第ニ十五話 電脳体
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いくつかの実験とともに、シミュレーションを始めた。私の目標の一つは恒星間航行の実現だ。現状の技術レベルではまだ課題が多い。光速を超える目処は立っていない。私が生きている間では無理だと思われる。低温睡眠は実現し、ある種の冬眠状態は可能になった。ただ完全に代謝活動が止まるわけではない。何年もの長期間はまだ実現できていない。代謝活動を止める冷凍睡眠は解凍時の不具合を直せずにいる。
航行方法にも問題は山積している。最も近いと言われているプロキシマ・ケンタウリであっても約四光年の距離がある。通常のロケット推進では燃料が足りない。可能性があるのはバザード・ラムジェットかレーザー加速式ぐらいしか思い付かない。出発地点よりレーザー光線を当て続けるレーザー加速式や星間物質を収集し続けるバザード・ラムジェットであれば可能性はある。
レーザー加速式でカードサイズの小さなドローンを飛ばす計画はすでに何度か実行されている。バザード・ラムジェットは地球より大きな収集ネットが必要になる。私が今行っている実験の素子を使いこなせれば収集ネットを作り航行できる可能性はある。シミュレーションはその素子の実験も兼ねている。
シミュレーション内であれば改良したものを試験運用しても現実に影響はない。動作確認をするためにシミュレーション環境は可能な限り現実の世界に近付ける必要がある。改良したメインフレームを使えば、かなり現実に近い環境を再現できる。同時にバザード・ラムジェットで航行する場合のシミュレーションもできる。
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「こ、これは、もしや、ご神刀」
「おお、さすがはヒトミどの」
「治療薬まで作っていただき、ありがとうございます。ヒトミ様」
ここは木造の救護所のような建物の一室。イチロウやタネミさんの話を聞いた部屋だ。治療薬をストックしておくならここが良いと思って持ってきた。ジロウが走ってヨシヒデさんとヨシノリさんを呼んできてくれた。二人が来る前にタネミさんに治療薬の説明と作り方を伝えておいた。
タネミさんはヨシヒデさんの妹で、この救護所を任されている。例の三兄弟の母親でもある。タネミさんは法術の力が強く、特に治療に長けている。治療薬の成分と効能にすぐに気付いたようだ。タネミさんさえいれば、怪我をしても助かる率が上がると思う。霊珠で強化した武器は神刀と呼ばれるみたい。私は三人に箱の説明もしておく。
「まだ魔核があるようでしたら、それも譲ってはいただけないでしょうか。できるだけの準備をしておきたいのです」
「おお、そこまでしてくださいますか。誠に感謝の念にたえません。大精霊ヒトミ様」
「本当に何とお礼を申して良いかわからぬぐらい感謝しております。ヒトミどの」
「これでより多くの者を救えます。ありがとうございます。ヒトミ様」
「⋯⋯ツカハラ家にはお世話になったので、これくらいのことはしておきたいのです」
言外の意味を察したのか、皆複雑そうな顔をしてくれる。フタバはこっそり泣いている。いや、帰ってくるよ、絶対に。時間がかかるかもしれないけど。その後蔵に残っていた魔核を使い、できるだけのことはやっておいた。
魔核の牙を持つ魔獣が出現した。今までにない大きな魔核を持つ魔獣だ。数十年に一度の強い魔物の襲来が近付いている気がする。多分そんなに時間はない。ひょっとしたら、明日か明後日かもしれない。私のログアウト直後の可能性もある。私は急いで準備を行った。
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ヒトミは自分が「ろぐあうと」した後のことまで考えてくれている。少しでもツカハラ家の人々が生き延びられるようにしてくれている。ヒトミの「ろぐあうと」と、ツグミ様が還られたときとは違う。私にとっては同じことになるかもしれない。生きている間に会えないのなら同じだ。ううん、違う。私は急いでその考えを打ち消した。ヒトミがくれたものはそれだけ大きい。私にとっての「特別」を思い出させてくれた。ツグミ様の思いやりにも気付かせてくれた。
『私はあなたの精霊です』
何よりも大切にしたい「特別な言葉」をくれた。もう残っている時は少ない。少しでも私がヒトミにできることをしよう。大きな悲しみを抱えながら、それでもいつも優しい少女のために、やれることは全てやるんだ。どうすれば暖かさを返せるのだろう。どうすれば優しさを返せるのだろう。どうすれば喜んでもらえるのだろう。
私はヒトミの言葉や様子を必死に思い出す。えもーしょなる・しんぱしー率と言うものが上がってからは、ヒトミのやろうとしていることがときどきわかる気がする。ときどきヒトミの心の声も聞こえる気がする。そういえば、ネコとかリバとか言っていた気がする。意味は良くわからないけれど、それでもやってみよう。私にできることは、全部やるんだ。
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「朗報だ! 一美君!」
「一美です!」
「そんな些細なことどうでも良いじゃないか!」
「どうでも良くはありません!」
「いや実はね、先日話していた君の電脳化なんだが、昨夜遂に1ミリ秒を超えたんだ!」
ダメだ、全然聞いてない。
「最初はピコ秒単位だったのが、ナノ秒、マイクロ秒を超えて、昨夜遂に1ミリ秒までのびたのだよ!」
「⋯⋯昨夜でしょうか」
「ああ、そうだ! 君がよく言う短尾なゲームをやっている時だ!」
「短尾ではなく耽美なんです!」
「まあ呼称など私は気にしないが、指数関数的に増加しているのだよ。しかも、まわりのデータやリソースを使い、アバターまでも自分で作ろうとしていたのだ!」
うん? ちょっと待て。
「私の電脳化した部分がアバターを作ろうとしていたのでしょうか」
「ああ、そうだとも。これは最早『電脳体』と言っても良いだろう!」
「⋯⋯教授はそれを目撃したと」
「ああ記録にも残した、何度も確認したので間違いないだろ、う。いや、も、もちろん、数値データだけだぞ?」
やっぱり、見てやがった!
「う、うむ。少々興奮してしまったようだ。済まなかったね。しかしこれはそれほど画期的な出来事なのだよ」
「どう画期的なのでしょう、教授」
「う、うむ、人類の夢の一つである、ある種の不死性の可能性があるのだよ」
「不死性でしょうか」
「ああ、不老不死だとも言える。もちろん電脳体の方だけだが」
「不老不死ですか!」
「ああ、アメーバ並みの君の理解力でもようやくわかってくれたようで何よりだ」
聞かなかったことにしよう。だが忘れない!
「いつ頃、私の電脳体は不老不死になれるのでしょうか」
「うーむ。それについてはまだ明確な予測はできない。引き続き観測が必要だ。もちろん数値データだけだぞ?」
「今日明日の話ではないのですね」
「ああ、まだその段階ではない。だが日々数値が延びているのだ」
「じゃあ、いずれはゲームし放題に!」
「う、うむ。確かに可能になると思うが、君の関心は、その耽美とかいうものだけかね。あまりにももったいないと思うのだが」
「それ以外に必要なものなどありませんワ!」
「そ、そうか。まあそのあたりは個人の自由の範ちゅうだが。一つ注意しておかねばならない点がある」
「⋯⋯注意点でしょうか」
「次第に君は電脳体を自在に扱えるようになると予想できる。ただ電脳体の方に何らかのアクシデントがあった場合、その時間中の同期が取れない可能性がある」
「⋯⋯アクシデントですか」
「ああ、例えばバグの残っているプログラムなどを実行したとき、その実行中の出来事を思い出せない可能性がある」
「そのプログラムを実行中の記憶だけでしょうか」
「ああ、ほかの記憶は同期されると予想できる」
「一つか二つのゲーム中の記憶なら別に構いません。その分数多くのゲームをしますから」
「まあそうだな。それにあくまでも可能性があるという程度だ」
なぜだろう? 少し不安を感じる。




