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そろそろ必要な役職じゃないかなって


 そんなこんなで、瀕死の重傷から回復した飛鳥は、約束どおりヴィグィードの爪をもらい、それで剣をつくってもらえるようフルブルックに依頼。魔石も思った以上に手に入り、あれやこれやと便利さが増していく村は、ずいぶんと活気に満ちてきた。


 気づけば知らない間に住民が増えているようだが、アヴィの結界の魔法を刻んだ魔石により、邪な目的を抱く輩はそもそも入れないようになっているので、そのへんの心配は不要だろう。とはいえ、ここから先、さらに住民が増えていくようであれば必要な管理や規則を設けることは避けて通れないと思われた。



「というわけで。ルツィ、村長やらない?」


「ええ⁉ ぼ、ぼくですか⁉」



 ハーフエルフの兄妹の兄、ルツィは、見た目こそ十代前半程度の少年だが、実年齢はどうやら飛鳥より上らしい。半分とはいえエルフの血が流れているからこその時間の流れの遅さらしいのだが、レティも年上と知ったときには若干ショックを受けてしまった。……あの見た目で……お姉さん……と。

 そうはいっても、心情的にはまだこどもの部類でいいようなので、改めて年上扱いはしなくていいと言われている。聞いた直後はたじろいでしまった飛鳥も、そのうちすぐにまたふつうに弟妹と接するように接しだした。

 兄弟のいない飛鳥にはかわいらしい弟妹にも思えるふたりだが、頭もよく、ミルカに様々な本を送ってもらっては知識を吸収し、どんどん賢く知恵ものになっていっている。エルフは知識の探究者とも呼ばれるらしいので、その血が働いているのかもしれない。

 とはいえ、もともと迫害の憂き目に遭い、ここでひっそりと暮らしてきた兄妹だ。本から得る知識だけでは偏りも生じるし、実質、経験は足りない。けれどそれらはこれからいくらでも補っていけばいいし、なにより村のまとめ役と考えると彼ら……特に社交性にも長けたルツィ以外には考えられなかった。



「俺、そういう知識とかないし、柄じゃないし、なによりいつまでここにいるかもわかんないしで、ちょっと無理だと思うんだよな。だからといって、ほかに適任もいないだろ? ルツィなら知識もあるし意欲もあるし社交性もあるし、ぴったりだと思うんだよ」



 脳筋組は論外として、フルブルックは致命的に社交性に欠けている。最近はすこしずつマシになってきているようだが、それでもまだ基本的にはルツィを伴って住民たちとの交流を行っていた。レティはフルブルックほど顕著でないにせよ、若干内向的であるのは否めず、やはりこちらもなにかあれば兄を頼りにしている様子。

 ほかの住民にしても、飛鳥やアヴィに頼ることもしばしばだが、わりとルツィを頼りにしているようだとフルブルックから聞いている。


 ほらもうこれ、ルツィしか適任はいないだろう。



「で、でもぼくにそんな大役が務まるとは……」


「なにもぜんぶひとりで背負えなんて言わないって。もちろん俺たちもできることは手伝うし、もっと住民が増えるようなら、相応の役職をつくって分担したほうがいいとも思う。でもやっぱ、村の顔っていうか、全体を見られる存在って必要だと思うんだよな」



 いろんな相手の相談に乗って、困りごとや不足しているものなどを取りまとめる。それをぜんぶひとりで解決しなければいけないわけではなく、解決できるものに振り分け解決する。ときにはもめごとの仲裁などもしなければいけないだろう。

 そういったことを大小いろいろ考えたとき、それらに最も多く対応しているのはルツィだった。村長、必要じゃね? と、飛鳥が考え至ったときには、すでにそこに最も近しい立ち位置にルツィがいたのだ。



「一応、いろんなヤツにはなし聞いてみて、それでルツィに提案してみてるんだけどさ。村の住民たちの多くが、トップ張るならルツィがいいんじゃないかって言ってたぞ」


「そう、なんですか……?」



 実際、正直なところ、飛鳥がいいのではという意見のほうが多くはあった。まあ、そもそも最初にここをよくしようと取り組み、なおかつ行動に移し、さらにはトレントや風の精霊、火龍にまでちからを借りる偉業を成したのだ、当然ともいえる。村への貢献度でいえばアヴィも相当のはずだが、彼女は住民たちにも脳筋枠に入れられているようで、内政を任せられるとかといわれるとくちを噤まれるようだった。

 だけどいくら支持を得ようと、飛鳥には内政が行える知識もなければそのための意欲もない。そもそもこの世界に関して新参者もいいところだ。指示さえ受ければ、それが自分にできることならするけれど、適材適所の精神は健在で、内政などは自分のできることの範疇にはない。

 そういったことをはなせば、村長として飛鳥の名を出したものたちも、それならばと次いでルツィの名をくちにしたのだ。飛鳥が訊いて回った範囲、すくなくともルツィが村長となることに不満を抱くものはいなかった。



「無理強いはしないけどな。いやならいやで構わない」



 飛鳥とて、自分には向かないとあっさり候補を降りているのだ。それなのに無理にルツィにその役目を押しつけるなどできるはずがなかった。村長という立場につく存在は必要となるだろうから、ほかの住民にあたってみるか、もしくはミルカに相談してだれか派遣してもらうか。

 本来この場所はミルカの領地内なのだし、彼女に相談することこそ優先すべきだとは思うのだが、そのミルカにここを任されたのは飛鳥だ。領主たるミルカを蔑ろにするつもりはまったくないにせよ、この場所を守るにはこの場所をきちんと知るものにこそ任されるべきだと思う。

 必要な物資などはきちんと届けてくれるのだから、不満があるわけではないのだが、ミルカとて飛鳥がここに来てから一度もこの場を訪れていないのだし、そのくらいは許されてもいいのではとも思っていた。もちろん、定期的にここの状況は報告している。ヒルダリアに関しての報告は無視されたのかあえてなのか、まったく触れられることはなかったが。



「いやというわけではないのですが……」



 躊躇うように、戸惑うように。視線を迷わせ眉尻を下げるルツィは、そのまましばし逡巡する。結論を出すのは彼自身だ。彼自身が納得のいくこたえを出すまで待つことにした飛鳥は、ただ黙ってそのこたえを待った。

 しばらくして。大きく息を吸い、そしてゆっくりとそれを吐き出したルツィは、決意を込めたまなざしでもってまっすぐに飛鳥を見上げる。



「……わかりました。お受けします。……ぼくにどこまでできるかはわかりませんが、ぼくも、この場所を守りたい。ぼくやレティが笑っていられるようになったこの場所に、すこしでも報いたいと思います」


「ルツィ……」



 強いまなざしだ、と思う。その表情は見た目相応よりもずっと大人びていて、確かに彼は飛鳥より年上なのだなと思わされるような気がした。

 けれど飛鳥はふっとちいさく笑うと、自分より目線の低い位置にあるその頭をあえてぐしゃぐしゃと乱暴気味に撫でまわす。



「わ、あ、アスカさん?」


「決意はいいけど、背負いすぎるなよ? できないことは投げ渡していいんだ。無責任に放り出すんじゃダメだけど、適材適所ってのがある。適した相手に投げ出したほうが、かえっていい結果になったりもするんだから、気楽に構えろよ」



 にっと笑ってまっすぐに告げれば、ルツィは一度目を丸くして、それからふふっと笑って返す。



「トレントとの交渉や、火龍の住まう火山に魔石を採りに行ってもらったりですか?」


「あー……できればもうちょい安全性が確保されてる仕事をしたいな……俺も」



 ちょっと遠い目になってしまった飛鳥に、今度こそルツィは楽しそうに大きく声を上げて笑った。



「あはは、善処します」


「善処っておまえ……」


「だってアスカさん、勇者様ですから」



 いや、勇者だって平穏無事を尊ぶ平和主義でいてもいいじゃないか。そんな飛鳥のこころの訴えはともかく、ルツィの浮かべる笑顔は無理のない、前向きなものだった。



「がんばりますね。……ぼくだけじゃなくて、みんなのちからを借りて」


「ああ、それがいい。とりあえず、ミルカに報告しないとな。今後は共同でいいか? 俺は俺でミルカから依頼としてこの場所のこと引き受けてるし、ルツィには今後、村でなにか必要なものとか纏めてもらうってことで」


「はい。任せてください」


「おー。頼もしいな」



 もともとしっかりしていたルツィだが、村長となると決め、その覚悟をもってますます頼もしさが増したような気がする。いや、さっきのいまだから、実際はそう変わってはいないかもしれないが。

 とにかく、これで重要な件が片付いた、と。その後改めて村中にルツィが村長となる旨を伝えれば、みなが快く歓迎してくれ、村をあげてのお祝い騒ぎになり、ルツィはそんな住民たちのあたたかさに改めて決意を固くするのだった。





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