せっかく落ち着いてきたんだから馬鹿な真似するなよ……
ケケモ・ケ・モーモは、ルツィのいうように、探そうと思えば案外ほんとうにあちこちに存在していたらしい。
危惧とかまったく必要なかったかのように、驚くほど瞬時に流行ったケケモレース。それに参加したいわけではないが、せっかくなら自分も相棒となるケケモがほしいと、飛鳥も探すことにした。
村では飛鳥のようにレースに興味はなくとも、ケケモと共存したい住民が存外多かったようで、いまではひとりに一匹くらいはあたりまえとなっている。
飛鳥は探しはじめてすぐにふらりと見つけた黄色いケケモを相棒とし、ピヨと名付け、概ね常に頭に乗せて移動するようになっていた。
ぴ、ぴ、と鳴くからピヨという、我ながらちょっと安直かとも思える名づけだが、その名と色味と相俟って、どうにもひよこに見えてしまうのは否めなくなっている。
ちなみにケケモは育て主の魔力を食べたり、空気中の魔力を食べたりするらしく、食費はかからない。なんならくちがあるのかもわからなかったが、それはまあいいだろう。
そうしてケケモが流行りだして数日。ピヨを頭に乗せた飛鳥が村の中を歩いていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「よーし、点呼! バーガー!」
「ぴ!」
「肉!」
「ぴ!」
「ハンバーグ!」
「ぴ!」
「焼き鳥!」
「ぴ!」
「ステーキ!」
「ぴ!」
……オール肉なのだが。というか、ネーミングセンス……。
という感想はいまさらでもあるが、いまの声は飛鳥の安寧上いちばんの問題となっていたヴィグィードのもの。彼こそがケケモレースに最も引き寄せられてほしかった存在ではあるが、予想以上にくいついて、五匹の色とりどりのケケモに日々トレーニングとやらを課していた。
色とりどりの五匹というところに、なにかの戦隊でもつくりたいのかと思いもしたが、たぶんそんな意図はないだろう。確認はしていないが。なまえについても悪意など一切ないし、いずれ食用にするという意図もないらしく、ただただ自分のすきなもののなまえをつけたのだとか。
ハンバーガーは飛鳥が提案してレティとハンナがつくるようになったもののひとつだが、ヴィグィードは大層気に入ったらしい。バンズの間に、肉肉チーズ肉チーズ肉肉と挟んだオリジナル品を所望し、大口で頬張っていた姿にはちょっとドン引いた。
「おお、ヴィー様、今日も精が出ておられるようですな!」
「お、ジグルか。まあな、今日こそはオレのバーガーたちのどれかが一等とってやるぜ!」
「ははっ、それは勇ましい。しかし俺のハンゾウも負けませんぞ!」
ジグルのケケモ、ハンゾウ。なぜ和名なのか。そもそも和名を知っていたのか。問いかけた飛鳥に、ワメイとは? と小首を傾げたジグルは、なんとなく素早そうと思ったと言っていた。まさかのまったくの偶然。ありえるのか。ありえたのだ。
ジグルの頭の上で白いケケモ、ハンゾウがちいさなからだで精一杯胸を張っている。愛らしい。
「ふ。戦の前に余裕そうだな」
「あ、クー!」
きちんとことばとことばを交わす平和的な会話をするふたりのもとへ、ひとりの青年が歩み寄る。黒い髪には飛鳥も親近感を抱く、最近よく村に現れるようになった青年だ。なまえはクーレイス。どうやらケケモレースが目当てらしく、ヴィグィードやジグルとともにいるところをしばしば見かけていた。
飛鳥もすこしばかりはなしたことがあるが、ふつうに冷静そうな、脳筋枠ではなさそうな青年だ。安堵した。
そんなクーレイスに限らず、ケケモレースをはじめてから、日に日にこの村にそれを目当てに訪れる旅人が増えている模様。まださほど時間も経っていないというのに、魔族の情報網と行動力の恐ろしさを目の当たりにした気持ちだ。
……そういえば、ヒルダリアの襲撃も、時間的に考えたら早かったなと、どこか遠く思う。そのヒルダリアも、レースにこそ参加はしないようだが、ケケモを育て出してからその愛らしさにやられたらしく、いまはケケモに執心している。当初、そんなものに興味などない! と強く言っていた彼女だったが、アヴィが自身のケケモを連れてはその愛らしさを語って聞かせたようで、そこまでいうなら……という流れから陥落までは早かった。
ちなみにアヴィは飛鳥の回しものではない。ルツィがフルブルック経由で新しい胸当てで釣っていた、ルツィの回しものだ。アヴィの脳筋具合に苦笑すればいいのか、着々とそういう方向に進んでしまっているルツィの将来を嘆けばいいのかはわからない。
それはともかく。問題児ふたりプラスアルファで盛り上がっているところ、わざわざ茶々を入れる気はないので内心にて留めておくが、件のケケモレース、一等常連はあの三人ではない。不動の王者はフルブルックのもと、大工仕事に勤しむ住民、ヨーシーさんだ。現在、三人から揃ってなぜか師匠と呼ばれ、慕われている。……羊の獣人で、戦闘能力はない。
とりあえず盛り上がるあの輪の中に入る予定は特にないので、仲いいな、と、他人事に終わらせ横目で過ぎ去る。今日の飛鳥の予定は別にあるのだ。
ハンナの店に立ち寄り、いくつかの食品を受け取ると、建築を手伝ってくれている妖精に声をかける。そうするとすぐにシシルへとはなしが伝わり、ブランデンドのもとへと転移できるのだ。
「こんにちは、ブランさん。はいこれ、いろいろもらってきた」
「おお! 待っておったぞ、アスカ!」
食事事情を向上させはじめて以来、いろいろとお世話になっているブランデンドやシシルのもとにそれらを運ぶことに決めたのは、当然村の総意である。まあ、あくまで木であるブランデンドに魔族やひとがくちにする食事を摂取できるのかは甚だ疑問ではあったのだが、それを問うた先であるシシルが確認し、食べられるし興味もあるということで、代表して飛鳥が届けることになったのだ。
ブランデンドは動けないが、シシルは自由に動き回れる。村にだって割と頻繁に訪れるし、だからこそ彼女が受け渡しの役目を担うと言っていたのだが、せっかくだからたまには第三者……この場合、飛鳥が相当する立場のものとも会話がしたいとのことで、飛鳥が任された。もとより、ここに訪れてほしいと乞われていた身でもある。
森自体には村の住民たちは受け入れられているし、ブランデンドのもとまでも、飛鳥のほかにはアヴィとルツィ、フルブルックも歓迎されているのだが、あまり多くをここに招くことはシシルがいい顔をしない。リスク管理がどうのともっともらしいことを言っていたが、単にブランデンドとの憩いの場を邪魔されたくないだけなのだろうとはアヴィの談だ。それを証明するように、アヴィがもっともシシルに歓迎されないらしい。聖女の能力は買われているので、いざなにかあったときのために認められているだけのようだ。
……正直、アヴィにそんな恋愛に関する機微を察する能力があったことに驚いたことは秘密にしておくべきだろう。
飛鳥はそばまでゆっくりと飛んできたシシルに、持っていた袋を手渡す。ご苦労でした、と、それを受け取ったシシルはすぐさまブランデンドのもとまで戻っていく。そして手ずからひとつひとつ中の食品をブランデンドのくちらしき穴へと放り込んでいった。
「おお! うまい、うまいなあ、これは。うむ、うむ。また一段と食事に磨きがかかっておるようでなによりだ」
大きさに関わらずひと飲みなのはともかく、串揚げの串まで一緒に放り込んで大丈夫なのかと最初は思ったが、木製なので大丈夫らしい。それを聞くと今度は肉や野菜、魚などの食材のほうはどう消化されているのか疑問になるのだが、ひと通り味わったあとは体内の魔力で分解してエネルギーに転換しているのだとか。
……肉類もいけると知って、ちょっとだけぞっとしてしまったのは仕方のないことだろう。
「ブランさんたちにはお世話になってるからな。それつくってる子が、お礼を伝えてくれって言ってた」
「ふむ、確かに聞き届けた。今後とも一層精進し、よき料理をつくるよう伝えてくれ」
「わかった」
何度かこうして対話を重ね慣れた飛鳥は気安く接することも許されこの態度だが、長き年月生き続け、この広大な森を守り続けているブランデンドは、多くの魔族から一目置かれる存在だった。領地持ちの魔族でこそないものの、この森の規模を思えばそれがひとつの領地とも言えるし、相応の評価なのかもしれない。
うまいうまいとどんどん料理を平らげていったブランデンドは、最後の一品を食べ終えると思い出したようにことばを放つ。
「そういえば、すこし前に我が森に侵入者が訪れたのだが」
「え、侵入者?」
「うむ。自称勇者一行だ」
「え、は⁉」
勇者。もちろん、それは飛鳥ではない。飛鳥ならばこの森に受け入れられているし、侵入者扱いなど受けないし、そもそもふつうにここまでだって呼んでもらえる。
自分が勇者である、という実感はいまだもってあまりわかないが、それに付随するチート能力にはとてもお世話になっているし、ちょこちょこ他者からそうであるという指摘は受けるので認識くらいはきちんとできていた。
「へー、俺以外にもいるのか、勇者」
「おらぬだろ」
即座に返され、え、と首を傾げる。だっていま、勇者一行って、と不思議に思えば、呆れたような視線をシシルが投げてきた。
「ブランデンド様は自称とおっしゃったでしょう。勇者と担ぎ上げられているのは、あなたがご存知のかたなのでは?」
「俺が……?」
「……あなたの召喚に巻き込まれた人間がいるという情報をいただいていますが」
「んん? ……あ、そうだ、いたいた、そんなヤツ」
記憶をなんとか手繰って、ミルカから聞いていたはなしを拾い上げる。一層シシルの呆れた様子が深まった気がするが、飛鳥としては仕方ないじゃないかといいたい。なにしろここに来てから濃い日々ばかりを過ごしてきたし、なんなら命の危険を感じたことだって一度や二度ではない。巻き込まれたという人間は、飛鳥の友人でもなければ、むしろ害そうとしてきた相手なのだ。
召喚に関しても飛鳥は完全なる被害者でしかないわけだし、忘れていたところで責められるいわれは一切ない。
「……それと、偽物の聖女ですね。アレをアヴィの代わりにするとか、人間は正気なのかふざけているのか判断付きかねましたが」
「なんかミルカも能力が足りてないとか言ってた気がするけど、そんなにひどいのか?」
アヴィの能力のすごさはわかる。なんならいっそ勇者のチートがしばしば霞んでしまうくらいに聖女すげーと思ったことだってあった。さすがにあれだけの能力を持つものがごろごろいるとは思えないが、だからといってアヴィをわざわざ追放してまであとに据えた聖女だ。多少の劣りはあろうとも、ある程度の能力くらい備わっているだろうというか、備わっていなければだめだろうと思っていた。
けれど、まったくもってそんなことはなかったらしい。
「ええ、アヴィの爪先ほども……それこそ比べるのも烏滸がましいほどにはまったく能力などない娘でしたよ」
「ええー……なんでそんなのを聖女にしてるんだよ……」
「本人が仕向けたのか、周囲が仕向けたのか。頭の中身も詰まっていなさそうでしたから、傀儡には向いていると思います」
辛辣。基本的にブランデンド以外には過ぎるくらいに塩対応なシシルなので、通常運転といえば通常運転か。
そういえばアヴィから特にそのへんのはなしを聞いたことはないなと思い至る。追放されたこと自体はむしろよかったとさえ思っているようだが、その経緯に思うところはないのだろうか。
「あとは護衛なのか仲間なのかが数人ですね」
「……そいつらはどうしたんだ?」
「すこしばかり灸を据えて帰したぞ」
さらりとブランデンドが返したことから、大事に至ることはなかったのかと安堵する。飛鳥のおまけとして召喚された人物も、所詮はおまけというだけでしかないと聞いた気がするし、大事に至らせるだけの能力もなかったのかもしれない。
森の中には獣のほかに魔物もいるし、下手に妖精に見つかって悪質ないたずらをされてもひどい目にしか遭わないだろうから、無事に帰してもらえてよかったな、と、他人事に思った。
「ブランデンド様はお優しすぎます。もっとじっくり苦しめて、養分を吸い取れるだけゆっくりゆっくり吸い取る責め苦くらい味わわせるべきだったと思いますわ」
「いや、偽聖女はともかく、自称勇者は一応被害者でもあるらしいしのう……。だが、二度とこの森に踏み入る気などは起きんようにはしたし、よしとしてくれんか?」
「ええ、ええ、もちろんですわ、ブランデンド様。ブランデンド様のそんなお優しいところも、わたくしとても……とても……」
もじもじと言い淀み、ぽっと頬を染めるシシル。完全に恋する乙女だが、そのギャップよ。
いや、まあ、シシルの態度の差はいまにはじまったことではないし、なんだかんだ飛鳥はもう見慣れてきてもいるので、スルーを決める。問題はふたりの会話の内容だ。
なんかちょっと、えげつなさそうな空気がする。
この森にはじめて踏み入る前にルツィから聞いた、おそろしいトレントのはなしを思い出した。
「ええっと……そいつら、なにかしたのか?」
できるだけの能力なんてないと思ったのは間違いだったのか。
「あろうことか、この森を燃やそうとしました」
「……え」
「まあ、ふつうの火くらいでは燃えぬよう加護が届いておるからなあ。実行されたところで被害なんぞ出なかろうが、燃やそうとしたということ自体がシシルの逆鱗に触れてのう……」
「当然です! あんな矮小なものどもが、この森に踏み入っただけでも烏滸がましいというのに、この森を焼き払うですって⁉ 到底許せる思考ではありません!」
おおう……なんてことをしようとしたんだ、そいつら。
薪に転用できるよう、飛鳥たちがもらっていく木々はほかの場所の木々のように燃えるよう、加護が取り払われているものもあるが、基本的にこの森の木は耐火性に優れている。火力の高い魔法による炎や、もちろんヴィグィードの炎の前では無力らしいが、人力でふつうに熾した火により燃えるようなことはまずないと聞いていた。
だからといって、ここはブランデンドの森。それを害そうなどしてシシルが怒り狂わないわけがないのだ。
「なんか……ごめん。同郷の阿呆が、驚くほど阿呆だったみたいで……」
「いや、アスカが謝ることではあるまいよ。ただ、どうやらよからぬ行動に出はじめたようだからな、知らせておくべきかと思ったのじゃ」
「うん、ありがとう。帰ったらアヴィたちとちょっと相談してみる」
「うむ」
いまだにふんすふんすと不機嫌を露わにするシシルをブランデンドが宥め、そんなブランデンドに抱きついて至高の表情を浮かべるシシルの感情ジェットコースターを見ながら、飛鳥は同郷の阿呆の救えなさにひっそり溜息を吐くのだった。