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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
緑の書
26/365

第ニ十六話 準備


 □□■□


 昨夜の私は変だった。ううん、その前もそう。でも昨夜は、もっと変だった。ヒトミとの別離を忘れたくて色々としてしまった。今思い返してみるととても恥ずかしい。もし気分を害していたらちゃんと謝ろう。ヒトミは多分許してくれると思う。今も互いの暖かさを感じながら穏やかな時間が流れている。こうして近くで良く見るとヒトミは本当にキレイだ。白磁のような肌に艶やかな緑の黒髪。剣術の稽古で固くなった私と違い、どこまでもしなやかで柔らかい。


 ときどき緑がかる瞳もキレイだ。法術を使うときにも薄い緑をおびた光が舞う。ツカハラ家の者も光を放つぐらい強い力を使うと薄い緑色になる。ヒトミの光は少しツグミ様のものに似ている。ツグミ様との思い出もとても暖かく感じられるようになった。それをヒトミに気付かせてもらえた。私は少しでもヒトミに何か返せただろうか? 私はそっとヒトミを優しく包み込む。



 ■■■■


 私はシミュレーションを本格的なものにした。メインフレームの改良は進んでいるが、何通りものシミュレーションを行えるほどではない。この一つを丁寧に作り込む。まずはバザード・ラムジェットの実現ができた場合を想定する。今の素子を改良していけばやがて地球を上回る規模の、分子単位の薄いネットが構築できる。そのネットに磁場か電荷を持たせ広げることも可能だ。建造実験はラグランジュポイントで行うのが良いだろう。


 現状有人探査は土星の衛星まで到達し、月や火星で研究者も生活している。ラグランジュポイントならL3でも木星より近い。月の公転軌道より内側は少々混み過ぎている。利便性も考えるとL4かL5が良いと思われる。宇宙船は世代型になる。数十年で到達できても減速方法がスイングバイぐらいしか思い付かない。航行中の常にエネルギーが得られる場合と異なり、薄いネットでの減速は難しいと思われる。加速期間と減速期間も入れると世紀単位での航行となる。


 現実の宇宙ステーションの中ではリング型が適している。積載物は人工生命を設定する。今の素子でも人体の代替に近いことができる。ゲノム情報は人類とほぼ同じ。積載量のことも考え体長は十分の一とする。ニ乗三乗の法則で考えると、力は十倍になるが、ニ倍程度に制御する。ほかの生物も同様にする。これ以上縮小させると、空気の粘性や水の表面張力などの影響が大きくなりすぎる。小さな昆虫ではなく、人類の生活を模倣するならこの程度が良いだろう。


 まだ考察中でしかない人類の電脳化ができれば、その情報を入出力することもできる。そのため人工生命は可能な限り人類と同様にしておく。人工生命は素子で構成されているが、体長を縮小したぐらいで、人類と同じ存在になる。あくまでシミュレーション上でだが。その人々には数世紀を航行に費やしてもらうことになる。


 そこで違和感に気が付く。シミュレーション上のデータを実在する人々のように考えてしまった。データ上では人類とほぼ同じだが。いや、私らしくないな。ただのデータに過ぎないというのに。それを言えば、人類もゲノム情報を有機化合物でなぞっているに過ぎない。そういった意味ではどちらもデータの集まりでしかない。私は頭を振ると、作業と考察を再開する。



 □□□□


 愛される喜びを知ってしまった。当然、プラトニックの範囲で! フタバは寂しさを埋めたっかのだろう。昨夜フタバ言われてからあらためて意識してみると、確かにフタバの想いや感情がわかる。ときどき心の声も聞こえてくる。私のことを想って、慣れないことをしてくれたんだね。やけに上手だったけど! いや、心を読むのが上手だったという意味ですヨ? あくまで心理描写ですワヨ!


 私の心を一生懸命に読んでくれたのだと思う。私はあと何日かでログアウトしてしまう。再ログインできても何年も経っているかもしれない。もうフタバとは会えない? 今もフタバの暖かさが伝わってくる。この暖かさが失われるのは怖い。これはフタバがずっと抱えていた想いと同じだ。リアルで頑張ってみるしかない。こんなおいしい状況、ではなく、こんな良いコをオバテクなんて呼ばれる変なおっさんの被害者にするわけにはいかない。



 □□□□


「しょ、初伝の、自分までいただいて良いのですか」


「ええ、あなた達は三位一体の攻撃をされると聞いております。サブロウだけ武器の威力が劣るのは、戦いにおいて不利になるかと思います」


「あ、ありがとうございます。精霊様!」


 私はハイブリッドでコーティングした槍をサブロウに渡す。ツカハラ流の中伝以上の門下生達に神刀を渡していく。初伝の人達や近くの街から来てくれた人達には、霊刀を配った。霊刀の数は十分にある。霊刀は簡単なコーティングだけで作れる神刀は三十ニ本しか作れなかった。材料の魔核がそれしかなかった。治療薬は救護所以外にも本家の蔵でストックしている。全員に小さな陶器に入れたものを配った。


 小さな入れ物でも数回分はある。魔核の爪や牙で傷を負ってもその場で治療できる。中伝以上の人達は約三十人、それ以外は百人ぐらいいる。極伝と皆伝はヨシヒデさんとヨシノリさんしかいない。奥伝は三人だけだ。タネミさんも奥伝だ。今は救護所で治療することが多い。前線にはあまり出ない。タネミさんにも神刀は渡してある。フタバは中伝の中でも上位の力がある。もうすぐ奥伝になれる実力を持っている。


 魔核を霊珠に変える箱は三つ作った。一つは救護所に、残りの二つは母家に置いてある。魔物や魔獣を倒せば魔核が手に入る。小さな魔核なら神刀で霊珠に変えられる。少し大きいものは箱で霊珠にできる。霊珠が手に入れば治療薬や神刀を作ることができる。タネミさんも霊珠から治療薬を作れる。よほどの大きい怪我でなければ治療もできる。タネミさんには治療を頑張ってもらおう。一通りの準備はできたと思う。


 私の正確なログアウト時間はまだからない。リアルで6時間経てば自動的にログアウトしてしまう。この世界の処理速度倍率が四倍なら一日。ハ倍なら二日、百倍ならニ十五日でログアウトする。今日は「ここ」に来てから四日目。少なくともニ十倍以上の処理速度はありそうだ。



 ■■■■


 私はシミュレーションを更に詰めていく。現在扱えるシミュレーションはこの一つだけだ。一度始めたら最後まで行わないとシミュレーションの意義自体が損なわれる。慎重に詳細を詰めていく。宇宙船の中は可能な範囲で現実と変わらないものにする。現実の技術レベルと生活水準に近付ける。人々の性質や知識も現実の人々を模倣する。負荷をかける必要はない。約百万人の人々が穏やかに生活できる環境を整える。


 環境は現実のリゾート用宇宙ステーションのものをデータ化し流用した。これから数世紀も暮らしてもらうことになる。快適な環境を作る。水や空気と地面の大部分は通常のVRデータを使う。生物の全てと無機物の一部は実験中の素子で構成する。高い再現率が得られた。生物は縮小させたので不自由はないだろう。現実のものと同様、日々や季節の変化を感じらる程度の明るさと気温にする。


 ある程度のランダム性も持たせる。人工的な雨や曇りの日もある。海の近くは泳ぎやすい日が多くなる。逆に山の近くは雪が積もりやすくなっている。夜の屋外は月明かり程度の明るさになる。現実の宇宙ステーションでも不定期に散布される、軽い症状になる病原菌やウィルスも素子で代用した。病原菌などは免疫力を保つために散布される。


 世界的ネットワークの情報も限定的だが一部のデータを取り込めるようにする。趣味や娯楽に使ってもらうのも良いだろう。現実のリゾート用宇宙ステーションより快適に暮らせる。シミュレーションではなく実際に運用するときの参考になるだろう。その為のシミュレーションでもあるが。ここで新たな素子の実験も行える。一部は既に組み込んだ。今後さらに高性能な素子も試していく予定である。


 バザード・ラムジェットから出る放射線も予測と同じ数値にする。多少の影響は受けるだろうが、素子の適応力で問題のないレベルに抑えられるだろう。船首側から放射線が降り注ぐ。ステーションの中では北側にあたる。念のため北側にはいくつかの山脈を設置しておく。これで安全性も高くなる。私は既にここの人々と現実の人々を区別することは無意味だと切り捨てた。


 こちらが上手くいくのなら、現実で航行する人々も快適に暮らせる。実際の乗り込み希望者の募集に利用しても良い。何ならVR環境で体験してもらっても良いだろう。そのためにも可能な範囲で再現しておく。メインフレームの改良も進んでいる。この規模のシミュレーションであっても、一つなら余裕を持って稼働させられる。


 処理速度の倍率は百倍であっても大丈夫だ。現実で数年経つ間に数世紀分のデータが得られる。科学者として、計測エラーなどでない限り、どのようなデータであっても受け入れるつもりだ。シミュレーションに余計な変数を入れないため、過度な干渉は行わない。何らかの災害があっても同様だ。最終チェックは済ませた。安全対策も可能な範囲で行った。そろそろ起動させよう。

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