第九話 ドライアイス
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「菓子はお気に召したでしょうか」
信号が届く前からナナミとヤツエはここにいた。
「ええ、これも美味しいですね。何という名前なのでしょう」
「シュークリームにエクレアと申します。エクレアにかけてある黒いものはチョコレートと申します」
「チョコレートかのう、パフェにも入っておったのう」
「はい、チョコレートがなければ二つはほとんど同じものです」
「ほとんど同じでしょうか」
「ええ、分け身と本体ほどの違いしかありません」
「ああ、先ほどの信号はそういう意味でしたか。私たちは分け身と本身と呼んでいます。離れた場所でも、すぐ知らせが届くのですね」
ナナミに隠す気はないようだ。
「様子を見に行っただけですよ。ヤツエが気付かれなければ、そのまま帰るつもりでした」
「なんじゃ、わしのせいか。あの巫女の感覚がやけに鋭かったかのう」
「ご挨拶もしていただけたようですね」
「ええ。そのまま帰るのも失礼かと思い、挨拶させていただきました」
「シノハとムツミの顔も見たかったしのう。わしの顔見せもできたのう」
「お二人に何か失礼なことをしておりませんか」
「いいえ、何もありませんでしたよ」
「そうじゃのう、ヒトミが大切にされているのが、ようわかったかぐらいじゃ」
「そうですね、私たちが無理にヒトミを連れて行くことを心配していましたね」
「そんなことをやっても、意味がないと伝えておいたぞ」
「お心遣い、感謝いたします」
トラブルにはならなかったようだ。不安が一つ減る。気になることもある。私はアバターを二体までなら同時に動かせる。操作できる距離は短い。1kmもない。中継機を使っても10kmぐらいだと思う。影の魔人もそうだったが通信量が多すぎる。アバターではなく通信にすれば中継機を使って30kmぐらいなら届くと思う。中継機の性能を上げればどちらの距離も延ばせる。
簡単な信号だけならもっと遠くまで届く。オタミさんの家や里においてある鐘からの信号は都の学園まで届く。それで十分だと思っていた。何か仕掛けがあるのだろう。
「ずいぶん遠くの分け身を動かせるのですね」
「そうですね。私たちは世界の一部と繋がっていますから」
「わしは苦手じゃ、いつもナナミに手伝ってもろうておる」
あっさり情報が得られた。ナナミはシステム関連も使いこなしているのか。
「外の世界へ行かれたことはあるのでしょうか」
「私たちの中ではツグミが一番上手くやります。私はその次ぐらいでしょうか」
「むやみに出入りすると、魔人に気付かれることもあるらしいからのう」
「ええ、ですので普段は控えております。外の菓子がこれほどのものなら、行きたいのはやまやまなのですが」
「そうじゃ、ヒトミのおかげでうまいもんが食えるのう」
「たいしたことはしておりません。たまたま『拾った』知識を使っているにすぎません。どうかお気になさらず」
「ヒトミはずいぶん多くの知識を拾ったようですね」
「聞いたこともないようなものも、たくさんあるのう」
カマをかけたが私が外の世界から来ていることは知らないようだ。この二人はもともと隠し事もしていない。こちらの疑問にも答えてくれる。悪い人たちではないのだろう。
ただし、優先順位は違う。二人はこの世界を守ることを優先している。場合によっては敵対するという意味のことを言われた。その後私が霊気の改良を続けるつもりだと述べると、そういった素振りは見せなくなった。フタバにも手を出してこない。四人も無事なようだ。急かされることもない。ツグミさんと私の優先順位はだいたい同じだ。少なくとも一番目は変わらない。ツグミさんを手伝って世界のために力を使うのは構わない。連絡が取れたら一度相談してみよう。
外は寒いけれど二人はシュークリームとエクレアを気に入ったみたいだった。ナナミに再現データを渡す。ヤツエのために実物も多めに作る。クーラーボックスはナナミが作れるようになっていた。ドライアイスもあった方が良いかもしれない。
エネルギーが大量に必要になる。コテージに蓄えられているものを使うことにする。疑似細胞に二酸化炭素を作らせる。丈夫な入れ物に入れ、圧力を加えながら冷やす。液状の二酸化炭素が得られた。液状の二酸化炭素を噴出させる。急激に気化熱が奪われ固体に変わる。このとき粒は小さい。少量の水を一緒に噴霧しながら集めて圧縮する。形を整えたら完成だ。
「これをクーラーボックスに入れると冷やしやすくなります。ただの箱でも構いません。密封したり直接触れたりはしないでください」
「あら、嬉しい。ありがとうございます、ヒトミ」
「なんじゃ、変わった氷じゃのう」
「ドライアイスと申します。アイスクリームやパフェの保存にも使えます。とけても水になりません。データはこちらです」
ナナミにデータを渡す。
「これは便利そうですね。作るのも大変そうですが」
「ヒトミはその場で作っておったぞ。ナナミには難しいのかのう」
「ヒトミほど繊細に霊気を動かせる者など、滅多にいませんよ」
「まあ、そうかもしれんのう」
「次は暖かいものも、ご用意させていただきます」
「ヒトミ、よろしいのでしょうか。まだ気を張っているように感じますが」
「ええ、ですのでお二人のことを、もっとよく知っておきたいのです。これは私のわがままのようなものなので、気が向いたらで構いません」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきましょうか」
「そうじゃのう、みながヒトミを大切にする理由が少しわかった気がするかのう」
「この学園にいるのは、あとわずかとなります。よろしければ、オオエヤマのコテージにでも来てください」
「ええ、じゃあまた後日ですね」
「そうじゃのう、また来るかのう」
「はい、お待ちしております」
二人は満足そうに帰っていった。
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──ヒトミ、良かったのかな。
──うん、多分これで良いと思う。
──でもあの二人は相当手練れだよ。
──うん、気を付けるよ。
──世界と繋がっている精霊様なんだよね。
──ツグミさんの仲間でもあるんだ。
──でもツグミ様とは感じが違うかな。
──うん、多分あの二人のような精霊の方が多いと思う。だから知っておきたいんだよ。
──うーん、わかった。私も手伝うよ。
──危なくなるかもしれないよ。何があってもみんなを守るつもりだけど。
──ふふ、もう、一人は嫌かな。
──ありがとう、フタバ。
ヒトミはあの二人の精霊様方のことまで気にしだしている。あの二人はヒトミより強いかもしれない。少しでも強くなってヒトミを手伝いたい。イノカ様たちも同じ気持ちだと思う。ヒトミ以外の五人で一人ぐらいは抑えてみせる。ヒトミの大きな優しさは多くの者を包もうとする。敵になるかもしれない二人のことでさえ気になりだしている。なら私も強くなってヒトミを手伝えるようになりたい。
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「のう、ナナミ」
「はい、ヤツエ」
「ヒトミは良いやつじゃのう」
「ええ、それは否定しません」
「おぬしとわしのことを警戒しておる」
「ええ、その通りでしょう」
「ヒトミがつとめのじゃまになったら、おぬしはどうするのかのう」
「⋯⋯今までと、変わりありませんよ」
「わしらはつとめに縛られておる」
「今さら、ですよ」
「じゃが、ツグミのように巫女への思いと、つとめを両立させているもんもおる」
「フタバは普通の巫女です。ヒトミとは違います」
「ヒトミは本当に精霊なのかのう」
「⋯⋯普通の精霊でないことは確かでしょう。そうでなければ、私たちがわざわざやって来ることもありませんよ」
「ツカハラ家のもんじゃったかのう」
「そうですね。一度ツグミの話を聞く必要がありそうですね」
「他のもんは知らんのかのう」
「ええ。あれほどの力を持っているというのに、他のツカハラ家の精霊達はヒトミのことを知りません」
「精霊になるとき力が上がったのかもしれんのう」
「ええ、その可能性はあるでしょう」
精霊になるとき、力が上がったり、知っていることが増えるもんもおる。魔人になったときもそうじゃ。わしもそうじゃった。じゃがのう、そいつの性根は変わらん。つとめの中にはひどいもんもある。わしとナナミがやることが多いかのう。他のもんみたいにじゃましなければ良いんじゃが。ヒトミが見すごしてくれるとは思えんのじゃ。そんときは、ヒトミと戦うことになるのかのう。




