第七話 蒸気機関
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「北西に魔獣が三匹います」
「うん。一番北よりの魔獣は魔核の爪持ちだよ、お姉ちゃん」
「それは私が行こうかしら」
「ほかの二匹はもらうわよ」
私はエア・バイクで二匹の魔獣に近付く。キャノピーを開け、飛び降りる。一方の真上だ。飛び降りるとき小太刀は抜いている。小太刀は神刀化されている。飛び降りた勢いも利用し魔獣に突き刺す。魔核に届いた。ねじりながら小太刀を引き抜く。もう一匹が跳びかかってくるところだった。
青い風が魔獣の動きを鈍らせている。下に入り込み、そのまま魔獣の腹を斬る。周囲の瘴気が散って魔核があらわになった。斬った勢いを利用し後ろ回し蹴りを入れる。魔核が砕け散った。私の使っている籠手や脛当、甲掛も神刀化されている。突きや蹴りでも魔獣を倒すことができる。防具や布の守りは以前よりも固くなっている。あの欲張りがやったことだ。
イノカはすでに魔獣を倒していた。イノカも赤い風をまとっている。ムツミがやっているのだろう。
──ミッちゃんの鍛練の邪魔になっちゃったかな。
──いいえ、ありがとうシノ。
魔獣の動きを鈍らせたのはシノの風だ。私を案じてのことだわ。鍛練や稽古ならイノカとでもできる。
「今のところ他にいません」
「うん」
「それじゃあ、一度下におりるかしら」
「そうね、まだ里を回りきってないわね」
「はい」
「うん」
ここは北の山脈の三合目あたりだ。最近は飛行船よりエア・バイクでの移動が増えた。雪が降っても差し障りが出ないようヒトミが改良してくれた。法術が苦手な私でも安定して乗ることができる。この辺りは雪が積もっている。ヒトミが作った靴は滑りにくい。不安定な足場でもあまり気にせず戦える。
毎日いくつかの里を回っている。里の方でも雪が降りだした。もうじき辺り一面が雪におおわれるだろう。その前に食料などの備蓄状況を確認して回っている。雪の重みで一部がくずれそうな家があれば、それも補強している。家全体がくずれそうなときは、別の家に移ってもらっている。新しい家はヒトミが法術で建てた。
──コテージに帰ったら法術の鍛練ね。シノ指導をお願いするわ。
──うん、ミッちゃん。
半年前の戦いのとき、私は自分の無力さを痛感した。シノを助ける力はすぐそばにあったのに、私には上手く使えなかった。それ以降治療のやり方をシノに教わっている。ヒトミも手伝ってくれた。人の体のデータももらえた。あまりの量に驚いてしまった。シノやムツミはすでに使いこなしている。一度シノに菓子のデータをもらったことがある。言葉で伝えようとすると何年もかかりそうだった。シノやムツミは自在に作れるようにまでなっている。
体術や小太刀の鍛練や稽古は続けている。体術は奥伝を名乗ることを許された。小太刀も中伝になれた。イノカの稽古相手をできるぐらいにはなれたと思う。シノとムツミに体術と小刀を教えている。二人とも飲み込みが良い。初伝の上の方には達していると思う。
イノカはムツミから法術を学んでいる。ムツミの体が大きくなったら剣術を教えると言っていた。そのときシノのことを頼むのもいいわね。みんな自分の得意なところは伸ばしている。それ以外のこともできるようになってきた。あの欲張りを手伝いたい気持ちも強い。それは私も同じだわ。
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ナナミとヤツエの訪問から一夜が明けた。私とフタバは午前中に図書館へ向かった。ここには色々な情報が集まってくる。書架に並んでいるのは版画か写本の余りだ。学園で活版印刷まで再現されている。活版印刷も少し増えてきている。普及しているのは版画だ。よく使われる情報は元版が作られる。何部か印刷されて各地方に配布されている。あまり使われない情報は手書きで写本にされる。
原本は図書館の奥や地下で保存されている。以前行ったときと同じ様に、原本のデータをドローンで読み取っていく。新しく増えた分を特に丹念に拾っていく。ドローンの光はできるだけ抑える。
──終わったよ、フタバ。
──じゃ、次は研究施設かな。
フタバとは何度か図書館に来ている。もう慣れた感じだ。いくつかの魔物の目撃情報はあった。普段の回数とあまり変わっていない。強い魔獣や魔人の情報はなかった。私とフタバは図書館を後にし、研究施設へと向かった。
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「ヒトミ様、フタバ様。いつもありがとうございます」
「たいしたことはしておりません、お気になさらず」
「はい、民のためになるのであれば嬉しく思います」
研究施設に行くと所長に挨拶をされた。研究施設の所長はフソウ家のクニヤスさんという人だ。学園長はフソウ家当主のクニヒロさんが就いている。クニヤスさんは次期当主だそうだ。最近は学園に来るたびに挨拶される。フソウ家もあの大精霊と呼ばれるヤツが来たことがあるらしい。
瘴気を浄化する場所の作り方もそのとき伝えられたそうだ。どこにでも現れるヤツだ。場所だけで浄化するには時間がかかる。強い魔核ならなおさらだ。研究施設以外であまり役にたっていないらしい。研究以外であまり役に立っていないのはリアルでも同じだ。
「いえ、この前の化学電池の改良はとても助かっております。電気を使う道具の実用化に一歩近付くことができました」
電信のように、知識があっても今の技術力で再現するのが難しいというものも多い。
「大きな影響があるものは手をだせず、心苦しいのですが」
「いいえ。それについては我が家の文献にも残っております。ツカハラ家よりも聞いております。手伝っていただける範囲だけでも十分ありがたく思っております」
「どうか、内々のこととしていただけると、嬉しく思います」
「はい、もちろんです。ヒトミ様のことはフソウ家でも父と私の二人にとどめております」
クニヒロさんとクニヤスさんに、私が外の世界から来ていることは伝えてある。他にいつもの六人以外で知っているのは、ツカハラ家のヨシヒデさんとヨシノリさんだけだ。精霊ではツグミさんも知っている。というよりツグミさんにいざなわれて、私はこの世界にやって来ることができた。今はシステム関係のところに行っているみたいだ。
大精霊と呼ばれるヤツは過度な干渉と言って、大きな影響を与えることを避けていた。私もそうすることは伝えてある。この世界に大きな影響を与えてしまうとシステムに負荷がかかり、ツグミさんたちの霊気の改良速度が下がる可能性がある。この研究施設でも少しずつ手を貸す程度にとどめている。
「では、そろそろ皆さまの手伝いにまいります」
「はい、よろしくお願いします」
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私とフタバはいくつかの部屋を回る。
──フタバ、これはどうかな。
──蒸気機関というもの? 影響が大きすぎないかな。
──そうなんだけど、もうほとんど完成しているみたいなんだよ。
──うーん、それなら仕方ないのかな。
私の知識はフタバにも伝わっている。ある程度のことはフタバも理解している。歴史の知識もいくらか伝わっている。蒸気機関が社会に与える影響もわかっているみたいだ。復水器というものがついていない。ワット機関ではなくニューコメン機関と呼ばれるものに近い。ピストンが上がりきったところで閉じる弁のタイミングがずれている。そのタイミングを調整する。
──うわあ、動きだしたよ。
──うん、このくらいにしておくよ。
ピストンや弁の密閉がまだあまい。何とか動いている程度だ。ニューコメン機関は大気圧を利用し水を組み上げることに使われていたそうだ。水蒸気の強い圧力を使うワット機関ほどの力は出ない。その分事故も少なかったらしい。あと何年か経つと蒸気船が作られるようになるかもしれない。
ただこの世界には化石燃料がない。石炭や石油は出ない。天然ガスもない。木を使って木炭をつくることはできる。調理や暖房にも使われている。筆記具の黒色はほとんどが炭由来だ。化石燃料がなければ産業革命も違う形になるかもしれない。
フタバと一緒に少しずつ技術の再現を手伝う。




