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19/21

喧嘩は売られたなら買います~おとなしくしておけばよかったのに~


 珍しい。それはもう、珍しい来客が訪れた。



「……アタシ、確かにここを守ってって頼んだけど、短い間にここまで発展させるなんて思いもしなかったわ……」



 若干茫然と、どこか呆れた様子さえ滲ませてつぶやいたのは、このあたりを統括する領主、ミルヴィリカ。一応飛鳥の庇護者であり、この村を任せた魔族、吸血鬼だ。


 飛鳥がここを訪れて約二か月。それが早いか遅いかは置いておき、それまで手紙でやり取りをしていたミルカが、ついに自らこの地を訪れた。


 村の状況は常に手紙に認め送っていたが、実際に目にしてその発展具合をはっきりと認識できたのだろう。ここで随時それに携わってきた飛鳥でさえ異常と思うスピードだったが、やはりこれはミルカほどの魔族から見ても異常なスピードだったのか。

 そも、これだけの家が立ち並ぶ期間では絶対にないだろうから当然かもしれないが。


 ちなみに余談だが、ミルカの来訪と同時に待ってましたとばかりに彼女を襲撃したヒルダリアは、あっさりと返り討ちにあっていた。ミルカと対峙するには精神耐性のほうこそを鍛えておくべきなのでは思うやられかただった。



「村もそうだけど、まさか魔王様や神龍まで居座るだなんて思いもしないわよ」


「……ん? え、魔王様?」


「え? ……ちょっとまさか、知らずに居座らせていたの?」



 信じられない、と、目を見開かれるが、正直そんな存在がここに居座っていたということのほうが飛鳥には信じられない。飛鳥が目を瞬かせている間に、しゅばっと勢いよくミルカが視線を向けた先では、黒髪のケケモレースだいすき魔族クーレイスが、てへりとわざとらしい笑みを浮かべて小首を傾げた。



「いやあ、だって聞かれなかったし?」


「知らない相手にいきなり魔王様ですか? なんて訊く存在がどこにいますか! 言っておきますけど、アタシもこの村も無関係ですからね! 側近様たちに怒られるのは絶対ご自分ひとりでお願いしますよ!」


「えー、つれないではないか、ミルカちゃん。余とミルカちゃんの仲ではないか」


「ちゃんづけやめてもらえますか。あなたとアタシの仲も、主と部下でしかないので、絶対巻き込まないでください。というか、ホントに仕事放って来ていたりしませんよね?」


「うーむ。ミルカもケケモレースに興じてみるとよい。これはなかなかに中毒性が高いぞ?」


「返事に! なって! ない!」



 ミルカが軽くあしらわれているというのもそうだが、どうにも魔族の王とその配下の会話というようには思えない。むしろ気心の知れた、距離の近しい上司と部下というか……。


 そもそもクーレイスは割とひとあたりのいい好青年であると飛鳥は認識している。まさか魔王だとは思っていなかったために、一人称が余であることはちょっとどうかと思っていたが、ジグルやヴィグィードだけではなくほかの住民たちとも打ち解けていたし、ケケモレースの王者ヨーシーを師匠と呼ぶひとりであるのも変わりない。

 そんな彼が魔王であるということに、飛鳥以外は気づいていたのだろうか。



「ふ。これだけ魔力を抑えてあるからな。余に気づいておったのはジグルと火龍、それにヒルダリアくらいのものであろう。ヤツらは全員、余に会ったことがあるゆえな」


「え、こころ読めるの?」


「読もうと思えば読めるぞ。だがいまのはどうせ疑問に思うだろうと思ったゆえに解決してやったに過ぎぬ」



 なるほど。……え、こころ、読めちゃうんだ……。


 すこしばかり、クーレイスへの警戒心が高まる。



「はあ、もういいです。アスカからの定期報告に魔王様のことが一切書いていなかったのに、ここにいらしたから呆れた……いえ、驚いただけですので」


「隠れてないぞ、ミルカ」


「隠してませんもん。とにかく、いらしてたならそれはそれでちょうどいいです。アスカ、ちょっと真面目なはなしだから、場所用意してくれる? 魔王様はもちろん、アヴィも来るように」



 真面目なはなしとは。首を傾げる飛鳥だが、どうあれ飛鳥に用事とあれば、そこにアヴィが同席するのはなんとなく理解できる。なにしろここを任された飛鳥を任されたのがアヴィなのだから。そこに魔王まで必要とは、なんとも穏やかではなさそうだ。

 とりあえず自宅でいいかと飛鳥の家の客間へ案内し、もてなしの意味合いで茶を出す。そうしてそれぞれが席についたところで、改めてミルカが切り出した。



「さて。アスカが約束を果たしてくれていたように、アタシもちゃんと約束を守ったわよ」


「約束?」


「……ちょっと、ここを任せる代わりに、ちゃんとアタシだってキミのために動いてあげるって約束したでしょ。一方的に押しつけたみたいになるから、その反応やめてよね」



 じとりと睨まれ、飛鳥は慌てて首を振る。



「いや、いやいや覚えてたってもちろん! もとの世界に戻る方法だよな!」



 正直ちょっと記憶から抜けていたけれど、すぐに思い出せるくらいには遠ざかっていなかった。だからそんなにじっと胡乱げに見つめないでほしい。

 ミルカは飛鳥の様子に盛大に溜息を吐き、半眼のまま腕を組む。



「まったく。自分のことなんだから、しっかりなさい。とにかく、ここに魔王様がいらっしゃったならちょうどいいわ。魔王様、どうぞ結論を」


「うむ。還せるぞ」


「え」



 大仰にひとつ頷き、クーレイスがきっぱり告げた。短いことばだが、大きな意味を持つそれに、飛鳥は思わず目を見開く。



「スーリエでの調査の記録は魔王様にもご報告していたの。勇者召喚のための術式を解読して、それを逆作用させられる術式、もしくは別の手段や方法を模索するのにお力を借りたのよ。こんなんでも、魔族の頂点に立たれるおかただから」


「こんなんて」


「執務放り出してケケモレースに熱中しているのはどこのだれでしょうね」


「なんだまったく嘆かわしいな、イライザのヤツ」


「アイツもはまってるんですか⁉」



 さらっと他者に矛先を向けたクーレイスに、ミルカが呆れたように額に手をあてる。イライザとは? と首を傾げる飛鳥とアヴィに、別領地の領主だとミルカが溜息混じりに教えてくれた。


 おそるべしケケモレース。知らず多くの大物を引っかけているようだ。



「安心しろ。あやつもまた、ヨーシー師を仰ぐ同士だ。決して暴れん」



 おそるべしヨーシー。そうそうたる顔ぶれが弟子面しているようだが、本人公認なのかちょっと気になってきた。彼の胃は大丈夫だろうか。



「いやもういいです。変に振るとすぐ脱線させるんだから、このかた……」


「そんなまるで余が悪いみたいに……」


「被害者面やめろ」



 たぶん充分クーレイスが悪いだろうが、あまり不用意にくちを挟むと余計な方向にしかはなしが進まない気がしてならないため、放置する。代わりに話題を戻そうと試みた。



「えーと、それで? クー……っと、魔王様が、その方法を見つけてくれたってことなのか?」


「ああ、よいよい、クーで。我が城にて魔王として対峙するのであればまた別だが、市井に降りてまで堅苦しくいたくはないのでな」


「じゃあ遠慮なく」


「……キミ、ホントに肝が据わってるわね」



 そんなふつうの友人同士みたいな魔王と勇者など見たことがない、と、ミルカからまたも溜息が漏れる。



「それでだ、アスカの疑問に対するこたえは是だな。面倒に入り組ませた術式を組んではおったが、余にかかれば児戯よ。まあ、ときおり勇者と遊ぶのも悪くはないゆえ放っておいたが、当の勇者が本当は迷惑を被っておったと認識しておるなら潰してやるのも吝かではない。なに、いままで充分愉しませてもらったからな。礼の代わりだ」


「……潰すのは、還してから、だよな?」


「うむ。もちろんだ。アスカが望まぬなら還すだけに留めても良いぞ」


「いや、ソレは徹底的に潰してほしい」



 幸いにも、飛鳥はこの世界に来られたことに満足していた。命の危険は看過できないレベルにあったものの、充足感は満ちていたし、多くやりがいもあった。とはいえ、召喚された、というよりも思いきり拉致されたという被害者としての認識のほうが強いことは事実だし、なによりそれは客観的に見ようと現実だろう。

 飛鳥の幸運はこの魔族領でこそ得られたものであり、身勝手に拉致をしてきたスーリエという国に対しては余すところなく加害者認定しかない。端的に、赦せる要素は一切なかった。


 だからこそ、次の被害者は絶対に生まれてほしくはないし、生まれるべきではないと思うのだ。



「そうですか……。アスカは、還ってしまうのですね」


「え、還らないけど?」


「え?」


「は?」



 珍しく声のトーンを落としたアヴィのつぶやきに、間髪入れずに返す飛鳥。当然のようにその場で驚いた様子の視線を集めることになった。


 いや、クーレイスだけ、なんだかとても愉しそうににやついていたが。



「え、還らないんですか?」


「え、還らないとダメなのか?」


「そう、言われると……。アスカが還らずともいいというのなら、いいのだと思いますが……」


「そうねえ。すくなくとも、アタシは助かるし、たぶん、ここの住民たちもよろこぶんじゃない?」


「うむ。余も大歓迎だ。一層、おもしろいアイディアを生み出すがよい」



 若干戸惑い気味なアヴィとは対照的に、ミルカやクーレイスは歓迎一色の模様。強制帰還のことばが脳裏をよぎりすこしばかり不安になった飛鳥は、ふたりの態度に安堵する。

 帰還の方法がどういうものかわからなかった間はそうなる可能性も考えていたが、任意で選べるとあるなら、飛鳥に還るという選択肢はなかった。



「本当にいいんですか? ご家族や友人は?」


「あー……いや、実はうち、ネグレクトなんだよな」


「ねぐ……?」


「えーと、育児放棄ってヤツ?」



 もともとものごころついた頃には母親しかおらず、その母親もさして顔を合わせることさえない始末。児童相談所の案件に上がったこともしばしばで、そのあたりがもとの世界で飛鳥が絡まれやすくなっていた理由でもあったのだが、聞いて楽しいはなしでもなし、詳しくは語らない。



「たぶん、俺がいないことにも気づいてないし、しばらく気づかないんじゃないかな」



 それが月単位か、はたまた年単位にまでなるかはわからないが。適当に会話をする友人なら思い当たらないこともないが、そちらもまた、飛鳥がだれかに絡まれているようでも助けてくれようとするほどの存在でもない。


 つまりは、特段未練などないのだ。最初から。


 むしろ割と早い段階からこちらの世界のほうにこそ愛着をもった飛鳥であるが、それはそれとして、拉致はやはり赦せなかった。



「なるほど。後腐れなくこの世界に残れるというなら、わたしも特にいうことはありません。歓迎しますよ、アスカ」



 にっこり笑うアヴィのその純粋な笑顔も、まっすぐに歓迎すると伝えてくれたそのことばも、正直アヴィのいままでの言動からはすこしばかり予想外で、飛鳥は目を瞬かせてしまう。けれどそれをきちんと噛み砕き、飲み込めば、ふつふつとわき上がるのは確かなよろこびだった。



「ああ。ありがとう」



 ちょっとばかり照れくさい気がするのはご愛敬というものか。へらりと笑って返して誤魔化してみる。


 そんな飛鳥ににやにやといやらしく笑うのはミルカだが、茶化すことばを紡がないだけよしとした。



「ふむ、では潰すだけでよいのではないか?」


「いやいや、なんかおまけで喚ばれちゃったヤツらがいるから、そいつらは還してほしいんだよ」


「そやつらも残りたいと言うかもしれんぞ?」


「強制帰還で」



 小首を傾げるクーレイスのことばは、無慈悲に切って捨てる。自分は残りたいと言ってそれを認めてもらったのに、おまけ召喚されてしまった人物たちの自由意思は尊重しない。それはもちろん飛鳥の器がちいさいとかではなく、残しておいても迷惑だろうと判断したからだ。

 勇者だなんだともてはやされて、いい気になって魔族領に侵入しようとするなど、今後碌なことをしない公言だとさえ思えて当然だった。……まあ、おまけのさらにおまけについてはわからないが、本来は恋人同士だったのだ。一蓮托生でいいだろう。



「そうねえ。アタシもそれがいいと思うわ。こっちが放置しているのをいいことに、魔族領に侵攻して、魔王様を討伐しようという動きを本格化させているようだし」


「え、マジで?」


「冗談にしか思えないだろうけど、ホントよ」



 せっかく勇者を召喚したのだから、魔王を倒してもらって、王家の求心力を思いきり上げてもらおう、という、なんかものすごく頭の軽いはなしになっているらしい。魔族側がおとなしくしているから、いっそ笑えるくらいに実力差を測れなくなっているようだ。

 本物の勇者はともかく、本物の聖女の能力は知っているだろうに、それさえ忘れてしまったのか。それとも、その足もとにも及ばない程度の偽聖女でさえ倒せるくらい魔族は雑魚だと侮られているのか。はたまた、そんなお荷物を背負ってなお魔族を倒していけると、勇者召喚のおまけが過剰評価されているのか。

 真偽はさっぱりわからないし、なんなら理解したくもないけれど、迷惑をかけようとするなら潰すのは当然吝かではない。触らぬ神に、という格言はこの世界にはないのだろう。



「じゃあちょっと人間たちに灸を据えて、それから向こうの召喚されしものたちを帰還させ、勇者召喚に関する一切合切をぶっ潰す、ということでよいな?」



 まとめに入り、結論を出したクーレイスに、否を唱えるものなどもちろんいない。全員がはっきりしっかり頷き、クーレイスも頷いて返す。



「よし。ではさくっと行って、さくっと終わらせるか。余はさっさと次のケケモレースの準備がしたい」



 一国に乗り込むのはケケモレースの前座かなにかか。まあ、魔王なので事実その程度にしかならないのだろうけど。





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