表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/21

興味や好奇心には勝てないものなのです


 ジグルによって吹き飛ばされたアヴィが打ちつけられた壁を持つ家は、この集落ではまだマシなものだったようで、横目で確認したがとりあえず石材をそれっぽく組み立てました感に溢れている。よくあれで壊れなかったなと感心するが、アヴィの展開した障壁が守ったのはアヴィの身だけではなかったということだろう。


 たぶん、なかなか優秀な魔法だと思われる。魔法の使えない飛鳥にはいまいち実感に欠けるが。


 ときおりそうした家らしきものも見かけるが、概ねテントだったり、木を支えに布を被せて屋根代わりにしているだけの場所だったりするもののほうが断然多い。ひっそりとした印象は、見かけるだれもかれもが息を殺すようにしてじっとただこちらを窺うばかりだからだろう。

 ここに流れてきた経緯はそれぞれだろうが、おそらく迫害の憂き目にあったものも多いと思われる。怪我人らしきものも見かけ、そのときにはアヴィの足が止まった。



「……アスカ、わたしはこの集落のかたたちの治療にあたります」


「え? あ、うん、わかった。よろしく」



 正直意外だった、といったらこれまた怒られるだろう。アヴィという人物像に慈愛や博愛ということばがしっくりこなかった飛鳥は一瞬思わず目を見開いてしまったが、ちょっとアレでも聖女というのは伊達ではないようだ。

 ミルカの邸に滞在中に治療用の魔法を使うところを見せてもらったりもしたが、いまそれをここで惜しみなく発揮するつもりらしい。ついに聖女らしい片鱗が垣間見えた。

 怪我人のもとまで向かい、なにか会話をしながら治療にあたる姿を見てから、飛鳥は飛鳥のすべきことに向き直る。おなじようにアヴィの行動を見ていたジグルが、どこか感心した様子で息を吐いた。



「ほう。人間とひとくくりにすべきではないようだな。一切の躊躇も見せぬとはなかなかどうして気持ちのよい人物よ」



 そのことばが本心であると、緩んだ表情が語る。どうやらさきほどの襲撃に関する一件は彼の中で早々に流れたらしい。野暮ではないので、飛鳥も突っ込んだりはしなかったが。


 そうしてからジグルもまた、目的のために足を進め出した。が、数歩ばかり進んだ先で、その歩みはすぐに止まる。



「ジグルさん! 無事でしたか⁉」



 叫ぶように声をあげながら駆け寄ってきたのは、まだ幼さの残る少年。そしてそのうしろからすこし遅れてやってくる、さらに幼い少女。

 尖った耳が特徴的な彼らはおそらく、エルフの血筋のものではないかと思われる。よく似た顔立ちは幼いながらも端正で、揃っておなじ灰色の髪と蒼の瞳をしていることから、兄妹ではないかと予想した。


 ちなみにちょっと薄汚れているから灰色の髪に思えるけれど、よくよく見ればもとは銀なのではないかとうっすら思える。汚れを落としてみないことには判断しきれないが。


 ふたりはジグルの前まで駆け寄ると、その巨躯を揃って見上げる。ことばどおり、案ずる感情に瞳が揺れていた。

 ジグルの知り合いらしいそのふたりに破顔した彼は、大きなその手でふたりの頭を順に撫でる。



「おお、ルツィにレティ。今日も息災そうでなによりだ。やはりこどもは元気がいちばんよな」


「ありがとうございます。でもそうじゃなくて! すごい音がしていたけど、またジグルさんでしょう? 怪我は? 大丈夫?」


「はは。俺は頑丈にできておるからな。多少のことでどうになることもない」



 当のジグルは笑っているけれど、少年のことばからするとすごい音がした、は、イコール犯人ジグルであり、なおかつ心配されるような事象が起きたことに繋がっているようなのだが……。ついでにまたとも言われていた。なるほど、状況がどうだったかは知らないが、地面を抉るくらいの暴走は初犯でないらしい。

 うっすらそんな気はしていたが、ジグルもおそらく脳筋の類なのだろう。飛鳥の中でひっそり認定される。



「ああ、そうだ、ふたりにも紹介しておこう。これからここに住まう仲間となるアスカだ。アスカ、この子らは兄のほうがルツィ、妹がレティという」


「はじめまして」


「あ……は、はじめまして……」



 ジグルの紹介に、兄妹がびくりと肩を震わせて飛鳥を見た。兄のほうはそれでもなんとか……消え入りそうにではあるが、一応挨拶を返してくれたが、妹のほうはそんな兄の背後にさっと隠れてしまう。

 ふたりとも警戒をしている、というよりも、飛鳥に怯えているように見てとれた。

 飛鳥もさほど愛想のいい類の人間ではないが、それでも特に威圧をしたわけでもなし、そうも怯えられるとすこしばかり傷ついてしまう。

 困ったな、と頬を掻けば、ジグルの隻眼が向けられた。



「ここのことは知っておるのだろう? こやつらにもこやつらの過去がある。とはいえ、これからともに住まうとあらば、あまりしこりを残すのもよくはなかろう。ルツィ、レティ、こやつに害はない。ゆっくりで構わぬが、慣れてやってくれ」


「あ、は、はい……すみません……」


「ああいや、謝らなくていい。とりあえず、よろしく」


「はい。よろしく、お願いします」



 この集落は様々な事情からほかの同族たちと暮らせないものたちが集まっていると聞いている。それは単に折り合いが悪い、というだけのこともあるようだが、彼らの怯えようから察するに、ふたりはおそらくなんらかの事情で他者から迫害に遭ったか、もしくはそれに似た憂き目に遭わされたのかしたのだろう。

 その相手が人間だったから飛鳥に怯えるのか、それとも単に見知らぬ他者が怖いのか、そこまではわからなかったが。



「あともうひとり、人間の女子(おなご)がおるが……まあ、顔あわせをした際に紹介しよう。俺たちは用があるゆえ、もう行くぞ」


「? どこに行くんですか?」


「フルブルックのところだ」


「!」



 フルブルック、というのははなしの流れから、おそらく目的のドワーフのことだろう。その名がくちにされた瞬間、飛鳥は気づいた。ルツィの影に隠れたままのレティの双眸が輝いたことに。


 ……というか、それはもうわかりやすく、なんだか全身からきらっきらと輝くなにかが溢れ出している。これでは気づくなというほうが無理だろう。



「えーと……そのひと……というかドワーフ? がどうかした?」



 思わず問えば、はっと我に返ったレティが慌てて兄の服に顔をうずめた。ジグルはともかく、ルツィは背後にいるレティの顔など見えようはずもなかったから、これではじめてレティの様子に気づいたようだ。

 ただし、疑問を持った様子ではなく、見えなかったとしてもなにがあったかは察しているように見える。



「レティ……」



 困ったように、ちいさく妹を呼べば、妹は兄の服に顔を押しあてたままふるふると首を振るばかり。そんな妹の様子に溜息をひとつつくと、眉尻を下げたルツィがおずおずとくちを開いた。



「その……この子は、いろいろな道具に興味を持っていて……。だから、あの、フルブルックさんのことが気になるみたいなんです」


「ああ、なるほど。ドワーフだからいろんなものを作れるだろうから?」


「はい」



 人間とおなじ年のとりかたをするかはわからないが、まだ年端もいかないような幼い少女のレティが、ものづくりのプロであるドワーフの仕事っぷりに興味を示すとは。もしや将来有望なのでは、と、飛鳥はレティの未来に勝手に光明を見た。



「うーん、まだ会ってもらえるかはわからないけど、一緒に行くか?」


「え⁉」



 いや、そんなに驚くことだろうか。兄妹の驚きっぷりに、提案をした飛鳥のほうが驚く。気になるというなら一緒に来ても構わないし、けれど望む結果が得られるかの保証はできない。それでもいいのかと再度問えば、ルツィはともかく、レティがルツィの服から顔を上げて何度も何度も頷いた。



「い、行きたい……! 行きたい、です!」


「じゃあ、一緒に行ってみるか」



 笑顔を心がける飛鳥に、レティの笑顔が輝く。恐怖よりも興味や興奮が勝っているらしい。その調子で怯える対象から外してもらっていけたらなあ、などと思った。

 うれしそうに笑う妹の姿を見下ろし、それからルツィが飛鳥へと向き直る。やはり困ったような顔をした彼からは、今度は戸惑いも窺えた。



「……アスカさん、は……おかしいって、言わないんですね」


「え?」


「ぼくたちは、ハーフエルフです。エルフからは、人間のようにモノなんかに興味を持つなんてと追いやられ、人間からもエルフの血が流れているんだから道具になんか頼らなくてもいいだろうと言われてきました」



 なるほど。確かエルフという種族は、自身の種にいたく誇りを持っており、自然と共生することを是とするとミルカの邸の本で読んだ。ゆえに彼らは、人間やドワーフのように文明の利器を扱うことを快く思わないらしい。

 人間のほうがエルフにどういう感情を抱いているかは知らなかったが、ルツィのことばを聞く限り、偏見は抱いていそうだ。


 飛鳥にしてみればそんなものは十人十色。個別に性格や好み、趣味嗜好が違うことなど、種族に関係なく当然だろうにと思えるだけ。

 だから悔しそうに、そしてどこか不安そうに視線を落としてぎゅっと拳を握るルツィに、特段同情するでもなくさらりとこたえた。



「それのどこがおかしいんだ。別にいいだろ、すきなものはすきで。そもそも、興味を持って取り組んだ結果、いい方向に向かえばそれに越したこともないだろうに。なんなら俺はそれ狙って、この集落を住みやすい場所に変えられる提案でも出してもらえたらなーっていう下心を持って、さっきの提案したくらいだぞ」



 包み隠さない飛鳥のことばに、顔を上げたルツィももちろん、そのうしろから飛鳥を窺うように見上げていた妹のレティもぽかんとくちを開ける。ひとり、ジグルはどこか得心気味に頷いていた。



「なるほど。それでこの子らを連れていくのか。なかなか考えておるな、アスカ」


「……いや、ただ単に自分のできない分野をひと任せにしようとしただけなんだけど……」


「なんと⁉ 怠惰は堕落への一歩となるぞ! 研鑽せずしてどうする!」


「別になまけようってんじゃないって。俺は俺にできることをするつもりだし、適材適所ってあるだろ」



 ならジグルは内政的なこととかできるのかと問えば、彼は腕を組んでひとしきり唸ったあと、適材適所とは理にかなっておるな、と結論付けた。やはり脳筋で間違いなさそうだ。



「で、一緒に行くってことでいいのか? 場合によってはなにかつくったり、そのための提案を求めたりすることにもなるかもしれないぞ」



 もちろんそれはいまここではなさなかったとしても、きちんとはなしをしてから手を借りるつもりではあった。けれど、先倒してはなしを通す機会のほうが訪れてしまったのだ。ついでだしと意思を聞いておく。

 そんな飛鳥のことばに、兄妹はすぐにふたり揃ってそれぞれ頷いた。



「は、はい! ぼくたちになにができるかわかりませんが、やりたいです! ね、レティ」


「うん! お願いします!」



 きらきらと輝くふたりのまなざしのまぶしさに、若いっていいなあと、自分だって大概若いクセに擦れて思う飛鳥だった。


 ともあれ、それもまずはフルブルックに会わなければはじまらない。当初より人数が増えたが、目的が変わるわけでもなし、まあいいだろうと、飛鳥は改めてジグルに道案内を再開してもらうのだった。




 目的の場所は、集落の隅の隅にちょこんと佇んでいた。石造りの、確かにきちんと家らしい家の様相をしているそれに、こんな感じで家をつくっていけたら、この集落の住人も暮らしやすくなりそうだなと思う。

 もちろん、わざわざ石を重ねずとも、集落からすこし離れた場所に森もあるらしいし、木材でつくってもいいだろう。できたら水回りの処理を整えて、トイレは水洗にしたいし、風呂もつくれたらうれしい。飛鳥はあまり得意でもないが、料理好きなひとのためには台所も調えられたらよろこばれると思う。水回りはかなり大事だ。

 とはいえ、そのへんの詳細な知識はないので、こうしたいという提案をしてみて、それが叶えられるかどうかはそのための知識や技術を持っているものに任せることになるのだが。フルブルックなるドワーフがそのあたりも得意だといいなと願望を抱きつつ、とりあえず家の扉をノックする。


 無反応。


 まあ、それはそうだろう。これで応じたら、他者を寄せつけないものの異名が廃る。



「おーい、フルブルック。ジグルだ、開けてくれ」



 一応顔見知りではあるらしいジグルが呼びかけてみた。


 無反応。


 なるほど。他者を寄せつけないものの異名は伊達ではない。



「うーむ。駄目だな。やはり応じそうにはない」



 フルブルックがどういったドワーフなのか知るジグルは、早々に諦めモードだ。もとより彼は無駄足になると思っていたくらいだ、やはりな、くらいにしか思っていないのだろう。むしろハーフエルフの兄妹のほうがよほどがっかりしている。

 とりあえず、中の様子を窺う。外からだと物音などを頼りにする以外ないかと思えるが、どうやら勇者チートは気配なるものを割と鋭敏に感じ取れるらしい。ちょっと集中してみれば、フルブルックだろう存在の気配を屋内に感じることができた。


 いるとわかれば、次の行動だ。



「フルブルックさん、俺、飛鳥っていいます。勇者召喚されてきました」


「え! 勇者⁉」



 そういえばハーフエルフの兄妹には特段説明をしていなかった。驚きの声をあげるふたりに、けれどまあいいかで片づけて声を上げ続ける。



「異世界の技術とか知識とか興味ないですか? いまならさらっと惜しみなく提供しますよ」


「い、異世界の技術……」



 ハーフエルフ兄妹が釣れた。じっと期待のまなざしで見つめられていることには気づいているが、残念ながらいま釣りあげたいのはふたりではないのだと、飛鳥はさらに扉に向かって呼びかけようとする。が、その必要はなかった。



「……入れ」



 他者を寄せつけないものの異名を持つもの、自らの欲求を前に陥落。


 開かれた扉の向こうに、背丈は飛鳥の胸もと程度までの、ずんぐりむっくりとした男性が立っている。立派に蓄えられた髭と、ぼさぼさに伸ばした髪とに埋もれ、その顔を窺い知ることはできそうにない。

 短いひとことだけ残してさっさと家の奥に戻っていく彼に続こうとした飛鳥に、ジグルから感心したような声がかけられた。



「まさかフルブルックが自ら扉を開けようとは。やるな、アスカ」


「それはまあ。ドワーフってものづくり系に情熱を注いでるんだろう? ならその方面で新しい技術や知識を得られるなら興味を引かれるのも無理ないんじゃないか?」


「なるほど」


「その兄妹も釣れたみたいだけどな」



 そう言ってハーフエルフの兄妹に視線を向ければ、彼らはびくっと肩を跳ねさせ、それからそわそわと視線を彷徨わせる。言い当てられて気恥ずかしく思ったのか、だけどそれでも興味を隠しきれないのだろう、落ち着きをなくしていた。



「おいおいな」


「! は、はい!」



 そのうち、もしくはこの先でフルブルックとともに。いろいろはなして聞かせるだろうと暗に告げる飛鳥に、ルツィとレティの顔が輝く。彼らはエルフや人間よりもドワーフに近い精神を持つのではなかろうかとひそりと思った。


 とにかく、せっかく招き入れてもらえたのだ。フルブルックの気が変わる前に、さっさと彼のもとまで行くべきか。改めて屋内に踏み入った飛鳥のあとを、ジグルと兄妹が続く。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ