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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
緑の書
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第ニ十一話 量子ゲート


 □□□□


 ツカハラ家に帰ると、何やらザワザワしていた。ちょうど母家に向かっている女の人がいたので聞いてみる。見回り中に例の三兄弟が魔物に出会った。魔物は退治できたけど、三兄弟のうちの一人が傷を負ってしまったそうだ。私とフタバは互いを見てうなずき合う。道場の向かいにある、木造の救護所のような建物に向かった。救護所ではヨシノリさんが色々手配していた。


「おお、ヒトミどの」

「怪我をした方がいると聞き、こちらに参りました」


「ジロウ、精霊様が来てくださったぞ」

「あ、兄者、気をしっかり持つんだ」


 怪我をしたのはジロウだった。イチロウとサブロウがジロウを励ましている。


「様子を見せていただけないでしょうか」


 私はすぐにジロウの怪我を治そうとする。


「は、はい!」

「何とぞ、兄者をお願いします」


 イチロウとサブロウが場所を空けてくれる。ジロウの姿が見えるようになった。腕の付け根に近いところに布が巻かれている。血もにじんでいる。応急処置はされたけどまだ危ない状況だそうだ。さっき話をした女の人がヨシヒデさんのところへ相談しに行ったとのことだった。


「ヒトミ⋯⋯さま。布を外しましょうか?」

「ええ、お願いします。フタバ」


 フタバが布を外してくれる。人目が気になるのか以前の話し方だ。私も調子を合わせる。布が外れて怪我の様子が見えるようになった。かなりの深手だ。治療した形跡はある。糸で縫われて薬も塗られている。霊気で治された部分もある。ただ傷が深すぎる。コマンドを周囲に放つ。まわりの医療用ナノマシーンを集めるためだ。複数のナノマシーンで1mmの小型ドローンを数多く作る。治療にはある程度以上のナノマシーンが必要だ。


「おお、これは昨日の」

「ジロウもう少し頑張れ」

「あ、兄者!」


 ナノマシーンで作ったドローンは、移動させると有機半導体からわずかにエネルギーがもれて光る。もれるエネルギーなので制御は難しい。私の場合、緑をおびた光になる。いくつもの医療用ナノマシーンが集まって作る疑似細胞は、この世界では霊気と呼ばれている。ヨシノリさんの治療を行ったときと同じようにジロウを治していく。リアルで医療用ナノマシーンを使って治療するときと同じ工程だ。


 リアルでナノマシーンを使うときは厳重な監視下におかれる。ただその分詳細な記録が残される。私は自分に使われているナノマシーンを制御するため、残された記録を使い、いくつものアプリを作り練習を重ねた。ナノマシーンはプログラムやコマンドで動く。私がデバッグを重ねるのはプログラムの練習のためでもある。


 やはりと言うべきか、ジロウの体も骨格や筋肉だけではなく血管やリンパ管、神経まで医療用ナノマシーンの再現データか、その生成物で構成されていた。リアルの人間との違いがわからないぐらい再現度が高い。やがてほとんどの怪我が治った。ただ一部の治りが遅い。ヨシノリさんのときにはなかった現象だ。


 これは魔核の欠片? 治りの遅い部分の中心に小さな魔核があった。休止状態にした霊気でおおいながら切除する。休止状態の霊気は侵食されにくい。治りの遅かった部分のサンプルと魔核の欠片は布でつつんだ。後で詳しく調べよう。ほかの部分も含め欠損してしまったところは霊気で埋める。


「⋯⋯これで大丈夫かと思います。念のためしばらく様子を見ていてください。何かあれば、いつでも構いませんので、すぐに呼んでください」


「おお。ありがとうございます、ヒトミどの」

「あ、ありがとうございます、精霊様」

「あ、兄者、もう大丈夫だぞ!」


 魔核の欠片は気になるがジロウを助けることはできた。



 □□□■


「⋯⋯量子ゲートでしょうか」


「うむ、どうやら君の中にある一部のナノマシーンが量子ゲートを作っているようなのだ。(いち)()君」


(ひと)()です! ⋯⋯私の合意もないのに、また教授が変なモノでも入れたのでしょうか」


「だから、その言い方はやめたまえ。私は遵法精神のかたまりだぞ」


「少しでも違法行為がバレたら、いくつかの国に拘束されてしまうからではないでしょうか」


「結果的に合法なら何の問題もないだろう。そもそも私は違法行為など行っていないぞ」


「知らない間に、無機ナノマシーンまで私の体の中に入っていたのですけど」


「ん? それは言っていなかったかね」


「聞いてません!」


「そ、そうか、それは悪かった。とはいえ有機ナノマシーンだけでは骨格部分の形成に時間がかかってしまうので、仕方なかったと言えると思うのだがね」


 悪かったで済ませるつもりか、おい! こういう人物だということは、今では文字通り身に沁みてわかっている。


「それで量子ゲートとは、どういうことでしょうか」


「う、うむ。君も学習用の教材で学んだと思うが、現在の量子コンピュータはまだ発展途上だ。ボトルネックになっているのが、データ誤り耐性とデコヒーレンスまでの時間、量子状態を保ったままのメモリへの入出力だ」


「量子状態を保ったままだとデータエラーが蓄積されやすいということだったと思いますが」


「うむ、それも理由の一つになる。そこで百年以上前にエラー訂正機能をもつ3量子ゲートが作られた。これにより小規模の演算回路を作れるようになったのは君も知っていると思うのだがね」


「ええ、教科書ファイルにも載っています。3量子ゲートでは大きな回路は難しいそうですが」


「うむ。最近の主流は4量子ゲートとなり、エラー耐性が増えた分、比較的大きな回路も作れるようになった。量子状態を保ったままキャッシュメモリに入出力させることは、まだ十分には制御できていない。いずれにせよデジタル・コンピュータ部分は必要だがね」


「そのことと私にどういった関係があるのでしょう」


「どうやら君の、というか君の中にあるナノマシーンの構成部分の一部は常に量子状態にある」


「それは普通のことではないでしょうか」


「ああ、小さな粒子は量子状態になるからね。ただナノマシーンの場合は情報のやり取りを行いやすいように自身を最適化することもあるのだよ」


「⋯⋯」


「その結果どうやら5量子ゲートが作られたと思われる。また一部では極短時間だがキャッシュメモリへの入出力も何度か観測できたよ」


「⋯⋯簡単に言うとどういうことなのでしょうか」


「ん? 今、かなりかみ砕いて説明したと思うのだが」


「していません! 教授の基準で判断しないでください!」


「そ、そうか。それは済まなかった。しかしこれ以上やさしく説明するとなると、私には荷が重いと思われる。⋯⋯(いち)()君、君はアメーバに芸を仕込むときにどうしているのかね」


(ひと)()です! 何でそこで単細胞生物の名前が出るのですか? ひょっとして教授は私のことを普段からそういう目で見ているんじゃないでしょうね?」


「い、いや、もちろん君は多細胞生物だとも。最初からその認識だぞ?」


 何でそこで目をそらす! それに疑問形だと?


「うーむ、かなりおおざっぱな要約になるのは不本意なのだが、君の中のナノマシーンで量子コンピュータとデジタル・コンピュータの複合装置が成長中のようなのだ」


「えーと、つまりそのうち教授のフィルタを破ることができるということでしょうか」


「ま、まあ、今はその可能性があるという程度だがね。⋯⋯ところで君は自分の保護者をどこかの国家権力に売ったりはしないよね?」


「えっ? ええ、もちろんですわ。オホホ」


「う、うむ、それなら問題はなかろう。⋯⋯ところで、これはご機嫌取りとかそういった意図は全くないのだがね、君が以前欲しがっていたアクセス権限が一部ではあるが何とか取れそうだよ」


「まあ! ありがとうございます。教授は命の恩人であるばかりではなく、色々なことを『これからも』してくださるのですね! もう感謝の気持ちでいっぱいですわよ、オホホ」


「う、うむ。あくまで合法的なものに限るが、まあ、気晴らしぐらいはできるだけ用意しよう」


 教授のフィルタは、ただのペアレンタル・コントロールなのに不自然なほど守りが固い。おかげで私は年齢制限のあるサイトに入ることができない。年齢制限のあるアプリをプレイすることもだ。一部とはいえ権限が増えれば、やりようがあるかもしれない。

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