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魔法なんて夢幻でしかなかった


 飛鳥が異世界にきて一週間。自分の足で町中を見て回ったり、ミルカの邸の書庫にこもったり、町の魔族にはなしを聞いたり、ミルカの邸の使用人たちやアヴィにはなしを聞いたりと、割と精力的に情報を取りこんできた。おかげで多少はこの世界について知ることができてきたといってもいいだろう。


 この世界には人間や、人外の能力や見た目を持つ魔族という種のほかに、エルフやドワーフなどといったいろいろな種族がいるらしい。ミルカら魔族はトップに魔王を掲げ、概ね実力主義なのだとか。魔王の側近はともかく、ミルカのように自身が治める領地を持つものもおり、そうしたものは魔族としても指折りの実力者で、ほかの魔族には領地持ちと呼ばれ羨望されているらしい。そのままなネーミングに思うところはないのかと思いはしたが、飛鳥が突っ込むことはなかった。


 領地持ちは魔王より与えられた自身の領地をそれぞれ独自に治めていて、その治めかたは個によって異なるとのこと。人間の国でもそうではあるが、魔族の異なるはそれ以上らしい。ミルカは比較的温厚なタイプらしく、彼女の治める地は割と平和的なのだが、中にはどこの世紀末だとばかりに殺伐としている領地もあるのだとか。むしろ魔族の本質を思えばそちらのほうが住みやすいくらいではないかとミルカの邸の使用人が言っていた。


 人間の世界もいくつかの国にわかれているようで、勇者召喚などというふざけた邪法を用いるのは今回しでかした一国のみのはずと聞き、安堵していいのやら複雑な気持ちになった。秘中の儀として門外不出にしているというはなしだが、人道的、倫理的にどうなのかという意見は他国から多く出ていると言われ、この世界の人間もすべてが捨てたものではないのかもしれないと思えたのは朗報かもしれない。……ただの妬みだったら笑えないが。


 それと、飛鳥の能力についてだが、これには飛鳥が打ちのめされた。それはもう、完膚なきまでに。一度は浮ついていた気持ちが撃ち落され、勇者召喚という拉致に対する怒りの燃料に早変わりしたくらいには凹みに凹んだ。



 そう、魔法が使えなかったのである。



 この世界、決して魔法がないなどということはない。人間の職種として魔法使いやら賢者やらもいるらしいし、人間とはその構成が違うらしいが、魔族も魔法が使えるものは使える。実際、ミルカの邸で生活に用いる魔法を使うところを何度か見せてもらってもいた。都度、羨んだ。

 飛鳥の能力は完全に物理に偏っているようで、人外の能力を有する魔族にとて勝る力やら体力やらが備わっていた。一応、物理攻撃を行うに際し、種々の属性付与はできるようだったけれど、そうじゃない。そうではないのだと、斜め上の能力にさらに絶望したのはいうまでもない。


 まあでも、それはそれで必要に応じて使わせてもらうのだけれど。


 とりあえず、うまく活用すればマッチに火を灯すこともできたし、甕に水をためることもできた。マッチに火を灯すには火力が過剰に過ぎたし、水をためるにもものすごく効率が悪かったのだけれど。

 やはりもとの世界できちんと勉学に身を入れるべきだったのか。魔法と言えば知力だろうと先に立たない後悔をした飛鳥ではあったが、たぶん、やり直せたところでいまの自分を繰り返すだけの自信はあった。


 そんなふうに不満も不服もあれど、能力自体はおそろしく高いのだから、勇者召喚というのはなるほど手放せないのも得心がいく。本来は対魔族、最終目標として対魔王用の存在として召喚するらしいのだから、それくらいの能力は用意しないとはなしにならないのだろう。

 もちろん、いまの飛鳥に魔王打倒などという考えはさらっさらない。持つ予定すらない。勝手に召喚されたのだ、別に召喚した相手に義理立てする気もないので、能力だけ使わせてもらうつもりでいる。

 知識や確認はそんなところで、あとはこの町の住人との関係性だが、一週間。たった一週間で、飛鳥はかなりこの町に溶け込んでいた。

 というのも、たぶんに勇者の能力のおかげだろう。魔族は実力主義が基本というだけあって、これだけの能力を有する飛鳥が敵対もせず、むしろ好意的に接すれば、概ね友好的に返してもらえたのだ。物怖じしない飛鳥の性分も加味されているとは思うが。


 そうして過ごした一週間。滞在場所こそミルカの邸だったのだが、当の主はなかなかに多忙なのか、邸で見かけることは一度もなかった。そんなミルカから、職場のほうへ呼び出され、アヴィとふたりで彼女にはじめてあった場所に向かう。

 ミルカの執務室にて、応接セットに向かいあって座るという、一週間前の初対面時とおなじ状況になっているのがいま現在だ。



「さて、まずはアスカの状況から聞きましょうか。どう? この世界のこと、すこしはわかった?」


「まあ、多少は」


「そうね、ある程度でいいんじゃないかしら。おいおい知っていけばいいのだし。この町はどう? 魔族とはやっていけそう?」


「あ、うん、そっちは割と大丈夫そう。この町の魔族にいいヤツが多いのかもしれないけど」


「確かに。はなしが通じるぶん、マシな部類だとは思うわよ。でもよかった、それなりに慣れてきたようで」



 たかが一週間。されど一週間。なかなか濃い一週間ではあったし、短くとも有意義に過ごせた自負はある。まあ、それでもやはり期間としては短いので知識は付け焼刃程度であるのは否めないけれど。



「じゃあこっちの情報ね。例の勇者召喚なんだけど、どうやら人間のほうにも召喚された存在がいたようなのよ」


「え」


「能力的に間違いなくアスカが勇者だし、使い魔に探らせたらあっちはふつうの人間っぽかったのだけれど。たぶん、アスカの召喚に巻き込まれたんじゃないかしら」


「ええ……」



 飛鳥にはまったく非はない。ないはずのはなしなのだが、自分のことに巻き込まれたと聞かされると、なんだかこう……もやっとする。

 なぜそんなことに、と思ったとき、ふともとの世界での最後の記憶が蘇る。あのとき、確か……。



「もしかして巻き込まれたのって……」


「こころあたりがあるの?」


「あー……一応」



 問われて、とりあえずあのときの状況をかいつまんで説明する。とはいえ、どれだけ詳細に説明しようにも、彼氏持ちの女生徒に手を出したという冤罪をかけられ、その彼氏に難癖をつけられていた以外に言いようもないのだけれど。

 あのとき割と近くにいたし、巻き込まれたとするなら彼ら以外にこころあたりはない。が、説明するに際し、飛鳥は彼らのなまえすら知らないことに気づいた。


 確か、互いに呼びあってはいたような……。


 ……まあいいか。



「なるほど。実際に見てもらわないことには確かなことは言えないかもしれないけど、そのふたりの線が濃そうね。勇者に祀り上げられているのこそ男のほうだったけど、一緒に女もひとり召喚されたようだから」



 男女のペアでとなれば、ほぼ確定したようなものだろう。だがしかし、実際に見てみたところで、彼らかどうかを判断できる自信は飛鳥にはなかった。



「なけなしの効果なのかはわからないけど、能力はアレでも、ことばは通じているみたいだったし、男のほうは勇者だなんだと担がれてすっかりその気になってたから、心配はいらないんじゃない? ()()()()にしなだれかかられて、鼻の下伸ばしていたくらいだったようだしね」


「えー……彼女と召喚されたのに?」


「そうねえ、女のほうは女のほうで、護衛につけられた騎士にべったりだったようだからそれはそれでいいんじゃない?」



 なんとも言えない。ひとに難癖をつけてきて、返り討ちにしたとはいえ、暴力行為にまで及んでおいて、お互いにその様。愛だの恋だのが移りゆくものだとしても、ちょっと現金に過ぎなかろうか。


 ちなみにちょっとわかりやすく毒を含ませミルカがくちにした聖女サマとやらが、全然能力の足りていないアヴィの後釜という人物なのだろう。



「どうあれ、異世界人ってだけで、その知識を期待してそれなりの優遇は受けるみたいだから、身の安全の心配はしなくていいと思うわ。アスカに対する目隠しになるし、都合いいから放っておいていいでしょう。もちろん、おバカなことさえ考えなければ、だけれど」



 ちらちらと馴染み深い道具や食材を目にするなと思っていたら、どうやら先人たちの知識によるものだったらしい。マヨネーズが存在していたことに感動した裏事情を知り、おなじ被害者とはいえ思わず感謝してしまった。


 残念ながら、飛鳥にはマヨネーズを作る知識はない。ポケットに入れていたスマートフォンさえあったなら……と思いもしたけれど、たとえ無事一緒にこちらに持ち込めていたとしても、電波が通っているはずもないのだから無意味だろうと思い至っていたことを思い出した。所詮飛鳥はあまり勉強の得意ではない、いち高校生に過ぎないのだ。



「あとはアスカの還る方法だけど、それはもうすこし待ってくれる? さすがにそう簡単に調べられそうにないのよね」


「わかった。いろいろありがとう、ミルカ」


「いいのよ。これから存分に働いてもらうのだから」



 にっこり。相変わらずそれはもう妖艶にほほえむミルカを目に、再会してからの質問を思い出す。


 現状確認とはなるほど、もう実地投入しても構わないかの確認だったわけだ。


 そういうわけで、異世界に来て一週間。飛鳥は早々に仕事に就かされることになるのだった。





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