第三話 古武術アプリ
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せっかくの依頼だった。依頼人の許可を得て、できるところまででもやろうと引き受けた。スポーツをする人はそれなりにいる。数は減りつつあるが武道をする人もいる。古武術となると珍しい。3Dデータだけという場合も多い。私が受けたものは2Dデータもほとんど残っていなかった。古い画像データが少し。あとは、その家に伝わる文献だけだった。
まずは同年代の武術のデータを集めた。古武術は武道とは異なる部分も多い。一つの武器だけでなく複数の武器や体術の練習をするものもある。人数も一対一とは限らない。武道だと反則になるような技もある。いつも道場で練習するとは限らない。足場の悪い場所も想定している。
集めたデータでいくつかの練習用アプリを作った。依頼は小太刀の技の再現だった。相手の動きがわかった方が再現しやすい。先にデータが豊富な剣術に取りかかった。剣術にしぼっても多数の流派がある。ついでなので私のリハビリも兼ねて練習を重ねた。
アクションゲームにも流用することができた。アクションゲームでは簡単なコマンドでアバターを動かすこともできる。自分で細かく動かした方がクリアしやすい相手もいる。アクションゲームはスポーツより実戦に近い部分もある。古武術も武道より実戦に近い。体の動かし方などは参考になった。
使えそうな動きを集め作ったアプリを市場に出してみた。特に面白味のない反復練習用のものだ。価格も付けなかった。コアなゲーマーだと思われる人が何人かダウンロードしたようだ。
ともかく小太刀の技が形になったので、依頼者にデータを送った。満足してもらえたのかもしれない。多めに報酬が振り込まれていた。それ以来似たような依頼が増えたと思う。武術用アプリの反復練習は今も続けている。そのときのことを思い出したのは、目の前にあるアプリのためだ。これも古武術関係のアプリのようだ。
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そのアプリは緑に光る球のように見えた。私がそう調節したからだ。このサイトに入ってからのデータは、自分で見やすいものに変えている。球の大小や明るさはアプリのデータ量を、色合いはジャンルなどで割りふっている。開発中のためかジャンルを表示していないものも多い。名称も英数字のみだ。そういったときはランダムに割りふられるよう設定した。
添付されている情報を読む。どうやら指導者用のトレーニングアプリのようだ。練習用だけではなく指導者用のアプリもある。指導内容は剣術がメインのようだった。指導者用アプリのテストプレイとデバッグも数をこなしている。その経験があった方がプレイヤー側のパラメータ設定もしやすい。ともかく一度動かしてみよう。
== ログインしました ==
うん? 少し違和感を感じた。まあ、このサイトに置いてあるアプリではよくあることだ。NPCも少し透けて見えるほどだ。背景はわりとしっかりしている。まだ途中なのだろう。キャラなどはあとで調整するつもりなのかもしれない。
目の前には二人のNPCがいた。一人が青年で、一人が私と同年代ぐらいに見える少女だ。演出の一部がすでに実装されているようだ。二人とも驚いているように見える。少女の方が私にしきりに話しかけようとしてくる。音声データはまだ組み込まれていないのだろうか。話の内容まではわからなかった。
添付情報では依頼されていなかったけど、後でキャラデータや音声データの調節をしても良いかもしれない。私の好みのど真ん中に感じられる。いや、はっきりはわからないけど、きっとそうに違いない。なるべく何気ない風をよそおいそっと手を伸ばす。手指の形がアレなのはまあアレだ。
くっ、うまく触れない。少し堪能、ではなく、触ることはできる。ただそのあとすり抜けてしまう。これでは指導にかこつけてあんなところやそんなところを触ることができない。少女もあきらめたのか練習に戻った。
二人がいたのは剣道の道場のような場所だ。着ている服も剣道着に似ている。防具はつけていない。竹刀ではなく木刀だった。寸止めでの練習だろうか。いや軽くだが当てている。どうやらそれで一本のようだ。強い打ち込みは別のときに練習するのだろう。流派はイットウ流系統の割合が大きいようだ。イットウ流はいくつもの流派にわかれている。そのうちの一つだろうか。
私が指導するのは少女の方で良いらしい。しばらく二人の練習を見る。二人は兄妹という設定なのだろうか。兄の方はかなり強い。妹の方は少しブランクがあったような動きだ。それでもなにか必死に打ち込んでいるように見える。幸い手振りや身振りは通じた。二人に一旦離れてもらう。壁際に置いてあった木刀を手にする。それほど力を込めなければ、木刀を持つことができた。サンプルを見せておいた方が良いだろう。ログも自動的に記録されている。そのまま兄と対峙する。
兄の息を読み取り、軽くスッと打ち込む。軽く当てただけだ。それでも一本みたいだ。兄も驚いている。アクションゲームによっては武器や防具に耐久値が設定されている。何度もテストプレイをしている間に、必要最小限の力で動くことができるようになった。今ではほとんど意識もしなくなった。
これを妹に伝えるログを残せば良いみたいだ。今度は妹の方に素振りをしてもらう。そっと手を添え少しずつ動きのパラメータを調節していく。これで少し速い打ち込みができるはず。再び二人に対峙してもらった。
おしい、あと半歩で届いたと思う。兄の方も驚いているように見える。妹はもっとびっくりしている。このあたりの表現力はBレベルのものだとは思えない。このアプリはしばらく見ておきたい。作成者と作品のランダムにならんだように見える英数字を記憶エリアに記録しておく。
再び妹に素振りをしてもらう。ときどき手本を見せながら、妹の足さばきと体さばきを、軽く手を添え調節していく。兄の方も熱心に見ているかのようだ。足さばきと体さばきの調節が終わった。全体のパラメータを更に最適化していく。今回の練習で終わりではないと思う。いくつかの状況に対応できる方が良いだろう。
再度二人に対峙してもらう。兄が先に動きだそうとした。次の瞬間、妹の面が決まっていた。二人の驚き方の再現性が高い。まるでどこかにいる本物と通信か何かで繋がっているかのように見える。これだけのアプリを作ることができるなら、いずれヒット作も出ると思う。そう思っている間に二人の姿が遠ざかっていった。多分次のステージだろう。
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次のステージは屋外だった。兄妹以外に、槍を持った三人のキャラが増えていた。この三人は手抜きかもしれない。身長が違うだけで、それ以外はほとんど同じだ。兄妹の姿はさっきよりハッキリ見えてきた。兄は好男子だと思う。想像していた通り、いやそれ以上に、妹は私好みの美少女だった。発売されれば必ず買おう。そう固く心に決めた。
一日でも早く美少女同士でイチャイチャするためにもデバッグは最速で終わらせる。このサイトに入ってから思考加速は続けている。小さなアプリなら千倍の速さでデバッグやテストプレイが可能だ。オンラインゲームでも手を加えれば二十倍は超える。これはどちらなんだろうか。最初に動かした部分は中ぐらいのアプリのようだった。でもこの再現性の高さはオフラインのアプリだけでは難しいと思う。
気がつかないうちに、埋め込みリンクか何かで飛ばされたのかもしれない。今はアプリの中でテストプレイしている状態だ。外に出れば調べることもできる。まあまだ一周目だ。何周かしてからでも良いだろう。
そうこう思っている間に練習が始まった。多人数対一人や多人数対少人数の練習のようだ。私が教えるのは妹がメインで良いらしい。教え方のログは取られている。あとで編集されるのだろう。妹がいるチーム全員のパラメータを最適化させていく。身振り手振りだけのためか戦術までは伝えきれていない。相手も理解できないようだ。
人数の有利不利だけではなく、強さのバランスもわざとくずして練習している。舞う砂ぼこりや剣や槍の動きも再現性が高い。どうやらかなり本格的に作りこまれている。ひょっとして、耽美な趣味のシミュレーションゲームではないのか?
いや少しはその要素もあるはず。そうでなければこれ程の美少女を出す必要はない。きっと裏ルートか何かがあるのだろう。そう思っている間にこのステージもクリアできた。人数差もあったので完勝とはいかなかった。それでもこのステージの基準をクリアできたのだろう。遠ざかる五人を見ながら、そう思った。




