第十五話 せめて一太刀
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「フタバ、まだ終っていません」
先ほどの魔人が再び近付いて来る。赤味ががった瘴気をまとっている。背が高い男の人のようにも見える。
「さぁ、フタバ。今からヨシヒデさんかヨシノリさんを呼んできてもらえませんか」
「ツ、ツグミ様はどうされるのです」
ツグミ様の霊気はまだ戻っていない。十分な力を出せるようには見えない。私がいたからだ。ツグミ様に無理をさせてしまった。
「私もツカハラ家のもの。果たすべきつとめがあれば、それを果たします」
「で、でも、今のお体では」
「⋯⋯そうですね。いずれツカハラ家にもこういった色々な状況を乗り越える力がそなわるでしょう。今は完全に乗り越えられなくても、いずれは、ね」
まるで遺言のようだ。
「ツ、ツグミ様、私もおともさせてください!」
「絶対に、なりません!」
先ほどよりも更に厳しいお声だった。
「⋯⋯フタバ、私はあなたの母であり姉でもありました。でも本当は『ただの精霊』なのです」
っ!
「それにあなたの子孫の精霊になれるかもしれませんよ。ふふっ。今は生き延び子をなすことも考えて下さい、ね」
そう言うとツグミ様は魔人と対峙する。後ろには絶対通すまいとの強い決意が伝わってくる。冷たいかたまりが体の奥から這い出してくる。イヤッ! イヤだ! またあの気持ちになるのはイヤだ!
「フ、フタバ!」
気が付くと駆け出していた。わかっている。ツグミ様のお手伝いにはならない。それでもツグミ様を置いていくことなどできない。せめて一太刀。少しでもツグミ様の負担を軽くするんだ。太刀を届かせることだけに集中する。守りや後のことは考えない。私は今までで一番鋭い打ち込みを行った。
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魔人はいなくなっていた。ツグミ様が勝ったのだろう。身体中がきしむ。私はもう駄目かもしれない。でもツグミ様が無事ならそれで。
『フタバ、聞こえますか』
ツグミ様の声がする。
「は、はい! 聞こえています!」
初めてのやり取りを思い出す。
『良かった。うふふ』
ツグミ様の話し方はいつもと同じだ。ただ何か違和感を感じる。
「ツグミ様、魔人はどうなったのです」
『ええ、何とか追い払えました。妹が助けてくれたおかげですね。ふふっ』
どうやら勝てたようだ。ツグミ様も無事だ。体の痛みも引いてきた。そこでふと気が付く。ツグミ様のお姿が見えない。
『フタバ、体の具合はどうでしょう』
「は、はい、もう少しすれば動けそうです」
声は聞こえる。でもお姿が見えない。
『そう、良かった』
声は「頭の中」から聞こえていた。
「ツ、ツグミ様?」
『⋯⋯法術の力が強い精霊は、大きな力を使い過ぎると、還る時期が早くなることがあるのです。今回の相手は手強かったですから、ね』
わたしのせいだ。わたしがあしを ひっぱったから! きがつくと からだのけがの まわりにも ひかりが あつまっていた。まだ わたしのために れいきを。
「ツ、ツグミさま。ちりょうはいいので、すこしでもはやく」
なんだろう? ことばがうまくでてこない。
『うふふ。だーめ。これはかわいい妹のためにできる最後のことだから、ね』
さいごって なに? おかあさんも さいごに なにか
『ふふ、フタバちゃんの精霊になれて良かった。フタバちゃんのお母さんになれて良かった。フタバちゃんのお姉さんになれて良かった。フタバちゃんと出会えたことが、私にとって一番の幸せなのです』
こえが だんだん ちいさくなる
『フタバちゃんのいい人を見ることはできなかったけど、もう一度精霊になれるんだったら、フタバちゃんの子孫がいいなぁ』
やがて わたしも いしきを うしなった
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これは、フタバの「記憶」? このままじゃ、私と同じだ。何か方法はないの。ここがどこかもよくわからない。今の私にできることを探すんだ。
私はデバッグ・モードに入る。
どうやら先ほどまでいた世界の一部だ。ただ普通の状態ではない。フタバの内側に入ってしまったみたいだ。試してみたが、見ることはできても触ることはできない。記録された映画やドラマをただ見ているだけのよう。手は出せないが見ることはできる。データのコピーもできる。見る時も選べる。私はフタバのために使えそうなものがないか探してみる。やがて一つの光の玉のようなものが見つかった。これが使えるかどうかはわからない。私はそれを大事にしまい込んだ。
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わたしの なかには つめたい かたまりがある
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あの時から何年か経った。
「フタバ集中しろ!」
「は、はい、兄上!」
冷たいかたまりはまだあるけれど、言葉は戻ってきた。稽古もできる。私は何かを振り払うかのように、稽古に打ち込む。もう足手まといはごめんだ! 少しでも強くなるんだ。最初のうちは力み過ぎてうまく動けなかった。何度も繰り返すうちにあの頃ぐらいには戻れたと思う。
まだ足りない! あの時と同じなら意味がない。もっと強くなるんだ。更に稽古に打ち込んで、ようやく昔の自分を越えることができたと思う。稽古に打ち込んでいると考えごとが減る。私は何かの飢えを満たすかのように、ひたすら稽古に打ち込んだ。
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ある日不思議なことが起こった。私が兄上と稽古をしていると、うっすらとした緑をおびた人影のようなものが近付いてきた。ツグミ様? その人影は少し私達の稽古をみたあと、兄上と対峙された。兄上もおどろいておられたが、稽古が始まると完全に集中された。人影が軽く打ち込む。あっさり兄上から一本を取られた。
ツグミ様ではない? ツグミ様の剣は奥伝だ。何度かに一度ならともかく、あれほど簡単に皆伝の兄上から一本を取ることはできないと思う。その後、人影は私の体さばきや足さばき、打ち込みかたなどを直してくださる。まるで優しい風に包まれているかのようだ。
「ツ、ツグミ様でしょうか」
違うことはわかっていた。けど聞かずにはいられなかった。何度か話しかけてみる。会話は通じなかった。ただ優しくて暖かい風で私を包んでくださるので、とても安心できる。うっすらと見える優しい眼差しで、私の中にある冷たい部分をとかしてくださる。何度か繰り返すと、兄上から一本取ることができた。初めてだ。兄上もとても驚いている。
「我が家の技だけではない?」
どうやらツカハラ流に加え他家の技も使っておられる。それからしばらくすると、その影は去っていかれた。
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「精霊様だと思うが、特別な存在であるかもしれん」
「話に聞く大精霊様でしょうか、父上」
「うーむ、おそらくは違う。文献によると我が家に来てくださる大精霊様は、知識は卓越されておられるが、剣術はあまりご存知ない」
「あ、あの。過去に来られた精霊様が、もう一度来られた可能性は」
「再び来ていただける精霊様であっても、それなりの時はかかると文献にはある」
「そ、そうですか。お話しの途中失礼しました」
やはりツグミ様ではない。でもあの暖かい眼差しは。
「うむ、ともかく、また来ていただけた場合、失礼のないようにせねばならぬ」
「はっ、心得ました。父上」
それから何度か精霊様はやってこられた。稽古のときばかりだったけれど。私を含め、兄上やほかの門下生も、驚くほど上達していった。
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あるとき見回り中に大きなカマキリの魔物に襲われた。最初は一体だった。兄上と私で倒すことができた。私を守りながら戦っていた兄上が、大きな怪我をしてしまう。ツグミ様のお力なら一日もかけずに治せるけれど、私の力では無理だ。せめてものことをしたくて、傷を布で押さえている。そのとき同じ大きな魔物が三体も現れた。ヨシノリ兄上の怪我がなければ倒せると思う。でも私だけでは一体か二体しか倒せない。
「フタバ、このことを父上に」
「あ、兄上」
冷たいかたまりが大きくなる
「フタバ、我らツカハラ家は民を守るためにある。この事を伝え人を集めてもらう必要がある」
「で、ですが、兄上」
「あとは頼んだぞ、フタバ」
お兄ちゃ⋯⋯ヨシノリ兄上は、私を押しのけ前にでた。冷たいかたまりが、ぐっと大きくなる。
── そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、フタバ。ふふ、すぐに助けが来ますよ ──
ツグミ様? 以前と違いハッキリとは聞こえない。幻聴なのかもしれない。でも構わない、これはツグミ様の声だ。次に何が起こったのかわからなかった。それだけ速い動きだったのだと思う。最近ときどき来てくださる精霊様が、魔物に突っ込んでいった。
速い! しかし精霊様の攻撃は素通りしてしまう。即座に精霊様は法術に切り替えられる。法術まで! しかし見たことのない法術も、魔物を素通りしてまう。次の瞬間、精霊様は私達の目の前におられた。私達が驚いている間に、精霊様は私をつかんでくださった。兄の方はつかむことができなかった。それを見ていたヨシノリお兄ちゃ⋯⋯兄上は、精霊様のへ私を押しやり魔物と対峙した。
冷たいかたまりが更に大きくなる。お願い、これ以上私から奪っていかないで! お母さん! ツグミ様!
『「お兄ちゃん!」』
初めて精霊様の声が聞こえた。いつの間にか叫んでいた言葉と一緒だったので、気のせいだったかもしれない。




