これが実力差というものよ~終了はとてもあっさりで~
というわけで、クーレイスの転移魔法のもと、クーレイス本人のほか、飛鳥とアヴィ、そしてミルカは、瞬きのうちに移動することと相成った。
……スーリエ国の、王城。謁見の間に。
狙いすませたかのように……事実狙ったのだろう、玉座の真上に出たクーレイスは、そこにどっしりと座っていた国王らしき人物を軽く足蹴にして叩き落とし、堂々と優雅に腰を下ろす。肘をつき、そこに頬杖をついて足を組むその姿の、なんと優雅なことか。
飛鳥ははじめてクーレイスに気品を見た気がした。
玉座を乗っ取りそこに当然のように納まるクーレイスの右側にミルカ、左側には飛鳥とアヴィが並んで立つ。その正面の階段の下には玉座を追い落とされ蹲る国王がなんとも滑稽な姿を晒していた。
「へ、陛下⁉ おのれ、なにやつ⁉」
おのれなにやつ。まさかそんな台詞を実際に聞く日が来るとは。などと変な感慨に耽っている飛鳥は放って、クーレイスがにやりとくちもとに大きく弧を描く。
「不敬ぞ」
ひとこと。たったひとことが、おそろしく空気を震わせた。
びりりと肌を刺したそれに、うっかり反射的に腰に差した剣の柄に手を伸ばしてしまった飛鳥だが、一拍遅れて冷静さが戻り、慌ててその手を戻す。すこしだけ息を吐いて眼下に目をやれば、ここにいたすべての人間がべたりと床にひれ伏していた。
魔力を乗せたわけでもない、ただの重圧。それがまさかここまで重いなんて。
クーレイスが真に魔王である実感をはじめて抱いて、ここにきてようやく魔王という存在の恐ろしさの片鱗に気づいた。あのヴィグィードの、さらに上をいく。
ちらりと横目で確認すれば、アヴィの顔色も若干悪くなっている。けれど彼女もまたちいさく息を吐いて、平静さを取り戻していたようだ。
勇者と聖女だけあって、一般の人間よりもよほど耐性がある、というのも事実だろうが、それ以上に、これが自分たちに向けられたものではないというのが大きいのだという認識は抱けていた。
「まあ、急くな。じきに……ああ、ほら、揃ったな」
なにものか、という問いに対してだろう、そのこたえを待たせたクーレイスが揃った、と告げた直後、階下に蹴り落とした国王のそばの空間をわずか歪めて、三人の人物……ひとりは魔族だが、ともかく。三人ほどが現れた。
「ぎゃっ、な、なん、なんなんだよ、いったい⁉」
「お連れ致しました、魔王様」
「うむ、ご苦労。下がってよいぞ」
「御意」
現れた三人のうち、角の生えた魔族が恭しくクーレイスへと一礼し、そのまま再び空間を歪めて消え去っていく。残されたふたりは転移自体雑にされたのか、床に尻もちをつくようなかっこうで座り込んでいる。
男女ではあるが、どちらも困惑した様子できょろきょろとあたりを見回していた。
「え……ここ、王城……?」
茫然と女のほうがつぶやいた直後、揃ってクーレイスから圧を向けられ、床にひれ伏す。
彼らはともかく、もとよりここにいたものたちはクーレイスがなにものなのか、さきほどの魔族によって明かされたために顔色を失っていた。中には失神したものもいるようだが、当然ながらクーレイスが気に留めることはない。
「さて。確認をしておくが、貴様らが勇者と聖女を名乗るものたちだな?」
「…………っ!」
「ああ、喋ることさえままならぬか。仕方あるまい、ほれ、喋ってよいぞ」
大量の汗を浮かべながら、くちを開くことさえままならない様子のふたりに、自らの質問へとこたえさせるため、クーレイスが圧を弱める。ちなみに、ほかの人間にはくちを開くことを許してはいないため、圧はそのままのようだ。
「そ、そうだ! おれが異世界から喚ばれた勇者、ショウヤだ!」
「え、ええ、あたしが聖女、ユリナよ」
「…………だ、そうだが? 相違ないか?」
どこかおもしろそうに目を細め、クーレイスが飛鳥とアヴィを振り向く。頷いたのはアヴィだけで、飛鳥のほうは小首を傾げた。
「ええ、そうですね。そうなっています」
「……えーと……たぶん……?」
「たぶん?」
「いやだって全然知らなかったヤツだし。顔、憶えてないんだよなあ……でも日本人顔っぽいし、たぶん、そう」
あくまでたぶんが抜けない。そんな飛鳥のこたえに呆れるのはミルカとアヴィ。クーレイスは愉しそうにたぶんか、と笑った。
けれど飛鳥の認知はともかく、相手はしっかりと飛鳥を憶えていた様子。
「お、おまえ! 石動⁉ なんでてめえがここにいるんだよ⁉」
「な、な、アヴィ⁉ アンタ、国外追放されたはずなのに……⁉」
驚愕と困惑、そして嫌悪や……畏怖も含んでいることを察知したクーレイスは、その器の程度につまらなそうに目を細めつつ、イスルギとは? と飛鳥に問う。俺のことだとだけこたえ、理解を得た。
「そうさな、まずはアヴィ、こたえてやれ」
「……こたえるもなにも、国外追放されたのは事実ですし。魔族領で割と充実した生活をしていましたが、所要によりすこしだけ戻ってきただけです。すぐに帰りますから、そんなに騒がないでください。あなたの声、甲高くて煩いので、頭に響くんです」
「な……! なによ! 偽聖女のクセに、えらそう……ひっ」
「煩い、というのは余も同感だ。いちいち喚くな」
クーレイスがわずかばかり殺気を飛ばしただけで、歯の根が噛みあわなくなりがたがたとからだを震わせ身動きが取れなくなったユリナに、クーレイスはやはりつまらなそうに息を吐く。
「やれやれ。すこしばかり圧をかけたり殺気をぶつけただけだというのに、このザマか。まあ、本物の聖女も見抜けぬ阿呆どもには似合いのモドキか」
軽く見渡せば、この場のほかの人間たちの顔色も悪い。単にクーレイスの圧のせいか、もしくは聖女が偽物といわれ驚いているのか……それとも、偽物だと知っていて担ぎ上げたことを示唆され、立場を顧みてしまったのか。
どうでもいい、と、クーレイスが続ける。
「で、アスカについてだが、人間はどこまで阿呆を貫くのだろうな? アスカこそが本物の勇者ぞ」
ざわり。声が溢れたわけではないが、空気が困惑と驚愕に揺れたことはわかる。
今度こそだれも予期していなかった事実だろうそれに、まだくちを開くことができる人間側唯一であるショウヤが、どこか焦燥に駆られた様子で食ってかかった。
「う、うそだ! 勇者はおれで……!」
「うそではありませんよ。勇者と聖女は対となる存在。あなたがたには偽物とされましたが、残念ながらわたしが聖女なのは覆せないようでした。彼はわたしのもとに現れたので」
「だいたい、おかしいと思わなかったの? 勇者、なんて呼ぶには、そこの人間、全然能力ないじゃない」
アヴィの説明と、ミルカの呆れたような指摘。これには察するものがあったのか、床に伏す人間の目の悉くに、そう思っていた、とばかりの色が浮かぶ。あからさますぎて、飛鳥にだってわかるほどだ。
「召喚されたとき、近くにいたそうじゃない。巻き込まれたのね、キミと、もうひとりの女のコ」
「ち、ちがう……! うそだ、うそだ! 勇者はおれ……ひっ」
デジャヴか。すこし前のユリナとおなじようにことばを封じられたショウヤもまた、がたがたと身を震わす。じわっとズボンにシミが広がり出したのだが……さすがにそれはちょっとかわいそうなのではとクーレイスに視線が集まった。
「え、余、ちょっとしか殺気向けてないぞ? ちょっとだって、ほんと、ほんとちょっと」
さすがにこれはクーレイスも予想外だったのか、両隣からの「ひっどーい」という視線に、魔王としての威厳をちょっとばかり捨てて慌てて人差し指と親指でほんのすこしを示す。
まあ、そもそも日常的な命の取りあいなんぞとは縁遠いところから来ているのだ、殺気などというものへの耐性がおそろしく低いのは当然だろう。
問題は、より一層勇者感が遠退いたことだろうが。
一瞬前まで自分に向けられていた殺気になにもできずにいたユリナが、隣の偽勇者の有様にドン引きしたことと、クーレイスの意識が自分から逸れたことでチャンスと踏んだのだろう。……実際には、意識を向ける必要さえないと思われているのだが、そんなことは露知らず。ここぞとばかりに飛鳥へと顔を向けた。
「勇者様! あなたが本物の勇者様だとはひとめでわかりました! どうか、どうかわたくしをお守りください!」
最大限のこびっこびを魅せて。もとより小柄で愛らしい見た目のユリナは、長い睫毛に覆われた大きな瞳を潤ませて、庇護欲をそそる態度と声音全開で飛鳥へと呼びかける。……ことここに至って、「わたしを守れ」とは、と、全方位から顰蹙を買ったとは思いもしないのだろう。
なにせ彼女には自負がある。そう、だれをも虜にできるという、絶対なる自負が。
「無駄ですよ」
「…………は?」
「アスカは魅了を無効化します。ミルカの魅了さえ効かないのですから、あなたごときのちゃちな魅了なんて効くわけがないでしょう」
「な、な、な……」
そう、ユリナが聖女という地位を得るのに大いに役立った能力として、魅了魔法が使えるから、というのもあった。人間としてはそこそこ強い魅了魔法を保持する彼女は、それを使って自らの地位と立場をより一層高めていったのだ。
とはいえ、いくら昨今のこの国の上層部がアレだとはいえ、そういった魔法になんの対処もしていないわけではない。立場が上に行けば行くほど、そういった魔法に対抗する手段も備えているため、国王をはじめ、上位貴族たちや教会の関係者などには彼女の魅了魔法など効いていなかっただろう。
ただそれでも、使えるとは思われたようだ。おそらく、その野心的なところと、かといって頭がいいわけではないというところが強く評価された要因だと思われる。
なにしろアヴィはどうにも我が強い。なまじ能力が優れているため、力づくで強制するにも手に負いきれなかったりもしたため、飼い殺すにはまったくもって不向きだったのだろう。まあ、多少聖女が役者不足であろうとも、勇者にそれを補ってもらえばよし、能力は勇者に任せ、聖女は対外的な顔の役目を果たせればよいというのが上層部の最終判断であり、結果としてアヴィが追放となった理由であった。
アヴィの能力を知っておきながら追放とは、とも思うが、殺そうとすれば返り討ちにあうし、当然閉じ込めるにも抵抗されれば被害がバカにならない。残られても迷惑でしかない以上、罪をでっちあげて被せて追放という方法が彼らにとって最善……というか、それしか手段が残されていなかったのが実情だ。
アヴィの能力と性格を思えば理解できなくもない部分もあるが、それにしてもお粗末に過ぎると、のちのち詳しいはなしを聞いた飛鳥は思う。これでアヴィが他国にでも逃れていたらどうするつもりだったのか。当の本人は「もう人間は充分です」と、はじめから魔族の領地を目指す気でいたらしいのだが。
「だ、だとしても! 勇者なんだからあたしたちに味方するのは当然でしょ⁉ だいたい、だれが喚んであげたと思ってるのよ!」
さっきはそれはもう鳥肌ものの猫なで声でわたくし、なんて媚を売っていたクセに、切り替えの早いこと早いこと。顔を真っ赤にして怒鳴るユリナに、くちをきけないながらも同感のまなざしがあちこちから飛鳥に向けられる。
「え。なんでそんな上から目線なんだ? 俺、召喚してくれって頼んでないけど」
「な、なに言って……」
「一応、ちゃんと理解しておいてほしいんだけど、あんたたち、加害者。で、俺、強制的に拉致された被害者な」
「ら、拉致って……アンタ、勇者召喚は栄誉なことでしょ……?」
「この国の人間にはそう思われてるのかもしれないけど、喚ばれるほうにとっては強制的に拉致されるっていう犯罪被害に遭った認識しかないぞ。……いや、そこにいるヤツともうひとりは知らんけど」
召喚された結果、飛鳥はこちらで充実した日々を送ってきたわけだから、正直感謝してもいいかなという気もあるが、それはあくまで結果論。アヴィが魔族領にいてくれて、そのアヴィのもとに召喚されたからこそ成り立った日々でしかないので、一歩間違えば本当に被害者一直線でしかない、飼い殺しをされて都合のいいように使われる日々を送っていたかもしれないのだ。
飛鳥が感謝するのはあくまでアヴィや魔族たちにであって、当然、身勝手に拉致をしてきた人間にではない。
「まあ、そんなわけで、今回ここに出向いた理由なんだけど、二度とこんな勇者召喚なんて真似できないよう、その手段や方法を徹底的に潰させてもらいにきたんだ」
「ちょ、アンタ、自分がなに言ってるかわかって……」
「それはもちろん。もう二度と被害者を出さないようにするってことだけど?」
当然だろう、と言い切る飛鳥のことばに、愕然とした様子なのはユリナだけではない。クーレイスの圧におされながらも、そればかりはさせまいといくらかの人間が必死の形相を見せた。が、すぐにすこしばかり強められたクーレイスの圧により、絶望に染まる。
「下手なことをしない限りはとりあえず関わらずにおこうとも思ってたんだけど、なんか魔族領に迷惑をかけだしたって聞いたから。クー……魔王サマが手伝ってくれるってことで、きれいさっぱり潰させてもらうな。あ、もちろん、そこのヤツと、もうひとりはちゃんと還してくれるそうだから、心配ないぞ」
よかったな、と笑いかけるが、反応はない。……できないのだろうが。
どのみち、これに関しては当人の意志は関係ない。魔族に迷惑をかけてしまったというのもそうだが、あるべき姿に戻すだけなのだから。
「と、いうわけだ。余も暇ではないからな。さっさと終わらせてしまおうではないか。なに、だれひとり殺しはせぬよ。……余はな」
意味深なことばを残し、ぱちんと指を鳴らす。直後、ショウヤの周囲が歪み、彼の姿が声もなく掻き消えた。
「ふむ……。これはなかなかに魔力を持っていかれるな。久方ぶりに疲労を味わうぞ」
「まあ。では執務をもっと増やしていいと、側近様にお伝えしておきますね」
「やめろ、やめるのだ。それは違う疲労だ。いつも感じてる」
興味深そうなつぶやきに、さも楽しそうにくちを挟んだミルカ。そんな彼女の弾むような声音に返すクーレイスの声音は本気のものだった。
「ああ、アスカ、一応伝えておこう。もうひとりのほうにはミルカの使い魔がついていたからな。その魔力を辿って居所は把握していた。ともに還したぞ。……たぶん、もとの座標に戻れていると思う。たぶん」
「え、たぶんなのか?」
「いや、さすがの余でもはじめての魔法だからな。アスカの世界には魔力もないようだし、時空を超えた時点で把握ができなくなる。でもほら、余だし。万能の魔王様だし。ズレても多少だと思うぞ、たぶん」
「たぶんなんだ」
語尾に不安要素がつきすぎではなかろうか。だがもう送ってしまった以上、どうにもしようもない。万能の魔王様を信じるほかないだろう。
せっかくの同郷の人間との別れが、特段なにに浸ることもなくさっくりと済んでしまったが、だからといって飛鳥に思うことなどなにもなかった。
なにせ、こちらに召喚される直前に絡まれただけの、本当になんの関係もない存在だったのだ。仕方ない。これでもうすこし関わりのある相手だったなら、もしかしたら別れを惜しむ感動の瞬間でもあったかもしれないが……いや、ないな。そこまで思う相手がいたなら、こちらに残ることを決める際、もうすこしくらい悩んだだろうし。
そんなわけで現実としても、飛鳥の内心としてもなんら感慨も感動もなく実にさっくり勇者召喚のおまけたちはもとの世界へと還っていったのだった。
「さて、次はこっちだな。なに、心配は要らぬ。破壊は余の本質ゆえ、多少の疲れなんぞなんの障りにもならぬ」
疲れた、と、くちにはしながらも、それを一切態度には出さず、クーレイスは再び指を鳴らす。直後、音もなく足もとが、壁が……城の一切が、きれいさっぱり消え失せた。
中にいた人間はクーレイスの事前の宣言どおり殺されるようなことはなく、全員怪我ひとつなく地面に下ろされている。事情もわからぬものたちが困惑に慌てふためいていたが、面倒だからと揃ってクーレイスの圧の被害者と相成った。
戦闘とは無縁のか弱い侍女やメイドたちなどを筆頭に、その圧だけで気を失ったものたちも多くいたが、やはりクーレイスは気にしない。謁見の間はどうやら二階にあったらしく、クーレイスは腰かけている玉座とともに、飛鳥やアヴィ、ミルカもまたクーレイスの魔法によって宙に浮いた状態となっていた。
そのままクーレイスはちらりと視線を移し、すこし遠くに見える厳粛な雰囲気の建物を目にとめ双眸を細める。
「あれか」
ちいさくつぶやき、ぱちりと指を鳴らせば、今度はその建物が消え失せた。どうやら聖女信仰の教会本部を消したらしい。あちらにもまた勇者召喚の情報が置かれていると、事前にアヴィから聞いていたのだ。
建物から書物からなにもかも。独占したいがゆえにその二か所にのみ勇者召喚にまつわるすべてを抑えていたのが、こちらとしては功を奏した。これでまずはひとつ、かたちに残るものは消し去ったわけだ。
あとはそう、記憶のみ。
クーレイスの視線が再び眼下の人間たちに向けられた。
「ではあとは貴様らの記憶をいじらせてもらうとしよう。ミルカ」
「はい、お任せを」
当然クーレイスもそういった魔法を使えるらしいのだが、彼はどちらかというと破壊の方面にこそ寄るらしく、害なく記憶操作をするにはミルカのほうが長けるとのこと。特段殺さない理由もないにせよ、わざわざ殺す必要もないゆえの、穏便な、平和的措置である。存外魔族のほうが理知的なのだとはアヴィの談だ。
クーレイスに名指しされ頷いたミルカが、妖艶にほほえみをたたえて眼下の人間たちを見下ろす。それだけで済むらしい。
クーレイスが圧を解いたが、人間たちはだれひとりとしてことばを発することも、また身動きをとることもなくぽかんとただひたすらに茫然とするだけ。一様にみなその様子なのだから、ちょっとだけ心配にもなる。
「え、ミルカ、アレ大丈夫なのか?」
「あら、アタシの魔法を疑うの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「大丈夫よ。そのうち適当な整合性をつけて戻ってくるわ」
勇者召喚に関する部分だけをきれいに抜き取ったわけだが、そこに穴が生じることは否めない。失われた時間などの記憶を別のかたちで埋める、もしくは繕う必要があるため、すこしばかり時間を要すのだそうだ。城が消えたことは魔王の襲撃にあったという事実が残るだろうが、なぜ襲撃されたかは別の理由にすり替わるとのこと。
それぞれがそれぞれに都合のいい記憶で穴埋めするだろうから、統一性はなく混乱を招くだろうけど、そのあたりはもう知ったことではない。どれだけ考えようとも、もう勇者召喚に関しては思い起こされることはないという。たとえ他国などにつつかれようとも、それで綻ぶミルカの魔法ではないようだ。
二度と思い起こされないうちに、時間の経過で真実失われるだろうとミルカは言う。
「では魔王様、アタシは向こうも処理してから戻ります」
「うむ。頼んだぞ」
恭しく一礼して、ミルカは歪んだ空間の向こうに消えていく。転移の魔法って便利だなと羨む飛鳥だが、あれはかなり高度な魔法らしく、実は魔族でも使えるものはごく少数なのだという。さすがにアヴィも使えない。
「ではこちらも戻るか」
言うが早いか、クーレイスも飛鳥とアヴィを伴い空間を歪める。残された玉座だけが置き去りにされ、クーレイスの魔法による支えを失い地面に落下した。
その衝撃による音で地上にいた人間たちは我に返ったのだが、もはや飛鳥たちの知るところにはなかった。