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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
緑の書
30/365

第三十話 モヤッとする


 □□■□


 ヒトミの気配が消えた。思っていることも伝わってきた。やろううとしていることも伝わってきた。私の想いも伝わっていた。それが全部なくなった。多分「ろぐあうと」の時がきたのだと思う。ヒトミは戻って来ると言ってくれたけど、時がかかるかもしれないと言っていた。精霊様が来てくださるには時がかかる。ツカハラ家の者に何度か憑いてくださった大精霊様なら、およそ三世代ごとだ。


 もうヒトミに会えない? ちゃんとしたお別れも言えなかった。とても強そうな魔獣を倒しに行った。私達を守るためだ。あの魔獣は兄上と父上でも勝てないと思う。それをヒトミは二体も倒した。最後の一体と戦っている最中にヒトミの気配が消えた。まだ最後の一体の禍々しい気配は届いてくる。ヒトミが弱らせてくれたんだ。せめてトドメを刺しに行こう。弱っていても私より強い。


 多分私では敵わないだろう。それでもこれはツカハラ家の者のつとめだ。ツグミ様も最後につとめを果たされた。いつか私の子孫の精霊様になりたいと言ってくださった。ごめんなさい、ツグミ様。多分私は今日までです。ヒトミのいない時を耐えることができそうにありません。私は最後になるであろう戦い向かっていく。



 □□□■


 何か長い夢を見ていたようだ。心の中が何かモヤッとする感じだ。頭を一つ振ろうとして自分の状態を思い出す。そうだったんだよね。私は事故に遭って体の半分以上と脳の一部を欠損した。左半身と右足を失った。左目も失った。教授の治療のおかげで生き延びることはできたけど。代替された部分の機能にも慣れてきた。残っていた右手はもう普通に動かせる。左手と両足もずいぶん動かせるようになってきた。左目もいくらか見えるようになった。


挿絵(By みてみん)


 まだときどき緑をおびた色に光ってしまう。光ってしまうのは治療に使われた有機ナノマシーンの、有機半導体部分から少しエネルギーがもれてしまうから。ほかにも無機ナノマシーンで骨格部分の代替をしてもらっている。脳を含めた神経網の治療には有機と無機のハイブリッド・ナノマシーンが使われている。そんなものを女の子の体の中に入れるだなんて。いつかフィルタを越えて告発してやる!


 少しおどし、じゃなくて、教授の「好意」で世界的ネットワークに接続させてもらっている。私の治療に使われた何種類ものナノマシーンはまだ治験段階だ。ナノマシーンは隔離された環境でのみ使用が許可される。私以外の治療を受けた者も隔離されている。私ほど厳重ではないけど。私がいるのは教授のラボだ。ラボは研究用宇宙ステーションの中にある。もしナノマシーンの事故が起こったら、ラボごと宇宙空間に放出されることになる。


 治療が終わって、ナノマシーンの余分な増殖機能の不活性化が済めば、隔離は解除される。私の場合はまだまだ時間がかかりそうだけど。ラボの中は教授がよからぬ実験をする設備のほかに、快適な生活空間や医療設備にリハビリ施設まである。とはいえ自由に出入りすることはできない。そもそも体を自由に動かすこともまだできない。ラボ全体も監視されている。閉塞感を感じることもある。


 そういうときにはVR環境に接続し様々なゲームで気晴らしをする。特に耽美なゲームがお気に入りだ。美少女同士がイチャイチャするのが好みになる。早く年齢制限のない年齢になりたい! そういえば昨夜のデバッグは途中までしか覚えていない。確かBレベルのアプリに取りかかった様な気がする。えーと、あれはイットウ流とかいう名前だったっけ、それともツカハラ流? うん? 何か、引っかかるような。


 まあ、いい かぁ?

 

『ああ、例えばバグの残っているプログラムなどを実行したとき、その実行中の出来事を思い出せない可能性がある』


 ずいぶん前教授にそう言われた。今はそのとき話題になった電脳体もかなり長時間扱えるようになった。一晩ぐらいなら大丈夫だ。私の体が寝ている間に電脳体でデバッグやテストプレイもできるようになった。翌朝に記憶の同期も取れるので、特に問題を感じたことはない。どうも上手く思い出せないのは、そのバグのせい? 何だろうまだモヤモヤする。


 ともかく、今日の分のリハビリを始めよう。リハビリ用のVRに加えアクションゲームや武道トレーニングのデバックをたくさんこなしたため、体を動かすイメージはかなりかたまった。介護用ロボットにリハビリ・ルームまで運んでもらおう。VRで上手く体を動かす練習を積めば、リアルでも動かしやすくなるのは、ここ何ヵ月かで実感している。


「フタバ、お願い」


 あれ、そんな愛称だったっけ? トクン、と心臓が跳ねた気がした。えっ、何? 気が付くと、視界が歪んでいた。涙、何で、どうして? 理由はわからない。でもこの気持ちは本物だ。帰らなきゃ。でもどこに、どうやって? 急に、焦燥感に包まれる。まわりに意識を向けるが、ヒントも見つけられない。何でもいい。何か、何かないの!


 ≡≡ 私の大切な妹をお願い、ね ≡≡


「次に来てくれるのは? そのとき、私はいるの?」


「私はあなたと再び会うために帰って来ます。フタバ、私は『あなたの精霊』です」


 あっ、そうか、そうだった。雷に打たれたみたいな衝撃を受ける。思い出したよ、フタバ。私は急いで昨夜の一時フォルダを調べる。お願い、残ってて。私は数え切れないほどデバッグやテストプレイをする。一時フォルダのデータもすぐに上書きされる。体を動かしたりまわりを見たときに得られるデータも一時フォルダに入る。今朝起きてからのデータで、既に上書きは始まっている。


 ⋯⋯あった。「それ」は、一時フォルダの今にも上書きされそうなところに、かろうじて残っていた。大急ぎでプロテクトをかける。これで上書きされない。ローカルメモリに移動させ、更にしっかりとプロテクトをかける。大丈夫埋め込みリンクも生きている。私はそれに「ログイン」した。



 ■■■■


 また継ぎ足したのか。いや継いで結んでいるかのようだ。私は昨夜見つけたモジュールの変化に気が付く。固有名が付いたものだ。あの世界の再構成された者達に作られたのだろう。確か「精霊」と呼ばれていたな。私は特に呼称を気にしない性格だ。だがそれではまた怒られてしまうな。(いち)()君のときもそうだった。何度も訂正された。


 (いち)()君に何度も訂正されて癖になったためか、「(いち)」の文字が入っている人物の名前を呼び間違えてしまう。数少ない私の理解者であり、友人でもあった結芽(むすびめ)君達のご息女だ。忘れ形見となってしまったが。私は固有名の付いたモジュールを再度見る。そこには【TUGUMI】と表示されていた。



 □□■□


 私は魔獣に近付いていく。ここからでも禍々しい気配が目に見える。こんなにはっきり瘴気が見えるのは初めて。ヒトミが弱らせてくれたんだ。多分私では敵わない。トドメも刺せない。でもせめて一太刀は入れたい。ツグミ様、どうかお力添えを。


『まあ! 私には子孫を残してくれないのに、ずいぶんと都合のよい妹ですね、うふふっ』


 ツグミ様?


『フタバ、アレに近付いてはいけません。あなたの子孫であれば瘴気に侵されなくなります。今はまだだめです』


「私もツカハラ家の者として、つとめを果たしたいのです」


『あら、姉に嘘をついてはいけませんよ、ふふっ。あなたの想う人はもうすぐ帰ってきます。だから今は生きることを選んで、ね』


 想う人? 帰ってくる? 本当に?


「⋯⋯ヒトミは本当に帰ってくるのですか? ツグミ様?」


『ええ、もうしばらくしたら。だから今は下がってね』


 幻聴だろうか? ツグミ様がこんなに早く来てくださるはずはない。ヒトミもきっと私が生きている間には間に合わない。禍々しさに怖気付いて、都合の良い言葉が聞こえてくるだけ。でも、もし本当なら?

 

「ツグミ様はいつ戻ってくださるのですか?」


『⋯⋯少々力を使いすぎました。でもいつかかならずね。だから今は姉の言うことを聞いてね、フタバ』


 都合のよい幻聴だ。でもいつかは戻ってくださると言ってくれた。なら幻聴でも構わない。私は足を止める。禍々しい気配はすぐそこにいる。少し下がろうとした。私の動きに気付いた魔獣がピクリと動き出す。


『させません、フタバすぐに下がりなさい!』


 魔獣がムクリと起きようとしている。私と魔獣の間に、緑の光が入りこむ。いつかの光景と一緒だ。私のせいで、またツグミ様が還られる。お願い、来るならすぐ来て、ヒトミ!



 □□□□


 私はフタバとフタバの兄が大きな魔物と戦っていた場所にいる。この世界に初めてやって来たときの場所だ。アバターはまだ作れていない。まわりのナノマシーンを動かす。そこで記憶の欠落に気が付く。フタバの兄の名前を思い出せない。ナノマシーンもリアルで使っているバージョンまでしか動かせない。もっと新しいバージョンのものでないと侵食されてしまう。


 でも大切な存在のことは覚えている。想いが伝わってくる。でもあの場所は。フタバ、それ以上近付いちゃダメ。アバターができていないからか、記憶に欠落があるためか、こちらの気持ちは伝わらない。急いで古いバージョンのナノマシーンでアバターを作ろうとする。でもこれじゃあ近付くこともできない。私は電脳体のままフタバの方へ向かうことにする。


 電脳体ではたいしたことはできない。プログラムにエラーが生じれば、また忘れてしまうかもしれない。とにかく、急いでそばまで行かなきゃ。私はそのまま移動することにした。電脳体は薄い影のような状態だ。重さも設定されていない。まわりに触れないけど、移動の邪魔もされない。ひとかたまりの風のようになって飛んで行く。


 やがてフタバの姿が見えてきた。くっ、近すぎる。もう少しで侵食される距離だ。魔獣が少し動いただけでも危ない。私が今作ることのできるアバターでは近付くこともできない。フタバが止まると同時に魔獣が動き出す。ダメだ、ハイブリッドがフタバに届きそう。この世界の人では、すぐに侵食される。アレに侵食されたとき、私は体の一部を切り離すことしかできなかった。


 もしフタバが侵食されたら助けられない! この距離じゃ見ていることしかできない! 大切な存在を目の前で失う光景なんて、もう二度と見たくない!


 ≡≡ エモーショナル・シンパシー率が基準値を超えました。これより第3段階(サード・フェーズ)に入ります ≡≡


 私はフタバと「重なった」

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