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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
緑の書
11/365

第十一話 湯殿


 □□■□


「あ、あの、ヒトミさま、さすがにおそれおおすぎます」


 父上たちとの話が終わった。ヒトミさまの背中を流すため湯殿に来たら、いつの間にか私が洗われていた。


挿絵(By みてみん)


「良いではありませんか、これも親密度を上げるためですワ!」


「そ、そうは言われましても、きゃ!」


「ああ! 何てういういしい。ここに私の理想郷があった!」


 ヒトミさまはときどき言葉づかいが変わられる。多分外の世界に関係があるのだと思う。そう言われつつもヒトミさまの手はとまらない。


「そ、その、ぁ、私がヒトミさまの、っ、お背中を流しに、きましたので、きゃぁ」


 思わず声が出てしまう。少し恥ずかしい。


「フ、フタバ、怪我をしているではありませんか。よく見せてください」


「い、いえ、たいした傷ではありませんので」


 こんなところまで似ておられる。今日魔物に襲われたときの傷だと思う。あのときヒトミさまに来ていただかなければ、私も兄上も生きてはいなかった。


「フタバの珠のようなお肌に傷が残っては、この世界の損失です。いいから見せてください」


 ヒトミさまはそう言われるけれど、私は剣術に打ち込んでいたので、肌も筋肉も固いと思う。ヒトミさまの方が何倍も美しくに見える。これだけキレイな緑の黒髪に白磁の肌は初めてだ。緑をおびた瞳を見ていると、すいこまれてしまうような気持ちになる。ヒトミさまは私のことを気づかうような暖かな優しい眼差しで見られることがある。私が覚えている眼差しと少し似ている。ひょっとしたらもっと前の思い出の中の眼差しと同じかもしれない。


 ううん、違うはず。私は幼すぎてそのときのことを覚えていない。ツグミ様も今はもういない。でもヒトミさまは少しツグミ様に似ておられる。なぜだろう。ヒトミさまに出会うことができてからいろいろなことが思いだされるみたいだ。聞こえるはずのない、お声が聞こえた気もする。同じ精霊様だからかもしれないと最初は思っていた。でも違った。ヒトミさまは普通の精霊様ではなかった。話でしか聞いたことのない大精霊様と同じだった。


「これで大丈夫です」


「あ、ありがとうございます。きゃぁ!」


 ヒトミさまが霊気を動かすときの光まで似ている。ヒトミさまに治していただくとき、とても暖かで懐かしい気がした。心も暖かくなった。ヒトミさまの手も暖かい。ずっとゆだねていたくなってしまう。



 □□□□


 いやー、良かったよ。このシミュレーション? を作った人は「わかっている」ね。あれだけのものはリアルでもないハズ! 私のリアルでの経験値は少ない。いや記憶に残っていること自体が少ない。まあ、その分たくさんのアプリをこなした。もっとも年齢制限に妨げられてプレイできないものもある。ああ、早く大人になりたい! いや、落ち着け、まずは落ち着くんだ!


 と、ともかく、Bレベルのアプリに年齢制限はなかった。ならこの世界で何をしてもセーフなのか? いやいやまさか。私は法の精神まで守る模範的な人間だ。ダミーのIDで年齢を偽ることもしない。どこかの遵法精神のかたまりを詐称するヤツとは違う。リアルでダメなことはここでもダメだろう。とはいえ今の状態はおそらく何らかのアクシデントだ。ということは、不可抗力? ナニをしてもセーフ? あんなことやそんなことをやっても良い?


「ヒトミさま?」


「えっ? ナ、ナニも考えておりませんワ!」


「何か物思いにふけっておられたようでしたが、外の世界はそんなに厳しいところなのでしょうか」


「え、ええ、こことは異なるのは確かだと思います。やり方も異なってきます。そちらは私ができる限りのことを行います。フタバたちにはこの世界で生き抜いて欲しいのです」


 浴室からこの寝室までフタバに案内してもらった。ツカハラ家は私の感覚だと純和風だ。道場の向かいにある建物だけ少し変わっている。フタバの話では怪我人などを治療する施設らしい。しっかり建てられた木製の救護所のような感じだった。この寝室は離れにある。普段は使っていないようだ。来客用だろうか。私のために準備してくれたのかもしれない。離れには水回りや火を使う簡単な設備も一通りある。お茶をいれるぐらいなら問題なさそうだ。


「⋯⋯あ、あの、ヒトミさま、もしよろしければ少しお話させていただいても良いでしょうか」


 フタバが何やら決意をかためた表情で言ってくる。そう言えばさっきは「ほんの少し」やり過ぎてしまったかもしれない。あれのことだろうか、それともあれか? ああ、心当たりが多すぎる!


「え、ええ、もちろん構いませんよ。そ、その前に、せめて当番弁護士を呼ばせてください!」


 こういうときのため、法律関係のアプリも数をこなした。あくまで念のためですワ!


「と、とうばんべんごし、でしょうか」


 そうだった! ここはリアルではなかった。リアルの法律の知識が役に立たない。うん? 法律がない? 何をしてもOK? いやいやダメでしょ。ここの人たちに何らかの行動規範があるのはあきらかだ。私は明文化されていなくても、その精神まで守ろうとする模範的な人間だ。くっ、かくなる上はせめて情状酌量の余地に似たものぐらいは取ってみせる。


「⋯⋯いえ、ヒトミさまと少しお話をしたいと思ったのです。ご迷惑だったでしょうか」


「もちろん迷惑ではありませんよ。私はフタバに憑いた、ただの精霊ですから」


 罪悪感のためか少し卑屈になってしまう。急にフタバの気配が変わった。こらえていたものが抑えきれなくなったのかもしれない。


「ヒトミさまは、決して『ただの精霊』ではありません! 私と兄上の命の恩人です! そればかりか霊刀もお作りになり、外の世界からこの世界を守ろうとまでしてくださっているではありませんか!」


「フ、フタバ、一度落ち着いてください、ね」


「⋯⋯そんなところまで似ている」


 誰と比べられたのだろう。いや、それは今重要ではない。フタバの目に光るものがあった。私はフタバに近付き、そっと抱きしめる。そのまま座りフタバの背中を一定のリズムであやすように軽くたたく。


「⋯⋯そんなところまで」


 フタバにとって今日はいろいろありすぎたのだろう。今の体勢はフタバが落ち着くみたいだ。季節的には秋の設定だろうか。暗くなるといくぶん肌寒い。もう少しフタバが過ごしやすいようにしておきたい。


 コマンドで遠くの木々をほどく。


 小型ドローンを組み立てる。柔らかな緑をおびた光が部屋の中に集まる。柔らかい大きなクッションを二人の周囲にならべる。熱電素子で少し温度を上げる。私のアバターの体温もだ。私はフタバの背中に優しくゆっくりとしたリズムを刻み続けた。



 □□□□


「⋯⋯ごめんなさい、⋯⋯ヒトミさま」

「ええ、全然構いませんよ、フタバ」


 フタバの背中をあやすようにゆるくたたきながら、問題のないことを伝えようとする。そういえばBレベルのアプリでも最初は手を添えるぐらいしかできなかった。ずいぶん前のことのように感じる。


「⋯⋯やわらかい」

「ええ、クッションと言います」


「⋯⋯あたたかい」

「フタバが寒ければ、温度を変えることもできますよ」


「⋯⋯ううん」


 フタバの語彙が減ってきている。長い文章も難しいようだ。私はこの状態を知っている。いや「覚えて」いる。あの事故の後だ。全てを失ったことを実感したときだ。しばらくの間、言葉を話すことができなった。この世界はリアル並みの情報量だ。いや一部ではリアルを上回る。中にいる人々もリアルの人々との区別が付かないほどだ。だからといってここまでする必要があるのか。トラウマで苦しむ姿が娯楽にでもなるのか!?


 私は初めてこのシミュレーションの製作者に恐怖を感じた。


「⋯⋯おかあ⋯⋯さん」


 くっ、何を怖じ気付いている。この世界の人々を守ることができるのは多分私だけだ。フタバ(自分)を守れるのは(自分)だけだ。私が怖じ気付いていてはフタバたちの助けにならない。私は大切な存在を目の前で失うことに耐えられない。誰かの大切な存在でもだ。それがゲームであってもだ。シミュレーションであってもだ。


 私はそれを許せない! 私はこの世界へ来た理由を思い出した。


 ≡≡ エモーショナル・シンパシー率が規定値を超えました。これより第2段階(セカンド・フェーズ)に入ります ≡≡


 頭の中で、あの声が再び聞こえた。

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