにしただけだ。シノハとムツミの顔色はまだ悪いままだ。少し休める場所も作っておこう。


「では休む場所も作っておきましょうか」


「それはありがたいわね、シノはどう」

「えっ、ええ、ヒトミ様のお心のままになさってください」


「ムツミはどうかしら」

「う、うん」


「ヒトミ、私はあの休憩所みたいな感じがいいな」


 ──特別な言葉をもらったところだからね。

 ──もちろん構いませんワ!


 私はプログラムを即行で組み上げる。以前フタバと過ごした場所に似せたものを作る。えーと、木の机と長めの椅子があって、奧から水が引かれていたんだっけ。広場の端には木が繁っている。それが使える。水は少し奧にキレイな小川があるみたい。そこから水を引けば良いかな。練習の邪魔にならないよう木々の疑似細胞をほどいて場所を作る。その疑似細胞とナノマシーンを使って机と椅子を作る。水を引くパイプも余ったナノマシーンを使って作る。横にもなれるように椅子は多めに作っておく。


 ──うわ、そっくり。ありがとうヒトミ。

 ──ふふ、あなたの精霊は優秀でしょ?


 ──う、うん。


 ちょっと照れているフタバも可愛い。だから優しくしてね! 少しならいいけど。剣気で私を操る回数は減らしてね!


 ──ふふっ、それはヒトミ次第かな?

 ──もちろん私はフタバさん一筋ですワ!


 ──もう、ヒトミったら、うふふ。


 私たちが心の会話をしている間に休憩所も出来上がった。

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