第ニ十話 私はあなたの
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「そろそろ行こうか、フタバ」
「う、うん」
近くの町をヒトミと二人で見に行くことになった。さっきまでこの休憩所で一休みしていた。そろそろ休憩所から出発するところだった。
「どうしたの、家に帰って休む?」
私が思い悩んでいると、いつものよう優しい眼差しでたずねてくれる。そっと私を暖かに包み込みでくれる。それが無性に嬉しかった。休憩所は木でできた椅子や机があり、少し奥からきれいな水も引かれている。一度に何人かが座れるような長めの椅子に二人で座っている。
「ヒトミはいつ外の世界へ帰るの?」
「多分数日後ぐらい」
「⋯⋯次に来てくれるのは?」
私は不安に思っていたことを聞いてみる。今日父上と話していたときに「さい・ろぐいん」という言葉が出た。ヒトミはまた来てくれると言ってくれた。それが嬉しくて少し泣いてしまった。
「できるだけ早く帰ってくるよ、フタバ」
いつものように優しく包みながら伝えてくれる。
「⋯⋯そのとき、私はいるの?」
大精霊様は何度も「ろぐいん」されている。ただ次の「ろぐいん」まで三世代はかかる。次にヒトミが「ろぐいん」してきたとき、私はもういないかも。私を包む暖かさが増える。やさしく背中も叩かれる。
「まだわからないんだ。でも絶対に間に合わせるつもりだよ」
ヒトミは慎重に言葉を選ぶかのように間をあける。そして想いの全てを込めるかのように伝えてくる。ううん、ヒトミの想いも伝わってくる。
「私はあなたを助けたくて、ここに来ました。私はあなたと再び会うために帰って来ます。フタバ、私は『あなたの精霊』です」
ヒトミの言葉には暖かさと優しさがあふれている。ツグミ様のあの言葉も、私のことを思いやって言ってくださったのは、もうわかっている。私の罪の意識が少しでも軽くなるように言ってくださったんだ。ヒトミはあえて似た言葉を使って、私にそのことを意識させてくれたのだろうか。出会えたことが何よりも嬉しい。ヒトミが「さい・ろぐいん」したとき、間に合わないかもしれない。何十年も経っているかもしれない。だけど今の言葉は「特別」だ。
「⋯⋯うん」
小さな声でそっと答える。
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フタバを不安がらせてしまったようだ。今はいつものようにあやしながら包み込んでいる。フタバの背中を一定のリズムで優しく叩きながら、しばらくこのままでいることにする。実際のところはどうなのだろう。気になるのはオバテクと呼ばれているプレイヤーだ。同じプレイヤーのログイン間隔がおよそ三世代ごとという情報が特に気になる。
開発関係者がログインしていたとして、リアルの一日がこの世界の三世代なら、おおよそ三万倍以上の速度で演算処理していることになる。一週間で三世代でも四千倍以上になる。一月なら、およそ千倍だ。この規模の環境をそこまで高速で演算できるとは思えない。他家も同じプレイヤーなら、数十倍ほどになる。可能性は大きくなる。ただツカハラ家の歴史の長さを考えると百倍程度は必要だと思う。
そういう設定も作れるが、あそこまで詳細につめる必要はないと思う。リアルで五年進む間に、この世界が五百年進んだのであれば、ある程度の整合性は得られる。五年前のシステムでこの環境が作れるかどうかは別だけど。五年前は今より小規模な環境か低い品質のデータを使って、その後システムのバージョンアップを繰り返していけばできるかもしれない。
ログアウトすると同時に処理速度を落とすことができれば間に合うと思う。上手くいきそうならこの環境全体を一旦止めても良い。そう都合よくはいかないと思うけど。あるいは内側から何かできないか。普通は無理だ。プレイヤーが勝手にシステムを変更できるとは思えない。中でデバッグ・モードを使うことはできる。ただ今は外からデバッグしている状態ではない。システム全体に干渉するのは無理だと思う。
ほとんど使ったことはないけれど、チートツールなどはあらかじめ用意したものを使う。何の事前準備もなくプレイ中に急にチートツールを使えるようになるわけではない。五感全てのフルダイブVR環境でなければ、一部の処理領域で操作しつつほかの部分でその手のサイトからダウンロードすることは可能だ。ある種の複数画面操作だ。フルダイブVR環境下であっても、外部のことを検索できたりチャット機能が付いているゲームであれば、多少のことはできる。
現状の環境下ではそれができない。今はまだ外の世界と繋がる機能が付いていない。もし製品化するならその手の機能も付けるとは思う。ただ今すぐ使えそうな有効な手段は思い付かない。この世界は私がデバッグをやっていたBレベルのアプリとは異なる。一旦ログアウトしてしまうと、再ログインできない可能性もある。埋め込みリンクで繋がっていれば本体まで行ける。そうでなければ、本体を探すことから始める必要がある。
だとしても、絶対にあきらめない。昔、力が足りず大切な存在を失った。あんな思いは二度としたくない。今の私なら昔より少しは強くなれたと思う。変な改造をされてしまったから! いや助かっているところも多いけど、それはそれだ。
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「無理はしてない?」
「うん、ありがとう、ヒトミ」
フタバが落ち着いてきたので予定通り町に行くことになった。
「それにヒトミには、ここのことをもっと知ってもらいたいから」
しばらく歩いている間に町に到着する。この辺りでは一番大きい町だ。もう少し先の川沿いまで行けばもっと大きな町もある。この町は「北の山脈」に対峙しているツカハラ家の後方支援も兼ねている。備蓄用食料や武器防具、治療薬、治療所などは充実している。街の人達はツカハラ家の人々やその関係者には好意的だそうだ。自分たちやほかの町を守っているツカハラ家を支えようとする気持ちが強いのだろう。むしろそれを誇っているのかもしれない。
「おおフタバ様、よく来てくださいました! ちょうど新鮮な果物が入ったところです。よろしければ好きな物を召し上がっていってください」
「そちらはひょっとして精霊様でしょうか。ささ精霊様もご一緒にどうぞ!」
「こちらの焼き魚などいかがですか。川沿いの町から届いたものの焼きたてです!」
「いやいや、食べるのであればこちらの串焼きをぜひ召し上がってください!」
「フタバ様はお年頃のお嬢様だぞ。そんな脂っこいものより、こちらのさっぱりした果実水をどうぞ。精霊様の分もすぐにご用意いたします!」
すごい歓迎ぶりだ。フタバは少し照れながらも丁寧にお礼を言い、勧められたものを少しずつ受け取っている。私の分も一緒にもらってくれる。お店の人から果実水を受け取ろうしたら、いつの間にか目の前から消え、フタバが渡してくれた。飴菓子を受け取ろうしたら、これも消え、フタバが渡してくれる。かんざしのような小物も同じだ。気が付かないぐらい自然な動作で私とお店の人の動きを同時にそらしていた。
ナ、ナガレハ、だと! 複数の相手を同時にさばく方法の一つだ。これも私が再現に協力した古武術の動きだ。しかも最初は気が付かなかった。これほど自然に行えるとは、極伝のヨシヒデさん以上か? くっ、私の存在価値が下がってしまう。次の櫛では私も気を付けてみた。これもそらされた。しかも今度は上位技のリュウスイだと! フタバは何事もなかったかのように、にこやかしている。
「⋯⋯フタバ」
「ふふっ、何でしょうか。ヒトミ」
本人はあくまでシラを切るつもりのようだ。その後何度か攻防を続けたが全敗だった。まわりの人は誰も気が付いていない。危うくデバッグ・モードで対処しそうになった。あまりにも大人気ないので自粛した。少し傷心しながらも二人で帰途につく。フタバは満足そうに、やりとげた顔をしていた。まあフタバの気晴らしになったのなら良いか。




