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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
緑の書
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第十七話 無駄にハイスペック


 □□□□


 フタバは微睡んでいる。今は安らかな顔をしている。私たちが互いの記憶に触れた時間は、この世界での一時間ぐらいだろうか。体感だともっとかかっている。データの読み込みが多かった。一時間で済んだのは、そのためだろう。


 フタバは私と似ていた。私の不用意な一言で感情を高ぶらせた理由も、今ならわかる。この世界は不思議なところが多い。フタバの記憶からわかる範囲だけでも、いくつもの世代を重ねている。人々や精霊の感情も作りものにはみえない。


「⋯⋯ヒトミ⋯⋯さま」

「そうですよ、フタバ」


 フタバの意識もハッキリしてきたようだ。


「⋯⋯お願いがあります」

「ええ、もちろん、構いません」


「⋯⋯ここにいる間だけでも、私の家族になってはいただけないでしょうか」


 正直、予想外だった。フタバなりに一生懸命考えてくれたのだろう。


「⋯⋯ありがとう、フタバ。フタバにはもうわかっていると思うけれど、私は家族と過ごした記憶がほとんど残っていない。だから家族との過ごし方がよくわからない」

「⋯⋯ごめんなさい」


「ううん、フタバの言葉は本当に嬉しかったから。だからもう少しハードルを下げて欲しいかな」

「⋯⋯どうすればいいの」


 私がこの世界の知識を得たように、フタバにも私の知識がいくらか伝わっている。今は簡単な言葉なら通じると思う。


「お友だちから始めましょ、て言うのよ、多分だけど。フタバ、私の友だちになってくれる?」

「⋯⋯うん、ヒトミさま」


「友だちは様付けで呼ばないはずだわ」

「ぅん、ヒトミ⋯⋯さ」


「ふふ、少しずつ慣れていけば良いわ」

「ぅん、ヒトミ」


 フタバをあやしているつもりが、いつの間にか私の方が救われたのかもしれない。私の記憶には欠落が多い。脳組織の一部とともに失ってしまったからだ。失ってしまったものを取り戻すことはできない。ネットを使えば、ある程度データで得ることはできる。ただ何度くり返し見ても、実感しづらいだけだ。それにデータで残っていないことにも大切なことはあったはず。


 私には友だちがいない。いや、いたはずです! 通信記録もいくらか残っています! ただ忘れてしまっただけのはず。それに私の状況は少し特殊だ。安易に巻き込むわけにはいかない。オンラインゲームなどで親しくするぐらいにとどめておいた方が無難だろう。私の嗜好は少数派になる。アプリなどの購入履歴を見ると、わりと筋金入りだった。まあ人の好みはそれぞれだ。今の時代なら許容範囲に入ると思う。


 それにしてもフタバは可愛い。フタバたちの髪や瞳の色は、私の母国でよく見かけるものだ。少し明るい色合いかもしれない。剣術に打ち込んできたからか、何気ない仕草もシンが通っていて美しい。浴室でジックリ見たけど、体も引き締まっている。それでいて出ているところは出ていた。


 なぜこんなことを考えているかというと。ほらアレですよ、アレ。普通の人なら素数を思い浮かべるような、状況なのです。私の場合はファジーな情報の方が処理能力が必要なのです。フタバはいつの間にか寝入っていた。二人の体勢はあまり変わっていない。このままでは年齢制限を超えてしまうかもしれない。


 ⋯⋯でも、ちょっとぐらいなら。


 いやいや、あり得ない。私は法の精神まで守ろうとする模範的な人間だ。明文化されたもの以外、あまり気にしていないどこかの教授とは違う。相手の合意も得ずにハイブリッド・ナノマシーンの試験運用などしない。まあ命の恩人ではあるが、それはそれだ。


 そういえば魔核もバグのあるハイブリッド・ナノマシーンだった。ハイブリッド・ナノマシーンは多数の有機ナノマシーンで作る疑似細胞の中に、いくつもの無機ナノマシーンを組み込んで作られる。生体になじませやすいく通信速度や処理能力もあわせもつ。私の思考加速はハイブリッド・ナノマシーンによるところが大きい。エラーなどを修復する力も強い。魔核を霊刀でもとに戻すことはできなかった。


「ぅん、ヒトミ、ふふ」


 フタバの寝言が聞こえた。体の密着度もあがっている。吐息も届く。良い香りもする。こ、これはもしかしたら、魔核について考えることを妨げる一種のセーフティかもしれない。


 くっ、教授のフィルタより強固だ。教授が作るものは無駄に性能が高い。ただのペアレンタル・コントロールなのに、軍のサーバよりセキュリティが上だ。教授本人も無駄にハイスペックだ。博士号を十個以上持っている。複数の国で司法試験に合格している。そんなに取って意味があるのだろうか。



 □□□■


「⋯⋯教授は何で博士号をそんなにたくさん取得したのでしょう」


「ん? そうかね、ニつか三つ持っている者なら結構いると思うのだがね」


「二つや三つなら、まあいます。ただ十五個も必要ないと思うのですが」


「特に意識していた訳ではないのだがね。興味のあることを研究していたら、いつの間にかこうなっていただけだよ」


 これだから天才肌の人は。


「それに母国の一般的な大学は学士で四年、修士でニ年、博士で三年もあるのだから、年に一つかニつずつぐらい取っていけば、誰でもそうなると思うのだがね」


「なりません! 普通の人は九年で一つ取れるかどうかなんです!」


「ん? その人達は、単に他のことに興味があったり、別の用事が忙しくて時間がなかっただけなのではないかね」


 根本的に何かが違う生き物と話しているような気になってきた。


「司法試験も複数の国で合格していますよね」


「う、うむ、私は遵法精神のかたまりみたいなものだからね」


「そういえば二十年ほど前、非常に優れた弁護用プログラムが登場し、それを使った被告人は全ての裁判で無罪を勝ち取ったそうです」


「ほ、ほう、世の中にはそようなプログラムもあるのか。まあ判決が無罪ならば元々無実だったというだけの話だろう」


「教授が司法試験に合格したのは何年ぐらい前のことでしょうか」


「忙しい時期が続いたので、多少記憶は曖昧だが、十年か二十年前ぐらいだったと思うのだがね」


「公開されている経歴を見ると二十一年前に一気に取ったとなっているようです」


「そ、そうかね。そのくらいだったかもしれないね」


「当時は各所から訴訟されていたことが記録に残っています」


「う、うむ、特に法的な問題はなかったのだが、何故か身に覚えのないことまで訴訟されて、ほとほと困っていたことが、そういえばあったような気もするよ」


「その国の法律では、まだ取りしまれなかったということでは」


「ん? それの何が問題なのかね」


「国際条約や他国では禁止されている実験を次々にやったこととかでしょうか」


「批准前の国際条約など、どうということはないと思うのだがね」


「世間の風はさぞ厳しかったかと思いますが」


「うむ、どこの国にも法律を軽んじる人はいるからね。私は一切の違法行為をしていないというのに」


「法の隙間をくぐって悪用するよりマシではないでしょうか」


「う、うむ、そういった者もいるかもしれないね。もっとも、私は遵法精神のかたまりのような存在だからね。繰り返すが当時のその国の法律は全て遵守したよ」


「当時の判決文では『はなはだ遺憾であり非常に残念ではあるが、現行法の範囲内では無罪と言わざるを得ない』と残っています」


「ずいぶんと感情的だね。司法の一角を司る者の言葉とは思えないほどだよ」


「ニ審目や三審目も含め、全ての裁判官が同様の言葉を残しています」


「う、うむ、そうか。だか結局無罪だったのであれば何の問題もないと思うのだがね」


 駄目だ、全く反省していない。そもそも自分が今なら違法に当たる行為をしていたことを全く気にかけていない。まあ実際無罪判決が出たのだからこれは仕方ない。⋯⋯かぁ?


「ところでその国は数年後にはなくなってしまったとか」


「一国が丸々なくなるなど、環境問題もそこまできたか」


「違います! 危機を感じた隣の大国に吸収されてしまったんです! 今では法整備もちゃんと進んでいます。でも人々がひどい差別に悩まされているようですよ!」


「いや、それはおかしい。隣国の一部になるとき迫害など受けぬように、真っ先に保護法や優遇法を立法させた、い、いや、立法したというような話を聞いたことがある」


「その優遇法が問題だったんです! 大国の人達より遥かに生活水準が高かったことで、周りから白眼視されてしまうようになったんです!」


「生活水準が上がったのだから、特に問題はないだろう。人の目など気にするだけ無駄だと思うのだがね」


 うっわ、立法までさせたのか。ひょっとして人類全体にとっての敵では?


「⋯⋯ところで教授。私は先ほどからのやりとりを全て記録しています」


「え"、ど、どのレベルでかね?」


「ラボの監視用と違い、最高解像度のVR環境のレベルです」


「そ、それは、ひょっとして法廷でも証拠として使えるものかね」


「最近の表情認識プログラムは人の嘘まで見抜けるそうですね。一部の国では既に物証として扱っているとか」


(いち)()君! 仮にも私は君の保護者だよ?」


(ひと)()です! 人の名前を勝手に犯罪者の仲間みたいに呼ばないでください!」


「いやー、世間的には既に手遅れじゃないかなあ」


「そんなことありません! 結芽(むすびめ) (ひと)()と、(まつ)() ()(がく)教授は、完全にあかの他人です!」


夏岳(なつたけ)だ! 松戸(マッド)夏岳博士(サイエンティスト)などと言うのは、一部のおかしな連中だけだ。それに今は君の法的保護者でもある」


「世界各国の諜報機関や警察の関係者が、おかしな連中なのでしょうか」


「ぐっ、今度は何が望みなのかね」


完全閲覧記入(フルアクセス)権限です」


「そ、それは、君の年齢的に無理なんじゃ」


「急にメディアにメッセージを出したくなりました」


「わかった。できるだけのことはやってみよう。グレーゾーンを経由させれば何とか」


 何やら犯罪臭がしてきたので、その先は聞かなかったことにしよう。

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