これもまた外せない大事なもの
ルツィが村長と決まりはしても、とりあえず飛鳥に特別なにか新しい依頼がくることはなく、特段襲撃者もない穏やかなそんな日々が続いた今日。ぶらぶらと村中を歩いていた飛鳥を呼び止めたのは、レティとうさぎの獣人、ハンナだった。
灰色のうさぎ耳をぴんと立てたハンナは、見た目的にはレティと同年代くらいの少女だ。であるから、実年齢はレティのほうが断然年上となるのだが、精神年齢が見た目と同等のレティにとって、同年代の友人のような存在らしい。ハンナもまた飛鳥がここに来る前からここに住んでいたもののひとりで、戦闘能力に優れない獣人は、場所によって迫害の対象になるらしく、彼女以外にも獣人はそこそこ集まっていた。
「どうした、レティ、ハンナ」
「ちょっと聞きたいことがあって……。いま、だいじょうぶですか?」
「もちろん」
窺うようにレティに問われて即座に頷けば、レティもハンナも安心したようにちいさく笑う。
「実は、お料理について相談したかったんです」
「料理?」
「はい。アスカさんのおかげでこの場所にも活気が溢れて、みんないろいろとお仕事もできるようになりました。それで、食材も潤ってきたことだし、みんなにもっとおいしいものを食べてもらえたらなって思って」
「なるほど。うまい食事は生活の意欲になるもんな」
同意を示せばハンナがこくこくと頷く。
水回り……というか、主に風呂にばかり思考がいっていた飛鳥だが、それはもうすばらしい温泉という至高を手にしたいま、ほかのことにも意識を割く余裕ができた。ハンナが言うように、勤労に見合ったおいしい食事は確かに日々の糧として欠かせないだろう。おいしい食事と、癒しの温泉。これはもう、日々の潤い待ったなしである。
食材に関してはまだ野菜方面に偏りがちではあるが、種類さえ選ばなければ狩りにより肉を確保することも可能だ。魚は……川魚なら確保できる場所に川が流れてはいるが、量はあまり期待できないだろう。魚介がすこしこころもとなくはあるけれど、それでも手に入る食材だけでもおいしいもののレパートリーは増やせるはず。
ハンナの提案は飛鳥にとっても、この村全体にとってもよいものでしかない。
「そこで、アスカさんに相談なんです。みんなによろこんで食べてもらえるお料理、なにかありませんか?」
期待に満ちた顔で見上げてくるレティには悪いが、ちょっとさすがに範囲が広すぎる。もうちょっとこう、こういう料理、とか、こういうひと向け、とか、そういう指針がもらえると助かるのだが。
「うーん……。たとえばどういうのがいいんだ? 食堂で落ち着いて食べるとか、質より量とか、逆に量より質とか。肉料理がいいとか野菜がいいとかそういうのでもいいんだけど」
「えっと、忙しいひとが仕事の合間とかにちゃんと食べることができて、英気を養えたらいいなと思います!」
はい、と片手を大きく上げてこたえるハンナに、なるほどとうなずく。
「そういうのなら、やっぱサンドイッチやおにぎりは定番だよな」
小麦はもちろん、この世界には米もあった。実は飛鳥の熱望により、ミルカが稲の苗も送ってくれたため、やたら成長の早い作物たちの中には漏れずに米も含まれている。もはやもといた世界での生活よりも、こちらでの生活のほうがよほど充実している飛鳥だった。
「えっと、それはもう、つくってます」
「ああ、まあ、うん、知ってるけど、それだって具材を変えるだけでもっとバリエーションが増えるぞ。専門店が開けるくらい」
「そうなんですか⁉」
「手巻き寿司とかもいいな」
具材を変えるだけでかなりいろいろ楽しめ、腹も膨れる。かなりおすすめではあるが、残念なことにこの村で生産できるものとして海苔がどうしたって足りなくなる。海の近くの都市との交流をルツィに進言すべきかと思われた。
「あとはサンドイッチじゃなくて、バーガーにするとか」
「ばーがー?」
「そう、具材を挟むパンの種類? をちょっと変えてみる感じなんだけどさ」
可能なら、クロワッサンに変えてみるのもいいかもしれない。そちらは女性陣にウケそうだ。ベーグルとかもいいな、なんて、とにかく思いついたものをぽんぽんとくちにしていく。
それらを飛鳥がつくれるわけではないが、興味を抱いてつくれるひとがつくってくれたなら、村の食事情はどんどん向上していくだろう。おいしいものがいろいろ食べられるようになったらうれしいなあ、と、飛鳥は他人任せに希望を抱く。
実際どれだけのものが実現されるかはわからないが、希望を抱くくらいはタダだろう。もといた世界で知る範囲の情報くらいしか提供できないから、足りない部分もまた料理上手なひとたちに補ってもらうほかないのだが。
「ほかにも、串揚げとか串焼きはどうだ? 野菜でも肉でも、串に刺さってたら食べやすいだろ」
「確かに。できたら食事は落ち着いて食べてほしいですけど、でも、片手間で食べられるのはお仕事をしているひとたちにはいいかもしれないです」
「だよな。……そういえば、甘味もちょっとすくないよなー。デザート系も増やしたらどうだ?」
「デザート!」
レティとハンナの声が揃う。きらきらとしたまなざしに、女の子だなあ、と、ちょっとほほえましくなった。
かくいう飛鳥も、甘味を好むほうではあるのだが。
「簡単なところからドーナツ系とか、あ、団子も食べたい。うーん、乳製品の確保についてもルツィと相談するか」
「わたしもお兄ちゃんにおはなしします!」
「牛乳に生クリームにチーズにバター! たくさん揃えば、いろんなものがいっぱい作れますよね!」
身を乗り出して食いつくレティとハンナの姿に、これはいっそ酪農を考えなければならないのでは、と、ちょっと思う。村の住民も増えてきたことだし、すこしずつなら手をつけられなくもないだろうか。
そのための環境に適しているかわからないので、そのへん詳しい存在とかいないか尋ねてみて……牛とか、ミルカに頼んでどうにかなる範疇のはなしかは、訊いてみなければわからない。
とりあえず現状あるものでどうにかできそうなものと、つくりたいけど材料が足りないものなどをまとめ、手をつけられそうなものは順次手をつけていき、必要なものはルツィとミルカと要相談とはなしを進めていく。
結果、どんどんと食の質や種類が向上していき、そしてまたこの村は住民を増やしていくことになるのだった。