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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
緑の書
28/365

第ニ十ハ話 この戦いが終わったら


 ■■■■


 私は更にシミュレーションの観測を続けた。これ以上の継続は意味がないかもしれない。だが私には最後まで見続ける義務があると思う。シミュレーション上のこととはいえ、百万もの人々の命が無為に失われた。私は感情の機微を読み取る能力が低い。明文化された法を守ることはできる。曖昧な部分もあるとはいえ、定義もされている。だがそれ以上は私にとっては難しい。


 あの災害はどうだ。法的に私の瑕疵(かし)はない。たかがシミュレーション上でのできごとだ。現行法には一切抵触していない。だが私はそこの人々を現実のものと同じものだと認識していた。実際に百万もの人々の命を奪えば、どの国の法であろうが、裁かれるだろう。


 このシミュレーションは私が改良したメインフレームで維持している。まわりの人々も詳しい内容までは知らない。ネットワークとの接続も限定的だ。現状私を裁ける者は誰もいない。いや正確には私を裁ける者は私だけだ。これが自責の念や後悔と呼ばれるものだろうか。わからない。


 私は一つの国でとある法の立法を促した。以前行ったこともある。ただ今回はその国の人々にとって殆ど意味のない法だ。望んでいたレベルにはならかった。だが今後の私の行動を制限できる可能性がある。これが私にとって実行可能なことの限界だろう。


 私は観測を継続することにした。それから一年ほど経過した。その頃から処理倍率の変動が観測できた。想定していた誤差の範囲を大きく逸脱していた。私はシミュレーション内のデータを丹念に拾う。以前そこに存在した者の一部が再構成されていた。予期せぬ動作によってメインフレームの処理能力が下がったものと思われる。


 再構成された者は現在生きている人々の一部と行動を共にしている。何年かすると世界を構成するデータの一部に戻る。その現象が何度か観測された。中には何度か再構成された者もいる。知識の伝達も観測された。この現象が続けば文明の復興も容易になる可能性がある。私はそれをそのまま維持することにした。


 再構成された者の中に素子やシステムに干渉できる者も現れた。生きていたとき素子への理解が深かった者が多いためだろうか。私はメインフレームや素子の改良も継続している。新しい素子は以前のものに比べより侵食への耐性が増した。北の山脈から強いものが来ても侵食され難くなった。


 だが同時に侵食された素子も強くなっている。強力で大きな固まりを持つものも出始めた。私は過度な干渉にならないよう気を付けながら更に改良を重ねた素子を散布した。再構成された者はその散布も補助している。まるでこの世界の人々を守ろうとしているかのようにも見える。


 侵食された素子の強度の増加が私の改良速度を上回り始めた。このままではまた同じことが繰り返されてしまう。私は暗鬱な気分になる。システム全体に干渉すれば対処は可能だが、それはあまりにも大きな干渉だ。私には実行できないだろう。


 再び私は悩みだした。これまでのデータを無為なものにする訳にはいかない。失われた命の意義もなくなってしまう。科学者としても行えない。いや私には行えない。私が悩んでる間に、予期せぬ現象が観測された。これは新たな素子か。


 再構成された者は素子への理解が深い。彼等が自ら素子の改良を行い始めた。その内容は画期的なものも多く、現実の世界で使用可能なものも観測できた。私は慎重に検証を重ね、現実で使えるレベルに調整した。医療への応用も可能だった。治験の申請を行い実際の治療にも使った。私が改良したものを上回る効果が得られることもあった。


 シミュレーションの中ではそれの散布が成され、代を追うごとに人々の耐性も向上していった。北の山脈のものも時間とともに強くなったが、再構成された者が作った改良版はそれを上回る。北の山脈の奥にいる更に強いものが出てこないのであればこの世界の人々が生き延びられる可能性は大きくなる。


 私はそこで得られるデータを元に、現実の素子の改良も続けていく。このシミュレーションに大きな意義を持たすことが可能になった。



 □□□□


 峠に近付くと小型の魔物が増えてくる。いつもよりずっと数が多い。ツカハラ家やその関係者達は、こういう事態に慣れている。数年ごとに多くの魔物が出てくる。今回が数十年に一度のできごとだったとしても、小さな魔物の強さは変わらない。


「おお、触れただけで!」

「霊刀とは、これほどか」


 この辺りは問題がないように見える。街の方に通さないよう上手く包囲している。私とフタバは更に奥の方に進む。


「行くぞ!」

「おう!」

「はい、兄者!」


 例の三兄弟は2メートルぐらいの魔物数匹の相手をしている。神刀化した槍を持っているので、普通の魔物なら問題なく倒していく。そこに嫌な気配を放つ魔獣が現れた。爪が魔核に変わっている。フタバが一気に間合いを詰めて斬りかかる。一太刀で魔獣の首を斬り飛ばした。


「フタバ様!」

「精霊様!」

「⋯⋯ここは我らで防ぎますゆえ、ヨシヒデ様達のご助力をお願いできませぬか」


 イチロウが頼んでくる。任せても大丈夫だろうか。少し躊躇(ちゅうちょ)していると、再び魔獣が出現した。今度はかなりの大型だ。


「仕掛けるぞ!」

「おう!」

「はい、兄者!」


 三兄弟は例の隊列で大型魔獣に向かって行く。


「は!」

「とう!」

「そりゃ!」


 そのまま順に槍を刺し、横を駆け抜ける。大型魔獣が倒れた。さすがは対大型用のジェッ⋯⋯攻撃だ。普通の魔物や魔獣なら一人ずつで対応し、大型魔獣なら三人で攻撃して倒して行く。


「⋯⋯わかりました、ご武運を」


「はっ!」

「この槍のおかげです!」

「ここらの魔獣は全て槍のサビにしてやります!」


 この場は三兄弟に任せ、更に奥へ進む。新しいタイプの魔獣でも出ない限り大丈夫だろう。徐々に魔獣の数が増えてくる。私とフタバはすれ違いざまに斬り倒して行く。


 そろそろ一太刀では厳しくなってきた。フタバはときどき二太刀か三太刀入れている。二太刀目や三太刀目を入れるさいに一瞬動きを変える必要がある。実戦ではそれが思わぬスキになるときもある。人が相手の立ち合いなら何合か打ち合うことは普通にある。普段の練習もそれを想定している。ただ魔獣が相手のときは思わぬ動きをされる場合がある。


 モンスター相手のアクションゲームをいくつもこなせば、いずれ慣れる。急に口から炎を吐かれても対応できるようになってくる。普段の練習相手が人で、ときどき魔物相手の実戦なら経験が足りない可能性がある。フタバの珠のような肌が傷付くことなど許せない。フタバのお肌は私が守るんだ!


 私はデバッグ・モードに入る。まわりの魔獣を一斉に(ほふ)る。


「あ、ありがとう⋯⋯ヒトミ」

「ううん。これくらい当然だよ」


 その後フタバに近付くと悪い虫、じゃなく、魔物や魔獣は全て倒して行く。この戦いが終わったら、帰って二人でイチャイチャするんだ! 二人のまわりは静かだ。あっ、小鳥さんがいる。


「フタバ、見て、可愛い小鳥さんがいるよ?」

「⋯⋯」


 フタバは無言だ。どうしたのだろう?


「⋯⋯ヒトミは霊気が足りなくなったりしないの?」

「霊気? ああナノマシーンのこと。プログラムやコマンドを入力しているだけだから、特には」


 そこで私はフタバの記憶を思い出す。今の言葉は失言だ。きっと傷付けてしまった。


「⋯⋯ごめん、フタバ」

「ううん、いいの。ヒトミには還って欲しくないから」


 帰ってきて欲しくない⋯⋯だと? ああ、そんなに嫌いにならないで。ゴメンなさい。何でもするから許して!


「⋯⋯ふふっ、大丈夫。嫌いになんてならないから」


 そ、そうだった。心の声が伝わるんだった。大丈夫。私は心もキレイなハズ! ある意味で純度が高いことに自信がある。ユリの腐臭100%だ! 私があたふたとしていると、フタバが優しく包んでくれる。


「いつも大切に思ってくれてありがとう。とっても嬉しいよ、ヒトミ。⋯⋯ただ足手まといには、もうなりたくないの」

「⋯⋯うん。ごめん、フタバ」


「ううん、あとで何でもしてくれるんだよね? ふふ」

「うん」


 今度は私がフタバを包み込む。二人の時間が静かに流れていく。魔獣? そんなのどうだっていいじゃん。

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