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はじまりはどうあれ、先行きに期待できるならまあよかったんじゃないかな


 かくして勇者召喚の知識や技術はきれいさっぱり人間の世界から失われ、ひとまず今後異世界から拉致に遭う被害者は出ないだろうと落ち着いた。

 勇者や聖女がいたからこそ、他国からの侵略などに脅かされることのなかったスーリエは、それに胡坐をかいていた無能な上層部がいまになって自力で巻き返せる手腕をみせることなどできるはずもなく、あっという間に隣国の属国として吸収されたらしい。


 名ばかり聖女の行く末はともかく、ふと思い出した聖剣の行方だけちょっと気になった飛鳥だが、それはあのあとちゃっかりミルカの使い魔が回収してきたらしい。どうせ飛鳥にしか本来の能力を引き出せないのだからと、飛鳥の手元にやってきたそれは、現在自宅に飾ってある。

 いまの飛鳥にはフルブルックが打ってくれた、ヴィグィード素材の愛剣があるのだ。聖剣に持ち替える必要性は感じていなかった。

 とはいえ、草刈りに使いましょうか? などと宣うアヴィのことばはもちろん却下したが。


 あっさりきっぱりこの世界を選択した飛鳥を、村の住民たちはこぞって歓迎してくれた。諸手を上げよろこび、なかには泣き出すものまでいたことに驚きはしたが、こんなに慕ってもらえていたことがうれしくないはずがない。いままでだれかに必要とされてきたこともなかった飛鳥もうっかり涙ぐんだが、まさかのそこでアヴィまで追い打ちをかけてきた。



「わたしも、あなたがここに残る選択をしてくれて、うれしいです。どうぞこれからもよろしくお願いしますね」



 おまえいつからそんなキャラになったんだ、なんて突っ込む余裕もなく、柄にもなく涙腺が決壊し、それを隠すように座り込んだ飛鳥に、まさかの茶化す存在が不在という罠。ルツィやレティ、フルブルックはもちろん、ジグルやヴィグィード、ミルカやヒルダリア、クーレイスまでもが続けざまに飛鳥の選択をよろこび、歓迎してくれたものだから、もはや飛鳥に立ち上がることなどできなかった。

 いや、ここはだれかが水を差して、すん……となるところではないのか。のちにブランデンドやシシルまで歓迎してくれたことに、飛鳥は改めてここに骨をうずめる覚悟をもったとかなんとか。

 とにかくその日は飛鳥がこの世界に残ったことへのお祝いと、勇者召喚撲滅のお祝いに村は大いに沸き、ハンナやレティをはじめとした住民たちによる豪華な食事が振舞われ、夜通し飲めや歌えの大宴会となったのだった。


 そんなこんなで数日後。



「思えば、魔王と勇者の伝統的対決をしておらなんだな。異世界からの勇者を絶たせただけで、この世界で改めて勇者なるものが生まれる可能性はあれど、いつになるかは定かではない。よって、余は貴様に決闘を申し込む」



 どどーんと。効果音でもつきそうな勢いで宣言したのは、もちろん我らが魔王様クーレイス。ルツィと村についてはなしあいをしていたところに割り込んでのそれに、飛鳥の頬が若干引きつる。



「ええー……いや、もうそういうのいいんじゃないか?」


「なにをいう。これはやはり様式美というものだ。ほら、早く支度をせよ」



 有無を言わさぬ強引さ。せっかく安穏とした日々を送れていたというのに、まさかの命懸けの死闘かと、かなり勘弁してほしい気持ちでいた飛鳥が連れていかれたのは、ケケモレースのレース会場。


 え、と、思わず目を瞬かせる。



「せっかくケケモを育てておるというのに、貴様、一度たりもレースに参加したことがないではないか! 勇者たるもの敵前逃亡などせず、正々堂々勝負してみせよ!」



 敵前逃亡って。ただ単に、別にわざわざレースに参加する必要性も、そこに対する興味もなかったがゆえに参加しなかっただけで、それを詰られる意味がわからない。



「お、ついに参戦か、アスカ!」


「待っておったぞ、アスカ!」



 嬉々として声をかけてきたのはヴィグィードとジグル。まだまだケケモレースにはまってくれているようでなによりだ。ちなみに飛鳥は参加こそしないが、その戦歴は聞いている。ヨーシー氏が安定の連戦連勝を飾っているらしい。そのヨーシー氏、現在隅のほうで愛ケケモを思いきり愛でていた。

 ケケモは確かにかわいい。飛鳥とて、概ね常に頭に乗せ連れ歩いている愛ケケモ、ピヨを溺愛しているといっても過言ではない。だがだからこそ、わざわざ他者と競いあわせる必要性を感じていないのだ。

 もちろん、かわいがりかたなど、みなそれぞれ。愛情表現の一種としてレースに参加することを否定するわけでは決してない。



「一度くらい参加せよ、アスカ!」


「そうだぞ、アスカ!」



 これは……ヨーシーに勝てるケケモがいるのかを見出したいのか、それともヨーシーに負けるケケモ仲間を増やしたいのか。どうあれ、平和的な勝負であったことに安堵の息を吐く。



「……どうする、ピヨ」


「ぴ!」



 頭の上のピヨに問いながら、手のひらに移して目線をあわせる。ぴ、しか言わないケケモではあるが、長くともにいるとなんとなく意思疎通ができてきている気がするから不思議だ。そして更なる愛着がわく。


 たぶん、ピヨは乗り気だ。なら飛鳥が断る理由はない。



「わかった、今回は参加する」


「そうこなければな!」



 ケケモレースはひとレースにつき、六ケケモまでが参加できる。今回は飛鳥のほかに、クーレイスとヴィグィード、ジグルとヨーシー、そしてなぜかアヴィまで参戦するらしい。

 ふだんはきちんと公平に参加者からブロック分けをするらしいのだが、今回は特別とのこと。



「……なんでアヴィがいるんだ?」


「わたしが参加してはいけませんか?」


「いや、そうじゃないけど、ふだん参加してないだろ」


「ええ、まあ。でもクーが、勇者が参加するなら聖女も参加すべきだと押しかけてきたので」


「…………クー」


「えー? だってほら、勇者と聖女って対だしなー。余に挑むならセットだろう?」



 それもまた様式美というヤツなのか。悪びれる様子もないどころか、さも当然とばかりのクーレイスの態度に溜息がもれる。正直、ケケモレースとあらば、挑む先はクーレイスではなくヨーシーなのではとはつっこまないでおいた。


 とりあえず溜息ひとつにおさめ、ピヨをレースのスタート位置に着かせる。今回のスターターは特別にルツィが務めるらしい。



「全員、スタート位置に着きましたね。それではよーい……スタート!」



 ケケモはそのちいささに見合わず、案外すばしこい。それゆえにレースの距離はぐるりと村中を巡るほどに長くつくられており、ところどころに障害となるものが設けられていた。一応村の名物として観光名所的な価値も見出されているため、村を訪れた村外のものたちの目をどこでも楽しませることができるようにという意図もある。



「行け、バーガー! そこだ!」


「させるか! キングカイザー・ネオ! いまだ、抜くのだ!」



 ヴィグィードも大概だが、クーレイスのネーミングセンスよ。あえてなのだろうか。ガチなのだろうか。わからないが、すくなくとも彼が自身のケケモをとてもかわいがっているのは事実である。



「なんの、ハンゾウ、いまだ!」



 ジグルのケケモがヴィグィードとクーレイスのケケモを抜き、前へと躍り出た。けれど、ヨーシーのケケモはさらに先をいく。

 最下位は飛鳥のピヨで、アヴィのケケモなどは開始早々アヴィの肩へと跳び乗っていた。もちろん、コースアウト、失格だ。



「すごい熱意ですね」



 他人事にのんびりコメントしながら、それでもコースを回ることにはしたらしいアヴィ。熱意はもちろん参加者のほうが強いが、通りがかったコースのそばにいた住民たちや来訪者も声援をかけてくれるので、なかなか盛り上がっている。

 だれもかれも楽しそうでなによりだ、と、そう思う一方、参加をしている以上飛鳥ももちろん自分の愛ケケモに熱を注ぐ。



「がんばれ、ピヨ! おまえならやれる!」



 参加せずにいたならば他人事に興味も抱かなかったというのに、やはり参加してしまえば気の持ちかたは変わるもの。……いや、変わらずにあくまでマイペースな存在がすぐ隣にいるのだが。

 飛鳥の熱意を受けながら懸命に走るピヨは、けれどその走り虚しく、どんどん突き放されていくばかり。ぴ、ぴ、というちいさな鳴き声が健気で胸を打つ。



「ピヨ……!」



 がんばれ、がんばれ、とこころの中で応援する。結果はいい。がんばって走ったその過程が大事なんだと飛鳥が思ったその瞬間。


 ピヨが、火球を吐き出した。



「え」



 轟音を伴いとんでもない勢いで飛ばされた火球は、ピヨの体長をゆうに超える大きさのもの。ぐおっと空を裂き飛んでいったそれは、幸いにも前を走るケケモを害することはなく、直線上にあった村を囲う壁の上部を破壊して消え去った。外からの害意を防ぐ結界は張ってあるが、内側からの攻撃には脆かったらしい。


 などと、ちょっとした現実逃避をしつつ、飛鳥は頬を引きつらせる。



「……ケケモって、害がないって……」


「……ええ、火を噴くケケモなんて、はじめて見ました」



 茫然とするのは飛鳥やアヴィだけではない。ジグルたち参加者のほか、そのケケモたちも驚き立ち竦んでいる隙に、当のピヨだけがレースを続行。ほかのケケモが我に返る前に引き離し、トップでゴールに辿り着いた。



「ちっくしょおおおおっ! ありかよ、そんなん⁉」


「ケケモが火を噴くなんぞ、余をもってしても知らなんだぞ」


「つまり、よく育てればそういった特殊能力を有する可能性が生まれるということだな」



 ケケモが火を噴くなどという前例がない以上、火を噴いたところで失格になるというルールは存在せず、結果ピヨの勝利は揺るがなかった。ピヨはなんだか満足そうで誇らしげであったが、正直飛鳥としては複雑である。

 だがケケモが火を噴けるという前例を叩き出したことは事実で、それがレース参加者たちに新たな火をつけたこともまた事実だった。当然のように自身の愛ケケモたちに特殊能力を芽生えさせようと早々に引き上げていった参加者たちを見送り、今後レースのルールも見直されそうだな、と、他人事に思う。



「アスカ、レースもお開きのようですし、村の見回りにでも行きませんか?」



 珍しくアヴィに誘われ、特段用もない飛鳥はそのままアヴィと並んで村中へと繰り出した。ここに来てからアヴィは結構多忙で、かくいう飛鳥も飛鳥でいろいろとすることがあったり、頼まれごとをしたりでなんだかんだ手が空くこともあまりなかったため、こうしてともに村の中を歩くなどそうそうない機会だったりする。



「アスカがこの世界に来てから、まだそんなに経っていないのに、もうずいぶん長くここにいるような気さえしますね」


「あー……まあ、かなり濃厚な日々を過ごしてきたしな」


「ええ、襲撃にばかり遭っていた気もしますが、よく生きてこられましたね。平和な場所から来たと言っていたのに」


「ほんとにな。勇者チート様様だ」



 もといた世界で絡まれることはよくあったから、ふつうの男子高校生としては荒事に慣れているほうだという自負はあるが、さすがにあれほど死を身近にする機会はなかった。思い返すと遠い目になる。



「でも、召喚された先がアヴィのところでよかったよ。死にかけたりもしたけど、俺、いますげー楽しい」



 充実して、満たされて。なにより、こころから楽しいと、ここでこうして生きていることが楽しいのだとそう胸を張って言えるのだ。そんな日が来るとは思いさえしなかった日々がまるでうそのようで、飛鳥は偽りない笑顔を浮かべることができていた。

 そんな飛鳥に、アヴィは隣でちいさくほほえむ。やわらかく、穏やかに。ふだんの彼女はあまり見せない、それこそ聖女という肩書そのものの、やさしい笑みで。



「そうですか。……わたしも、アスカと出会えてよかったです。勇者召喚なんて非人道的だし面倒そうだと思っていたけれど、召喚されたのがアスカでよかった。わたしもいま、日々がとても楽しいんです」



 追放される前、人間の国にいた頃は、ただひたすらに強要され、抑圧され、制限され、搾取されてきた。アヴィはもともと孤児で、だからこそ逆らう術などなにもなく、そしてそう思うことさえないように仕向けられてきたのだ。

 だけどアヴィは人形ではない。周囲の人間が醜いからこそ、かえって疑問を抱くことも多く、そして頭もよかったからいろいろと理解も及んでいた。孤児で学もないと舐めてかかってくれたのが、アヴィにとっては幸いだったのかもしれない。

 当時でさえ追放なんてむしろ願ったりで、よろこび勇んで国を出た。孤児なのに聖女として扱われることを不服とされることも多かったアヴィは、野草などにも詳しくなり、能力もあったがゆえに多少の苦労程度でミルカのもとまで辿り着けた。

 最初にミルカのもとに辿り着いたのは偶然だったが、それもまた運がよかったのだろう。人間に対する偏見などもすくないあの町は割と過ごしやすく、聖女として人間の国で暮らしていた頃よりよほど自由に生きられた。


 気楽で、気ままで。そんな生活も、悪くはなかったのだろう。


 だけど、飛鳥に出会った。


 飛鳥を拾った当初は面倒以外のなにものでもなく、さらにはミルカにお願いごとという名の厄介ごとを押しつけられて、面倒に面倒が重なってどうしたものかと今後を憂いもしたものだけど。いざ蓋を開ければ日々がそれはもう、輝き出した。


 充実している、と、飛鳥はいう。それはアヴィにとってもおなじだった。


 強制されるわけでも、強要されるわけでもなく、自分で考え必要と判断して自身の能力を使う。おしとやかを演じる必要もなく、すきに棍も振り回せるし、強者とだって打ち合えた。

 それが楽しいでなくてなんだというのか。

 勇者としての性なのか、もしくは運命というものなのか、飛鳥の周囲は問題が絶えない。面倒なこともあるのかもしれないけれど、それは飛鳥本人に押しつければいいし、その中でおもしろそうなことには首を突っ込めるというのは、本当に楽しくて仕方がない。


 なにより、当の飛鳥が面倒な人物でないのがアヴィにとってとても気楽だった。


 もたれかかる関係でも、寄り添う関係でもない。けれど必要なら必要ぶん手を取りあうし、背中を預け合うことだってある。教会で聞いていた聖女と勇者の関係はもっと密なもののようだったけれど、そんなことはかけらもない、いまのような関係が、とても居心地のよいものだった。


 だから、そう。こんな日々が続けばいい、なんて。


 柄にもなく、そう思っているのだ。



「勇者と聖女は対らしいですしね。……改めて、これからもよろしくお願いしますね、アスカ」


「こちらこそ。よろしく、アヴィ」



 顔を見合わせ、笑いあう。きっとこれからも日々は騒々しく、そしていくらか危険も含むだろう。だけどそれすらもいつか。いつかの未来、きっと充実していた、と、そう語る日が来るのだろうな、と。


 そんなふうに思うのだった。





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