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魔石とは


 とりあえず、そう。まずはこの感想に収束する。


 魔法、すごい、ずるい、と。


 トレントのブランデンドの許可を得て、ベルゲン大森林の木材を確保できることになった飛鳥は、集落に戻りその報告をした。帰り道はシシルが魔法で転移をしてくれ、森で迷ったことがうそのように一瞬で済んだ。これもまた魔法を褒め称える一因ではあるが、これがすべてではない。

 とにかく、飛鳥が戻ったときには集落の工事と住民たちに手を借りるというはなしはすでに進んでいたらしく、翌日には作業に移れるようだった。


 まあ、うん、そこまではふつうだ。ふつうだった。


 問題はそのあと。工事に着手してからのこと。


 木の伐採から運び込み、さらには組み立てまで、その一切が、シシルと彼女が連れてきた妖精とが魔法でささっと済ませてしまったのだ。

 一応、設計についてはフルブルックやルツィとレティの兄妹の指示に従ってはいたが、なんなら組み立て後の補強という名の加護までそれぞれの家に与えてくれるという好待遇。村と呼べるほどの家並みが整うまで、まさかの二日という恐ろしさ。

 この世界ではこれがふつうなのかと思いきや、アヴィによればさすがにこれはシシルの能力のおかげとのこと。彼女の膨大な魔力と、それを扱う技能の高さ、そしてその能力を付加された妖精たちのちからがあってのものらしい。


 さすがは四大精霊といったところなのだろうかと思えば、こういった作業にも向き不向きがあり、シシルや土の精霊たるノームであれば可能だろうとのこと。


 ちなみに、水回りの工事などはシシルの管轄外とのことで、そればかりは地道に自分たちでどうにかしていくことになった。工事が進めば必要な解体と再建築はまたシシルたちが手を貸してくれるということで、ひとまず当面の雨風を防ぐことだけを優先してある。


 というわけで。



「風呂が恋しい」



 そう、雨風を防げることは大事だ。それはもう、とても大事だ。

 だけど飛鳥にはどうしても望みたいものがあった。


 もちろん、水回り関係だ。


 当初から拘っていたそこをどうにかすべく、だいぶ前倒せた予定のおかげでそちらに専念しはじめてくれたフルブルックたちの前で、ついぼやいてしまった。ちなみにフルブルックの家は改めて建て直したりはしていないが、加護だけはもらってある。頑丈度は増し増しだ。



「うーん、アスカさんのもといた世界では、入浴の習慣があたりまえだって言ってましたしね。ぼくたちもできるだけ早く環境を整えられるよう尽力します」


「あー、うん、ありがとう。ごめん、別に急かしたかったわけじゃないんだ」


「だいじょうぶです! アスカさんのおかげで、ここも立派になりました! だから、アスカさんのご希望、ちゃんと叶えます!」



 日数的にはまだ出会ってそう時間も経っていないが、気づけばだいぶ慣れてくれたルツィとレティの兄妹に励まされ、苦笑する。フルブルックに弟子入りしたふたりは、彼とともに設計や工事に携わりながら、住民のみんなに手伝ってもらうための指示を出したりと大忙しだ。

 出会い当初は薄汚れていたふたりだけれど、アヴィが浄化の魔法を使えるために、いまでは身綺麗だ。もしかして、と思っていたとおり、兄妹の髪色は銀だったらしく、シシルが斬り揃え整えてくれたさらりとした銀髪を揺らしている。

 兄妹に限らず、ここの住民たちはみな、基本的にアヴィの魔法のおかげで清潔を保っていた。不衛生なのはよくないというアヴィのまともな部分が働いてくれている。


 ちなみに衣類はミルカに連絡を出し、布地を分けてもらって、手先が器用な住民たちが裁縫を担当し、みんなでわけあった。さすがに大量には送れないとのことだったが、それでも多少の着替えが持てるぶん行き渡るくらいには送ってくれたのだから、充分ありがたい。



「……ふむ。ではアスカ、頼みがある」



 飛鳥に慣れてくれたのはなにも兄妹だけではなかった。フルブルックとも友好を深めた飛鳥は、いまでは彼のことを親方と呼び慕っている。職人気質溢れる彼を呼ぶのにぴったりだと自負してもいた。



「頼み? なに?」


「魔石を取ってきてくれ」


「魔石……」



 一応、それもミルカに要望は出してみたのだ。出してはみたけれど、やっぱりというか想定どおりというか、それはちょっととおらなかった。詳しく聞けばピンキリらしく、性能が落ちるものなら割と安価で手に入ったりもするらしいが、それで妥協しても耐久性などで結局どんどん消耗していけば意味がない。塵も積もればなんとやら、だ。



「いや、でもそんな金ないよ」


「金はいらん。天然ものを採ってきてくれればいい」


「え、天然もの? そんなの採れるのか?」


「採れる。危険が伴うからほかの方法のほうがいいかと思っていたが、それほどに風呂が恋しいのであれば、魔石があったほうが便利だろう」



 ひとまずの生活用水に関してや、ほかにも生活に必要な魔法は現状アヴィをメインに、住民の中で魔法を使えるものたちで補っている。魔力があっても魔法を使うに至れていなかったものたちには、アヴィがその知識と技術を与えてもいた。なんだかんだと万能聖女であるアヴィに、これ勇者とか要らないんじゃ……と飛鳥が肩を落としたことは秘密だ。


 やはり世の中魔法だよな、と、魔法が使えない勇者の能力に対する不満は隠していないが。


 飛鳥の内心はともかく、万能聖女アヴィの仕事量の多さはさすがに気にはなっていた。もといた世界でもびっくりのブラックっぷりではなかろうかと危惧して、アヴィ本人に体調等大丈夫かと尋ねたりもした。当の本人はさほどの負担は感じていないどころか、聖女として働かされていたときよりよほど精神的にも肉体的にも楽だとはっきり告げていたが、それでもやはり自分の時間をあまりとれないことに関してはぼやいていた。


 からだを動かしたい。鍛錬したい。なんなら飛鳥でもジグルでも、手合わせをしたい、と。あくまで脳筋部分はアイデンティティとして残すらしい。

 そんな感じのアヴィではあるが、やはり彼女ばかりに負担を強いるのはしのびない。魔石さえあれば必要な魔法を組み込んでおくだけで、魔石に蓄積されている魔力がもつ間はその魔法を発動し続けることも可能らしいので、水を出したり浄化をしたりなど、半永続的に自動で行ってくれるのであれば当然彼女の負担は減るだろう。

 ついでに生活に関する魔法や治療用の魔法のための魔石とかも用意できたら、ぐっと暮らしやすくなること間違いない。


 まあ、一度生活水準を上げてしまうと、そこから下げるのは難しくなるものなので、あまりに便利に過ぎるのも考えものかもしれないが。そのあたりは魔石の量や質を鑑みて、バランスを考えるべきだろう。この世界に関して詳しくはない飛鳥ではうまいこたえなど出せずとも、意見を聞ける相手ならいる。アヴィやジグルは……ちょっと怪しいけれど、フルブルックやハーフエルフの兄妹、ここに住むものたちや、なんならブランデンドやシシルからもはなしを聞けば、きっといい塩梅を探り出せるはず。


 とはいえ、それもまずは魔石を調達してきてからのはなしだ。



「どこで採れるんだ?」


「ヴィグィード火山だ」


「ヴィグ……」



 またなんとも言いにくいなまえだな。そう思った飛鳥は早々に覚えるのを諦め、とにかく火山だな、と記憶する。



「あ、それってもしかして、この家の?」


「ああ。わしが石を集めてきた火山だ」


「え。師匠、ヴィグィード火山に行ったんですか⁉ よく無事でしたね!」



 フルブルックが頷けば、驚きの声を上げたのはルツィだった。隣でレティも目を丸くしている。



「さっき親方が危険だって言ってたけど……やっぱり問題のある火山なのか?」


「そうですね。ヴィグィード火山は火龍ヴィグィードが棲家としているからその名で呼ばれているんですが、火龍はそもそも気性が荒くて好戦的で知られていますから……」



 飛鳥の問いにルツィが教えてくれた。ブランデンドのときもそうだったが、実は結構博識なのだろうかと思う。……勇者の能力についてはアレだったが。



「ヴィグィードは龍の中でも神域に達した神龍の一体ですから、まだ対話が可能かもしれませんけど……」


「深入りしなければ襲われることもない。わしの目的は石だったからな。奥まで進む必要もなかった」


「なるほど。それで無事だったんですね。……でも、質のいい魔石を求めるなら……」



 困ったように言い淀むルツィに、そのことばがみなまで告げられずとも飛鳥も察する。



「なるほど。いい魔石は奥まで……というか、山だし、頂上目指して登らないとダメってことか」


「うむ。使い捨てになる程度の魔石なら、麓でも多少落ちていた」


「神龍が棲まう山ですから、魔力も満ちているんだと思います」



 飛鳥にはよくわからないが、ルツィの言いようからすれば、魔力の多いものが棲む場所には魔力が溜まりやすいということなのだろうか。そう考え、首を傾げる。



「え。じゃあミルカの町とかでも魔石ができるのか?」


「え?」



 ミルカは魔族の中でもかなりの実力者に数えられるらしい。であれば、その魔力もほかの魔族より抜きんでているはず。そんな彼女が住む場所であるなら、そこもまた魔力が満ちる場所となり得るのではないだろうか。

 そう思った飛鳥の問いは、けれど見当違いのもののようだと、きょとんと瞬くルツィとレティの兄妹の反応に察してしまう。



「……いや、だって、魔力があるヤツが住んでいるなら、そこに魔力が溜まるんだろう?」


「ああ、そうか、アスカさん、異世界のかたでしたね。龍種は魔族じゃなくて、龍という種なんです。ええっと……どう説明したらいいかな……。生物として存在はしているんですが……うーん、自然、に近い、存在というか……」


「ふーん? じゃあジグルは? アイツ、竜人族って言ってたけど」


「竜人族は魔族ですよ。龍種の血も引いているから、魔族の中でも能力の高い種族なんです。ジグルさんは本来なら領地持ちでもおかしくはないんですけど、そういう政とか、決めごととか、戦闘的な意味ではなく他者を率いるというのが苦手だとかで、おひとりで旅をしていたんだそうです」



 そういえば、ここに立ち寄ったのはたまたまで、生きるにはか細すぎる存在ばかりが集まっていることを見かねてしばらくの間用心棒役を買って出たと言っていたような。



「魔力は自然の中にも存在していて、それが密度を増して凝縮すると魔石になるんです」



 龍は自然に近しい存在、というのはその辺に関わるらしく、だから龍が棲む場所は自然の中の魔力密度が増し、魔石が生成されやすくなるのだとか。もちろん、よりよい魔石を求めるのであれば、龍が棲まう場所に近ければ近いほどいいのだという。


 というわけで、フルブルックの言う、危険を伴うに行きつくわけだ。



「とりあえずなんとなく理解したけど……そんな場所に行って大丈夫なのか? 俺、死なない?」


「まあ、無理強いはせん。あれば便利になるというだけだ」


「それはそうだろうけど……」



 いくら勇者チートがあるとはいえ、龍が相手でどうにかなるものなのかどうか。いや、別に龍に喧嘩を売ってこいと言われたわけでもなし、魔石だけ探してさっさと引き返せばいいとも思える。


 見つかって襲われたら逃げ切れるかどうかが問題ではあるが。


 魔石の価値とそれを得るための危険性を天秤にかけ飛鳥が悩んでいると、新たにひとり来客が訪れた。



「おーい。アスカはいるか?」


「うん? いるよ。どうかしたのか?」



 挨拶もなく勝手にドアを開け入ってくる無作法ぶり。フルブルックの家の扉が開かれて以降、堂々それで通す彼、ジグルは概ねいつもそんな感じなので、むしろされるほうがそれに慣れるという警戒心の置き去りはともかく。一旦魔石の件は置いておき、首を傾げる飛鳥に、ジグルはなぜかどこか困ったように頭を掻いた。



「あー……いやな、おぬしに客なのだが……」


「俺に? ミルカの関係者? それともブランさんのほう?」


「うーむ……。いや、ミルカ殿の関係者といえばそう言えなくもないが……。まあよい。先方がおぬしを指名しておるからな。ひとまず会いに行ってくれ」


「? わかった。どこにいるんだ?」


「村の外だ。中で暴れられても困るからな」


「…………暴れる?」



 なんか不穏なことばが聞こえたのだが。反芻して問う飛鳥にこたえることもせず、ジグルはついてこいとさっさと身を翻してしまった。


 あまりいい予感がしない。なんならちょっと無視をして放置でもよさそうな案件にならないだろうか。そうも思ったが、相手はどうやら飛鳥を指名しているらしく、さらには下手をすると暴れるような獰猛な輩である可能性がある。


 せっかくここも村っぽくなってきたというのに、壊されてしまっては台無しだ。


 仕方ないと溜息をひとつ吐き、とりあえず魔石に関してはまたあとでとフルブルックとハーフエルフの兄妹に挨拶を残し、先を行くジグルのあとを追う。




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