第ニ話 学舎
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学園では午前中は座学で、午後から実技になる。学園は都にあるフソウ家が運営している。人々からの寄付が主な財源になる。この世界には魔物や魔獣の脅威がある。北の山脈沿いの各家が人々を守っている。それより南に住む人々の暮らしはおおむね安定している。安定した暮らしを守るためや向上させるため、北の各家や都の学園に寄付が集まるらしい。人々はおおむね穏和で協力的だ。人同士の争いは少ない。
座学の方はこの世界で今再現しようとしている知識や技術が多い。畜産を含めた農業や冶金は早期に復元されている。食料不足にはなりにくい。金属の精錬度が高いので木工加工も進んでいる。人によって覚えている知識は異なる。学園に在籍する者は、覚えている知識に関連するものを最初に学ぶ。その後学んだ部分を補強したり足りない部分を補っていく。
ミツエとシノハはこの世界の過去の出来事を埋めている。イノカとムツミも同様だ。過去のデータが集まると魔獣や魔人の襲来傾向もわかってくる。私とフタバの学習は終わったことにしている。今は外の世界の知識を少し埋めるようにしている。ほとんど完成している知識の隙間を埋めていく感じだ。私とフタバはいつものように二人で歩いている。寮から学舎に向かっているところだ。同じ寮のほかの四人とは別のグループになるので向かう方向が異なる。
私たちは第3段階に入った。想いを伝えやすくなった。少し強く思っただけで、お互いに通じ合う。それ以外にも色々なデータのやり取りを行える。今の私の体はアバターだ。睡眠は必要ない。スリープ状態にもできる。スリープ状態中に記憶の同期を行っている。
そうこう考えている間に学舎に着いた。この世界を作ったときやリアルのネットワークから限定的に拾ってきたデータもある。精霊はそのデータを拾いやすい。人の中にもデータを拾いやすい覚者と呼ばれる者達がいる。巫女は精霊から教えてもらえる。私が持っている知識を伝えるとかなり膨大なデータになる。
教授からは控えるように言われた。過度の干渉をすると、この世界のバランスが崩れる可能性がある。急激な変化はシステムの処理能力を低下させる可能性があるそうだ。ツグミさんや他の精霊達が行っているナノマシーンの改良速度に影響が出てくる可能性もある。
私は大きな影響が出ないよう知識を伝えている。私の知識はフタバにも伝わっている。フタバにも大きな影響を与えないよう頼んでいる。私たちの学習が終わったことにしているのも同じ理由だ。この学園の学習では得られないはずの知識の量が多すぎる。学習中はディスカッションも行われる。うっかり広げるわけにはいかない。この学園で再現されたものを見ながら、少しずつ伝えるようにしている。
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ヒトミはツカハラ家のご先祖の精霊様ということにしている。本当は外の世界から来られた大精霊様だ。父上たちとも相談し、この学園ではそうすることに決めた。フソウ家には兄上が内々に伝えてくださった。ツカハラ家におよそ三世代ごとに来てくださる大精霊様も、あまり目立たないようにとおっしゃられているそうだ。私とヒトミは繋がっている。互いの想いだけではなく、知識や技術もいくらか伝わってくる。
おかげで霊気の扱いや剣術の技が少し上達した。この学園から帰ったら、剣を奥伝に、という話も出ている。私にはまだ早いと思う。私は父上や兄上はもとより、ツグミ様にも到底及ばない。ツグミさまの剣は、奧伝の中でも、力をお持の方になる。ツグミ様の霊気の扱いは歴代ツカハラ家の中では最もうまいと父上がおっしゃていた。今は還られてしまった。でもいつか戻って来てくださるとの言葉をいただけた。
シノハちゃんも霊気の扱いに長けている。普段は加減しているみたいだ。本気を出せばツグミ様を上回るかもしれない。ヒトミは別格だ。剣は父上さえを上回る。見たこともない法術をいくつも使える。でも心に大きな悲しみを抱えている。私と少し似ている悲しみだ。私の悲しみはヒトミおかげで心の奧の方にいった。私の心を守ってくれる特別な思い出にも気付かせてもらえた。特別な言葉ももらえた。
でもヒトミは心を守ってくれる思い出さえ失った。私と違いもう戻ってくることもない。ぎゅっと胸が締め付けられる。技量では到底及ばない。でもそれは関係ない。悲しみを抱えながらもいつも優しく私を包んでくれる少女の心は私が守るんだ。二人で想いを伝え合っている間、私の心はいつもよりも暖かいもので満たされる。ヒトミもそうみたい。少しでもヒトミの悲しみを和らげることができているだろうか。
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午後からは実技が中心だ。学園にいる間に技量が下がってしまわないようにするためでもある。他家の人とも練習をするので実力の向上にも繋がる。ここでも技や戦い方の技術は集められている。文献として記録を残し、根付いた技術が失われないようにしている。
フタバは剣術の練習が中心だ。槍や小太刀も練習する。弓術もやり始めた。私は弓術のときだけ一緒に練習することにしている。ほかは控えている。これも大きな影響を与えないようにするためだ。ツカハラ家で練習に参加するのは構わない。ただ学園の知識は広く公開される。
「フタバ、お願いがあるのだけれど」
「はい、何でしょうか、イノカ様」
剣術の練習の途中、イノカがフタバに話しかけてきた。
「ううん、違うわね。ヒトミ様にお願いがあるの」
「私にでしょうか、イノカ様」
近くで見学をしていた私に向かってイノカが頼んでくる。
「ヒトミ様に稽古を付けていただきたいの」
「稽古でしょうか。私は弓術を得手としておりますが、剣術の方は大したことはございません」
「それでも構わないわ、お願いできないかしら」
うーん、何か思い詰めているような感じがする。練習相手になること自体は良いけれど、ここは学園だ。この世界に大きな影響は与えたくない。今も記録係の人が何人かメモに書き込んでいる。
「フタバと重なっても構わないでしょうか。それなら多少は剣も扱えますので」
「ええ、それで構わないわ。フタバも良いかしら」
──ヒトミ、いいのかな?
──うん。フタバ、お願いできる?
──うん、わかった。
──ふふ、ありがとう。
「はい、イノカ様」
フタバと意識のやり取りを行い、了承を得る。意識のやり取りだけなら、フタバと私の処理速度を上げることができる。今のやり取りも、イノカにとって一秒もかかっていない。フタバの体を使わせてもらえれば、さほど注目は集めないだろう。私はアバターをほどいてフタバの中に入る。
『あっ、暖かい。この感じも久しぶりだよ、ヒトミ』
『ふふ、そうかも。イノカの様子が少し気になったんだ。ありがとう、フタバ』
「これで仕度はととのいました。始めていただいて構いません」
「ええ、お願いするかしら」
そう言うとイノカは木刀を構える。体の向きは左上段に近い。木刀を前に寝かせる。顔の横あたりに木刀が残るような寝かせ方だ。切っ先はこちらを向いている。上段に近いので上からの打ち込みに入りやすい。刃は少し外向きだ。上からの打ち込みは対応しやすい。突き技にも入りやすそうだ。逆に下の防御はやや弱い。イノカも普段は正眼が多い。
小型の魔物が相手なら、正眼か下段の方が適している。大型の魔物相手の想定だろうか。ツカハラ流には対人用の技が多く残っている。魔物や魔獣だけを相手にするのであれば、それに適した技を磨けば良い。あの三兄弟はそちらに比重をおいていると思う。民を守りたいという気持ちが強いのだろう。
この世界では魔物や魔獣の脅威がある。人間同士の争いは少ない。ツカハラ流は対人用の練習も多く行う。何年かごとに現れる魔人を想定しているからだ。魔人は強い者が多い。普段から備えておかないと厳しい。遅れをとる場合もあるとヨシヒデさんが言っていた。イノカの目指す方向が気になった。




