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「わあ……!」
感嘆の声を上げたのは兄妹だろう。彼らだけではなく、そこは飛鳥にとっても興味深い仕様になっていた。
真っ先に目を引くのは、大きな窯。それと、並ぶ種々の道具。日用品も武器も鎧も所狭しと置かれている。仕事道具が乗るテーブルには、なにかの設計図。
わかりやすいほどにファンタジー世界の鍛冶場だ。
きょろきょろとあたりを見回す兄妹を尻目に、テーブルのそばに立つフルブルックが腕を組む。
「……客人を招く準備はない」
「ああ、そのへんはお構いなく。突然来訪したのはこっちなので」
勇者チートで長時間立ちっぱなしくらいなんでもない。ジグルはともかく、まだ幼い兄妹は長引くとつらいかもしれないが。
そう思いつつ、さっさと本題に入らせてもらう。おそらく、フルブルックは無駄ばなしを好まない性質だろう。ザ・職人といった貫禄がある。
「とりあえず細かい事情とかは置いておいて、異世界から勇者召喚されて、ミルカに頼まれてこの集落を守りにきました。一応、証拠はこちら」
困ったときのミルカの依頼書。それを提示したところで勇者召喚のくだりは証明できないのだが、勇者云々はともかく、異世界から来たことに関してはこれから提示する予定の知識で証明できるだろう。確かにチート的能力には助けられているが、勇者であること自体は特段飛鳥自身にとってもどうでもいい。それが交渉のカードとなるわけでもなし、異世界から呼ばれた方法が勇者召喚である、という事実だけ伝えて異世界から来たことの証明のあとおしにするくらいの使い道としか思っていない。
ミルカの依頼書にしてもこの集落やここに住まう相手に害意がないことを伝える、交渉の前段階として必要なものだと思っただけだ。それが事実フルブルックに必要だったかどうかはわからない。伸びに伸びた前髪に隠れた目がどこを見ているかはわからないが、鼻を鳴らすだけの反応ではその興味や思考までは読み取れなかった。
「というわけで、この集落をより住みやすい場所にするために、あなたのちからを借りたいんです」
「……守りに来たのではなかったのか」
「もちろん。だから守るんでしょう。この集落に住まうみんなの生活を。安心、安全、快適に過ごせる場所じゃなければ、守れていることにならないと思うんで」
「…………」
いや、沈黙されるとなにを考えているかさっぱりわからなくなるのだが。喋られたところで、感情も乗せず淡々としているので好意的かそうではないのかもわかりはしないけれど。
まあ、わからないものはわからないで仕方がない。こちらはこちらではなしを進めさせてもらうまでだ。なにか反応が返ってきたら、そのときに考えよう。
「というわけで、住民の住居と、主だった道の舗装とかそういう部分をどうにかできないかと頼みに来たわけです。俺、そういう知識があるわけじゃないんで」
で、その見返りに、異世界の文化や文明の知識を与える、と。……ただし、飛鳥の知る範囲に限るが。原理や素材を知るかどうかまではものによるし、細かい部分に至ると概ね役に立たない自覚はあるが、それはそれ。こういう感じのものがありましたよ、というはなしから、この世界の技術や知識を総動員して類似のなにかや、はたまたそこから派生したなにかを生み出すのはその専門家に任せる部分だ。
あくまで飛鳥は飛鳥のできる範囲以上のことは、丸投げする気しかない。
交渉といえるほどでもなさそうな飛鳥の提案に、フルブルックにはしばし黙す。あ、これは釣れなかったヤツかな、と、どうしたものかと悩む飛鳥に、フルブルックはちいさく零した。
「……ワシは……他者との交流が、苦手だ」
「……え?」
ちいさなつぶやきではあったが、確かに聞こえた。交流が苦手だと言ったのだ、彼は。そう、いやだ、ではなく苦手だ、と。
「もしかして、周囲と関わらないようにしてるのって、単にそういうのが苦手だから……?」
「ああ」
頷かれ、ちょっとばかり気が抜ける。なるほど、飛鳥のもといた世界風にいえばコミュ障的なアレか。それは……まあ、引きこもっても仕方ない。気持ちは飛鳥にもわかる。
こちらの世界に来てからはともかく、もとの世界では積極的に他人に関わったりはしてこなかった飛鳥であった。
「そっか、そういうことかー……」
さて、それならそれでどうしたものか。悩みかけ、ふいに気づいたハーフエルフの兄妹の存在。ちょうどいい、と、ふたりを手招きすれば、知らない間に多少なりとも警戒心が薄れたのか、ちょこちょことこちらに寄ってくれる。
そのふたりの肩に手を置き、ずいっと、フルブルックに差し出した。
「じゃあ、このふたりを弟子にしてくれませんか。で、窓口をふたりに任せて、フルブルックさんは作業に集中する。どうでしょう?」
びくっと、兄妹の肩が跳ね、そのからだが緊張に固まるのをてのひらから感じ取る。いやがってのものではなく、拒絶されないかという不安から来るものだろうと、ふたりから事前にはなしを聞いている飛鳥は察した。
フルブルックはやはり無言で、けれどたぶん、ハーフエルフの兄妹をじっと見ているのだろうなとは、顔らしき部分の向いている方向から判断する。
即座に断られなかっただけ希望がありそうだが、と、思う飛鳥の傍らから、ひと押しをくちにしたのはジグルだった。
「おぬしら、すべてを飛鳥に任せるとは情けない。おぬしらの熱はその程度だったのか」
溜息混じりに呆れたように言われ、飛鳥が手を置くちいさな肩が再びびくりと跳ねた。兄妹はお互いに顔を見合わせ、なにかを決意した様子で頷きあう。
「お願いします! 弟子にしてください!」
「お願いします! 言われたこと、なんでもがんばります!」
がばっと、飛鳥の手を振り切るかのように思いきり頭を下げた兄妹のその行動に、それに伴うだけの熱を込めたことばに、飛鳥はおお、と目を瞬いた。お願いします、と何度も繰り返す兄妹の必死さに、彼らの熱意の強さを見た気がする。
ちらっとフルブルックを窺えば、彼は安定の感情の読めなさをキープしたまま、ただじっと兄妹を見つめていた。
……いや、これ、もしや固まっていないか?
コミュ障的なドワーフであるらしいフルブルックは、急な他人の熱意に当てられ、果たして平静でいられるのだろうか。もしも自分だったら、と考えた飛鳥は結論を出す。
無理だろ、と。
「おーい、ルツィ、レティ、ちょっと落ち着け」
「あ、アスカさん……。でも……」
「大丈夫、ふたりの熱意は充分通じたよ。ですよね、フルブルックさん」
「……! あ、ああ……」
困惑気味に顔を上げた兄妹の肩を再び叩き、それからフルブルックにことばを振る。わかりやすくびくりとからだを跳ねさせてから頷いた彼の様子に、やはり気後れしていたようだと判断した。
他者と関わるのが苦手、というのはどうやら本当らしい。
「で、どうですか、ふたりの熱意は通じたと思いますけど」
「…………」
熱意は通じただろう。ただし、今度はその熱があまりに強すぎて、フルブルックでは対応しきれないと思われていかねないという問題が発生したようだと、彼の沈黙に察する。このまま拒否される前にと、飛鳥は慌ててことばを重ねた。
「あーと、ふたりには、フルブルックさんと接するときは適切な距離をとるよう言い聞かせます。できるよな、ルツィ、レティ」
「あ、は、はい!」
「が、がんばります!」
ふたりがどこまで察したかはわからないが、とにかくいまは肯定してくれるだけで充分だ。見た目こそ幼いが、きちんとはなせばわかってくれそうだとは思う。
ひととエルフとでは時の流れが違うようだし、それはハーフエルフにも言えることかもしれないな、と、飛鳥はそのうちふたりの実年齢をきちんと確認しようと思うのだった。
とりあえず、いまはフルブルックだ。ここまでして拒否をされたら次の打つ手はどうすべきか。
飛鳥がそんな心配を内心でしている間に、フルブルックが静かにことばを紡ぐ。
「……ワシは……他者に、なにかを教えたことなど、ない。教えられるような存在でも、ない」
「そんな……」
がくりと肩を落とす兄妹に、飛鳥は思う。
違う、いまはそうじゃない。だって、フルブルックはやはり、拒絶していないのだから。
「違う、ルツィ、レティ、いまはたたみかけるときだ」
「え? で、でも……」
耳打ち、なんて方法を取ろうと、フルブルックの目の前だ。飛鳥のことばなど聞こえてしまっているだろう。だけどそんなことはどうでもいい。大事なのは、ルツィとレティの気持ちのほうだ。
躊躇うように、困惑するように飛鳥を仰いだルツィと違い、意外にもレティのほうが身を乗り出す。
「だいじょうぶです! 見ておぼえます! がんばります!」
「レティ……。そうだね、うん、そうだ。お願いします、フルブルックさん。それでも構わないので、弟子にしてください!」
もう一度勢いよく頭を下げたふたりに、今度はフルブルックも怯まなかったようだ。ふう、と、立派な髭の合間から溜息を吐き出す。
「……請け負おう。だが、みなの家を建てるには、手が要る」
「ふむ。そのあたりは俺も手伝おう。なに、ほかの住民たちも己の家のためだ、働くさ」
「! こ、声掛けはぼくたちもやります! フルブルックさん……いえ、師匠からの指示も、ちゃんと伝えます!」
「わ、わたしも! わたしも、がんばります!」
飛鳥とて、できることはするつもりだ。勇者チートのおかげで力仕事では役に立つこともできるだろう。ジグルも同様、脳筋としての能力を遺憾なく発揮してもらえると思う。
フルブルックが了承したことにより晴れて子弟となれたルツィとレティの兄妹も、初仕事に意気込んでいる様子。これならたぶん、家を建てていく作業に問題はなさそうだ。
うまくいってよかったと、内心でほっと息を吐く飛鳥は、けれど本来の自分のカードを提示していないことに気づいてあっと声をあげた。
「そうだ、俺のほうのはなし、まだしてない」
「……ひとまず、仕事が入った。それは落ち着いてからでいい」
「あ、じゃあ、建築関係で役に立てそうなものから、というのはどうでしょう?」
「ああ、それは助かる」
というわけで、飛鳥はもといた世界の建物や道の舗装について、知る限りのことをフルブルックたちにはなすことにした。
まあ、飛鳥に専門的な知識があるわけでもないので、はなすといってもふんわりと視認してきた範囲程度のもので、あとは専ら自分が希望していた水回りの充実についてくらいのものだったが。
そもそも勇者召喚がそれなりに行われてきたこともあって、異世界の技術や知識はそこそこ広がっていることは飛鳥も知るところ。上下水道の知識くらいはフルブルックも知ってはいたらしく、こういうふうになるといいな、という飛鳥のふんわり要望は、むしろフルブルックのほうが現実的に計画を考えてくれることになった。
本来は魔法を使うか、それよりも魔石に頼ればより永続的に手間も減り、効果も高まる仕様が見込めるらしいので、それらに頼らない構造を組みながらも、同時にそれらの用立てができないかミルカに相談する手紙を認めることにした。利用できるものであるなら、惜しみなく利用する。それが駄目もとであろうとも、だ。
そんなこんなではなしを詰めていると、途中でアヴィも合流した。聞けば、どうやら必要な魔法自体は、アヴィにも使えるらしい。というわけで、ミルカへの要望は魔石に絞られ、すこしは通りやすくなっただろうか、と、のんきに思う。
そんな飛鳥に、アヴィから魔石の価値の高さを知らされ、やっぱりちょっと無理かもと思い直すまで一分とかからなかったけれど。
とりあえず当面は必要なものに関してはアヴィの魔法でどうにかしてくれるらしい。脳筋聖女かと思っていたが、意外にも多くの魔法の才に恵まれているようだ。驚き、内心ちょっと嫉妬する飛鳥に、当人はさらりとからだを動かすほうが性にあっていると告げたのだけれど。
能力はともかく、性質は脳筋で揺るがなそうだ、と思ったのはいうまでもない。
「あ、そうだ、アスカさん。家を建てるにあたって、ベルゲン大森林の木材を使わせてもらうのがいいと思うんですけど……」
「ベルゲン大森林? って、ここからちょっと行ったところにある森か?」
「はい、その森です」
確かに、住民ぶんの家を建てるなら、材料は木材のほうが手に入れやすいだろう。大森林というからにはそれも豊富そうだし、ルツィのことばに納得する。
フルブルックの家は耐火性に優れていなければはなしにならないだろうから石材を使用しているのだろうが、そのための石を用意して積み重ねていくにしても、そもそもの都合のいい石材を用意するのも、それらを接合する材料を用意するのもなかなかに難しそうだ。……一応、行けなくはない距離に火山もあるらしいけれど。
ちなみにフルブルックはその火山から材料を用意したらしい。とても根性のあることだと思うが、一軒ぶんだけだったからなと言われてしまえば、やはり多くの家をそれでつくるのは現実的ではないということなのだろう。
「実はその森、トレントが守護する森でして、きちんと許可をいただいたほうがいいと思うんです」
「トレント? って、木の?」
「はい、そのトレントであっていると思います」
一応、魔族や魔物の種類に関してはミルカの邸の書庫で読んでいる。トレントは木の魔族。樹齢を何千と重ねた樹木の姿をした種で、森の守護者であるとされる。重ねた齢に見合った豊富な知識を有し、森の奥でひっそりと暮らしていると読んだ。
「……ちなみに、許可を取らずに木を切った場合は……?」
「基本的には温厚な種ですから、すこしばかりわけていただくぶんには目溢ししてくださると思います。けれど、今回は多くの家を建てたいわけですから……」
無断でそれだけの木を伐採したら、間違いなく怒られるだろう、と。そしてそのトレントの怒りを買った場合、どうなるかというと……。
「おそらく、森に殺されます」
「森に殺される?」
「自ら踏み入ったものは言うまでもなく、そうでなくても物理的に、もしくは精神に作用されて森へと踏み入るよう誘導され、森から出られなくされると聞きました。あとは森に住む動物や魔物に襲われるか……餓死か、発狂死か……」
「おそろしいな、トレント!」
想像して、思わず身震いする。温厚ではなかったのか、随分とえげつない気がするのだが。
つい声をあげた飛鳥に、ルツィは首を傾げて眉尻を下げた。
「仕方ありませんよ。森を荒らすほうが悪いんです。ですから、先に許可をいただいたほうがいいかと思ったんです」
なるほど。一理あるとも言える。ただ、おそらくルツィは彼に流れるエルフの血から、自然に対する思いはほかよりも強いのではなかろうかと思えた。くちにはしないが。
ちなみに、そういった森であるからして、防衛の面ではとても助けられているのだそうだ。なにしろその森を抜けた先は人間の領地で、その侵攻を防ぐにはとても有用らしい。
定期的に焼き払おうなどという阿呆な考えを実行する人間もいるらしいが、悉く失敗に終わっているため、人間側には魔の森とも異名されているという。難攻不落の森が近しいことが、この集落がここにある理由のひとつとなっているのだとか。
「わかった。じゃあ、先にトレントに会いに行ってくるよ」
「はい、お願いします。ぼくたちはその間にできる作業をしておきますね。ね、師匠」
「……ああ」
この数時間ですっかり慣れたものだなあ、と、ルツィの順応性の高さに妙に感心する飛鳥だが、もとより獣や魔物が跋扈するらしい森の奥まで、戦闘慣れしていない彼らを連れていく気はなかった。
飛鳥自身も戦闘に慣れているわけではまったくないが、とりあえず勇者チートで死なない自信はある。
ともあれ、それならばとジグルとアヴィを見れば、ふたりはそれぞれさらっと返した。
「俺は交渉などというものに向かぬ」
「残念ながら、わたしもあまり得意とは言えませんので。それに、わたしにはこちらですべきことがありそうですし」
潔く返したジグルはともかく、アヴィも得意とは言えないどころのレベルではなく、交渉ごとなど壊滅的に向かなそうなのだが。と、明後日のツッコミは置いておき。
「え。俺ひとりで行くの? 無茶だろ。道もわからないのに」
「大丈夫じゃないですか? 勇者ですし」
「そうですね、大丈夫ですよ、勇者様ならきっと、森のお導きがありますから」
明らかに適当に返してきたアヴィはともかく、ルツィのことばはどこまで本気で信用性があるのか。半分はエルフの血が流れているだけあって、こと自然に関してのことばなら、なんらかの確証があってのものではないのだろうかとも思えてしまう。
疑惑のまなざしでルツィを見れば、彼の助け舟かのようにレティがくちを開いた。
「あの、お兄ちゃんの言っていることは、ほんとうです。勇者様には自然が味方をして加護を与えたというはなしがあるのです。だから、その、アスカさんは、だいじょうぶだと思います」
だいぶ慣れてくれたようだが、まだすこしおずおずといった様子なのは、もともとの性格的なものだとルツィが言っていた。どうあれ、ルツィだけではなくレティまでもそういうのであれば、案外なんとかなるのかもしれない。
そう思い、すこしばかり不安を残しはすれど、飛鳥は明日、自分ひとりでトレントのもとへ赴くことに了承を示した。
……勇者チートが、個人によって違うものだということを忘れていることに気づかずに。