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材料の確保も大事なお仕事


 さて。そういうわけで、勇者召喚によって得られる特典が個々によって違うと言われていたことを飛鳥が思い出したのは、ベルゲン大森林に踏み入り、とにかく奥を目指して突き進んでだいぶ経ってのことだった。


 見渡す限りの木、木、木。足もとを絡めとるように生い茂る草、草、草。


 生い茂る木々の葉が頭上を覆い、空さえもろくに見えない鬱蒼とした薄暗い森の中で、どうやって方向感覚なんぞ保てるというのか。


 ひたすらに、できるだけまっすぐ進んだつもりではいるが、途中幾度か獣に襲われるわ魔物に襲われるわしたせいで、すっかり自分の位置を見失っていた。


 ……まあ、それがなくとも迷子になるのは時間の問題だっただろうけれど。


 襲ってきた魔物の程度はわからない。けれど、ジグルにはまったくもって及ばないものばかりだったため、飛鳥の敵にはならなかった。そういった意味では危険など現状ないのだけれど、それとは別ベクトルの現実的な問題に飛鳥は途方に暮れている。


 もちろん、遭難だ。


 とにかくひたすら突き進んで、けれどどれほど奥に進んだかもわからない現在地。当然ながらうしろを振り返ったところで見える景色は前を向いたものとも左右を向いたものとも変わらないもの。……帰れる気がしない。


 だれだよ、勇者には自然が味方をするとか言ったヤツ。


 おそらくあの兄妹に悪意があったわけではなく、単にふたりは勇者召喚の特典が個々によって違うことを知らず、歴代勇者の中にそういうチートをもらった存在がいたというはなしをしたに過ぎなかったのだろう。悪いのは勇者のチートについてを忘れていた飛鳥と、おなじく忘れていたのだろう、あのときなにも言わなかったアヴィのふたりだ。


 というわけで、飛鳥のこころの苛立ちはアヴィに向けられることになった。あの脳筋聖女め、と、こころで罵ったところでアヴィにダメージがいくことなんてないのだけれど。


 さて、どうしたものか。襲ってこられたらやむなしに迎撃してしまっているけれど、森の獣をあまり倒してしまうのはよろしくないのではなかろうか。魔物はまあ、魔族とは違い、自然発生の負の塊らしいので、たぶん大目にみてもらえるだろう。

 ミルカの邸の書庫で学んだことだが、魔物と魔族とはまったく別のいきものらしい。その最たる違いは構造や出生だろう。魔族はそれぞれの種が子をなしたり代替わりしたりして生まれるのに対し、魔物とはもともと負が吹き溜まって瘴気となり、それが濃くなり澱みとなり、そこからさらに形をなすほどに濃くなって生まれるものらしい。かたちこそいろいろだが、色彩は概ね黒い。ちなみに魔族や人間を乗っ取ってしまうケースもあるというので、瘴気が発生している場所は要注意だ。

 とはいえ、魔物がいるからといってこの森が瘴気に侵されているというわけではなく、ある程度の澱みくらいはどこにでもあって不思議ではないらしいし、そもそも実体をもった魔物は自身で移動もできる。群れで現れた場合は原因となる場所が近くにある証左にもなるらしいが、この森で飛鳥が遭遇した魔物はどれも単独で行動していたもの。そういった意味では特に心配もないだろう。

 それにこの森は鬱蒼として視界も悪くはあるが、空気まで澱んではいない。ただの深い森であることに間違いないと思われる。


 まあそのただの深い森というのが、いま飛鳥を悩ませている要因なのだけれど。



「……いったん帰りたいところだけど、帰り道……どっちだ?」



 思わずひとりごちてしまう。ついでに溜息も漏れ出た。

 どれだけ森の中を彷徨ったかはわからないが、ここでひとり野営というのも洒落にならない。襲撃という意味での危険はあまり感じられないが、だからといって先の見えない野宿など勘弁してほしいというのが本音だ。

 とりあえず、すこし多めに食料は持ってきてある。けれど、獣の捌きかたなんて知らないし、食べられる果実や木の実、きのこなどもわかるはずがない。じり貧になっていくのは目に見えている。


 しばし悩み。そして飛鳥が考えた方法は。



「おーい! トレントー! はなしをさせてくれー!」



 とりあえず、叫んでみた。


 どうだろう。この森の守護者だというなら、聞こえたりしないだろうか。……さすがに無茶が過ぎるか?


 とりあえずなにかの反応がないかとすこし待ち、特段周囲に変化もなさそうだと判断した飛鳥は、どうせならもう一度くらい試してみようかと、先ほどよりもより一層大きく息を吸い込んだ。



「きゃははっ、おもしろーい、そんな方法、はじめて見たー!」



 息を吸ったところで聞こえたこどものもののようなその声に、ぴたりと息を止める。行き場を失ったそれをとりあえず吐き出して、飛鳥は声の主を探って周囲を見回した。

 そんな飛鳥の目の前を、すいっとなにやら発光物がよぎっていく。なんだろうとそのひかりを追うように視線を移そうとすれば、またひとつ、発光物が目の前を横切った。



「……なんだ?」



 ふいっと、すいっと、宙に浮かんで飛んでいく光に、蛍にしては大きいななどと首を傾げる。ひかりはふたつ。それぞれが飛鳥の周囲を遊ぶように飛んだかと思うと、ゆっくりと目の前まできて落ち着いた。

 まばゆいばかりのひかりではなく、淡く照らすようなそれの中心には、飛鳥のてのひらにも収まりそうなちいさな羽虫……ではなく、翅の生えたひと型の存在が浮いている。


 飛鳥にもその正体に覚えがあった。それは。



「妖精……?」



 ミルカの邸の書庫でも見たけれど、妖精ともなればドワーフやエルフと並び、ファンタジー世界では鉄板の存在と言えよう。もといた世界でもよく絵本やらに描かれるそれに似たその姿につぶやけば、ちいさなその存在は揃っておもしろそうににっこり笑った。



「はーい、妖精でーす! あなたは? 人間みたいだけど、ただの人間っぽくないね?」


「ねー。見てたけど、なんか強そう」


「そうそう。それで、なんか変」


「うん、変」



 変って。賑やかな声がふたつ、容赦もなにもなくオブラートさえ用意しないもの言いできっぱり告げてきた印象に、ちょっとばかり納得がいかない。



「……呼びかけたの、そんなに変だったか?」


「んーん。まあ、それも変ではあるけど、なんかこう、滲み出る変な感じー」


「なんか混ざってるー」


「混ざってる?」


「うん。でも、別に悪いものじゃないよー」



 よくわからないが、そういうよくわからない印象を与えるものには、ひとつばかりこころ当たりがある飛鳥は、ぽつりともしかして、とつぶやいた。



「勇者召喚に関係あったりするのか?」


「! あ、それだ!」


「それそれー! 勇者だー!」


「勇者を知ってるのか?」


「そりゃ知ってるよー」


「見たこともあるよー」



 間延びした喋りかたは地なのだろうか。地なのだろうな。すこし聞きにくい気もするが、会話ができないということもないし、悪意を感じることもないからツッコミもしない。

 妖精たちは腑に落ちたと顔を見合わせ、それから改めて飛鳥を見やる。



「トレントに会いたいんだよねー。斬るの?」


「き……っ⁉ いやいや、そんな物騒なはなしじゃないって! この近くの集落で、住民たちの家を建てたいからこの森の木を分けてもらう許可をもらいに来たんだよ」


「あー、なるほどー。今度の勇者、律儀だねー」


「いや、そうしたほうがいいって教えてもらったからなんだけど」


「おー、勇者、正直者ー」



 ……実は馬鹿にされているのではなかろうか。


 間延びした喋りかたと、どこか弾むような声音とに思わず穿ってみてしまうが、たぶん妖精とはこういうものなのだろうと思うことにした。


 平和主義……平和主義……。


 思わずぷちっとしてしまいたくなりかけた飛鳥の脳裏に、ルツィに聞いたトレントの恐怖がよぎったなどと、そんなことは決してない。



「よーし、じゃあ、トレントのところまで連れていってあげようー」


「え? いいのか?」


「いいよー。勇者、トレント斬らないんでしょー?」


「斬らない斬らない。絶対斬らない」



 だからなぜそんな物騒なはなしに持っていく。


 そういえば強い、と、最初に言われたし、もしかしたらこの森での飛鳥の様子はひっそりと見られていたのかもしれない。獣や魔物を倒したことを責められたりはしていないが、荒事に向いていそうとは判断されたようだ。


 ……確かに向き不向きでいったら勇者召喚のチートのおかげで向いていることに違いないだろうが、だからといってそういう横暴を率先して振り翳すつもりは微塵もない。


 首を振る飛鳥に、妖精たちはじゃあついてきてーと、ふいっと木々の間をゆったり飛びはじめる。

 運が向いてくれたようでよかったとほっとひと息吐きながら、飛鳥はそのあとを追って歩き出した。

 そうして妖精の案内のもと歩き出してどれくらい経ったか。ずっと続いたおなじ景色が、急に眼前で開ける。


 そこにあったのは、一本の大きな木。太い幹は、飛鳥が何人……いや、何十人いれば囲えるか。天高く伸びた枝には瑞々しい緑の葉が生い茂り、その周囲を開けるようにほかの木々が遠巻きになっているおかげで、この場所には惜しみなく陽の光が降り注いでいた。



「おおー……」



 神性ささえ感じるような立派な木を前に、思わず感嘆の声がついて出る。そんな飛鳥に、厳かな声がかけられた。



「ふむ。おぬしが今代の勇者か」



 突然声がかけられて、びくっと肩が跳ねる。声の主を探そうとした飛鳥は、けれどすぐに目の前の巨木の真ん中に、顔らしきものがあることに気づいた。

 模様といわれればそうかもしれないと思えるような、そんな埋もれがちなそれをじっと見る。すると今度は別の声がかけられた。



「返事はどうしましたか?」



 凛とした、ともすれば冷たささえ感じる声。いつの間に現れたのか、巨木のすぐそばにひとりの女性が立って……いや、若干浮いている。

 流れる緑の長い髪と、同色の双眸。ものすごい美人ではあるが、声音同様どこか冷たさも感じるものだった。



「あ、えっと、はい。勇者召喚されてきた、飛鳥です」


「そうか。わしはトレントのブランデンドじゃ。もっとも、もはやこの名でわざわざ呼ぶものもそうはおらぬがな」



 よくわからないが、それは名で呼ばずとも、トレントと呼べば通じるから、だろうか。確かに、周囲にはほかのトレントの姿は見当たらないが。



「えーと、じゃあ、ブランさんって呼んでいいですか?」


「なっ……!」


「おお、愛称というやつじゃな。よいよい、なかなか悪くない心地じゃ」


「ブランデンド様……」



 なかなかに長いなまえだと思い、短く呼ぼうと許可を得た飛鳥に、当の本人ではなくなぜか女性のほうが不服そうだ。眉根を寄せる彼女に、ブランデンドの枝が揺れ、そこに実る葉ががさがさと音を立てた。



「ふぉっふぉっふぉ。シシルよ。そう目くじらを立てるでない。悪意あるものではないことくらい、おぬしにもわかろう」


「それは……。いえ、それはそれです!」


「むう、おぬしは頭がかたくてならぬなあ。ではおぬしもわしをブランと呼べばよい。それで解決じゃな」


「しません!」



 ブランデンドが肩を竦める……幻覚が見えた気がした飛鳥だった。


 どうやらブランデンドのほうが女性よりも高位の存在らしい。トレントという種としてなのか、それともブランデンドだからなのかは不明だが、ひとまずそちらは好意的のようで安堵する。……女性のほうが現状真逆のような様子に見えるのが気にかかるが、飛鳥としてはブランデンドからの許可さえもらえれば任務は完了するのだ。万人に愛されたいなどと花畑な妄想を抱くつもりはなかった。



「はなし中のところ悪いんですけど、ブランさんにお願いがあってきたんです」


「ふむ。この森の木が欲しいのじゃろう?」


「え」



 なんで知っているのか。まだそのはなしはブランデンドにはしていなかったはず。飛鳥が思わず目を見開けば、ブランデンドはまたも枝をゆさゆさと揺らした。

 どうやら笑うときの表現のようだと、今回と前回とで察する。



「ふぉっふぉっふぉ。この森でのことは大概のものはわしに筒抜けじゃ。伊達に主をやっておらぬからのう」



 なるほど。そういうものなのか。それはすごい、と、感嘆し、一拍後はたと思い返す。


 なにかマズい言動をしていなかったか、と。



「わしを斬らんらしいしのう」


「うおっ、そ、それは……」



 不遜だったか。不遜だっただろうか。


 森に閉じ込められてじわじわ殺されるのは勘弁願いたい。

 若干いやな汗が滲んできたが、当のブランデンドはまたも枝葉を揺らす。



「なに、ふつうの木よりはよほどかたいと自負しておるが、勇者の前ではそれも微々たる違いよ。斬らずにおいてくれるのなら、とても助かる」


「……ブランデンド様……。ですからもうすこし威厳を……」


「木に威厳もなにもなかろう」


「神聖さならあると思うけど」



 ブランデンドと女性との会話にぽつりとつぶやけば、ふたりの会話がぴたりと止まった。ブランデンドのほうはわからないが、女性は飛鳥を見て目を見開いているようだ。

 かと思えば、両手を組んで、すいっと宙を移動し、飛鳥に顔を寄せてくる。



「ですよね! 見る目ありますね、あなた! ブランデンド様はどうにもご自身を卑下したがる傾向にあるのですが、これほど神々しくお優しく逞しいトレントはほかにいません!」


「は、はあ……」



 いや、ほかのトレントを見たことがないので、比較のしようもないのだけれど。


 そんなことを言える状況ではなさそうなことに、とりあえず相槌だけ返せば、シシル、と呼ぶトレントの声が割り込む。その声にはっとしたらしい女性は飛鳥から身を引き、わざとらしくこほんと咳ばらいをすると、なにごともなかったかのようにすいっとブランデンドのそばに戻っていった。


 そして再びきりっと怜悧な表情をつくってみせる。いまさら感は無視らしい。



「やれやれ。どうにもシシルはわしに過剰な期待を寄せておるらしい」


「いいえ。決して過剰などではありません」


「いやもうはなしが進まぬから、ちょっと黙っていてくれんか」


「…………むう」



 拗ねた様子で視線を遠くへ投げる女性に、ブランデンドは溜息をひとつ。それから改めて飛鳥に声をかける。



「さて。この森の木の件じゃが、わけても構わぬ」


「本当に⁉」


「うむ。しかし、条件がある」


「条件……」


「なに、そう身構えるな。多く切り過ぎぬよう、見張りをつけさせてもらうだけだ。ああ、あと、切って構わぬ木もこちらから指示を出す。その役割をこのシシルに任せようと思うのじゃが……。おい、シシル。おぬし、まだ名乗りもしておらぬのではないか」



 ブランデンドの挙げた条件は、確かに大事なものだろう。もとより森を大きく切り拓くほどに木をいただくつもりはなかったが、だからこそ見張られて困るようなこともない。

 そのくらいなら、と、出された条件を飲もうと決める飛鳥に、ブランデンドの隣にいる女性から改めて視線が向けられる。どうやら怜悧な雰囲気を維持する方向にしているらしく、そのまなざしは最初に見たとき同様冷たい。



「……シルフィードです。ですが呼び名はシシル、と。ブランデンド様からつけていただいた、大事な名ですので」


「シルフィード……。って、え、精霊⁉」


「ご存知でしたか。ですが、ええ、お気になさらず。わたくしはブランデンド様にお仕えする忠実なる手足。ええ、ええ、そうですとも。ですから、ブランデンド様に課せられた命、しかと果たしますのでそのおつもりで」



 シルフィードといえば、もとの世界でのファンタジーものでもおなじみのとても有名な精霊の一種だ。それはどうやらこの世界でもおなじらしく、四大精霊のひとつ、風を司る精霊と読んだ。

 精霊と魔族とのどちらが格上かというのは、そもそも種族が違うのだから比べようがないことなのかもしれないが、それにしても四大精霊と謳われる存在を従えるとは、ブランデンド、実はとてもすごいトレントなのではなかろうか。

 そんな飛鳥の内心を読んだかのタイミングで、ブランデンドが溜息を吐く。



「昔ちょっと助けたことがあってのう……。以来慕ってくれておるのじゃ」


「ちょっとだなんて! あのときブランデンド様に助けていただかなければ、いまごろわたくしはどうなっていたか……」


「いや、この森の空気が肌にあっただけじゃろ。ちょっと休養させただけで、そこまで恩義に感じんでもよいのじゃが……」



 なるほど、よくわからないが、わかった。ブランデンドのなにがそうまでシシルの琴線に触れたかはわからないが、シシルはとてもブランデンドを慕っている。以上。


 飛鳥の中でそう解決させ、当初の目的のほうを進めることにした。



「それじゃあ、シシルさんに見ていてもらいながらなら、木を切って構わない、ということでいいですか?」


「うむ。あとはシシルに任せるゆえ、彼女に従ってくれ。ああ、それと……」


「え、ほかにも条件が?」


「いや、これはごく個人的なお願いじゃ。……たまには遊びに来てくれんかのう……」



 ここから動けんから、割と退屈なのじゃ。と、ぼやくブランデンドに、わたくしがおります! と、力説するシシル。なんとなく、押しかけ女房っぽいなあ、などと他人事に思いながら、飛鳥はブランデンドのお願いにも躊躇いなくうなずくのだった。





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