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すべてが赦されるとき


 ぱちり。目を覚ました飛鳥が視認したそれは、木造の天井。そのまま数回瞬いて、ゆっくり首を動かす。



「……あれ? ここ、俺の部屋……?」



 見慣れるというほどにはまだ日も経っていないが、それでもここは飛鳥のために建てられた家の、飛鳥の私室に違いない。二階建ての、それほど大きくはないけれど、決してちいさくもない家。ひとりで住むには明らかに広すぎると思ったのだが、一応村の中で重要な人物と認定されているため、来客のことも考えて広めの客間やいくつかの客室を用意された結果、こうなったのだ。


 高級というほどではないにせよ、なかなかに寝心地のいいベッドはブランデンドの厚意によるもの。とても感謝している。


 そんなベッドの上で目覚めるとは……記憶を手繰って意識のあった最後を思い出せば、思わずひゅっとのどが鳴った。


 一拍かたまり、それからゆるゆると息を吐き、ゆっくりとひとまず右腕を上げてみる。



「……痛く、ない……?」



 困惑も当惑もするが、それよりもじわりと安堵が胸を占めていく。最後に受けた衝撃と痛みは凄まじく、一瞬で気を失えたのはむしろ幸運だったとしか思えない。あれで死ななかったのは、おそらくというか、どう考えてもアヴィの身体強化の魔法のおかげだろう。


 それにしてもその後に追撃を受けなかったのは、どう考えても不思議でしかないのだが。

 それに、どうやってここまで戻ってきたのか。ジグルはおそらく飛鳥くらいには重傷だっただろうし、アヴィは身体的には無事だったとしても、気を失った男ふたりを抱えて下山できたとは思えない。魔法を使えば可能性はあるだろうが、そこまでの魔力が残されていたのかは怪しいだろう。


 うーん、と、首を傾げたところで、飛鳥にこたえなどわかるはずもない。とりあえずアヴィを探してはなしを聞くべきかと上体を起こし、これもまた痛みがないことを確認してベッドから起き上がり部屋を出た。

 そうして廊下を進み、階段を下りたところでちょうど入ってきたアヴィと行き会う。



「あ、起きたんですね」



 至って平然。通常どおり。


 どうやら眠り続ける飛鳥の様子を見に来てくれたらしいアヴィに礼を言って、それからはなしを聞くためにリビングへと通す。そしてそこにあるテーブルを挟んでお互いに席に着き、飛鳥から切り出した。



「なあ、アヴィ。俺、なんでここにいるんだ? 火龍は? あのあとどうなったんだ?」


「アスカが叩き落とされたあと、さすがにわたしも死を覚悟したんですけど、火龍が突然萎えたって言い出したんですよね」


「……は? 萎えた?」



 ぽかんとする飛鳥に、アヴィは一度肩を竦め、そうして続ける。



「どうやら、あなたの剣が折れたことが気に入らなかったみたいですよ。……まあ、あとは本人に聞いてください」


「本人って……」


「おーい、アヴィ! 勇者起きてたかー?」



 アヴィのことばに意味がわからず飛鳥が首を傾げた直後。部屋の外から聞き覚えのない男性の声が響いてきた。



「起きてましたよ」



 その声を受け、飛鳥の家であるはずなのに、アヴィはわがもの顔でリビングの扉を開けに向かい、ひとりの男性を招き入れる。

 長身で、細身ながらもほどよく筋肉のついた、長い赤毛をひとまとめにした美丈夫。リビングに入ってくるなり、その黄金の双眸が飛鳥を捉え愉しそうに快活に笑った。



「お! 起きた起きた! よう、勇者! 元気そうでなによりだ」



 腕を組み呵々と笑うその人物は、姿を見ても飛鳥に覚えはない。え、だれ、と、視線でアヴィに問えば、彼女は相も変わらず表情を変えることもなくさらりとこたえる。



「火龍ヴィグィードです」


「…………は?」


「火龍ヴィグィードです」



 いや、訊き返したわけではない。いまの「は?」は、なにを言っているんだ、を意味するのだ。


 若干頬が引きつるのを自覚しながらも、飛鳥は確認するように赤毛の男性に目を向ける。するとその意味を正しく受け取ったのか、彼はとても鷹揚にひとつ頷いた。



「ヴィグィードだ」



 まじか。


 思わずそうくちをついて出そうになった飛鳥は、片手で額を抑えて目を瞑る。


 ヴィグィード。覚えられそうにないと思っていたが、何度も聞いているうちに結局覚えてしまったその名は、あのとき確かに飛鳥たちを殺そうとしてきた火の神龍のものに違いない。

 それがどうしてここにいるのか。そしてその姿はいったいなんなのか。理解が追いつかない飛鳥に、そのへんの説明もすっ飛ばしたヴィグィードが問う。



「おい、勇者。おまえ、なんだあのへなちょこな剣は。すこしは愉しめそうだと思った矢先にやる気をへし折られて萎えに萎えちまったじゃねーか」


「いや、へなちょこな剣って……」



 あれだってなかなかいい剣をミルカが用立ててくれたのだ。それはまあ、対ジグルに使ったり、対ヒルダリアに使ったりで、ちょっと負荷がかかりすぎた感はあるかもしれないが、へなちょこと言われるほどではない、はず。


 ……ちゃんとフルブルックに頼んでメンテナンスするべきだったかと、いまになって思う。



「がっかりして腹が立ったから、思わずぶん殴っちまったけど、生きててよかったよかった! 聖女ってのもやるもんだな!」



 はっはっは、と、豪快に笑うそのことばから、なんとなくあのあとのことが察せた気がする。


 つまり、飛鳥との戦闘に愉楽を見出せそうに思った矢先、その飛鳥の得物が壊れてしまったことで気が削がれ、イラっとして繰り出された攻撃が、飛鳥の意識を奪ったあの一撃だったわけか。そしてその怪我を、アヴィが治してくれた、と。


 ……なんか、思ったよりどうしようもない理由で殺されかけたように思えるのだが、と、飛鳥は若干遠い目になる。



「オレんちで勝手にうろちょろして腹立ったから跡形もなく燃やしてやろうと思ったんだが、まさかそれが勇者と聖女とオレの眷属だったとはなあ。いやあ、簡単にくたばんねーでくれてよかったぜ!」



 それはもう快活に、あくまで愉しそうに言われるが、その内容はとてもではないが飛鳥にとっては笑えない。血気盛んな火龍サマは伊達ではなかったらしい。乾いた笑みで応じるほかできない飛鳥に、アヴィが補足を入れた。



「ちなみに、あなたとジグル、それからわたしと馬車も纏めてヴィグィードがここまで運んでくれました」


「まあ、そのくらいはなー。勇者だって聞いたし、生きてればもっと強くなって、次はもっとちゃんと愉しめるかもしれねーじゃん」



 こうして脳筋が増えていく。


 もうすこし理知的な、冷静枠のほうこそ増えてくれないものだろうか。なんだかちょっとルツィとレティが恋しくなる飛鳥だった。



「そうそう。魔石もいいものをいただきましたよ。水回りはもうしっかり整いましたし、結界のぶんにも回せたので、この村の安寧はずいぶん保障されました」


「そうなんだ、それは助かる」


「あんな石ころ、オレには必要ねーしな。またできたらくれてやるよ」


「え、いいのか?」


「おー。代わりに強くなれよー、勇者ー」



 いや別に特に強さを求めてはいないのだけれど。


 この場所を守ることを任され、どうせなら住みやすい場所にしようと考えているだけなのだが、どうにも飛鳥の周囲には戦闘脳の輩が集まりやすすぎる。飛鳥としてはただの一度も望んで剣を振るったわけではなく、そのほとんどが自己防衛に過ぎないのだ。


 それは、そう、この世界に来る前からずっと変わらずに。


 とりあえず曖昧に笑って返す。下手に正直にこたえて魔石がもらえなくなっても困るし、笑って誤魔化しておけ精神だ。

 幸い、ヴィグィードも特に気にした様子は見せなかった。



「あ、そうでした。あなたが折ったヴィグィードの爪は、わたしの相棒になりましたので悪しからず」


「は?」



 バングルから棍を取り出し、どやっとばかりに鼻高々にそれを見せつけてくるアヴィに、思わずぽかんとする。アヴィがもともと使用していた棍は藍色っぽかった気がするが、いまの棍は鮮やかなまでの緋色。寒色と暖色で真逆の色合いになったことはわかるが、形状の違いまでは飛鳥にはわからない。

 アヴィでもしっかり握りこめる細身の棒のどこに、龍の爪が使われているのか。



「ここのドワーフはいい仕事するな!」


「ヴィグィードの火力があってのものだと言ってましたよ。それに、あなたの爪だから、なかなかによい加護も宿ってますし」



 ……なるほど。詳細はよくわからないが、とにかくヴィグィードの炎を利用して、フルブルックがうまく仕上げてくれたようだ。緋色の色味はヴィグィードの加護とやらの表れなのかもしれない。

 ひとまずの理解を示した飛鳥だが、ご満悦のアヴィを目に納得いかないこともある。



「いや、そこは俺の剣じゃないのかよ。俺の剣、折れてるんだけど」


「なにを言っているんですか。ここ最近のわたしの功労を讃えて、当然の褒賞と思うべきところでしょうに」


「えー……そりゃまあ、アヴィががんばってくれてたことはわかるけど、俺の剣、折れてるんだって」



 いくら飛鳥が自ら戦いなど望まなくとも、襲撃に遭うことなどままある。むしろここに来てからそればかりだ。自衛の手段を失うとなるとこころもとないのは当然だろう。

 もといた世界には銃刀法なるものが存在していたし、無手でなんとかやっていたが、こちらの世界で剣を使用するようになってからというもの、いざというときやはり得物があるというのはいいものだと思うようになっていた。

 危険思考でなく、あくまで自己防衛のために、だ。

 だからこそそう訴える飛鳥に、ヴィグィードがくちを挟む。



「どうせ生えてくるもんだし、爪くらいやってもいいが、勇者なんだから聖剣使えよ、聖剣」


「聖剣?」


「ああ、ありますよ、聖剣。もちろん、人間側に、ですけど」



 さらりと返すアヴィに、それはそうだろうと思いつつ、それじゃダメじゃんと行き着く。が、一応ダメもとで訊いてみることにした。



「それって手に入れようと思えば手に入るものなのか?」


「そうですね、あなたが本物の勇者だと証明できれば可能じゃないですか? たぶん、いまはおまけで召喚されて担ぎ上げられた勇者もどきのかたが持っていると思いますけど」



 ああ、そういえばいたな、そんな存在。調子に乗ってなにかしら仕掛けてくるようであれば対処も考えるが、とりあえずいまのところ飛鳥の耳にはそういったはなしは入ってきていない。勇者と思われちやほやされているようだし、それで満足しているならそれでいいのではなかろうか、と、どうでもよく思った。帰る手段が見つかれば、さすがに連れ帰ろうとは思うけれど。……忘れていなければ。


 まあ、その人物はどうでもいいとして。



「え、聖剣ってだれにでも扱えるものなのか?」


「ふつうの剣としてなら使えますよ。わたしも試してみましたが、特になんの特異性も発現しなかったので、せっかくなので草刈りに使ってみました」


「……聖剣を?」


「鎌のほうが使い勝手がいいですね」



 それは草刈りの用途としてならそうだろう。


 アヴィの不遜ともいえるもの言いに、しかし彼女らしいかと苦笑する。聖女が草刈り? という疑問を抱かなかったのは、アヴィという人物にそのくらいの理解が及んだゆえだろう。



「よくわかんねーが、勇者じゃねーのに聖剣持ってるヤツがいるのか? オレが取ってきてやろうか?」


「いや、一応同郷の人間なので、襲わないでやってください」



 よかれと思っての提案なのだろうが、ヴィグィードだと聖剣を取るために周りにどんな被害を齎そうが気にもしなさそうに思えて仕方がない。


 たぶん、現聖剣の持ち主は、認識さえされることなく潰されるなり燃やされるなり溶かされるなり引き裂かれるなりされることだろう。さすがにちょっと寝覚めが悪い。



「聖剣はまあ、機会があればってことで。爪くれるなら、俺にもくれないか? それで親方に剣作ってもらうよ」


「ふーん? ま、オレの爪が聖剣に劣るってこともねーだろーしな。いいぞ、あとでドワーフに渡してやる」


「ありがとう、助かる」



 仮にも神龍の爪をそんな大安売りしていいのだろうかと思わなくもないが、当人がよしというならよしなのだろう。これで改めて身を守る手段が手に入る、と、安堵する飛鳥に、思い出したようにアヴィが声を上げた。



「ああ、そうでした、アスカに朗報があるんです」


「朗報?」


「ええ、この家にもきちんと備え付けてもらったので、見たほうがいいと思いますよ」



 そういってアヴィが案内するのは飛鳥の家の風呂場。勝手知ったるなのは、単に建設に携わった……というより、自分の家をつくる際に参考にしようと見学に来ていたからでしかない。そう、深い理由などなにもないのだ。


 それはともかく……風呂?


 風呂に拘った飛鳥の希望から、日本風の趣ある、なかなかにスペースをとった風呂がそこにある。檜は難しかったが、材質的に近しい木をブランデンドに選りすぐってもらい、ああでもないこうでもないと、フルブルックやルツィとレティと意見や相談を重ねに重ねた、それはもう自慢の空間だ。

 いまさら備え付けられた、と言われる場所ではなく、家を建ててもらったときにはもう備え付けてもらった場所なのだが、と訝る飛鳥は、直後に平伏することになる。



「温泉になりました」


「え!」


「おー。なんかそういうの欲しがってたって聞いたからさ、オレんとこの火山の地下からこう……ちょっといじってオンセンってのが湧くようにしてみた」


「一生ついて行きます! ヴィグィード様!」



 ははーと、わかりやすく思いきり頭を下げる飛鳥に、ヴィグィードが若干引いた。え、そこまで? と、声を震わせられたが、当然そこまでのことなのだ。飛鳥にとっては。



「マジかー! 温泉とか! 自宅に温泉とか! 夢が! 希望が! ここにある!」


「親方相手に熱弁して、さらに無理だと言われても未練がましく食い下がっていましたからね。ちょっと頼んでみてあげました」


「ありがとう、アヴィ! 俺、いまアヴィのことがめっちゃ聖女に見える!」


「……なるほど、いままでわたしをどう見ていたんですかね」



 くちが滑ってものすごく冷ややかに睨まれたが、気にせずその手を取り、ぶんぶんと振る。温泉の効果は周囲を見る目を衰えさせるようだ。


 ちなみに温泉の存在自体は過去の異世界召喚被害者たちの知識によってこの世界にも広められていると聞いている。なんなら温泉街もあるそうだ。いつか行ってみたいと周囲に熱弁した飛鳥である。



「いや、でも神龍って、そんなことまでできるんだな」


「あー、まあ、このくらいならいいだろっていうオレ判断だけど。大掛かりにルール破る真似は許されねーけどな」


「今回の件も、シシルには怒られてましたよ。私利私欲のために自然を捻じ曲げるなんて、と」


「え、大丈夫なのか、それ」


「とりあえず温泉に入ってもらったところ、まあ、このくらいなら……という素早い掌返しと、勇者が望んでいることですしね、という熱い責任転嫁をいただきました」


「お、おう……」



 どうやら温泉はお気に召したらしい。なので、なにかあれば飛鳥に責任をとらせればいいかと黙認したようだ。


 それでいいのだろうか、精霊。


 まあ、責任問題がどういうかたちで発生するかも、そもそも発生自体するかもわからないし、とりあえずよろこんで受け入れるに限る。あとで温泉卵をつくろうと、ひとり内心でほくほくする飛鳥なのだった。




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